「まん丸の空に」樋口直哉
僕は、地元では進学校として名高い、とある高校の一年生である。
進学校だけに、生徒はもちろん先生まで有名大学への合格率アップに目の色を変えている。
いつもすることだが、休み時間に中庭に出て僕は一人深呼吸し、意識して頭をからっぽにする。
ここはどこだろう、布団の中、自分の部屋だ。未明まで眠れず悶々としていたはずの記憶が不明瞭である。
小さい頃、眠るのが怖か . . . 本文を読む
「貝」青来有一
今朝目覚めたら、枕元に貝殻が転がっていた。それを見て僕は、これでみんなに信じてもらえるにちがいないと、
なによりもそのことをまず先に考えた。夢の中では、海辺に敷かれた布団の傍らを潮が急激に退いていった。
4歳のひとり娘の沙耶香を肺炎で亡くした僕は、その耐え難い悲しみで気が変になり、毎晩うなされた。
それを揺すり起こす妻は不眠が昂じ
追い詰められ、とうとう実家へ帰ってしまった。 . . . 本文を読む
正座 久世光彦
ある日、気がつくと机の前に正座して居眠りしていた。またある日は、正座したままで本を何時間も読んでいた。
元来、自堕落な性質で、ソファーに寝そべったり、畳にひっくり返って読んだりするのが、私のとる姿勢である。私にとってこれは異変といえるものである。
この異変は . . . 本文を読む
「浮寝」(飯田章)
主人公の笈田は91歳になる医師である。現在は息子に内科クリニックを継がせ、都内は郊外に小さな家を建て
夫婦2人だけで住んでいる。同居しよう、と息子は言ってくれるが、体の自由が利くうちは子供に
世話になりたくない、とこれまでのところ、妻ともども拒んできた。
日課にしている午後の散歩に出ると、自宅へ戻るのに道に迷い、途方に暮れたりすることが、近頃多くなり、
あ . . . 本文を読む
作品「枯葉の中の青い炎」著者『辻原 登』/第31回川端康成文学賞受賞作
作者は、ある新聞のコラムに目を留めた。
「両陛下、来春予定の初めての太平洋3ヶ国ご訪問見合わせ」『産経新聞』(産経抄2003年12月7日付け)
ミクロネシアトラック環礁の大酋長、ススム・アイザワ(相沢進)さん(73)は、ご訪問準備に東京に飛んできていた。
「見合わせ」から、たっての御念願だった両陛下の残念の、お気持ちに思いを致 . . . 本文を読む