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木漏れ日の雑木林

金剛山の西山麓で里山の保全活動を行っています。自称若者集団ですが、実態は?

栗拾いの工事を

2023年09月10日 05時39分14秒 | 森の果樹園

夜が明けてきた。どうやら良いお天気のようだ。本日は定例の森の作業日、子狸が参加不能なので現場からの中継は出来ないが、過去の画像を使いながら大凡の作業内容を予測してみようと思う。時期的には栗の季節、森の栗林も実りが始まっている頃かと思われる。例によって草刈がメインなのだが、栗への対策も抜かせない。ご存じかと思うが、栗はイノシシの大好物、早い話がイノシシとの争奪戦が始まるのだ。連中は木登りは得意では無い。専ら落下した実を拾うのだが、行動時間が夜のため人間よりは時の優位性がある。イノシシに打ち勝つには知惠が必要なのだ。

落下した栗の実を拾ってるだけではイノシシにさらわれるのがオチ、どうしても先に収穫する必要がある。そこで考えたのがネット作戦、栗の木の下にネットを張り巡らし、落下する実を受け止めてしまおうとの手法だ。地上1メートル以上の高さにネットを設置し、イノシシがアタック出来ないように工夫した。当然ながら工事の必要性があり、相当な手間暇を要する。本日は工事の初日かと思われる。現場は山の中腹の栗林、栗の木までネットを搬送するだけでも大変だ。若くて体力豊富なスタッフが必要なのだが、自称若者ではなかなか太刀打ちが困難だ。

ネットを地上に並べるだけなら簡単だが、地上数メートルの高さとあれば支柱の設置も必要となってくる。「工事」と呼ぶ所以でもある。栗の実を収穫するのも大変なのだ。イノシシとの争奪戦が無ければ事は簡単なのだが、何せ連中の方が先住民、地の利を弁えている。どうしても人間の方が後手に回りやすく、勝負に勝つのはなかなかに困難なのだ。

仲間達も本日は工事に専念だろう、とてもじゃないが草刈にまでは手が回らないかと思う。どうしてそこまでも、と疑問に思われるかも知れないが、栽培してみるとお解り頂けるかも。手塩に掛けて育てた栽培物、木の実であれ野菜であれ、害獣達にむざむざと収奪される無念さがどんなに辛いものかと。たかが栗の実なれど、1年間の汗の結晶なのです。

農園でも害獣の存在はあるが、小型の小動物に限られている。だが森の果樹園では対象がイノシシ、破壊度がまるで違ってくる。同じネット作戦とはいえ、求められる強靱さが格段の相違なのだ。必然的に対策工事も複雑となり、手間暇を要することに。仲間達も大変な作業となってくるが、イノシシに負けて敗退するのもイヤなのだ。困難な作業が始まった、日中はまだまだ暑い、熱中症に留意しながら作業に専念されますように。

 

 

 

 

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ゴーヤの奮闘

2023年09月09日 07時24分16秒 | 耕作放棄地

朝夕メッキリと涼しくなってきた。夜明け前など少々冷え込むぐらいで、睡眠も自ずと深くなるようだ。それは良いのだが、眠りのパターンが変化し、本日も目覚めたら7時過ぎ、リズムが狂いだしたようだ。慌ててモニターに向かっている。夏も終わり、初秋に入ってるのに眠りのスタイルも変化させないと。農園も夏から秋への変動、野菜達も夏野菜は終了だ。微かに残っているのがゴーヤ、ピーマン、ナス位だろうか。中でもゴーヤは奮闘中で、今尚、実りを続けている。

画像が本日の収穫分だが、5~6本もあるだろうか。正直1~2本もあれば十分なのだが、期待以上の収穫物だ。持ち帰り、ご近所のマダム衆に打診とあいなってくる。我が家のみでは消費が困難だ。ゴーヤは馴染まれてきたとはいえ、まだまだ南洋野菜といったイメージが強く、一般的とは言い難い。マダム衆も両手を上げてウエルカムとは言いがたいようだ。何とかさばいて新鮮野菜も無くなった。シーズン的にはサツマイモの期待中と言った雰囲気、やはり野菜の種別によって期待値は変動するようだ。

ゴーヤは概ね二日に1回位収穫している。それでいて上記のような状況なので、有り難いやら困惑するやら。慣習でもあるゴーヤ茶作りに励まれたら・・・・・・との叱咤激励が飛びそうだが、そうそう何回ものお茶作りも必要ない。飲み物はゴーヤ茶のみでは無いのだ。専らご近所のマダム衆が消費のご担当となる次第だ。

同様事情は仲間達も同じようで、お隣の「百姓候補生」氏も来園するたびに大量のゴーヤを抱えて帰宅の身だ。持てあましている、というのが傍目からの実感だろう。彼はゴーヤ茶作りの先駆者、自宅では大量の在庫が眠っている模様だ。近隣事情も同じようで、希望者は少ないとか何とか。実りの充実度も程度問題だろうか。

画像でもお解りのようにゴーヤの棚はまだまだ花盛り、もうしばらくは実りが続く模様だ。ゴーヤの奮闘は継続中のようで、生命力の強さに感嘆せざるを得ない。南方野菜特有の力強さとみるか、呆れた存在とみるか・・・・・・・多くの実りを頂戴していて、贅沢な悩みでもあるのだが。ちなみに私宅の山の神の話によれば、ゴーヤ1本100円前後だったのが、9月にはいって150円前後に上がったとか。ゴーヤの価格も秋仕様に衣替えなのだろうか。

 

 

 

 

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初秋の棚田

2023年09月08日 05時42分59秒 | 棚田

緑一色だった棚田地帯が、何時しか黄色みを帯びてきた。田園風景も様変わりの模様だ。当地は階段状の狭小な田圃が多い。数量的には僅かとはいえ米作地帯と言っても過言では無いだろう。米中心の稲作地帯が収穫の時期を迎えつつあるのだ。当地の稲刈りは10月の初旬位、残すところ一ヶ月も無い。コンバインやバインダーが走り回るのも間もなくなのだ。

我々も共同で稲作に従事していた。預かった田畑の一部に田圃があり、条件的にも稲作専用の耕地であった。十数年継続して、諸事情の故別の仲間達に引き渡したのだが、しんどいが楽しみな作業でもあった。とりわけ秋の収穫時が大きな喜びであったのは言うまでも無かろう。30キロ入りの玄米袋で一人当たり4~5袋もあっただろうか。持ち帰るのに難儀したのを覚えている。車に積み込むのが大変だったのだ。米作りは野菜栽培とは異なり、充足感と安堵感の実感がまるで別物だった。やはり主食の獲得は人間にとって大きな満足感をもたらすようで、給料日に口座の数字を確認するのとは別格の喜びなのだ。

条件的に許されるのであれば、やはり主食の栽培に挑戦すべきだろう。自分たちが食べる物を自分たちの手で栽培する、これほど確かな生き様も無いだろうかと思う。積み上がった米袋からは安心と喜びがもたらされる。家族にとっても生き残れる確約であり、向こう1年間の安心料でもある。縄文・弥生の昔から営々と続けられてきた営みだが、次第に継続が困難となりつつあるのが残念だ。あと10年もすれば田園風景も様変わりしてしまうのかも。

日照通風の差異によるのか、同じ村内でも黄色みの色合いが異なっている。黄金色に近いものから緑に近いものと相違はあっても稲刈りはほぼ同一時期だ。残る1ヶ月程で差異も収束してくれるのだろう。我が国は、かって「黄金の国ジパング」とも評価されたとか何とか、南蛮人達が何を見てそう思ったのか不思議だが、一つには黄金色に波打つ稲穂の群落からイメージしたものかもと。

棚田地帯も黄金色に近づいてきた。「黄金の国ジパング」が目の前に出現するのも間もなくであろう。稲作に従事した訳では無いが、稲穂の実りは我々にとっても大きな喜び、事故や災害にも遭遇せず、1年間を慎ましく乗り切ってきた証でもあるのだ。祭り太鼓が鳴り響くのも間もなくだろう、秋空の下、収穫の喜び組みに仲間入りしようかなと思っている。

 

 

 

 

 

 

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撤収作戦の開始

2023年09月07日 05時40分10秒 | 耕作放棄地

例の若き挑戦者であるO氏だが、関東転勤がいよいよ本決まりの模様だ。彼と出会って数年、共に農作業を行ってきたが、啓発される事も多かった。去って行くのは残念だが、業務の都合とあらばやむを得ないだろう。関東の地が何処なのかは不明だが、チャンスを見つけて耕地と農作業に再挑戦して欲しいものである。最終的にはミャンマーの地で農業の起業を・・・・・・・・という大それた野望をも秘めている。軍政下の政情で条件は厳しいかと思うが、挑戦されることを願っている。

彼が携わってきた耕地だが、上記事情を反映して撤収に着手し始めた模様だ。朝、出勤してみると部分的に雑草が刈り取られていた。何時ものパターンで出勤前の早朝時間帯に作業を行ったのだろう。面白いのは、飛び飛びに雑草が刈り取られていること。栽培物の加減かと思われるが。まるで虎刈りのようで、彼の性分を表現してるのかも。ともあれ、変動は始まったようだ。若き青年のこと、ほったらかしの状態で逃亡かとも思えたが、撤収作業を行って整理整頓を試みる模様。「最近の若者」では無かったようだ。

かたや「大御所」の草刈のように、支援者の応援作業も進んでいる。仲間達も気がかりな模様だ。ここしばらくは転居の準備か、農作業も進捗出来なかったようだ、彼の耕地も雑草の山となっている。草刈だけでも相当な手間暇であろう。子狸も応援に着手したいが、ここしばらくは時間を確保できない。冬野菜の種蒔きシーズンで、追われまくっているのが実情。しばらくは猶予あれ。

彼の耕地にはハーブやミントそれにハヤトウリ等が点在している。立派に成長しつつあり、撤去は偲びがたいがまさか持参するわけにもいかないだろう。結論的には全て撤去し、乾燥を待っての焼却処分かな。もったいないが致し方あるまい。

「邂逅」とは巡り会うこと・・・・とか。人の出合いは偶然であり且つ必然であるのかも知れない。彼が今後どのような人物達と出合い啓発されていくのか、楽しみを持って見守っていこうと思っている。素晴らしい人物達との出合いに遭遇出来ることを願っています。

 

 

 

 

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シュウカイドウの群落

2023年09月06日 04時55分33秒 | 余話

当地の南端に岩湧山(897メートル)と言う山が存在する。かっては修験道の道場として栄えた山だが、最近は専ら軽登山の対象地であろうか。府内最高峰の金剛山とも連なっており、多くの方々が登っておられる。子狸も時折お邪魔するのだが、登山としてでは無い。中腹にある「岩湧寺」が目的で、此処までは車の利用が可能なのだ。岩湧寺の駐車場に車を止め、付近の散策といったスタイルが最近の動向であろうか。岩湧寺は無住職のお寺さんで、寺守の方が毎日麓から通っておられるとか何とか。少々寂しげな雰囲気だ。寺を訪ねるのは信仰心では無い。専ら「スギ」や「カヤ」の巨木を訪ねたり「シュウカイドウ」を眺めたり・・・・・・・が主な目的。今の時期だと、シュウカイドウの群落を訪ねるのがお目当てだ。

シュウカイドウは修験道華やかりし頃に植え込まれたものと思われるが、寺付近と道中の参道に満載だ。林道としての細い参拝道だが、かろうじて車1台は通行可能だ。対向車が来ればご想像通りなんだが、そこはまあ。シュウカイドウは日陰の木漏れ日ぐらいが適度の環境らしく、日当たり良き場所には少ない。巨木の合間の微かな木漏れ日を好んで生息する模様。お探しの場合にはご留意を。

時期的には今頃、晩夏から初秋に掛けてが開花期だ。従ってお盆過ぎ頃からソワソワしだしてくるのだが、8月中よりも9月の声を聞いてからが望ましいだろう。麓の集落を離れる頃から道端に覗きだし、高度が上がるにつれ増えてくる。やはり満載箇所はお寺の周辺、駐車場に車を止めてからだろう。多宝塔周辺をキーポイントに探されるのが適当かなと。

花の状況については画像でご確認ただきたいが、薄いピンクの可憐な花が咲き誇る。ものすごい数で、個々の花よりも群落を眺めるのがメインかな。撮影も群落中心となってくる。とりわけお寺周辺はシュウカイドウの花が咲き誇り、花園の中を彷徨うような状況だ。カメラを担いだ同好の士や登山帰りの方々も参加し、専ら撮影会の雰囲気。にわかカメラマンのオンパレードとなってくる。

道中が少々危なげだが、シュウカイドウの群落は秀逸だ。時間が取れれば是非にお訪ねあれば幸いかなと。元気があれば、岩湧山登山と兼ねられるのも楽しみかもしれません。秋晴れの1日、登山と撮影に汗を流すのも快適ですよ。

 

 

 

 

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