ミニョンはユジンをソウルの自宅まで送って行ったあと、しばらくの間、アパートの前にただずんでいた。トボトボと歩いていくユジンの姿が脳裏に焼き付いて離れなかった。ユジンは戻ると言っていたが、彼女は本当に戻ってくるだろうか?母親やチンスクはじめとする友達に責められるだろう、そしてサンヒョクには別れないでくれと懇願されるだろう、ユジンがそれに耐えられるだろうか。優しい彼女のことだから、はっきりと言うことが出来ずに、自分の気持ちを押し殺してしまうかもしれない、ミニョンは言いようのない不安に押しつぶされそうだった。しかし、ここは彼女ひとりが話すべきところであり、自分が出て行って何を言おうとも、皆の反感を買うことは必至だった。ミニョンはぐっと気持ちを堪えて、くるりと背を向けて歩き出した。ユジンが帰ってきますように、と祈りながら。
ミニョンは当てもなく車を走らせた。このままドラゴンバレーに帰る気にはなれなかった。サンヒョクはじめとして皆がいるかもしれない。ミニョンは、しばらく考えこんでいたが、思いついたように明るい顔をした。
そして自分の会社のマルシアンに車を停めると、近くのショッピングモールに足を運んだ。ミニョンは、ユジンが帰ってくることを願って、プレゼントを買うことに決めたのだ。久しぶりに女性に買うプレゼントに、ミニョンは頭を悩ませていた。ユジンを思い起こしても、薄化粧とカジュアルな服装、履きやすい靴で現場を飛び回っている姿ばかりで、何を買ったら良いのかさっぱり分からなかった。そんなとき、一軒のジュエリーショップが目に入った。golden dewと書かれている。中に入ると、色とりどりの宝石ばかりで、どれもが眩い輝きを放っている。清楚ですみれの花のようにひっそりとただずむユジンには似合わない。もっと、シンプルで上品なものが、彼女には似合うだろう、そして指輪やブレスレット、ピアスなどこれ見よがしなものでなく、そっと胸元で揺れているようなネックレスがふさわしい、ミニョンは真剣な顔でガラスケースを見つめていた。
数あるネックレスの中で、ミニョンが目を止めたのは、北極星をモチーフにしたシルバーとダイヤモンドのネックレスだった。ユジンは昨日別荘で夜空を眺めながらチュンサンの思い出を語っていた。そして、自分はユジンの北極星、ポラリスになると誓ったのだ。あのときの彼女のひたむきな眼差しを思いだすと、辛い思いをしてきた、そして今も自分と過ごすために戦っているユジンに、自分の決意を伝えたかった。チュンサンのことを忘れられるように、自分がポラリスになって、彼女を幸せにしたいと願った。
ミニョンは、ネックレスを購入すると、今度は弾むような気持ちで雪道を走らせた。この道に続くのは、果てしない幸せだと信じて。
ユジンは、ホテルの部屋で一人ぼんやりしていた。昼間、ミニョンがネックレスをくれたときの事を思い出していた。雪玉の中にネックレスを入れて投げてきたミニョン。その顔はまるで高校生のように楽しそうで無邪気だった。まるで南怡島でチュンサンと二人で雪合戦したあの日のように。純真無垢だった自分とチュンサン。あの日以来心から笑い転げたことは一度もない、、、。
でも、今はミニョンがいてくれる。あの太陽のような温かな笑顔で、氷になった自分の心を溶かしてくれる。彼とならチュンサンのことも過去にしまって、新しい自分になれる気がする、、、。
ユジンはゆらゆらと揺れるポラリスのネックレスを眺めていた。高校生のとき、山で迷った自分を助けてくれたチュンサン、あのときの真っ直ぐな眼差しや、優しい口調、柔らかな笑みを忘れられない。大きくて力強い背中や、暖かな手の温もり。そして、ポラリスはいつも同じ場所にあると教えてくれた深みのある声を一生忘れることはないだろう。
ポラリスのことは、死ぬまで誰にも言わずにいるつもりだった。でもなぜかミニョンには話してしまった。チュンサンにそっくりだからだろうか。それとも特別な存在だからだろうか。
そして、一生だれも愛せないと思ったのに、運命のいたずらかミニョンに出会ってまた恋に落ちた。
生まれ変わりのような彼が、チュンサンと同じ優しい眼差しで自分のポラリスになる、と誓ってくれたのは、なんという幸せな偶然だろう。
ミニョンはポラリスとチュンサンが巡り合わせてくれた運命の相手に思える。
ユジンは、カーテンを開けて冬の夜空を見上げた。そこにはいつもと変わらず、ポラリスが凛として輝いていた。ユジンは胸元のネックレスをそっと両手で包み込んだ。そして心の中のチュンサンのにそっと告げた。
チュンサン、今までありがとう。
そして、さようなら。
わたし、ポラリスを見つけたの。
今度こそ、絶対に幸せになるからね。
だから、空から私たちを見守っていてね。
私、今ならあなたを手離せる気がする。
そしてベッドに潜り込むと、10年ぶりに満ち足りた気分で深い眠りに落ちていった。