ドラゴンバレーでそれぞれが眠れぬ夜を過ごしているとき、ユジンはミニョンの別荘で、一人窓の外を眺めていた。別荘地に雪は積もっていなかったが、葉がすっかり落ちた木々が風に揺られてガサガサと音を立てている。降りやんでいた雪も、またチラチラと降り出した。雪が風に舞ってクルクルと踊る姿を見て、ユジンはため息をついた。舞い踊る雪はまるで自分の心のようだ。アテもなくフラフラとただよい、着地点が見出せない。終わりの無い物語に似ている。
「ユジンさん」
階段を降りながらミニョンが呼びかけた。窓辺にただずむユジンの背中は寂しげで今にも崩れてしまいそうだった。ミニョンは布団を運びながら、わざと明るく話かけた。
「心配ですか?きっと朝になったら気持ちが落ち着きますよ。」
するとユジンは少し拗ねたような口調で言った。
「朝になっても変わらなかったらどうするの?」
ミニョンはユジンの肩を抱いて言った。
「ユジンさん、変わらなかったらその時考えましょう。ゆっくり寝てね。おやすみなさい。」
ユジンはそれを聞いてほっとした。ミニョンのおおらかな考え方が今は心地よかった。ユジンは、リビングの横の部屋に布団を敷いて潜り込んだ。思いのほか疲れていたようで、暖かい布団にくるまれると、すぐに深い眠りに落ちていった。
朝の光がさんさんと降り注ぐのを感じて、ユジンは目をさました。ここはどこだろうと一瞬思ったが、すぐに別荘だと気が付いた。不思議なことに、昨日あんなに落ち込んだのに、朝の光を浴びながら窓から木立をのぞむと、暗い気持ちがなくなって行くのを感じた。
リビングにはすでにミニョンの姿は見えず、テーブルの上にはナプキンをかけられた飲み物と、プチトマトやフルーツが載ったお皿が置かれていた。そして「すぐ戻ります」の置き手紙。ユジンはソファに座ってニッコリと微笑み、プチトマトを口に入れた。爽やかな酸味が口いっぱいに広がって晴れやかな気持ちになった。ミニョンのさりげない心遣いが嬉しかった。
そして、ふと思い出してコートのポケットから携帯を取り出した。電源を入れてみると、サンヒョク、母、チンスク、ヨングク、そしてチェリンから山のような通話とメッセージが送られていた。皆んな、ユジンがサンヒョクを捨ててミニョンに走ったのだと思い、許してはくれないだろう。ユジンは現実に引き戻されて深いため息をつくのだった。
ミニョンが用事をすませて車で戻ると、浮かない顔をしたユジンが昨日のベンチに座っていた。
「眠れた?」
しかしミニョンが近づくと、ユジンははっと我に帰って、ええ、と微笑んだ。ミニョンにはそんなユジンがいじらしかった。
「それはなあに?。あっ魚だ❗️まだ生きてる❗️釣ってきたの?」
と目を丸くしてミニョンを見つめた。
ミニョンは網の中に大きな川魚を沢山持って帰ってきた。魚は元気いっぱいに跳ね回っている。そして笑いながら言った。
「まさか❗️買ってきました。」
二人は大笑いして別荘に入った。ミニョンは久しぶりにユジンが笑ったのを見て心が温かくなるのだった。
ミニョンはキッチンに立つと、腕まくりをして料理を始めた。
「今日は僕が料理を作ります。」
ユジンは慌てて
「私がやりますから」
と言った。でもミニョンは
「僕の腕前を見てくださいね。」と意気揚々と野菜を切り始めた。しかし、すぐに指を切ってしまい、血が出た人差し指を口に含んでいる。ユジンは呆れたような顔でミニョンの手を取って、傷が浅いのを確認した。そして
「あとは私に任せてください。さあどいて。」
とミニョンを追い出して、リズミカルに野菜を切り始めた。ミニョンはそんなユジンを眩しそうに見つめて言った。
「これがキム次長の言ってた夢の光景かぁ。帰ると愛する人がいて、彼女が作った美味しいチゲが待ってる。やっと意味が分かった。」
そして愛おしそうにユジンを見つめて笑うのだった。ユジンは初めはこの人何を言っているのかしら、と不思議そうな顔をしていたが、ミニョンの笑顔に釣られて、ニッコリと微笑んだ。二人の様子はどこから見ても、新婚夫婦のようだった。
二人は出来た料理を仲良くテーブルに並べた。熱々の料理の数々に、ホテル暮らしが長いミニョンは感嘆の声を上げた。手料理に飢えていたのだ。
「ユジンさん、ありがとう」
「何が?」
「美味しい朝ごはんを作ってくれて。こうして誰かと一緒に朝ごはんを食べるのは久しぶりです。いいですね。」
チゲの湯気の向こうから、ミニョンの柔らかな笑顔がユジンを見つめていた。それはユジンの悲しみに包まれた心が、溶かされていくような笑顔だった。ユジンはこの人と一緒にこれからもいたい、と切に願った。
冬の穏やかな日差しが二人を包み込み、照らしていた。