22日、バロックヴァイオリンとリュートのデュオコンサートに行ってきた。
小さなホールに心地よい響き。
ヘンデルが一曲あった以外は作曲者名も知らない古楽曲ばかり。
今年は妙な縁で、リュートが絡む演奏会、3度目。
しかも、静岡で。
意外にも仕掛けの面白い曲(ハインリッヒ・イグナーツ・フォン・ビーバー っていう人、面白いなぁ。2曲とも特別注意深く聴いてしまった)、なんて言うのもあるし、作曲家の人生を説明されて引っ張られてしまう曲もあるのだけれど、基本、沈静化させられる。
しかし眠くはならない。
むしろ、背筋が伸び、呼吸が調っていく感じがするのはおもしろい。
戻り梅雨でちょっとなぁ、と言う体調が復活した。
前の「やすらぎの歌」では、特に名倉亜矢子さんの声を初めて聴いた時、妙に泣けて困った。
そういう反応をした人は私だけではなくて、なんだか“デトックス”だった。
金子浩さんのリュートも、包み込むような音で……。
無理矢理、ではあるんだけれど、ここで、ずっと前に書くはずだった音楽療法の事に話を戻そうと思う。
“音楽療法”と言う言葉を聞くと、なんとなく、そういう、“ヒーリング”系を連想する。
その中には、随分怪しげなものもあるし、そうでなくてもなかなか万人に有効だとは思えない。
スウェーデンのFMT脳機能回復促進 音楽療法講演会というのが、7月2日に大学会館ホールであった。
講師はグランベルイ、アニータ(カールスタッド総合大学インゲスウンド音楽大学元講師)さんという人。実演つき。
前の記事でもリンクしたけれど、日瑞音楽留学基金のwebページが紹介している文章を、今度は引用してみる。
* 脳機能回復促進音楽療法とは?
音楽療法というと、一般的にグループのクライエントを対象に一緒に演奏したり、歌ったりする形が多いようです。そして、色々なメソードで、クライエントが音楽に反応し自ら演奏するようになるのを助け、その過程で、つまり音楽の体験やカウンセリングによって、クライエントが癒されるのを手助けするようです。
脳機能回復促進音楽療法は、その内容とはかなり異なり、治療中に言語は全く使用せず 、イエルム氏が開発した音のコードが、クライエントの筋肉(動作)を通して 脳を刺激するという、ユニークなものです。
この療法の一番の特徴は、次のカテゴリーに当てはまる人が、病気や環境の影響など、何らかの原因によって、身体の機能をも制御する脳の機能が、アンバランスになっている事実に注目している事です。一対一の個人治療で、言葉は全く使用しません。テラピストが音響ピアノを、クライエントが幾つかの打楽器を使用します。
イエルム氏が創作した音楽のコードをテラピストが弾くと、クライエントの中で何かをしたい(行動)という要求が生まれ、クライエントは打楽器を打ち始めます。テラピストはクライエントの様子を見ながら、音楽コード、打楽器の位置や種類などを色々と変化させていきます。クライエントのこのような筋肉を使った行動が、自身の脳に記憶トラック(航跡)を作り出し、結果的に脳のアンバランスが回復されるのです。つまり筋肉と神経を通して、脳に刺激を与える療法なのです。
* 療法の対象となるカテゴリー
1)リハビリテーション
出生時損傷(CPなど)、筋肉の病気、事故による障害、脳梗塞
2)ケア
能力障害、行動障害、自閉症及びそれに類似するもの
幾つかの精神病のケア、老人のケア、認知症
3)機能低下
読み書き困難(Dyslexi)数学的思考困難、集中困難、アスペルガース
シンドローム、DAMP, ADHD, ADD, 幾つかの精神的問題
4)自発的セラピー
生活向上、ストレス解消
私は実際にいくつかの実例を記録した動画と、ちょっとした“実演”を観たのでこの説明で解るのだけれど、多くの人は、やはり「???」ではなかろうか。
実際、心理療法士(かな?)の人が、メンタルな反応なのではないか、と言うようなことで食い付いていた(んだと思う)。
「音楽療法というと、一般的に……つまり音楽の体験やカウンセリングによって、クライエントが癒されるのを手助けするようです。」
私が上に書いたのは、この範疇。
しかし、FMT療法では、「治療中に言語は全く使用せず 、イエルム氏が開発した音のコードが、クライエントの筋肉(動作)を通して 脳を刺激するという、ユニークなものです。」
アフターの質問でもあったのだけれど、ここで“コード”という言葉が、一つネックになる。音楽の話なので、どうも、特殊な和音なのかと思ってしまう。
そうではなく、この場合、シンプルなリズムとメロディのシークエンスというか、モチーフというか……。
で、それが、筋肉や脳を直接刺激すると言うのでもない。
もっとずっと“リアル”な話だ。
最初、クライエントは安定した椅子に座り、傍に一見無造作に少数の打楽器が置かれている。それからスティック。
テラピストは、目の前のピアノの前に座る。
「何らかの原因によって、身体の機能をも制御する脳の機能が、アンバランスになっている」クライアントに対して、テラピストが無言のまま、ピアノで音を示す。そうすると、クライエントは与えられた幾つかの打楽器で、自然にあわせようとする(アフォーダンス!)。
そのとき、クライエントは、どこかでバランスを崩す。
この辺が修行を積んだ療法士でしかできない勘所なのだけれど、クライエントのあわせ方の課題を見つけると、「音楽コード、打楽器の位置や種類などを色々と変化させ」る。つまり、身体のバランスのゆがみを打楽器(場合によってはホイッスルも)の様々なバリエーション(本当に微妙な高さ、距離、角度、それからスティックの形状もいろいろ)を調整し、“コード”も変わっていく。
「自身の脳に記憶トラック(航跡)を作り出し、結果的に脳のアンバランスが回復される」というのは、そうやって療法士と“セッション”している間に、身体が“真っ直ぐ”になっていく、という感じ。
これも、“科学的な根拠”の検証は不十分だと言うことだけれど、で、多分、個々の“コード”についてのあれこれはさっぱりわからんのだけれど、感覚的に、非常に納得できるモノだと思った。
これは、茶道や禅にも通じるかも知れない(と言うと、また“スピリチュアル系”と誤解されるか)。
修得するのは大変だと思うけれど、とても興味深い物を見た。
改めて小西先生にも感謝。
昨夜の話に戻る。
本当に贅沢な夜。
終演後、主催者に誘われて打ち上げに参加。
私にはさっぱり解らないケルンの音楽事情の話や、共通の知り合いのことや、他愛のない世の中の話や。
しかし、そういう“世間話”のなかに、“人”が出てくる。
気むずかしさや、気さくさの中にある誠実さとか。
リュートはともかく、デザイン的には殆ど変化が止まっていたと思っていたヴァイオリンの解説やら、リュートの譜面やら、豆知識もふえたし。
阿部さん、蓮見さん、ありがとうございました。
サイン入りCD、しばらく愛聴盤です。
またどこかで。
小さなホールに心地よい響き。
ヘンデルが一曲あった以外は作曲者名も知らない古楽曲ばかり。
今年は妙な縁で、リュートが絡む演奏会、3度目。
しかも、静岡で。
意外にも仕掛けの面白い曲(ハインリッヒ・イグナーツ・フォン・ビーバー っていう人、面白いなぁ。2曲とも特別注意深く聴いてしまった)、なんて言うのもあるし、作曲家の人生を説明されて引っ張られてしまう曲もあるのだけれど、基本、沈静化させられる。
しかし眠くはならない。
むしろ、背筋が伸び、呼吸が調っていく感じがするのはおもしろい。
戻り梅雨でちょっとなぁ、と言う体調が復活した。
前の「やすらぎの歌」では、特に名倉亜矢子さんの声を初めて聴いた時、妙に泣けて困った。
そういう反応をした人は私だけではなくて、なんだか“デトックス”だった。
金子浩さんのリュートも、包み込むような音で……。
無理矢理、ではあるんだけれど、ここで、ずっと前に書くはずだった音楽療法の事に話を戻そうと思う。
“音楽療法”と言う言葉を聞くと、なんとなく、そういう、“ヒーリング”系を連想する。
その中には、随分怪しげなものもあるし、そうでなくてもなかなか万人に有効だとは思えない。
スウェーデンのFMT脳機能回復促進 音楽療法講演会というのが、7月2日に大学会館ホールであった。
講師はグランベルイ、アニータ(カールスタッド総合大学インゲスウンド音楽大学元講師)さんという人。実演つき。
前の記事でもリンクしたけれど、日瑞音楽留学基金のwebページが紹介している文章を、今度は引用してみる。
* 脳機能回復促進音楽療法とは?
音楽療法というと、一般的にグループのクライエントを対象に一緒に演奏したり、歌ったりする形が多いようです。そして、色々なメソードで、クライエントが音楽に反応し自ら演奏するようになるのを助け、その過程で、つまり音楽の体験やカウンセリングによって、クライエントが癒されるのを手助けするようです。
脳機能回復促進音楽療法は、その内容とはかなり異なり、治療中に言語は全く使用せず 、イエルム氏が開発した音のコードが、クライエントの筋肉(動作)を通して 脳を刺激するという、ユニークなものです。
この療法の一番の特徴は、次のカテゴリーに当てはまる人が、病気や環境の影響など、何らかの原因によって、身体の機能をも制御する脳の機能が、アンバランスになっている事実に注目している事です。一対一の個人治療で、言葉は全く使用しません。テラピストが音響ピアノを、クライエントが幾つかの打楽器を使用します。
イエルム氏が創作した音楽のコードをテラピストが弾くと、クライエントの中で何かをしたい(行動)という要求が生まれ、クライエントは打楽器を打ち始めます。テラピストはクライエントの様子を見ながら、音楽コード、打楽器の位置や種類などを色々と変化させていきます。クライエントのこのような筋肉を使った行動が、自身の脳に記憶トラック(航跡)を作り出し、結果的に脳のアンバランスが回復されるのです。つまり筋肉と神経を通して、脳に刺激を与える療法なのです。
* 療法の対象となるカテゴリー
1)リハビリテーション
出生時損傷(CPなど)、筋肉の病気、事故による障害、脳梗塞
2)ケア
能力障害、行動障害、自閉症及びそれに類似するもの
幾つかの精神病のケア、老人のケア、認知症
3)機能低下
読み書き困難(Dyslexi)数学的思考困難、集中困難、アスペルガース
シンドローム、DAMP, ADHD, ADD, 幾つかの精神的問題
4)自発的セラピー
生活向上、ストレス解消
私は実際にいくつかの実例を記録した動画と、ちょっとした“実演”を観たのでこの説明で解るのだけれど、多くの人は、やはり「???」ではなかろうか。
実際、心理療法士(かな?)の人が、メンタルな反応なのではないか、と言うようなことで食い付いていた(んだと思う)。
「音楽療法というと、一般的に……つまり音楽の体験やカウンセリングによって、クライエントが癒されるのを手助けするようです。」
私が上に書いたのは、この範疇。
しかし、FMT療法では、「治療中に言語は全く使用せず 、イエルム氏が開発した音のコードが、クライエントの筋肉(動作)を通して 脳を刺激するという、ユニークなものです。」
アフターの質問でもあったのだけれど、ここで“コード”という言葉が、一つネックになる。音楽の話なので、どうも、特殊な和音なのかと思ってしまう。
そうではなく、この場合、シンプルなリズムとメロディのシークエンスというか、モチーフというか……。
で、それが、筋肉や脳を直接刺激すると言うのでもない。
もっとずっと“リアル”な話だ。
最初、クライエントは安定した椅子に座り、傍に一見無造作に少数の打楽器が置かれている。それからスティック。
テラピストは、目の前のピアノの前に座る。
「何らかの原因によって、身体の機能をも制御する脳の機能が、アンバランスになっている」クライアントに対して、テラピストが無言のまま、ピアノで音を示す。そうすると、クライエントは与えられた幾つかの打楽器で、自然にあわせようとする(アフォーダンス!)。
そのとき、クライエントは、どこかでバランスを崩す。
この辺が修行を積んだ療法士でしかできない勘所なのだけれど、クライエントのあわせ方の課題を見つけると、「音楽コード、打楽器の位置や種類などを色々と変化させ」る。つまり、身体のバランスのゆがみを打楽器(場合によってはホイッスルも)の様々なバリエーション(本当に微妙な高さ、距離、角度、それからスティックの形状もいろいろ)を調整し、“コード”も変わっていく。
「自身の脳に記憶トラック(航跡)を作り出し、結果的に脳のアンバランスが回復される」というのは、そうやって療法士と“セッション”している間に、身体が“真っ直ぐ”になっていく、という感じ。
これも、“科学的な根拠”の検証は不十分だと言うことだけれど、で、多分、個々の“コード”についてのあれこれはさっぱりわからんのだけれど、感覚的に、非常に納得できるモノだと思った。
これは、茶道や禅にも通じるかも知れない(と言うと、また“スピリチュアル系”と誤解されるか)。
修得するのは大変だと思うけれど、とても興味深い物を見た。
改めて小西先生にも感謝。
昨夜の話に戻る。
本当に贅沢な夜。
終演後、主催者に誘われて打ち上げに参加。
私にはさっぱり解らないケルンの音楽事情の話や、共通の知り合いのことや、他愛のない世の中の話や。
しかし、そういう“世間話”のなかに、“人”が出てくる。
気むずかしさや、気さくさの中にある誠実さとか。
リュートはともかく、デザイン的には殆ど変化が止まっていたと思っていたヴァイオリンの解説やら、リュートの譜面やら、豆知識もふえたし。
阿部さん、蓮見さん、ありがとうございました。
サイン入りCD、しばらく愛聴盤です。
またどこかで。
ビーバー、2曲とも面白かったでしょ(笑)
そして、ただ一人妙に姿勢のいいお客さんがこにたさんで面白かったです(笑)目立つしね。
音楽療法というのは、きちんと勉強してないですけれど、例えば老人とか障害者とか、みんな笑顔になるので、やっぱりいいなあ、と思います。
打ち上げも楽しかったですね。若干わけわからん話も出たので退屈かしら?とも思ったけれど、まあそれはいろんな繋がりがあることなのでご勘弁。
どうも、おれら専門家が集まるとどうしても専門的な話や内輪の話になりがちで、そこはもうちょっとフォローしないとなあ、とも思いました。そこは反省点。
CDもお買い上げ、ありがとうございました。そちらの感想も是非お願いします。ちなみに今ずっと聞いています。
そうそう、老人ホームで楽器持たせて笑顔回復、みたいなのを、単純に音楽のヒーリング効果、とか言わないで、ちゃんと継承可能な体系的なメソッドにしよう、と言うことなんだと思います。
あれもこれも、貴重な体験でした。
すいません、座高が高いんで。