春は花咲く野辺に、秋は星降る夜に・・・

ー春秋、徒然なるままに・・・

[9]エゾプトの旅(エジプト考古学博物館・ハン・ハリーり)

2010-03-26 11:52:50 | Weblog

2月27日・28日

  ツタンカーメンの黄金のマスクで知られている
  エジプト考古学博物館を県学

    エジプト考古学博物館(入場券) 
   

 残念ながら博物館内は、一切撮影禁止となっている。
 カメラやビデオ等は、預かり所に預けて入場。
 建物上部の2本の旗の真ん中には、入場口を監視する点のように
 小さいカメラが設置されていた。
 4500年以上も前の初期王国時代のものから末期王国時代、
 グレコ・ローマン時代まで、12万点以上の展示品が見られる

          エジプト考古学博物館前景 
 

 古代の実物に会え、興奮しっ放し!!!

☆ ツタンカーメン王の黄金のマスクは、22K黄金とブルーのラピスラズリが
 本当に美しい!
 頭部のコブラとコンドルは上下エジプトの統一を表わしている。
 水晶と黒曜石の眼に力がある!
 マスクの後ろ肩には「死者の書」の呪文がヒエログリフで細かく刻まれていた。
 ツタンカーメン王の財宝の数々の豪華さ!凄さ!

       カイロ・国立博物館所蔵のツタンカーメン王関係
                               (いずれも墓からの出土品)
                                  
(館内は撮影禁止のため参考図書より)

ツタンカーメン王の黄金のマスク ツタンカーメンのミイラが収められていた棺
   

ツタンカーメン王の「力」像(木製)        ツタンカーメン王の玉座(木製)
                             

☆ミイラ室は、別料金でミイラ室入口で、100エジプトポンドのチケット
  (ここはエジプトポンドのみ、円、ドル、ユーロは不可。)
  ミイラ室に眠る23体のびっくりのするほど保存状態の良いミイラが
  語りかけ・・・
  数千年前の死体とはとても思えない。まつげや爪までしっかり
  残つている ・・・

 「エジプト考古学博物館」への訪問は、私にとって「壮大なロマン」
 
そのものだった!!
 

 昼食は久しぶりに日本食(鉄板焼きシーフード)

    鉄板焼きのパフォーマンス       美味しいご飯にご満悦
  

ハン・ハリーリスーク(市場)

    エジプト最大の市場。発祥は14世頃と歴史ある市場。
    迷路のような民芸品市場。トルコのバザールに似た感じです。

        
         写真はハーン・ハリーリ入口。   
  
           
迷子にならないように
          このミナレットを目標にしました。
       

スークの狭い通路にあるバデスタン門    狭い路地にお店が並びます。
  

  絨毯やショール、カラベーヤの衣類から始まって、金属品、食料品、嗜好品
  お土産の小物からガラクタまで、無いものは無い!

         スカーフ・ガラベーヤのお店、商品は凄い量!
      

               生ジュースのオープン喫茶
 

   物売りの”ワンダラー!ワンダラー!”の呼び声を聞きながら・・・
   マンゴー生ジュウスを戴きましたが(3ドル)大変美味しかったです。
   飲んだ後のお腹の心配が・・・特に何もなく無事クリアー!

カイロ空港へ
 17時15分空路、エミレーツ航空 924便でドバイへと帰路に付きました。

  
 しかしドバイ空港が砂嵐の為一時閉鎖、機はベイルートに着陸3時間後に
 ドバイ到着。
 ドバイで3時間の待ち時間にお買いものをと予定していましたが、
 ゲートに直行。(買い物が出来ず残念!)
 関西空港からの羽田便もぎりぎりセーフ!

 無事全員元気で帰国しました。

  


[8]エジプトの旅(アブ・シンベル神殿)

2010-03-24 15:27:27 | Weblog

2月26日

早朝8時下船後、専用車でアスワン空港へ!
      エジプト航空でアブ・シンベルへ行きます。

                アスワン空港
  

 アブ・シンベル空港からシャトルバスで神殿へGO!

  アブ・シンベル神殿(入場券
  
  
所在地 :アブ・シンベル(下ヌビア)
   建造年 :BC1290-BC1224頃
      祭神   :大神殿
                ラムセス2世 / アメン・ラー神
                ラー・ホルアクティ神 / プタハ神
            :小神殿
                ネフェルタリ女王 / ハトホル神

  紀元前1250年頃、ラムセス2世が建造した。この神殿は長い間砂の中に埋 
  もれていたが、19世紀になってようやく発見され、人々の前に姿を現すよう
   になったという。
    1960年代のアスワンハイダムの建設によって水没の危険にさらされたが、
  1963年からユネスコの救済政策によって、5年の歳月をかけて現在の場所
  に移築されたことでも有名。

        神殿前景、奥に観れるのはナセル湖
 

                 大神殿
               幅38m 高さ32m
        巨大像の全てがラムセス2世、デッカイでーす。
 

       真中に!
権力(ウセル)と真理(アマト)を意味する記号を
手にした太陽神ラー・ホルアクティ。隼の頭をしている
両側のレリーフは、アマトの小像を捧げるラムセス2世。↓は太陽を礼拝する
                                  ヒヒ。全部で22体
 

              小神殿
             幅28m 高さ12m
          とは言っても、やはり デカイ!
 

  ラムセス2世が第一王妃ネフェルタリのために築いたのがこのアブシンベル
  小神殿。
  神殿の前面には6体の立像が並んでおり、2体のネフェルタリ像をラムセス
  2世像が両脇を挟む形で並んでいる。
  足元には小さな像が彫られているが、王子や王女らしい。

             大神殿と小神殿
 

    帰り道に警戒のお巡りさん            憩いの喫茶店
  

  
お土産屋さん                  アル・シンベル神殿を後に・・・
  

  観光後ふたたびアブ・シンベル空港からエジプト航空でアスワンを
  経由いて、カイロへ。

  
14時近くにカイロ到着後

  スエズ運河開通式の迎賓館として使われた
  「マリオットホテル&オマールカヤム・カジノ」で休息
  今夜はここで一泊

 夜はベリーダンスを夕食時に観賞(船上レストランで)

         船上レストランの入り口
 

           ベリーダンスショー(色っぽかったですョー!)
            

           男性の踊りも迫力があって素敵!!
      
     
              船上からのカイロの夜景
  

☆エジプトの最期の夜を皆さんで楽しく過ごしました!

  明日は出国、エジプトともお別れ!
 
  サヨーナラー(_´Д`)ノ~~.。・:*:・゜`☆、。・:*:・゜`★*


 

 


[7]エジプトの旅(アスワン・ハイダム イシス神殿 切りかけのオぺレスク)

2010-03-23 22:42:35 | Weblog

2月25日
  今日は一日アスワン観光

 アスワンダム

 
          ダム構造の説明図
 

 
 
アスワンハイダム(新ダム)
  製造年  :1960年着工 1979年完成 ソ連が資金と機材を提供
  構造     :ロックフィル式
  大きさ  :高さ111m  長さ3830m
                 幅(基礎部分)980m (堤頂部分)40m幅道路
  発電量  :12基で合計210万Kw (参考 黒部ダム 33.5万Kw)

アスワンロウダム(旧ダム)
  製造年  :1898年着工 1902年完成 イギリスが建設
  構造    :バットレスダム
  大きさ   :高さ51m 長さ2140m 貯水量55億m3

  ダムの上流に出来た湖は、当時のナセル大統領の名前から、
         「ナセル湖」と名付けられている。
 

      
ダムの下流、ナイル川です
    この6.4Km下流に、旧アスワンダムが有ります
 

      ナイル河左岸             ナイル河右岸(発電所)
  

ボートに乗ってフィラエ島に建設されたイシス神殿へGO!

   フィラエ島に向かう船の乗船場。                  船(モーターボート)
  

           船からイシス神殿が見えて来ました。
 

     イシス神殿(入場券)
  

   
建造年 :BC380-AD300年頃
   所在地 :アスワンの南新フィラエ島
   祭神    :主神殿 ー イシス神

                  第一塔門
 

     列柱が壮観です              正面の入口左右にライオンが
                             顔が破壊されている
     

                至聖所内部のレリーフ
   

              トラヤヌス帝のキオスク
 

    ディオクレティアヌスの門          帰り船の中から・・・
  

    帰りの船からの風景           サギさんかしら・・・?  
  

                 帰りの船着き場
     


  
切りかけのオベリスク
        入場券

  
   年代    :第18~19王朝
    場所    :アスワンの町から南へ1Km位
    長さ    :41.75m
      重量    :1168トン(推定)
      材質    :花崗岩

          オぺレスクに向かって・・行進
  

              前方に見えて来ました
  

  切りかけのオぺレスク 先端部にヒビが入っているのが良く分かります。
  もし、完成していたら最大の大きさになった未完成のオベリスク。

   


 午後白いフォかけ舟”ファルーカ“でミニセーリングの予定でしたが、
 砂嵐の為ボートで中洲のエレファンティ島へ!
 地元ヌビア人、民家を訪ねました。

          空は曇って風が黄砂を巻き上げます。
     

          砂嵐の風景                  島に上陸
  

  全員マスクをしてスカーフをかぶり帽子も、 完全武装!

     言葉も顔も違うヌビア人民家を訪問
         お部屋でお茶をご馳走になりました。

 

      壁に珍しい額が・・(富士山の絵)
  

             帰りの船の中 
 

 
             砂嵐の太陽 (始めてみる景色)
       

  夜は船でヌビアダンスのショーがありましたが、体が埃で気持ちが
  悪く早々にお風呂に入っては早く休みました。

  明日はもう下船!早いものですね!
 


[6]エジプトの旅(エドフ・ホルス神殿とコム・オンボ神殿)

2010-03-21 16:32:55 | Weblog

2月24日
  エドフ入港

   馬車に乗ってエジプトで最も保存状態の良い巨大なホルス神殿を
   観光します。

         乗り心地の良い馬車で気分爽快!
  
  
  

    ホルス神殿(入場券)
  
  建造年 :BC237-BC57年
  建造主 :プトレマイオス3世-12世(アウレテス)
    所在地 :エドフ(アスワンとルクソールの中間)
   祀神   :主神殿    -ホルス神
             :小礼拝堂-様々な神

           先方に塔門が見えてきました。
 

                   高さ36m、幅137mのビッグな塔門
 

             
太陽とコブラのマーク。塔門の正面上に見えます。
           



              正面に第一列柱室
               入口の左右にも、ホルス神の像が
 

     エジプトで最も美しいホルス像(左)    負傷を負ってイルホルス像(右)
             

                  列柱の様々
  
  何故か第2列柱室の天井は、真っ黒。後年キリスト教徒が占拠し、煮炊きを
  した為とか・・・宗教的理由から、故意に消したのではないかと・・・

       

至聖所

     至聖所に復元された船の形をした神輿が置かれていました。
     後ろは、ネクタネボ2世の名が刻まれた、花崗岩製の祠。
 
 
 暑さは一層厳しくなってきて朝の馬車で船に帰船
         (船はコム・オンボに向けて出港)

  お昼は船のデッキでバーべキュー
          船上のテントの中は涼しく快適!素晴らしいランチ!
  

  

 船は4時頃コム・オンボ入港

     コム・オンボ神殿(入場券)
    
    建造年 :BC330-BC30頃
    所在地 :コム・オンボ(アスワンとエドフの中間地)
    祀神    :右-鰐の神ソベク
              :左-隼の神ハロエリス
     

   
エジプトで唯一、二つの神殿が一体となった珍しい構造の神殿。
       正面入り口(礼拝堂には聖なるワニのミイラが保存されている)
 

            前庭に柱列が左右にある
 
 

         天井絵はウワジェト女神とネクベト女神。
            奇麗に色彩が残っている。
      


     白い王冠は上、エジプトの象徴でネクベト女神(ハゲワシ)が守護した。
                 ウワジェト女神
      
 
                  ネクベト女神
      

            当時の暦(カレンダー)
  
         目を見張る様なものばかりでした。感動!

 船は夜アスワンに入港

 夜はガラベイヤ(民族衣装)・パーティーが開かれました。
   

 船のスタッフ・乗客全員がガラベイヤ姿で夜遅くまで楽しんで騒いで
 いました。
  明日はアスワン観光でーす。

    ○Oo。.(T¬T)/~~~オヤスミナサイ良い夢を!

 


[5]エジプトの旅(ナイル河航行・エスナ水門)

2010-03-19 16:16:17 | Weblog

2月23日

   ルクソール出港
     ナイル河クルージング
         (今日は一日お船でのんびり)
         

                     乗船しているクルーズ船
 

                  船内ご紹介

         エントラス                            レストラン
  

        客室              バーのある憩いのルーム
  

      デッキののプール          デッキの憩いのお席
  
  
ガラベイヤーの店・貴金属店・絵葉書等 サウナ・アスレチッククラブも
  完備しています。

  ベストシップ賞受賞の船だけあって素晴らしい船です 大満足!!

   アマルコ1号からのナイル河の眺め・・・最高!
 

  

 

 エスナ水門 
  エスナには水門があり、水門を通るためすでに多くの船が順番待ち
  をしています。
  水門待ちのエスナの夕陽はとても海に映えて綺麗でした

 

停泊して順番を待っている間、お土産物を売りに小船がたくさん近寄ってきます。
クルーズ船の窓は大きく開かないことから、小船のお兄さんたちはサンデッキにお土産物を投げてきます。
気に入ったものがあれば、そこからお決まりの値段交渉です。
気に入らなければ、そのまま投げ返すというやり取りが延々と続きます。

      お土産物を売りの小船             エスナの夕陽
  

   物売りをひやかしたり、夕日を眺める船客   飲み物をサービスする人
  

   日も沈んで船主催のカクテルパテェーが始まってしまいました。

          
船の総マネージャーと我々の添乗員
        

   

 

  今日の日を乗客全員が祝ってフロアーの中心で踊ったり、
  それぞれに楽しんでいらっしゃいました。夜はふけて・・・

   今日は久しぶりに楽しいクルージング満喫の日でした。

    (T¬T)/~~~サヨナラ・・・オヤスミナサイ・・!


[4]エジプトの旅(王家の谷・ハトシェプト女王葬祭殿)

2010-03-17 14:25:45 | Weblog

2月22日

 王家の谷・ツタンカーメンの墓(入場券)
  
   
王家の谷
   
入場料 :80LE(1440円)
                ツタンカーメンの墓は別料金 100LE(1800円)

 王家の谷は、ピラミッドの形をしたエルクルン山のふもとに位置し、入口が狭く盗掘から守りやすいところからファラオの墓所に選ばれた。
全部で63の墓が発見されている。
 

 王家の谷は新王国時代のお墓
ピラミッドは古王国時代に盛んに作られ中王国時代から作られなくなり、
新王国時代の王はこの王家の谷に眠っているそうです。
なぜルクソールなのかと言えばかってテーベとよばれ首都として栄えた街だそうです。

 王家の谷の入り口、電気自動車で移動。     ツタンカーメンの墓の入り口
 ピラミッドの形をしたエルクルン山が見事!     中は撮影禁止 残念!
  

  
(上記の写真は私のではありません他から戴きました)

    王家の谷の手前に立つメムノンの巨像(工事中)   
 
  
 向かって左脚の横に王妃の像が。 この像が、お音楽を奏でたそうです。
  

 アメンヘテプ3世葬祭殿(メムノンの巨像)
  造営された当時は、ルクソール(古名テーベ)西岸の最大神殿だったが、
 かつての威容をしのばせる建造物は、第一塔門前に建つ2体の
 アメンヘテプ3世(在位BC1390-1352)像のみで、他の建造物は完全に消滅
 してしまった。
  紀元27年にテーベを襲った地震は、北側の巨像に亀裂を生じさせた。
 それ以後、夜明けの太陽の光線を受けて像が暖まり出すと、古代ギリシャ
 の弦楽器、キタラの様な音を出す様になった。
 紀元2世紀末にセプティミウス・セウェルス帝が像を修復をしてからは、
 聞こえなくなってしまったと言うお話が・・・
 残念ですね!ぜひ聞いて見たかった。


  ハトシェプト女王葬祭殿
     
 
 
建造年 :BC1466-BC1451年 15年かけて造営
  所在地 :ルクソール西岸のデイル・エル=バハリ地区
   祀神    :主神殿 - アムン神 / ハトシェプスト 
               :礼拝堂 - ハトホル神 / アヌビス神 / ハトシェプストの両親

 唯一の女性ファラオ、ハトシェプスト女王が亡くなった時、
      葬儀が行われた葬祭殿。崖を利用した3階建ての建物
 

 
  第三柱廊 最上階迄一直線。         ハトシェプト女王
  

          ハヤブサの姿をしたホルス神像
   

 
 内部の柱・壁には色々な絵模様が描かれています。
      また当時の色彩がある程度残っています。
    

   ハトシェプストは新王国時代の王でエジプト初の女王。
 


   

 ☆ 死者の町西海岸の観光後、待望のベストシップ賞受章の
   「アマルコ1号」に乗船  素敵なクルーズ船でひと休み!

 午後ールクソール博物館へ
                   (入場券)
        
   総て撮影禁止 カメラを預けての入館でした。 残念!!

   ルクソール博物館此方をご覧ください。

今夜は素敵なお船で良い夢でも・・ ○Oo。.(T¬T)/~~~オヤスミナサイ


[3]エジプトの旅(ルクソール神殿・カルナック神殿)

2010-03-16 18:40:16 | Weblog

2月21日

  ホテル(ソネスタ・セントジョージ)からのナイル川の眺め
     良く晴れて素敵な眺めでした。気温も23~25℃位
   

       カルナック神殿(入場券)
     
    
建造年 :BC1400頃-AD400年頃
     所在地 :ルクソール東岸
           祀神    :主神殿    - アムン・ラー神 ・ コンス神
                :付属神殿 - ムト女神(アムンの妻)
                       :              - メンチュ神
                       :              - その他多数の小神殿

                   第一塔門
 

          スフィンクス参道と第一塔門
       かつては3km先のルクソール神殿まで連なっていた

 

    羊頭スフィンクス(左)             羊頭スフィンクス(右)
  

    オシリス姿のラムセス2世像。
造ったのはラムセス2世だが、第21王朝の
パネジェム王(在位BC1069-1043))が書き換
えてしまった為、「パネジェムの巨像」     ラムセス2世像
とも呼ばれる。                         ↓                    
  

                大列柱室
第二塔門を過ぎると、大列柱群が迫る。開花柱12本、閉花柱122本の計134本は壮観。
古代のナイル川にパピルスが繁茂する様を表現したのでしょうか?
列柱室の右側の列柱群が、映画「ナイル殺人事件」の撮影場所ですね。

                
開花パピルス塔
 

 映画「ナイル殺人事件」の石                  ピログラフに色彩が・・
   

            ヒエログリフに残る彩色
 

                  オベリスク
殆どが花崗岩の一枚岩でつくられており、断面が四角形で、上に行くほど徐々に細くなり、先端はピラミッドと同じ四角錐となっている。特に新王国時代(BC1550-BC1069年)に多く制作され、神殿などのモニュメントとして建てられた。   

           がトトメス一世のオベリスク
          左はハトシェプスト女王のオベリスク
      

エジプトで建立されたオベリスクは、数百基と言われているが、現在エジプトに立っているのは7基で、国外に持ち出された23基と合わせ30基が知られている
 

                  スカラベの像
           

  スカラベクリック 
 
日本名は糞転がし。なぜ、エジプトの守り神になったのか?古代エジプト人は糞玉を転がすスカラベをみて、太陽の回転を司るケペラ神の化身とみなし、また糞玉から成虫となって出てくることから、不死、復活の象徴として崇拝し、お守りとして崇めた。
この、エジプト最大(世界最大)のスカベラは、赤色花崗岩製で第18王朝の
アメンホテプ3世(在位BC1390-1352年)が造りました。
     
 夕方からスーク(市場)へ
 ガラベイヤーパーテーの服を買いに出掛けた。
  

   狭い路地に店が連なっている。トルコのバザールに似ている。

     ワン・ダラー! ワン・ダラー!   1$、、トモダーチ!
            体験した者のみ解る1$の意味
     服1枚が 50$と吹っかけて出発点、25$にするまで時間が掛かる。
     20$にするにはw(゜o゜)w オオー!大変!
     慣れていない私達は疲れて高い物を買わされたらしい・・

     ルクソール神殿(入場券)
     
   
建造年 :BC1500年頃-AD1300年頃(モスクの建築まで)
    所在地 :ルクソール東岸
         祀神    :主神殿 - アムン・ラー神
               :礼拝堂 - ムト女神(アメン・ラー神の妻)
                         - コンス神(ムト神の息子)

  夕闇せまるルクソール神殿 夜のライトアップ

          第一塔門(ラムセス2世の塔門)
             高さ24m、幅65m。
       

   ルクソール神殿は、エジプト・ルクソール東岸にある
    古代エジプト時代の神殿。
    元々、カルナック神殿の中心を形成するアメン大神殿の
    付属神殿としてエジプト第18王朝ファラオ・アメンホテプ3世によって
    建立された。

     アメン大神殿とはスフィンクスの参道で結ばれていた。
     神殿入口にはラムセス2世の坐像、その手前にはオベリスクが1本
     立っている。
      オベリスクは本来左右2本あったが、右側の1本はパリに運ばれ、
       現在コンコルド広場にある。 

  パリ・コンコルド広場のオベリスク
     
 

        ラムセス2世             ラムセス2世の中庭
  

       列柱廊           レリーフ  
  

        アブ・エル・ハッジャージのモスク
 
           
13世紀に造られたモスクです。

  今日の観光は終わって夕食はホテルで・・ゆっくり休みました。

     


[2]エジプトの旅(ギザの三大ピラミット・パピルス)

2010-03-14 15:44:12 | Weblog

2月20日

  ホテル「ル・メリディアン・ピラミット」のべランダから
    の日の出(エジプトの朝日)
 

 
   ギザの三大ピラミット(入場券)
  

 
 
左:クフ王 146・6m 中:カフラ王 143m 右:メンカウラー王 66・5m

 右端は、メンカウラー王の王妃のピラミッドです。


 
          ピラミッドの奥に広がる砂漠
 

            クフ王のピラミッド

      クフ王のピラミット(入場券)
  
         

          カフラー王の方が高台にあり、
      大きくみえますが、こちらが最大のピラミッドです。
 

   内部に入りましたが、撮影禁止です。残念!
   中は狭く暗く、てサウナなみの暑さでした。外でも35℃以上
 

        観光客の風景(素晴らしい美人でした)
    

    此方では物売りの子共がいますが、女の子は初めて見ました。
    可愛くてカメラを向けるとポーズを付けてくれます。
    エジプトポンド1ポンド(20円)上げたら大喜びでした。
       

         私達を載せて下すったラクダ 休憩中
 

            カフラー王のピラミッドとスフインクス
                定番の写真

 

                スフインクス
 
 スフインクスの手前にスフインクス神殿があり河岸神殿から、
 
長さ494.6mの参道がピラミッドの前の葬祭神殿につながって
 います。


 

                             パピルスの店
 

 
 

 ☆パピルスに付いて
パピルス(papyrus)は、ナイル河の水辺の湿地帯に生えるカヤツリ草科の植物です。
一般には「paper」の語源として知られているように、古代エジプトでは5000年以上も前から、  「パピルス紙」と呼ばれる紙の材料とされました。
 さらに古代エジプトでは、船や家の材料から食用にまで使われた大変重要な植物でした。
 古代エジプトではナイルの河辺のいたるところで見られ、大きなものは高さ5~6メートルにもなった
そうですが、現代では自然のものはほとんど見られません。
土産物のパピルス紙を作るための材料として人為的に栽培が行なわれているそうですが、 古代のような大きなものには成長せず、せいぜい2~3メートルだそうです。

その後カイロ空港から(エジプト航空で)ルクソール空港へ!

お泊まりは、ナイル河を望むルクソールの5つ星ホテル
そネスタ・セントジョージーに2連拍

本日の観光は終わりです。

暑さと広大な砂漠で(・_・ヾ マイッタネー!


[1]古代エジプトの旅(カイロ・ムハンマド・アリ・モスク)

2010-03-13 13:54:55 | Weblog

古代エジプト文明を訪ねて~

行ってきましたぁ
      
感動しましたぁ! 「古代エジプトの旅

  

2月18日
 羽田空港(エミレーツ航空にて)━関西空港へ、
 関西空港(エミレーツ航空にて)━ドバイへ。
 
        空港風景             
エミレーツ航空機内風景
  

                 空路
 
 
2月19日
 朝現地時間5時40分ドバイ到着
 ドバイの空港は広く、大きい素晴らしい空港でした。
 ドバイ市内の高層ビルの連立が見られました
 ここでもう暑くなってセーターと下のシャツを脱ぎました。

 8時50分乗り継ぎでカイロへ。
 カイロ到着10時55分

カイロ
ナイル川河畔の交通の要衝として中世に建設されてより現在にいたるまで長い時代を通じてイスラム世界における学術、文化、経済の中心都市でありつづけた中東有数の世界都市である。
エジプトの乾燥した大地にナイル川が形作った肥沃なデルタ地帯のほぼ
中央、要の位置にあたり、イスラム帝国が7世紀にエジプトを征服したとき、
征服者アラブ人の住まう軍営都市(ミスル)が置かれて以来のエジプトの首府であります。
カイロの中心市街はナイル川の右岸、東側に位置する。ナイルをはさんで対岸の西郊には、ピラミッドで有名なギーザの町があります。

昼食は市内のレストランでエジプトのパン(エイシュ)とシシカバブを戴きましたが、以外と美味しかったでーす。

   ムハンマド・アリ・モスク(入場券)
 

           世界遺産:ムハンマド・アリ・モスク全景
      

   モスクの天井                  現地の少女
  

  中庭です。泉亭と言うんですって!
       
お参りする前に、身を清める所です
 
 

       カイロ市内です。お天気が良ければ
         ギザのピラミットが見えるそうです。
 

ムハンマド・アリ・モスク

建造年  :1824-1857年
 所在地  :カイロ イスラーム地区
                  モカッタムの丘のシタデル内

 1824年、ムハマド・アリ(1769?-1849年没)が建築しはじめ、1857年、息子のサイード・バシャによって完成。オスマン様式
のモスクで、外壁にアラバスターを使用したため、「アラバスター モスク」とも呼ばれている。
  ムハンマド・アリは、オスマン帝国(現在のトルコのイスタンブールを首都として一大帝国を築いたが、1922年滅亡)の属州だったエジプトの支配者で、半独立政権を樹立し、専制支配のもとで富国強兵政策をとり、近大エジプトの基礎を築いた人物。米国のプロボクサーのモハメド・アリとは全く関係がない。

中庭にはモハメド・アリが当時のフランス国王にルクソール神殿のオペリスクを
1本贈ったことに対する返礼の時計台があります。ちなみにこの時計は、
故障しており、送られてから一度も動いた事がない様です。

今日の観光は終わってホテル「ル・メリディアン・ピラミッド」に宿泊します。窓からピラミッドを眺めながら疲れを癒します。