とね日記

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増補版 金融・証券のためのブラック・ショールズ微分方程式:石村貞夫、石村園子

2011年10月08日 17時47分32秒 | 金融工学、金融数学
増補版 金融・証券のためのブラック・ショールズ微分方程式:石村貞夫、石村園子

世界一やさしい金融工学の本です:田渕直也」に引き続き金融工学本を読んだ。今回のは数式満載の金融数学書である。理数系学部の学生から見ると「初等的な数学書」といえる部類だ。一般の「啓蒙書」のような感覚で読むことができるだろう。著者はお二人とも数学がご専門であり、経済学や金融系の方ではない。

ブラック・ショールズ方程式は偏微分方程式であるが、解析的に一般解を求めることができる。つまりコンピュータ・シミュレーションによる数値計算をしなくても数式による手計算で答を導けるのだ。そして最終結果として得られる一般解に対して関数電卓やExcelに具体的な値を放り込むとコールオプションの価格を得ることができる。

全体の章立ては次のとおり。

第1章:微分と偏微分のはなし
第2章:テイラー級数展開をすると…
第3章:積分と無限積分のはなし
第4章:微分方程式の解は公式で与えられています
第5章:やさしく学ぶフーリエ解析
第6章:よくわかる偏微分方程式の解の公式
第7章:株価変動の不思議
第8章:伊藤のレンマ…これが決め手です
第9章:よくわかるブラック・ショールズの偏微分方程式のつくり方
第10章:ここでブラック・ショールズの偏微分方程式を“イッキ”に解きましょう!!
第11章:リスク中立評価法によるブラック・ショールズの公式
第12章:ブラック・ショールズ原論文の日本語部分訳

「手計算」とはいえ、その過程は複雑で長い道のりとなる。本書では第10章で、これ以上親切に教えることは不可能と思えるほど詳細な数式展開と解説つきで、ブラック・ショールズ方程式の一般解を得るまでの手順を示している。

第1章から第6章までは第10章の説明を理解するために必要な基礎数学の解説。微積分、偏微分、微分方程式、テイラー展開、フーリエ解析など。途中、熱伝導の微分方程式の解法が詳しく紹介されているので、物理学専攻の学生にはよい復習となるだろう。

これらの章は「知っていることを前提とする復習」ではなく「最低限必要となることを手際よくていねいに一から解説」している点がよいと思った。これで理解できないようならば著者の石村貞夫先生や石村園子先生が書かれた微積分、フーリエ変換微分方程式などの入門書「すぐわかる~」、「よくわかる~」シリーズをお読みになるとよいだろう。

本書全体にわたり大きな活字で紙面を贅沢に使っているので読みやすい。細かい数式ばかりの本書のような本では特にありがたい。

第1章から第6章については、大学初年度に学ぶような内容なので僕は1時間ほどかけて読み終えた。

第10章については難解ではないものの、偏微分方程式の解法トレーニングにはうってつけのレベルだ。途中何度か設けられる変数の置き換えや積分範囲の置き換えに注意しながら、ひとつひとつ理解していけばよいだけ。数学科や物理学科の学生なら4~5時間あれば十分読めるだろう。とはいえ、真っ白な状態から自分ひとりで解けるレベルではない。その理由は何度か行われる「思いもつかないような変数の置き換え」にある。

これらの章を理解することが本書を購入される大方の読者の目的なのだろうが、僕にとって大切なのは第7章とから第9章だ。

第7章:株価変動の不思議
第8章:伊藤のレンマ…これが決め手です
第9章:よくわかるブラック・ショールズの偏微分方程式のつくり方

これらの章では金融工学に伊藤のレンマ(伊藤の補題)というブラウン運動の数学的記述から得られる確率論の成果を適用してもいいのだろうか?すなわち株価変動をランダムウォークとみなしてよいのか?というブラック・ショールズ方程式の前提について解説している章だ。言い換えれば第10章の数式展開は「砂上の楼閣」なのどうか?ということだ。本書では(予想どおり)「株価の変動はランダムウォークである。」という前提が設けられている。

ブラウン運動からウィーナー過程伊藤過程、伊藤のレンマに至る数学的な部分も天下りに与えるのではなく、読者が納得できるように解説されているのが良い点だと思った。もちろん専門的な数学書ではないから、解の存在性や収束、発散の証明は省かれている。

大学で数学を専攻していた僕にとって、株価の変動をブラウン運動にたとえることは、本当はジャガイモの形をしているのに理想的な球形をあてはめて体積を計算しているようなものだと思えた。大きく結果がはずれることはないにしても、繰り返し同じ手順を繰り返していくうちに体積の差、すなわち得られる結論としての金額が拡大してしまうのではないかと思えた。ただ、それがサブプライムローン問題の引き金に直結したとは直観的な意味において考えにくい。

第12章の「ブラック・ショールズ原論文の日本語部分訳」では、この方程式を使うときの前提条件が列挙されている。

条件1)短期金利は時間を通じて既知であり、一定である。
条件2)株価は、分散率が株価の2乗に比例して連続的時間のランダムウォークに従う。したがって、ある決まった期間の終わりでの株価の分布は対数正規分布である。株における収益の分散率は一定である。
条件3)株は配当も他の配分もしない。
条件4)オプションはヨーロピアンで、つまり満期時のみに行使される。
条件5)株、オプションの売買には取引コストは発生しない。
条件6)株の購入、保有をするために、短期金利で有価証券の価格の一部を借入できる。
条件7)空売りに対するペナルティはない。有価証券を保有しない売り手は買い手の有価証券を受け入れるだけで、将来の期日にその日の価格を買い手に支払って決済する。

次の「金融工学について」というページを読む限り、サブプライムローン問題の原因はアメリカンオプションに対してブラック・ショールズ方程式を適用したからだというわけでもないようだ。その原因は「こうして段々、(オプションの)仕組みを考え出した人以外、誰一人として実態が分からない複雑な仕組みになっていく。」と書かれている。

金融工学について
http://commutative.world.coocan.jp/blog/2008/11/post_976.html

このページによるとブラック・ショールズ方程式はオプション取引の極めて複雑で大きなブームを引き起こす「シンボル」として、きっかけの役割を果たしたに過ぎないことがわかる。サブプライムローン問題の原因はやはり、金融工学の過信、乱用と売り手、買い手双方の暴走によるものだという感を否めない。そもそも多数の低所得者に大量の貸付を行うこと自体が暴挙である。理論や方程式をうんぬんする以前に、これは欲に目がくらんだ人たちによる人災なのだと思った。

理想的な条件のもとで導出された方程式(伊藤のレンマ)を株価の変動に用いる胡散臭さよりも、方程式を過信し盲目的に使ってしまう人間の側の胡散臭さのほうがはるかに大きいのだろう。まるで「京極夏彦のミステリー小説」のようだ。オプション取引の魑魅魍魎である。


本書で増補された第11章「リスク中立評価法」は四則演算の繰り返しからでブラック・ショールズのコールオプションを導いていく手法だ。2項分布の極限が正規分布になることを基礎とした2項分布モデルである。ブラック・ショールズ方程式のもつ意味合いを、このような角度から見ることによって理解をより深めることができる。ちなみに増補前の版は「金融・証券のためのブラック・ショールズ微分方程式―微分の初歩からやさしく学べてよくわかる」として、とても安い中古本が購入できる。


なお、本書は金融工学の実務を目指す人のために書かれたものではないことをおことわりしておく。実際の実務には全く役に立たない。

次の本は、今回紹介した本の第7章、第8章をより深く厳密に数学的な立場から解説した教科書だ。伊藤先生ご自身によって確率論の基礎から伊藤の補題まで厳密な証明が与えられている。代表的な確率論の名著である。

確率論:伊藤清



関連記事:

Excelで学ぶデリバティブとブラック・ショールズ:藤崎達哉
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0ba1e4ccd6d4c416090d4ec7f1e473ac


関連ページ:

ネットで学びたい方は、以下のページをご覧になるとよい。

オプション取引入門講座:第9回ブラック・ショールズ・モデル
http://www.findai.com/kouza/4009opt.html

ブラックショールズモデル導出への道しるべ(式の導出過程
http://mathematical.jp/black_scholes/

ヨーロピアン・オプション計算:
修正ブラック=ショールズ・モデル(マートンの配当修正モデル)
http://www.stockoption-jp.com/calc_option_bs.php

ブラックショールズ方程式ヨーロピアンコールオプション(配当なし)の計算
http://keisan.casio.jp/exec/system/1161228904

ブラック・ショールズの公式を図で理解(1)
http://blog.livedoor.jp/lifelongstdy-ofl/archives/121260.html

金融工学基礎
http://www.ie.reitaku-u.ac.jp/~ykago/lectures/fe_basic/fe_basic.html

金融工学入門(甲南大学)
http://kccn.konan-u.ac.jp/economics/risk/

計画数理演習(確率微分方程式)
http://takashiyoshino.random-walk.org/memo/keikaku_ensyu/web.html

以下のブログ記事では「著者は大学の数学科にいる数学者の卵が金儲けの「戦場」に投入されている現状を非常に憂いています。そして、彼らを数学研究の場に戻してくれ。」と書かれている。

伊藤清「確率論と私」を読みました
http://niddm.at.webry.info/201012/article_17.html

世界恐慌:ウォール街の”モンスター”金融工学はなぜ暴走したのか
http://yoiotoko.way-nifty.com/blog/2009/07/nhk-d924.html

世界同時金融危機:ブラック=ショールズの功罪
http://techventure.ldblog.jp/archives/51661365.html

金融工学について
http://commutative.world.coocan.jp/blog/2008/11/post_976.html


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増補版 金融・証券のためのブラック・ショールズ微分方程式:石村貞夫、石村園子


第1章:微分と偏微分のはなし
- 連続ということ
- ”微分する”ということ
- ”微分”のはなし
- 合成関数の導関数
- 合成関数の”微分”
- 高階導関数
- 2変数関数の偏導関数
- 2変数関数の”微分”
- 合成関数の”偏導関数”
- 2変数関数の高階導関数

第2章:テイラー級数展開をすると…
- テイラー級数展開の裏ワザ
- 2変数関数のテイラー級数展開について

第3章:積分と無限積分のはなし
- 積分を理解するための裏ワザ
- 無限積分は重要です!

第4章:微分方程式の解は公式で与えられています
- 微分方程式を学びましょう
- よくわかる微分方程式のつくり方
- 微分方程式の解の公式

第5章:やさしく学ぶフーリエ解析
- フーリエ級数展開をしてみましょう!
- フーリエ積分展開はちょっと大変です

第6章:よくわかる偏微分方程式の解の公式
- 偏微分方程式の3つのタイプ
- 熱伝導方程式についての解説
- 熱伝導方程式を解く!
- 境界条件 g(u)=cos u が与えられると熱伝導方程式の解も具体的に求められます!!

第7章:株価変動の不思議
- ウィーナー過程、またの名をブラウン運動
- 一般化したウィーナー過程
- 伊藤過程…これは重要です!

第8章:伊藤のレンマ…これが決め手です
- これが伊藤のレンマです!
- 素朴な疑問---なぜ(dZ)^2=dtとなるの?

第9章:よくわかるブラック・ショールズの偏微分方程式のつくり方
- ポートフォリオでリスク分散を!
- ブラック・ショールズの偏微分方程式をつくりましょう

第10章:ここでブラック・ショールズの偏微分方程式を“イッキ”に解きましょう!!

第11章:リスク中立評価法によるブラック・ショールズの公式
- 裁定取引と無リスク金利の関係
- リスク中立評価法の考え方は大切です!
- ブラック・ショールズの微分方程式が意味するもの
- リスク中立評価法によるブラック・ショールズ公式の求め方

第12章:ブラック・ショールズ原論文の日本語部分訳

COLUMN
乱数のつくり方
ランダムウォークのつくり方
ランダムウォークの描き方
Excelで描くフーリエ級数

参考文献
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2 コメント

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こんにちは (永田)
2011-10-10 10:05:37
これは東京図書から出ている解説書ですね。
昔、増補版ではないのを買いましたが(古本屋で)読んでいません。
確か、ブッラク・ジョールズ方程式あるいは金融工学は35歳以上には理解できないという触れ込みだったから(笑)。
 でもとねさんの記事を読んでいると35歳をはるかに越えた私にも理解できそうに思えてきました。
返信する
Re: こんにちは (とね)
2011-10-10 10:43:25
永田さん

コメントありがとうございます。
テイラー展開、フーリエ解析、偏微分方程式を理解しているのでしたら、この本は確実に読み解けますよ。特に数学、物理学系の方向けです。あとブラック・ショールズ方程式の意味合いについては、ネットなどで軽く学んでおけばよいと思います。

僕の目的からすれば増補版にしなくても、安価な初版にすればよかったと後になって思いました。

金融工学は35歳以上じゃないと無理なのですか??(半信半疑)

引き続き「Excelで学ぶデリバティブとブラック・ショールズ」という本を読んでいますが、こちらは金融の現場で働いていらっしゃる方、さらに文系の著者なので、僕にとってはとても読みにくいです。金融用語がたくさんでてくるので難儀しながら読み進めています。
こちらの本の中に「株価の変動をブラウン運動に当てはめてよいか。」ということの答が紹介されていたので、レビュー記事で紹介してみたいと思います。

もともとデリバティブのようなマネーゲームは性に合わないので、どうしても批判的な読み方をしてしまいますね。その中で金融工学の中で数学がどれほどの正確さで利用されているのかがわかればよいと思っています。
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