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ホビー(道楽)=車一人旅、義仲、巴御前②

2016-10-04 16:05:48 | 趣味・道楽(ホビー)

四年前の、夏、「宮越宿」へハンドルを切ったのは半世紀振り!
何だか「巴ヶ淵」は、浅く小さく為って居た?
案内板に「絶世の美女巴が、水浴をしつややかな黒髪の
したたりと、白い肌もとには、義仲への恋慕の情が
ひたひたに燃えて居た」
とあった。
未だ、三十にも為らない青年が、再三、宮越宿で車を
停めたのは、こんな事だったのかなぁ~?

ホビー(道楽)=車一人旅

2016-10-02 22:16:22 | 趣味・道楽(ホビー)

東名阪を桑名ICで出てR1に入り、揖斐川に架かる
伊勢大橋を渡ると、写真の木曽川に架かる尾張大橋だ。
七十歳位から、一匹狼?を徹底し、自分と後はアウトソーシング
で出来る範囲の仕事しかしなくなった。
「時は金なり」「急がば回れ}の逆を行くように心掛けた。
この日も、長野迄の高速を止めれば「一万円余りの日当になる」
と、時間に余裕を持って大阪を出た。
勝川からR19に入り、中津川辺りから、今日はどのそば屋へ
するか?と、迷いながら走るのが楽しみの一つ。
高速代を倹約して居るのだから、気も大きく成って
鮎や、鯉の洗いの美味しい店にも気兼ね?なく入った。

ホビー(蒐集)=オーナメント

2016-10-01 21:34:43 | 趣味・道楽(ホビー)

文にグラスカードを添えて送る。
写真のグラスカードは、イタリアの「イッタラ社}製。
白樺林、ジイサンの(復活!自分とか私では、調子が出ない)
今月のグッズのオーナメントはこれに決めた。
植物は、「コーヒーの木」。
見付けられなかった、胡桃は、今後も探し続ける。

「コーヒーの日」に「コーヒーの木」を買う!

2016-10-01 20:10:52 | 趣味・道楽(ホビー)

上六の近鉄の裏のビルの、エスカレーター昇り口に
以前から気になっている花屋が有った。
理由は単純・店名が「アオヤマ」東京店と関係が有るのかな?
ただそれだけの理由だった。
今日のショッピングの最大の目的は、「今月のオーナメント
探し、殻付きの、クルミ、ピーナッツ、それに、コーヒーの木
エスかレターを昇る際に花屋を覗くも目ぼしい物は無く
女房の買い物に付き合い、エスカレータを降りて来て
再び花屋を覗いた。
我が目を疑うほど、オドロイタ!「コーヒーの木」の
サジェスチョンが目に入った!
興奮振りに、女房は呆れ顔?偶然とは思えぬほど、一日
七杯も八杯もコーヒーを飲んで来た老人に
ほれ!此処にあるよ」と突き出された様な、気がした。

ホビー(道楽)=車旅

2016-10-01 00:27:53 | 趣味・道楽(ホビー)


昭和51年だったか?クラウンのハードトップが発売され飛び付いた。
試運転で、山中湖の「アマンド」の別荘へドライブした。
女房(婆さんは止めよう)もまだ若い。
気に入ったが、あまり長くは、乗らなかった。
距離を乗るので、過去四年が最長で、乗り換えた。



ホビー(道楽)=車旅

2016-09-30 13:34:17 | 趣味・道楽(ホビー)

名古屋港中央に架かるこの橋も幾度渡った事か。
近畿道・長原から高速に入り、藤井寺、天理の料金所を過ぎ
西名阪は、以前は有料道路、飛ばし癖が付いて居るので
此処では、四カ所のカメラに神経を使った。
伊勢湾岸道に入れば、亀山SA、必ず立ちようった。
以前は、限定の松阪牛の牛丼があり、楽しみにした。
亀山を出ると、新名神の分岐、東名阪との分岐と続く。
伊勢湾岸道に入れば、名港を渡るトリコロールの三本の橋、
青、赤、白と続き、その先に、新しいスタイルの先鞭を付けた
刈谷オアシスが出来た。温泉有り、観覧車有り、メリーゴーランド有り
一般道からも入れるSA、食事も楽しめた。
もしかしたら、二度とこの橋を渡らないかもしれない?
そう思うと、この写真が目に止まった時、下らないが、
何かコメントしたくなった。
熱海、東京への通勤道?だったのだが。

ホビー(道楽)=車旅。

2016-09-27 22:23:10 | 趣味・道楽(ホビー)


最後に乗って居た、ロードスター。
人馬一体感を感じた、楽しい車だった。
自分の車だけで、年間三万キロを走った。
免許取得が昭和36年、優に百五十万キロ
を走って居る。
会社の車の等を合わせると、キロはもっと伸びる
若い頃は、二年の車検、前に乗り換えないと、査定が
低く成るので、一年半ほどで乗り換えて居た。
最初の車は「ヒルマン」懐かしい。

車旅、一泊三日で、東京~大阪~能登一周~東京

2016-09-22 00:03:06 | 趣味・道楽(ホビー)

昭和46年夏、東京を出て大阪千里で後輩を拾い
能登半島へ出掛けた。
車社会が急激に進み、貨物は大型化が進んで居た時代
地方のインフラは付いて行けて無かった。
此の時も、後輩と、二人して能登の狭い道で立ち往生した
車列を、進める為に、車列の前へ行き、後ろへ走り
交通整理に大活躍、離合すら出来ない集落を幾つも抜けてやっと
羽咋の海岸に出た時は、海水を車が巻き上げる事も忘れて
千里浜を爆走?した。続く?
(写真は、能登、千里浜海岸)