麻布十番のカジュアル・イタリアン。
賛成の帰国と誕生日を祝う会が、ごく親しいもの達で行われている。
「サヤちゃん、なんでそわそわしてるの?」
右太郎が、隣のサヤ子の、落ち着かない様子に気がつき声をかけた。
「そわそわなんてしてないわよ?」
「…そお?ならいいけど」
じっとサヤ子をみつめる。
「・・・なに?」
「ボブカット、かわいいね」
「・・・」
右太郎の、ふたつのくるりとした瞳が純粋に愛を信じきっていて、
サヤ子を所在ない気持ちにさせた。
奥の賛成達のテーブルの方から、おーい、と右太郎を呼ぶ声がした。
「ほら、呼んでるわよ」
「うん・・・ちょっと行ってくる」
結局、会に出席する事を断る口実は見つからず、今日になった。
玉澤とはち合う覚悟で来てみたが、彼の姿はまだ、ない。
それとなく訊ねたら、遅れてやってくるという。
サヤ子は時計を見た。
パーティ開始から一時間が経過していた。
もういいだろう。
バッグをとり立ち上げると、賛成と話す右太郎に近づいた。
「ウタ、急患みたいなの。行くね。」
ケータイを見るふり。
「え!?急患!?」
「賛成さん、誕生日おめでとうございます。すみません最後までいられなくて」
「サヤ子さん、もう?」
「ごめんなさい、急患だから、また今度。レイさんによろしくお伝えください」
サヤ子は手早くコートを羽織ると出口に向かった。
「ちょ、サヤちゃん、送るよ!」
追う右太郎。
しかしドアの前でサヤ子は止める。
「送らなくてほんとに大丈夫だから。電話する。」
「でも、もうすぐ社長もくるのに。もうちょっとだめ?紹介したいんだ。」
「ウータ?」
—聞き分けのない事、言わないで?
「急患だもんね・・・。わかったあ~、がんばってね…」
「うん、ウタ・・・ごめんね?」
ドアを開ける。
冷たい外気が店に吹き込み、サヤ子の頬にあたる。
痛い。
雪の舞う中、コートのベルトを締めコツコツと歩いてゆくサヤ子の後ろ姿を、
すねた表情の右太郎がドアの前からなにか言いたげに、でも無言で、見送った。
パーティは続く。
酔いの回った純保は陽気になっていた。
「紀村さんとミーコちゃんは、どうなんすか?結婚」
ふいにでた“結婚”ということばに顔を見合わせるふたり。
「それは・・・ねえ?俊・・・」
ミーコは頬を染めながら口を濁す。
まんざらでもない。
「え、なに、その顔。もしかしてもう決まってたりして?仲いいもんなーふたり」
「そんなこと…。」
俊を見るミーコ。彼の言葉を期待している表情だ。
俊が口を開く。
「結婚は・・・」
注目する。が、
「しばらくはないかな?ハハハ」
「・・・」
ミーコの表情が一気に暗くなった。
聞いてはいけないタイミングだったのかもしれない。純保は焦った。
「・・・あ、あ、紀村さん、ワイン貰います?ミーコちゃんも。すみませんー、ボトルもう一本!」
まずい空気に気がつき、賛成が口を挟んできた。
「純保、今日ハルナちゃんは?」
「あ!いま生放送。今日特番だから」
「あ~。そうだよね、だから右太郎が来れたんだもんね~」
「うん・・・」
いまいち暗いムードを払拭しきれない、と思ったそのとき。
店内の灯りが消えた。そして・・・、
“ハッピ”
“バースデートゥユー”
“ハッピバースデイ トゥーユー
ハッピバースデイ ディア賛成”
“ハッピバースデイ トゥユーーーー”
わー
パチパチパチ
サプライズだ。
突然の緑の猫の登場に、一同騒然としたのち、爆笑した。
「え?!なにこれ、なにこれ!!」
「賛成、誕生日おめでとー!!」
拍手に包まれる。
「すごい!なに、だれ?純保が仕込んだの?!」
「いや・・・」
緑の猫が頭に手をかけ、外すと・・・。
「プハッ!息できない!」
中から出てきたのは玉澤だった。
「玉さーん!」
「わりぃわりぃ、遅くなって」
「玉さ~ん!!」
抱きしめ合う。
玉澤と賛成—兄弟のようなこのふたりもまた、久しぶりの再会だった。
宴もたけなわをすぎ、そろそろお開きという時間。
帰るもの、残るもの、三々五々。
「玉澤さん、すみません、JYPCの決算で忙しいんですよね。俺なんもできなくて…」
俊が申し訳ないと頭を下げた。
「いや、堀辺さんがああいう状態だ。それに紀村くんはそんなこと考えなくていいよ。
君は新しいもの、面白いものを作ることに、専念してくれ?な?クリエイターなんだから。」
「でも・・・」
「だーいじょうぶだから。俺は全体を見て指示出してるだけだ。気にすんな!さあ、飲め!」
ワインを注ぐ。
「いただきます。・・玉澤さん、ゴキゲンですね、なんかいいことでも、あったんですか?」
玉澤はニヤニヤしていた。
「いやー?別にー?むふー?むふふふ・・・」
実は・・・。
ここに来る直前・・・。
・
雪の中、玉澤は、タクシーに緑の猫のキグルミをのせ、店の近くまでやってきた。
ばれないよう、店から10メートルほど離れたところでタクシーを止めてもらう。
支払いを終えドアが開いたちょうどその時、
入れ替わりでタクシーに乗ろうとした女性がいた。
「乗れますか?」
運転手に声をかけた女性。
それは—。
”シンデレラ”だった。
「き、み・・・!」
「・・・!!!」
驚きで声がでない。
「やっと逢えたね・・・」
去年の12月、ヒールが折れて困っていた彼女を助けて以来、玉澤のこころに存在し続けている女性。
名も知らぬ彼女のことを、“シンデレラ”と名付けた。
その後のクリスマスパーティーでの偶然の再会、そして今日。
これを運命と言わずしてー、
玉澤の気持ちは高揚しているのだが、意外にも女性は、なにもいわずタクシーに乗り込む。
クリスマスイブに逢おうという約束は果たされなかった。
彼女は、来なかったのだ、待ち合わせの場所に。
それが彼女の答えなのかもしれない、だけど。
タクシーのドアが閉まる。
「まって!」
玉澤はタクシーの窓をコツコツとノックし、開けろと言う。
彼女が観念して窓を開けた。
のぞきこむ玉澤。
「・・・」
シンデレラを見つめる。
—彼女は感じた。
自分をみつめている目線。
痛いほど、自分をみつめている視線。
彼女もまたなにかの感情を押さえきれず、しかし無言のまま、ちらりと玉澤のほうを見た。
するとー、
「・・・逢いたかった」
「・・・。ごめんなさい、急いでるから。運転手さん、出して」
「まって!これ!」
何かを差し出した。
名刺だった。
「受けとってくれ。」
そうして彼は店のほうへ、大荷物を抱え、歩いていった・・・。
タクシーが動き出す。
名刺をみる。
”プチテレビ 代表取締役 社長 玉澤竜二”
「知ってるわよ・・・」
サヤ子がため息をついた。
・
「運命って信じるかい?」
「うん、めい?たましゃわしゃん、のみまひょ!」
すっかり酔いのまわった純保が絡む。
「なんだなんだ伊藤はー!飲み過ぎだろー?ひゃひゃひゃ」
「社長、もう伊藤さんに飲ませないでくださいよ~」
「ウタ!なにいってんだよ!飲め!おまえも飲め!」
「え~、もう飲めませんよ~」
全員、泥酔だ。
玉澤は嬉しかった。
シンデレラに再会できたこと、彼女のほうは再会を望んでいなかったのかー、
無言の対応には寂しさを感じたが、
二度と逢えないかもしれないと思っていた彼女に、3度目、逢えた。
それだけでなにか、自分の運の強さや、巡り合わせに感謝できる。
そして今。
紀村、張本、伊藤。
そして今日は、賛成がいた。
このごろの最大の心配事は堀辺の様子だったが、
4人と一緒に酒を飲むこの瞬間、日常のわずらわしさから少しだけ解放され、心底ほっとしているのだ。
—つづくー
このお話「アナウンサー!冬物語」は下記からの続編です。
まず「アナウンサー!春物語」 第1話はこちらから→
http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/df22f4138795fe59124c72c361afa9bc
つぎ「抱きしめて!聖夜(イブ)」 第1話はこちらから→
http://blog.goo.ne.jp/ktam7pm/e/7637959c3f1ee9d122d1df584f237758
カテゴリーの「アナ春」からも読んでいただけます(^o^)
※この物語はフィクションであり実在の2PMとは一切関係ありません。