私の自己実現日記

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についてのささやかな考察です。

末黒野>書評家もどきによる読書感想覚え書き―011

2006年02月06日 21時33分49秒 | 

末黒野(すぐろの佐久吉忠夫


 辻原登・松浦寿輝奨励賞


 主人公の私は、家族ぐるみで交際のあった蓉子と肉体関係を持っている。独り住まいのアパートから足繁


く通っているが、ふたりの仲はいわゆる倦怠期で退廃したムードが漂っている。


 私には、大学は違ったが受験までは一緒だった友人に、医大大学院で学ぶ八木がいる。八木は蓉子も知っているが


子供の頃からの吃音が治らず、偏屈なところがあり「猫神さまが夢枕に立った」と口走ったりするいわゆる、宗教おたくでもある。福


岡では最近、小学校に頻繁に脅迫電話がかかってきたり、公園で首を切断された猫の死体が、放置されていたりと


猟奇的な事件が頻々として起こり、幼い子を持つ親を震撼させていた。私は同一犯行だとすれば犯人は八木ではないだろうか


と思い、なかば冗談半分で、蓉子にそのことを話すと「友達でしょう、信じられないの」と激怒する。


 実は私には蓉子の他に、ある母子との交際もある。若くして結婚し、娘をもうけたがすぐ離婚したサツキと、その娘メイ


の母娘である。幼いメイと公園で知り合い、メイを通じて母のサツキとの交際が始まった。


 メイは子供の頃から私にとても懐いていた。メイが中学生にもなると母親を押しのけて、わたしを挑発するまでになっ


た。サツキは私との結婚を真剣に望んでいたが、所帯を持つまで


には至らない。そこでサツキは別れ話を持ちだした「もう娘にも会わないで、あなたに殺されてしまいそうだと真剣


に訴えている」と、信じられないサツキの言葉に呆然とする。約束を遵守することにしたが、それは5年ほど続いた。


 


 やがて、わたしと蓉子とサツキ母娘との三角関係の膠着状態に、ケリをつける悲劇が、大きく口を広げて待っていた。


勤めで留守の、蓉子宅の玄関先に咲いている、朝鮮朝顔が嫌いなので、手に届く範囲内のそれを毟り取り


合鍵でドアを開けあがり込んだ。


 すると、ハイティーンになったメイが、アパートを訪ねてきた。引っ張り込んで、5年前の拒絶の理由を求めるが、はぐ


らかされ「イッちゃん(わたしの愛称)になら殺されてもいい」と色黒ながら弾む肢体を絡ませてくる。


 空白を取り戻すかのように、幾度でも求めてくるメイ。それに応じるわたし、恍惚のひと時も過ぎ、寝入ったようだ。目


を覚ますと、服を着けたメイが「どこにも行かない。すぐ帰ってくるわ。わたし(メイ)の携帯の番号を登録しておいたよ」と


携帯を手に握らせて出て行ったが、また寝入ってしまう。


 


 仕事から帰ってきた蓉子に起こされるのだが、スーパーのレジ袋から、オレンジやキウイを冷蔵庫の


抽斗に入れ、次いでフリーザー室に移そうと他の冷凍食品に混じって、メイの生首が取り出され


た。それをたまたま目撃した私は、蓉子を殴り飛ばした。


この作品は蓉子とは腐れ縁で続いている、母娘とは俗に言う「親子丼」の肉体関係を持つ主人公の、優柔不断が招いた猟奇


殺人事件を扱っている。公園に首なし猫の死体や小学校に脅迫電話と、精神を病むものによる猟奇犯罪は昨今の事件報道と呼応した展


開で、いかにも現実に即したテ-マである。


著者はボキャブラリー豊富で、表記に練達しているが、若干饒舌気味。
筆が滑る印象を持った。

実は「末黒野」をエントリーするのには躊躇した。それはストーリー展開で明らかに、四つの矛盾があるからである。


一つ目は蓉子宅の朝鮮朝顔を毟り取り、合鍵で上がりこんだ、時を移さず5年ぶりに「アパート」を訪ねて来たメイと事に及んだと


ある。次に寝入った後、肩口を足でつつき起こしたのは、仕事から帰ってきた蓉子であり、引き続いてメイのものらしき


生首を目撃する場所は当然、「蓉子の家」である。「場所」が食い違っている


二つ目、冷凍室にレジ袋から移す際、生首を目撃するが、そもそも主人公の目前でそういう行為を


蓉子がするだろうか。 無理がある


三つ目、蓉子は母娘との肉体関係を承知しているが、嫉妬からメイを殺して生首を、レジ袋に入れて持ち運びする


程の正気を逸した殺意が、作中に、仄めかされていない、伏線もない。これも不自然である。


四つ目、蓉子が犯人として、生首をメイの死体から切り離す凄惨な場面描写が一行も割かれていない。


 


 惨劇は、すべて白昼夢、夢想だと作者が主張するのなら、


それなりのデフォルメが、あって然るべきである。


第100回文学界新人賞は受賞作なし。


作品「末黒野」は選考委員の辻原登氏、松浦寿輝氏二名による奨励賞である。


(掲載全文に続けて)なお掲載にあたっては、選考委員諸氏のご意見を参考に、著者により


若干の改稿が行われています。(と記されている)


作品「末黒野」著者(佐久吉忠夫)


文学界6月号(平成17年)〔文芸春秋〕に掲載された全文にもとづいたものである


 


 


 


 


 


 


 



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