BLOG 思い遥か

日々新たなり/日本語学2020

国語文法と記述文法

2021-02-16 | 日本語学2021

国語文法はあるがままの記述をしたものであろう。
ただ、それは記述文法とは違って、規範文法として説明された。したがって国語文法は学校文法また教科文法としての解説を理解してきている。国語文法では文とは何かを説明するのは、次のようにする。
 何がどうする
 何がどうである 何がどんなである
 何は何である
何にあたる言葉を名詞。どうするは動詞。どうであるは形容詞、どんなであるは形容動詞。
 何はどうである/どんなである という言い方もあるので、併記する。
名詞を主語として動詞を述語とする。同様に、形容詞、形容動詞に述語をみる。
何がというのを語形で言えば主格になる。
何はというのは主題になる。
こうして、学習段階の初歩に、国語の文は、記述に即した説明がある。
文法の文について、文章にある文として説明する導入もある。

日本語教育では成人向けに集中教育の文法解説に、このことから、文法構造の文を示す。
 文末述語に動詞を持つ文 動詞述語文 (動詞マス形)
 文末述語に形容詞を持つ文 形容詞述語文 (い形容詞 な形容詞)
 文末述語に名詞を持つ文 名詞述語文 (名詞プラスです)
ただし、形容詞述語、名詞述語には、です となる、丁寧法を代表している。
動詞述語においても、 同じく、ます となる語法をまず代表してあげている。
これは話し言葉の記述によるからである。丁寧体の文体は学習段階の導入に初級で扱われる。
さてここで、主語述語を文の成分とする国語文法であるが、日本語文法は補語述語と対比するので、日本語文法は主語を名称に、文法範疇として用いるかどうか。日本語教育用文法はこの主語を用いない説明をしている。主語が相当るするものに、主格補語を用いることになる。
記述文法は主語を共通にすれば言語対照にもわかりよいのだが、日本語記述文法は主語否定か、主語廃止論によるので主語を言わなくなるし、日本語教育者にその主張を入れるかに見えるのであるが、そのほとんどにおいて、日本語記述文法の説明をすることはない。
日本語基礎文法の翻訳が行われ始めているので、田窪‣益岡文法による文法書の説明がこれから見られるようになるかもしれないが、その解説と用語は文法体系としてみれば、教育用文法にはなじまないところが出てくるだろう。

ちなみに、日本語記述文法として、基礎日本語文法の文とは何かを参照すると、その規定のわかりにくさがみえるだろう。
>「文」は、あるまとまった内容を持ち、形の上で完結した(表記において「句点」が与えられる)単位である。 3ページ  文と語


国語に主語は、日本語に補語である
2021-02-10 | 日本語文法
>平成から令和への時代に新たな衣が動き出している。学校文法にある国語の主語の概念は、教育文法の日本語で補語となる。かの主語廃止論による、主格補足語を唱える記述文法に依拠するようである。。


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