コニタス

書き留めておくほど重くはないけれど、忘れてしまうと悔いが残るような日々の想い。
気分の流れが見えるかな。

原家本解説(1)

2011-02-15 14:38:29 | 図書館
静岡大学附属図書館所蔵・原家旧蔵江戸後期芸文資料の展示「ちょっと解れば/かなり愉しい 江戸の本」も、今週金曜で終了です。
今回は授業企画として短時間でバラバラに制作したこともあり、必ずしも満足のいく物ではありませんでしたが、図書館のご厚意で写真の撮影・公開をお許し戴いているので、これから少しずつ紹介していこうと思っています。

今回の展示は、受講生2人と私、それから、図書館職員3名がそれぞれに独自の観点で展示を行いました。このうち、図書館企画は、直接原家の旧蔵書ではなく、江戸文化や和本の基礎知識に関する物で、ディスプレイやグッズ作成もなかなか楽しい物でした。

ここと、ここも参照。


日本史の増田さんは、名所図会を中心に旅行に関する本を取り上げて紹介しました。色刷りの図鑑のような物から写本地誌まで、色々収蔵されています。
比較文化の野瀬君は、「ゆるキャラ」。江戸絵画の中には、特に俳画や禅画を中心似、妙にゆるい絵があります。しかし、それ以外に、本来ゆるいつもりではないような絵の中に、思わず頬がゆるむような絵もあります。際限なく出てくるので、コピー貼り混ぜ主体になりました。
落書きOKのコピー本も楽しんでいただけたのではないかと。

二人の展示は、出版事情や作者・絵師についての解説が殆どありません。それは、準備不足が一番の原因ですが、一方で、そう言うことに拘らずに「へ~!」と思って楽しんで貰えたら、と言う思いもあります。
その上で、興味を持って次にステップに進んでいただけたら嬉しいことです。
そうそう、もし、江戸のユルキャラに興味を持ったら、是非、県立美術館「帰ってきた江戸絵画 ニューオーリンズ ギッター・コレクション展」に行ってみて下さい。若冲ばかり注目しないで、ゆるさで言えばもちろん白隠。それから芳中の作品も必見です。



さて、私が担当した部分は……。
江戸戯作本の形と中身と言うタイトルです。


取りあえずキャプション原稿を引用しましょう。
浮世草子 大本
江戸時代前期に上方で出版された町人向けの小説。半紙本・横本もある。
H913.52 E41 『商人軍配記』五(二~五)(あきんどぐんばいき)江嶋其磧作(推定)川島信清画
正徳二年冬、江島屋刊行と推定される『商人軍配団』の幕末の改題本。

洒落本 小本
会話体中心で遊里の風俗を描く読み物。懐に入る小さな本が中心。
H913.53 Sa65 『五臓眼』(ごぞうめがね)山旭亭主人作

滑稽本 中本
洒落本の表現方法を受け継ぎながら様々な風俗を滑稽に描く。
H913.55 Sh34 『忠臣蔵偏癡気論』(ちゅうしんぐらへんちきろん)式亭三馬作 
本書は『仮名手本忠臣蔵』の登場人物に一々突っ込みを入れる“ヘンチキ論”の代表作。

人情本 (中本板・半紙本)
洒落本の風俗描写や表現を学びつつ、読本的なストーリーを当世に持ち込んだ読み物。
H913.54 N78 『鶴毛衣』(つるのけごろも)二酔亭佳雪・花山亭笑馬作 渓斎英泉画
元々は中本だが、この本は半紙に刷られている。

黄表紙 中本
全ページに絵があり、その中に平仮名中心の文字がある子供絵本の体裁で、内容を大人向けにした絵本。
H913.56 Sa67 (三才)山東京伝 他
本書は複数の本を綴じ合わせたもの。表紙も換えてある。「三才」という書名は柱題による。
これは山東京伝作・北尾重政画、寛政九年刊『三歳図会稚講釈』(さんさいずえおさなこうしゃく)。

読本 半紙本 
中国小説の影響を受け、伝奇的主題をもって長編化した歴史読み物。先に上方で出現し、江戸では寛政年間以降発展した。半紙本で豪華な挿絵も見所。
H913.56 Ta73 1-2,4-5 『椿説弓張月』(ちんせつゆみはりづき)曲亭馬琴作 葛飾北斎画
*続編巻一・二・四・五・拾遺巻一の五冊を所蔵
H913.56 Ta73 2(1-2) 『椿説弓張月』(ちんせつゆみはりづき)
和装活字本 半紙本 曲亭馬琴作 歌川芳年画 東京稗史出版社 明治16年
明治時代に入って活字印刷によって復刊したもの。装幀もやがて洋装に変わっていく。
本書は明治浮世絵を代表する芳年が北斎の挿絵に基づいて描き直しているところが見所。

合巻 中本
黄表紙が長編化して合わせ綴じされたもの。表紙に錦絵が用いられる“摺付表紙”も多い。
H913.58 R12 1-2~ 『弓張月春廼霄栄』(ゆみはりづきはるのゆうばえ)楽亭西馬作 歌川國輝画
本書は『椿説弓張月』を絵本化した物。表紙は歌川國貞(三代豊國)画。

*************

ギャラリートークの時には説明したんですが、これだけだとかなり不親切ですな。

江戸時代の書物にも、現代のA判・B判、特装本、ハードカバー・ソフトカバー、と言った違いがあります。その上で更に本文の文字(漢字・ひらがな・カタカナ・読み仮名……)や挿絵の入り方など、外形的な特徴が、それぞれのジャンルと深く関わっています。
今回は、小説類の下位分類と、本の外形的な特徴について直感的に理解していただくのが狙いでしたが……。
原家の本の特徴は、量は多くないのに江戸後期の基本的な戯作類が、全ジャンルに亘って含まれていることです。これがありがたくて、私は文学史の授業などで使っていたわけです。
しかも、半紙本の合巻や人情本など、イレギュラーな例もあるので、そこから色々考えていくことも可能です。
もうひとつ、最初にある浮世草子だけは江戸時代前半に京都で出版された小説だ、というのは日本史や文学史を習った人は御存じでしょうから、何故ここに? と思うかも知れません。
確かに、早い時期の本があまりない事を考えると不思議なのですが、この本は幕末の改題本であると言うことが判っています(『八文字屋本全集』解題参照)。こう言うところに、江戸時代小説の受容史の面白みもあるわけです。


さて、原家の小説類の中で、量的に多いのは読本と実録写本です。実録については改めて触れるとして、読本は、馬琴を中心になかなか充実しています。そのうち、『椿説弓張月』はよほど好きだったらしく、江戸版・明治版と、合巻まであります。
こうやって、一つの原作が別のバージョンで収蔵されていると、比較が出来ます。
実際には明治に入って大量の別バージョンが生まれていますので、これだけでは研究には足りないのですが、それでも原家の三種は貴重です。

そこで、背面のパネルで少し補足的な展示をしてみました。
web上で再現してみましょう。

『椿説弓張月』江戸版・明治版と合巻
 『椿説弓張月』(ちんせつゆみはりづき)は、曲亭馬琴作 葛飾北斎画、文化四年~文化八年刊。保元の乱で敗れ、伊豆大島に流された後自害した平安時代の武将、源為朝(みなもとのためとも)が実は琉球王家の始祖となったという伝説に基づく読本。

 原家旧蔵書には、馬琴の読本が数多く残されている。特に『弓張月』は、続編五冊の内三冊及び拾遺の第一巻が現存しているほか、明治十六年に和装活字本で出版された物(歌川芳年画)、幕末(嘉永~慶応)に絵本化された合巻『弓張月春廼霄栄』(ゆみはりづきはるのゆうばえ・楽亭西馬作 歌川國輝・芳虎画 表紙三代豊國(國貞)画)が含まれており(一部欠本)、原家の人々にとって特別に愛着のある作品であったことがわかる。
 明治版は、本文が活字に変わっているほか、挿絵は北斎の原画に基づき、芳年が描き直している。展示に際し開いているページ以外の口絵も比較できるよう、コピーを掲示してみる。

 

 
* 左が江戸版(北斎画)、右が明治版(芳年画)


 江戸時代の板本が残っている「続編」には、清盛討伐に向かう途中海難に遭った為朝一行の、妻白縫姫の入水や崇徳院の眷属(天狗)に為朝が救われる場面が含まれている。この場面は、歌川國芳の三枚続き錦絵「讃岐院眷属をして為朝をすくふ図」でも有名な場面なので、コピーによって比較してみる(國芳錦絵はウィキペディア《パブリックドメイン》による)。


江戸版挿絵


明治版は、真ん中のに対応する場面しか挿絵がありません。 


こうして見比べると、挿絵は踏襲しながらも、口絵では独自色を出していることが判ります。もっと比べてみたらいろんな事が解るかも知れません。
北斎・芳年は、それぞれ、その時代を代表する絵師ですが、作風には違いもあります。そう言うことにも興味を持っていただければ幸い。

次に合巻。
同じ場面は表紙にもなっています(三代豊國(國貞)画)。


合巻は全部のページに絵があるので、この場面も複数ページに亘ります。
こちらの挿絵は歌川國輝です。


これは口絵



絵も文字も小さくて判りにくいと思います。
研究したい人は是非直接御覧になって下さい。

* なお、読本の本文は『日本古典文学大系』で是非読んで下さい。血湧き肉躍るスペクタクル。
* 明治時代に出版された「弓張月」は、いくつか、国会図書館の近代デジタルライブラリーで閲覧できます。


こういう資料の比較を面白いと思うかどうかというのが色々分かれ目ですね。
近世の場合、否応なくこう言うのがついて回るので、興味が持てないと厳しいんだけれど、細かく観ていくとホントに気づかされることが多いので楽しいわけです。

長くなったので、取りあえず第一弾はこんなところで。

+*+ 追記 *+*



静岡大学CUE-FMのメンバーがお届けする静大スタイル [ラジオ番組]と言うので取り上げられました(図書館から通報あり。有難うございます)。
図書館特集のようですが、ギャラリーに関しては9分過ぎから。
やっぱりゆるキャラばっかり。

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