50.米国人弁護人
極東軍事裁判の被告には英米法に精通したアメリカ人弁護士の協力が必要であるとの要請が日本側から出され、マッカーサーが25名の派遣を承認したものであった。
果たして昨日までの敵国人である被告のために、心から弁護できるかどうか、ただ裁判の公正を装う見せかけにすぎないのではないか?
そうした危惧と不信を抱いた被告、弁護人も多かったという。
しかし、この日証言台に立ったファーネス、ブレイクニーの弁論は法廷の日本人を驚かせた。
アメリカ人弁護人は、日本人弁護人同様に、いやそれ以上に法の公正を要求し、この裁判の欠陥をついて止まなかったのである。
50.1.アメリカ弁護人の異議申し立て
ニュルンベルク裁判では弁護人はドイツ人しか許されなかったが、東京裁判ではアメリカ人弁護人も任命された。
昭和21年5月14日裁判が開廷されると、アメリカ側弁護人から補足動議がなされた。
これは、前日の5月13日に清瀬弁護人から出された「申し立て」に対する「追加申し立て」であった。
50.1.1.ファーネス弁護人
最初に証言台に立ったのは、弁護人だった。
ファーネス弁護人は「真に公正な裁判を行うならば、戦争に関係のない中立国の代表によって行われるべきで勝者による敗者の裁判は決して公正ではありえない」と発言した。
<ファーネス弁護人>
<極東裁判速記録より>
ウェップ裁判長 次の動議は米国側弁護人から提起される筈であります。此の動議は斯う云うことに基いて居ります。
裁判官側は同盟国員から成って居ると云ふことに此の勤議は関係して居ります。
ワーレン弁護人 只今からアメリカ側の弁護人を紹介致します。
梅津被告を代表致しますプレークニー少佐、東郷氏を代表致します山岡氏(日系アメリカ人)、重光氏を代表致しますファーネス大尉、武藤氏を代表致して居りますワーレン少佐、平沼男爵を代表するクライマン大尉。
ファーネス弁護人 では追加申立を提出致します。
此の申立は五名のアメリカ弁護人に依って申立てられるものであります。
私は第一点を申立てまして、他の点はブレークニー氏及び山岡氏が陳述致します。
我々は裁判長の希望に副うことが出来ませぬのは残念であります。
それは時間が足りなかったからです。我々は論点を分担して申し述べるつもりです。
此のやり方に依って手続きを長引かせるよりも之を早めるであろうと存じて居ります。
我々は是は清瀬博士の提出されました申立に対する追加申立であると云うとを指摘致したいのであります。
此の申立を署名致して居りますアメリカ弁護人は清瀬博士の申立を支援するのでありまして、之に代るものではありませぬ。
私が斯う云うことを申上げますのは首席検察官が・・・・
ウェップ裁判長 何か弁護人の能力を賞賛するやうな言葉がございましたら、それは省いて戴きます。
ファーネス弁護人 清瀬博士の申立に対する検察官側の態度を理由と致しまして之を申立てるのであります。
第一点は、此の裁判所の判事は日本を破つた諸国の代表者であり、此の諸国が此の訴訟に於いて原告であるのでありますから、之に依って法律に適した公正なる裁判は出来ないと云うことであります。
(中略)
私はフォーリン・アフェヤーズ誌四月号に出ましたマックスレーデン教授のニュールンベルグに於ける公正なる裁判と云う記事を引用したいのであります。
裁判所は公正の真実なる標準、即ち公正なる行動を行使することが是で出来るのであるかどうか、此の法廷の管轄はボツダム宣言でありまして、戦争犯罪人に対して厳正なる裁判をすると云うことにあるのであります。
本条例は、此の裁判は迅速にして、公正なる裁判を目的とすると述べて居ります。
裁判長も此の裁判の劈頭に於て、公正なる裁判を確保する限り成べく速に之を行うと云うことを述べられました。
我々は判事の任命の状況から言いまして、此の裁判所は公正、適当、又普遍の裁判が出来ないと云うことを主張するのでありまして、それでありますから管轄はないと主張するのであります。
之を主張致すに当りまして我々は、何等尊敬にしない個人的攻撃をしたくないと云うことを強調致すのでありまして、此の事態其のものに欠点があると云うことを申すのであります。
此の手続きの原告は日本が戦争をし、今なお戦争状態にある諸国、日本を敗北せしめた諸国、日本の降伏を受諾した諸国であります。
此の裁判所の各判事は最高指揮官に依って、連合国の提出した表より選ばれて任命されたのであります。
開廷の日裁判長殿が言われた通り、此の判事は日本を敗北せしめた国を代表して居るものであります。
此の起訴状に提起してあり、起訴してあります犯罪は是等の諸国に対する犯行でありまして、即ち戦争を計画し、戦争を開始し、戦争を遂行したと云うことであります。
又是等の諸国に対する条約の違反であります。
殺人、戦争法規の違反、俘虜其の他の非戦闘員に対する虐待其の他の違反であります。
被告人は、是等の行動に対する計画、共同謀議の指導者であり、組織者であり、教唆者であり、又共犯者であると云うことに依って起訴されて居るのであります。
彼等は政府に於ける高位官職、又軍隊に於ける高い地位にあった為に斯かる犯行に対する責任、戦争法規の不履行に対する責任を負うのであると云うことを述べて居るのであります。彼等はそれぞれ此の行為に付て起訴されて居りまして、戦争を計画し、戦争を開始し、戦争を遂行した為に起訴されて居るのであります。
彼等は殺人罪に付て起訴されて居るが、それは日本の軍隊に対して斯う云う行動を命じたからであると云う理由の下に起訴されて居るのであります。
是等の諸国は被告人が此の犯罪に関して有罪であると確信し厳正なる裁判を受けるべきものであると言じて居ることは明らかであります。
然らざれば此の起訴状に於ける各訴因は提起されなく、又此の裁判を提起されなかったのでありましょう。
此の裁判所の事は総て斯う云う国家の代表であり、是が原告国家の代表であり、又検察官も其の国家を代表して居るのであります。
我々は此の裁判所の各判事が明らかに公正であるに拘らず,任命の事情に依って決して公正であり得ないことを主張するのであります。
でありますから此の裁判は今日に於ても今後の歴史に於ても、公正でなかった、合法的でなかったと云う疑いを免れることが出来ないのであります。
此の裁判にて勝者が敗者を裁判し原告が被告を裁判すべきであると云ふことが主張されたのでありますが、是は必要でないと我々は主張するのであります。
被告は中立国の代表者に依って裁判されることが出来るのであります。中立国は戦争の熱情及び憎悪から脱して居りまして、斯かる国の代表者に依る裁判こそ合法的であり、公正で普遍なる裁判が出来るのであると信ずるのであります。
私の第一点に付ての論告は是で終りましてブレークニー氏から数点に付いて陳述されます。
ジョージ・A・ファーネス
ニュージャージー州に生まれ、ハーバード大学法学部を卒業後、ボストンで法律事務所を開業した。
太平洋戦争勃発後の1942年に陸軍に召集され、法務関係の仕事に従事し、南西太平洋を転戦した。
戦後は、マニラで行われた本間雅晴・田辺盛武両中将の軍事裁判の弁護を務め、東京裁判においては、高柳賢三と共に重光葵の弁護人となった。
東京裁判で、ファーネスは同じく日本側の弁護人の1人である清瀬一郎にウィリアム・ウェブ裁判長の忌避動議を提出するよう示唆している。
また管轄権動議では、裁判所の裁判官は戦勝国ではなく、中立国の代表が当たるべきだと主張した。
重光の弁護では、自らアメリカ・イギリスに飛んで、緻密な証拠と情報を集めるだけでなく、重光が外交官として築き続けた信頼によって得た、連合国側から集まった重光を擁護する証言を駆使して、重光に有利な弁護活動を行った。
その後、日本に定住し、1950年には東京で法律事務所を開設した。
(ウィキペディア(Wikipedia)より、抜粋)
続いて発言台に立ったブレークニー弁護人から、同時通訳が停止し、日本語の速記録にもこの部分のみ「以下、通訳なし」と記載された、発言が飛び出すのである。
<続く>