TAXI 稼業 01:
棚の隙間から給与明細79か月分が出てきた。これは2004~2010年タクシー乗務記録で、元々運転と世情と人に興味があり30代にタクシー二種免許を取り、自営デザイン業が暇になり始めた60代に実行した。正社員でない嘱託で毎月8回の乗務(社員は12回)朝6時~翌3時まで21時間を都心で営業する。顧客平均20回実車で、私の月収手取り最高は28万余。悪い月は12万程。当時、仲良しの同僚 I さんは3歳年上だが毎月30万以上稼ぎ、前事業の負債を返していた。彼は食事も1回で休まず走り、帰庫すると毎回私より1~2万多く稼いでいた。ある日は10万近く売上て皆が驚いた。所が懇意になって3年程、休みがちで入院した数か月後に亡くなってしまった。悲しい思い出です。この職業は色々な事情のある人が多い。下記が乗務した会社で自転車8分通勤でした。http://www.asahi-taxi.fuji-group.jp/ ‥‥募集欄40万可能の内訳は「但し身を削れば」です。
TAXI 稼業 02:
人間観察に最適なタクシー稼業。概算で私は12,000回ほど乗客と接した事になる。その結果は、乗る人の2割が善人で、6割が普通の人、あと2割が悪人と感じた。善い人は言葉が丁寧で礼のある正直な社会人で、悪い人とはエバって無礼で自己中心で不平不満を言う。私が新人で道を良く知らない頃、前者は当然と案内してくれるが、後者はそれでプロかと文句を言い、道を間違えたから金は払わぬと言う困った輩もいた。総じて社会の人間の縮図と断面を見ることができる得難い職業体験であった。通常は善い客を求めて、港・中央区を主に営業し、流れで夜の新宿渋谷の繁華街へ行くと困った客が乗ってきて閉口した。職業運転手とはどんな客でもあしらえる術が必要で新人の頃、客を信じ戻るからと言われまんまと乗り逃げされた。これもこちらに油断があった訳だ。お蔭で私も人を見る眼が出来てきて、手を挙げる顧客を見ると、どんな人物で何処まで乗るかまでが読めるようになった。このプロの眼力で昨今の騒ぎを起こす人物を見ると「なるほどね」と頷けることが多くなった。
TAXI 稼業 03:
とにかく世の中は多様な人が生きているの興味で延べ6年半、毎回短編人生ドラマを観せて戴いた。新幹線へ急ぐ女性はお願いだから赤信号を無視してと迫るし、キャバ嬢も急いでと連呼し着くと1メータなのに万札で釣りを急かす有様。日本橋デパートから乗る奥様族は会話も多彩で5千円程払いマンション帰宅、旦那は高給取りかなぁ。たまに人生談が意気投合した顧客は万札で釣り3千円も取らず有り難うと言われこちらこそ感謝。高級ホテルへ付けて待つ間に昼食済ませやっと乗せたら1メータ客!‥は雑魚に見え、成田へのお客様はイエス様に見え、外国ビジネスマンは景気が良く¥23,000をカード払いでチップは無し。日本社用族は羽田までが多い。何と言ってもロングは上客で運転手の羨望だ。深夜の銀座では茅ヶ崎や土浦などへ帰るチケット客を乗せた。色々な人達の人生と接する面白さは、肉体的に辛い仕事だがそれ以上の精神的収穫があり大変貴重な経験となりました。私もたまにタクシー乗る時は1メータでも千円で釣りは貰いません。
TAXI 稼業 04:
頑張れば手取り増えるがリスクも増大するのがこの稼業。始めた頃は知らぬ道で逆走や変則信号無視したり、スピード超過や接触事故で警察の御厄介に。さても不思議なのは違反した先にお巡りさんが居る事? 払った国庫金・勉強代は計3万程かな? 流石に懲りて、後半3年は無事故無違反と勤続5年の会社表彰され腕時計を戴きました。
金で済まないのが乗客トラブル、酔客は高速道で爆睡しインター降りても自宅が聞けず果ては最寄署の御厄介に、最後は深夜に父親が車で迎えに来るお粗末も。寸借詐欺や強盗など危機管理の要職業で、たまに命を落とす悲劇もある。更に付いて回るのが交通事故、会社で見せられる車載画像集では自転車を撥ねるは店に突っ込むはなど居眠りの実例。疲労と睡魔はお友達。とかく予期せぬことの連続が日常です。この仕事のお蔭でもしも?と考えるリスク管理が身に付きました。タクシーは人生の縮図的職業ですね。
TAXI 稼業 05:
タクシーに興味を持ったのは小学生の頃「多羅尾伴内」と言う映画の片岡千恵蔵が私立探偵で「ある時は片目の運転手、またある時は‥、しかしてその実体は‥」と痛快無比に7変化するカッコよさに痺れたのが始まりだった。当時1950年代のタクシーは日野ルノー(初乗り¥60)、日産ダットサン¥70、その後トヨタコロナ¥80、クラウンや日産セドリック¥100と続き、いわゆる神風タクシーやエントツ不正メータ、乗車拒否なども横行していた懐かしい時代でした。それ故に規制が厳しくなる業界です。クルマ大好き少年は車名や性能など調べては得意に披瀝したもので、それが50年後の老人で実体験するとは人生もなかなか乙なものです。私が乗務した車種はトヨタコンフォート(¥710)で、液化ガスLPGで7km/ℓの燃費は改善の余地ありですね。
TAXI 稼業 06:
ある夕刻、築地から初老の紳士を乗せ八重洲口へ向かった。クラス会の後と仰るが浮かない様子で「先週に家内の葬儀を終えたばかりでいくら飲んでも悲しい‥」と言われる。「実は私も昨年同じ体験をしました‥」と答えると「関越高速で鶴ヶ島まで行って下さい」と経路変更になった。車中で私の考えをお話した。人は死んでも心は消えずあの世で暮らし、この世を観れる。悲しみより感謝することで安心してくれる。あちらで再会するまでその人の分まで強く生きるべきで、奥様はいつも傍に居ます。と人の生死について私が至った考えをお話した。降りる時は「元気になった有り難う」と感謝された。初対面の人と「生死」について語れるとは、この稼業ならではの体験であり何かの巡り合せを感じました。この世の中は未知と興味に満ちて、今後も生死については追求したいと思います。
TAXI 稼業 07:
人生いろいろ ♪♪ 夜の銀座裏通りでは午前1時過ぎ飲食店から出たポリバケツに男が近づき手際よく採集し闇に消える。若いカップルが乗り込み「ラブホまで‥」には湯島ホテル街へ直行ご案内。千鳥足のホステスが疲れ声で「亀戸へ‥」駅裏の託児所でぐっすり顔の幼児を抱っこし近くのマンションへ消える。また銀座へ戻ると和服ばっちりのママがご帰還で勝鬨や月島のハイソなマンションで降りる。その足で明石町の聖路加夜間口で待機すると治療を終えたカップルが「調布まで‥」ぐったりの男は酒臭く、チョッと可愛い彼女が曰く「この人アル中なんです!」途中で酩酊男が道順を言っても「聞かないで下さい!」との調子で暗い街中に降りて行った。この世の中は、実に色々な人生がある。皆それぞれ何かを求めて日々を生きざるを得ない。運の良し悪し、幸か不幸か、望みと諦めと、懸命に生きている人たちを見ると胸の詰る想いがする。かく言う自分はどうなのか?TVの「ドキュメント72時間」や「タイムスクープハンター」が面白いのも名も無い人々の生き様が素晴らしい感動を覚えるからかも知れません。この仕事の体験でますます人生の不可思議さが深まり何かが見えてきそうな気がしています。
TAXI 稼業 08:
タクシーは景気や世情を映す鏡です。2006-7年は好調で毎回5-6万の営収で毎月手取りも23-5万あり仕事を楽しめました。所が2008年4月、あのリーマンショックの後は大騒ぎの世界不況とやらで売上も低下、その因はチケット客の減少で企業が経費を切詰めた訳です。景気はムードにも影響し一般現金客も減り、更に2009年は自由化で増え過ぎたタクシーの規制が始まり業界の士気も低下。毎回酷い時は3万やっとで手取りも12-5万に落ち、仲良しの I さんが入院で気分も低下。そんなある朝の配車で23と32号車を間違え出庫し怒られたりで、こりゃもう潮時かなと2010年9月に退社しました。
そして1年後、2011年6月に舌癌発症、9月に小線源治療を受けました。これは蓄積されたストレスの結果に他ならないと自己合点しています。病気には必ず原因がある確かな証明です。見える部位でしかも最適治療を探せたのも幸いでした。この体験は私の人生に不可欠な要素だったと思っています。一生の出来事や経験には、決して無駄は無いと言えます。
ご参考までに下記HPの「舌癌体験記」をご覧戴ければ幸いです。http://www.geocities.jp/keizoizumi2010/
TAXI 稼業 09:
多様な人間ドラマの続き。朝6:30六本木ヒルズ前の通りで男女が言い争い女性が男を払い個人タクシーへ逃げ込む。その男が私の車を止め追跡か?と思わせて「横浜青葉台まで‥」東名から駅近くの住宅街へ止めて出されたチケットは個人タクシー組合用、丁重にお断りすると「振込むから信用して!‥」ご自宅の奥様を説得できぬ訳ありか?会社名刺を戴きメルアドを確認、翌日メール交換し会社の昼休みに入金された。追跡と言えば銀座デパートから親子連れが乗ったタクシーを追ってくれと言う男は車中で電話報告したりの探偵稼業らしい。深夜の六本木は黒人が早口日本語で裏道を案内移動したり、女言葉の男など何とも変てこな種族の蠢く街でとても真面に付き合い切れない。夕刻の新宿へ牛込辺りから出勤するママは和服と身のこなしに一部のスキが無く車中で日経を読み会話ネタを仕入れ高級クラブで男をあしらうと見える。そのお顔は岩下志麻かな?の別嬪で男なら騙されてもこれはまぁ仕方なく余程に店名を聞きたかった。若いホスト3人を乗せたら誰それは月200とか車貰ったとかそのウルサイ事夥しい。こんな水商売の世界で面白おかしく生きるのも人生いろいろで、更には悪人らの住まう暗黒ウラ世界もあり、兎にも角にもこれが人間社会と言うモノでしょう。
TAXI 稼業 10:まとめ
この仕事で1.2万以上の人達と接する体験ができました。当初は非日常の幽霊と遭遇!などを期待したものの、現実の日常社会は実に多彩な人々が動かしている事実を改めて実感しました。そして乗客の人達には 個々の日常と人生があり、この6年余での人間観察は面白くて興味が尽きませんでした。私には精神と肉体に過酷な仕事でしたがその好奇心が続ける原動力で、今思い出すとこの稼業をやって得た収穫に満足しています。その反動か1年後に病気体験したのさえ自分のためには得難い体験となりました。
まとめに下図の「こころスケール」を作ってみました。人は自分と他人の関係で生きていて、他人との狭間でその人物の感情、言動、行動が決まり、人格と人生が形成されます。タクシー乗客はまず大きく分けて、自分か他人寄りか?に属し例えば、横柄で文句ばかり言う人、彼女や部下の前でやたら怒ってみせる人、隙あらば運転手を騙そうと企む人、何年やってますかと労う人、缶コーヒーをどうぞと薦める人、チップをはずむ人など人間のデパート売り場みたいに実に多彩です。
このスケールで自分は何処に居るか?この先何処へ行くべきか?を考える習慣は決して無駄ではないと思います。そして如何に生きるのが自分に、他人に、世の中に良いのかを今後も究めてみたいと想う今日この頃です。
棚の隙間から給与明細79か月分が出てきた。これは2004~2010年タクシー乗務記録で、元々運転と世情と人に興味があり30代にタクシー二種免許を取り、自営デザイン業が暇になり始めた60代に実行した。正社員でない嘱託で毎月8回の乗務(社員は12回)朝6時~翌3時まで21時間を都心で営業する。顧客平均20回実車で、私の月収手取り最高は28万余。悪い月は12万程。当時、仲良しの同僚 I さんは3歳年上だが毎月30万以上稼ぎ、前事業の負債を返していた。彼は食事も1回で休まず走り、帰庫すると毎回私より1~2万多く稼いでいた。ある日は10万近く売上て皆が驚いた。所が懇意になって3年程、休みがちで入院した数か月後に亡くなってしまった。悲しい思い出です。この職業は色々な事情のある人が多い。下記が乗務した会社で自転車8分通勤でした。http://www.asahi-taxi.fuji-group.jp/ ‥‥募集欄40万可能の内訳は「但し身を削れば」です。
TAXI 稼業 02:
人間観察に最適なタクシー稼業。概算で私は12,000回ほど乗客と接した事になる。その結果は、乗る人の2割が善人で、6割が普通の人、あと2割が悪人と感じた。善い人は言葉が丁寧で礼のある正直な社会人で、悪い人とはエバって無礼で自己中心で不平不満を言う。私が新人で道を良く知らない頃、前者は当然と案内してくれるが、後者はそれでプロかと文句を言い、道を間違えたから金は払わぬと言う困った輩もいた。総じて社会の人間の縮図と断面を見ることができる得難い職業体験であった。通常は善い客を求めて、港・中央区を主に営業し、流れで夜の新宿渋谷の繁華街へ行くと困った客が乗ってきて閉口した。職業運転手とはどんな客でもあしらえる術が必要で新人の頃、客を信じ戻るからと言われまんまと乗り逃げされた。これもこちらに油断があった訳だ。お蔭で私も人を見る眼が出来てきて、手を挙げる顧客を見ると、どんな人物で何処まで乗るかまでが読めるようになった。このプロの眼力で昨今の騒ぎを起こす人物を見ると「なるほどね」と頷けることが多くなった。
TAXI 稼業 03:
とにかく世の中は多様な人が生きているの興味で延べ6年半、毎回短編人生ドラマを観せて戴いた。新幹線へ急ぐ女性はお願いだから赤信号を無視してと迫るし、キャバ嬢も急いでと連呼し着くと1メータなのに万札で釣りを急かす有様。日本橋デパートから乗る奥様族は会話も多彩で5千円程払いマンション帰宅、旦那は高給取りかなぁ。たまに人生談が意気投合した顧客は万札で釣り3千円も取らず有り難うと言われこちらこそ感謝。高級ホテルへ付けて待つ間に昼食済ませやっと乗せたら1メータ客!‥は雑魚に見え、成田へのお客様はイエス様に見え、外国ビジネスマンは景気が良く¥23,000をカード払いでチップは無し。日本社用族は羽田までが多い。何と言ってもロングは上客で運転手の羨望だ。深夜の銀座では茅ヶ崎や土浦などへ帰るチケット客を乗せた。色々な人達の人生と接する面白さは、肉体的に辛い仕事だがそれ以上の精神的収穫があり大変貴重な経験となりました。私もたまにタクシー乗る時は1メータでも千円で釣りは貰いません。
TAXI 稼業 04:
頑張れば手取り増えるがリスクも増大するのがこの稼業。始めた頃は知らぬ道で逆走や変則信号無視したり、スピード超過や接触事故で警察の御厄介に。さても不思議なのは違反した先にお巡りさんが居る事? 払った国庫金・勉強代は計3万程かな? 流石に懲りて、後半3年は無事故無違反と勤続5年の会社表彰され腕時計を戴きました。
金で済まないのが乗客トラブル、酔客は高速道で爆睡しインター降りても自宅が聞けず果ては最寄署の御厄介に、最後は深夜に父親が車で迎えに来るお粗末も。寸借詐欺や強盗など危機管理の要職業で、たまに命を落とす悲劇もある。更に付いて回るのが交通事故、会社で見せられる車載画像集では自転車を撥ねるは店に突っ込むはなど居眠りの実例。疲労と睡魔はお友達。とかく予期せぬことの連続が日常です。この仕事のお蔭でもしも?と考えるリスク管理が身に付きました。タクシーは人生の縮図的職業ですね。
TAXI 稼業 05:
タクシーに興味を持ったのは小学生の頃「多羅尾伴内」と言う映画の片岡千恵蔵が私立探偵で「ある時は片目の運転手、またある時は‥、しかしてその実体は‥」と痛快無比に7変化するカッコよさに痺れたのが始まりだった。当時1950年代のタクシーは日野ルノー(初乗り¥60)、日産ダットサン¥70、その後トヨタコロナ¥80、クラウンや日産セドリック¥100と続き、いわゆる神風タクシーやエントツ不正メータ、乗車拒否なども横行していた懐かしい時代でした。それ故に規制が厳しくなる業界です。クルマ大好き少年は車名や性能など調べては得意に披瀝したもので、それが50年後の老人で実体験するとは人生もなかなか乙なものです。私が乗務した車種はトヨタコンフォート(¥710)で、液化ガスLPGで7km/ℓの燃費は改善の余地ありですね。
TAXI 稼業 06:
ある夕刻、築地から初老の紳士を乗せ八重洲口へ向かった。クラス会の後と仰るが浮かない様子で「先週に家内の葬儀を終えたばかりでいくら飲んでも悲しい‥」と言われる。「実は私も昨年同じ体験をしました‥」と答えると「関越高速で鶴ヶ島まで行って下さい」と経路変更になった。車中で私の考えをお話した。人は死んでも心は消えずあの世で暮らし、この世を観れる。悲しみより感謝することで安心してくれる。あちらで再会するまでその人の分まで強く生きるべきで、奥様はいつも傍に居ます。と人の生死について私が至った考えをお話した。降りる時は「元気になった有り難う」と感謝された。初対面の人と「生死」について語れるとは、この稼業ならではの体験であり何かの巡り合せを感じました。この世の中は未知と興味に満ちて、今後も生死については追求したいと思います。
TAXI 稼業 07:
人生いろいろ ♪♪ 夜の銀座裏通りでは午前1時過ぎ飲食店から出たポリバケツに男が近づき手際よく採集し闇に消える。若いカップルが乗り込み「ラブホまで‥」には湯島ホテル街へ直行ご案内。千鳥足のホステスが疲れ声で「亀戸へ‥」駅裏の託児所でぐっすり顔の幼児を抱っこし近くのマンションへ消える。また銀座へ戻ると和服ばっちりのママがご帰還で勝鬨や月島のハイソなマンションで降りる。その足で明石町の聖路加夜間口で待機すると治療を終えたカップルが「調布まで‥」ぐったりの男は酒臭く、チョッと可愛い彼女が曰く「この人アル中なんです!」途中で酩酊男が道順を言っても「聞かないで下さい!」との調子で暗い街中に降りて行った。この世の中は、実に色々な人生がある。皆それぞれ何かを求めて日々を生きざるを得ない。運の良し悪し、幸か不幸か、望みと諦めと、懸命に生きている人たちを見ると胸の詰る想いがする。かく言う自分はどうなのか?TVの「ドキュメント72時間」や「タイムスクープハンター」が面白いのも名も無い人々の生き様が素晴らしい感動を覚えるからかも知れません。この仕事の体験でますます人生の不可思議さが深まり何かが見えてきそうな気がしています。
TAXI 稼業 08:
タクシーは景気や世情を映す鏡です。2006-7年は好調で毎回5-6万の営収で毎月手取りも23-5万あり仕事を楽しめました。所が2008年4月、あのリーマンショックの後は大騒ぎの世界不況とやらで売上も低下、その因はチケット客の減少で企業が経費を切詰めた訳です。景気はムードにも影響し一般現金客も減り、更に2009年は自由化で増え過ぎたタクシーの規制が始まり業界の士気も低下。毎回酷い時は3万やっとで手取りも12-5万に落ち、仲良しの I さんが入院で気分も低下。そんなある朝の配車で23と32号車を間違え出庫し怒られたりで、こりゃもう潮時かなと2010年9月に退社しました。
そして1年後、2011年6月に舌癌発症、9月に小線源治療を受けました。これは蓄積されたストレスの結果に他ならないと自己合点しています。病気には必ず原因がある確かな証明です。見える部位でしかも最適治療を探せたのも幸いでした。この体験は私の人生に不可欠な要素だったと思っています。一生の出来事や経験には、決して無駄は無いと言えます。
ご参考までに下記HPの「舌癌体験記」をご覧戴ければ幸いです。http://www.geocities.jp/keizoizumi2010/
TAXI 稼業 09:
多様な人間ドラマの続き。朝6:30六本木ヒルズ前の通りで男女が言い争い女性が男を払い個人タクシーへ逃げ込む。その男が私の車を止め追跡か?と思わせて「横浜青葉台まで‥」東名から駅近くの住宅街へ止めて出されたチケットは個人タクシー組合用、丁重にお断りすると「振込むから信用して!‥」ご自宅の奥様を説得できぬ訳ありか?会社名刺を戴きメルアドを確認、翌日メール交換し会社の昼休みに入金された。追跡と言えば銀座デパートから親子連れが乗ったタクシーを追ってくれと言う男は車中で電話報告したりの探偵稼業らしい。深夜の六本木は黒人が早口日本語で裏道を案内移動したり、女言葉の男など何とも変てこな種族の蠢く街でとても真面に付き合い切れない。夕刻の新宿へ牛込辺りから出勤するママは和服と身のこなしに一部のスキが無く車中で日経を読み会話ネタを仕入れ高級クラブで男をあしらうと見える。そのお顔は岩下志麻かな?の別嬪で男なら騙されてもこれはまぁ仕方なく余程に店名を聞きたかった。若いホスト3人を乗せたら誰それは月200とか車貰ったとかそのウルサイ事夥しい。こんな水商売の世界で面白おかしく生きるのも人生いろいろで、更には悪人らの住まう暗黒ウラ世界もあり、兎にも角にもこれが人間社会と言うモノでしょう。
TAXI 稼業 10:まとめ
この仕事で1.2万以上の人達と接する体験ができました。当初は非日常の幽霊と遭遇!などを期待したものの、現実の日常社会は実に多彩な人々が動かしている事実を改めて実感しました。そして乗客の人達には 個々の日常と人生があり、この6年余での人間観察は面白くて興味が尽きませんでした。私には精神と肉体に過酷な仕事でしたがその好奇心が続ける原動力で、今思い出すとこの稼業をやって得た収穫に満足しています。その反動か1年後に病気体験したのさえ自分のためには得難い体験となりました。
まとめに下図の「こころスケール」を作ってみました。人は自分と他人の関係で生きていて、他人との狭間でその人物の感情、言動、行動が決まり、人格と人生が形成されます。タクシー乗客はまず大きく分けて、自分か他人寄りか?に属し例えば、横柄で文句ばかり言う人、彼女や部下の前でやたら怒ってみせる人、隙あらば運転手を騙そうと企む人、何年やってますかと労う人、缶コーヒーをどうぞと薦める人、チップをはずむ人など人間のデパート売り場みたいに実に多彩です。
このスケールで自分は何処に居るか?この先何処へ行くべきか?を考える習慣は決して無駄ではないと思います。そして如何に生きるのが自分に、他人に、世の中に良いのかを今後も究めてみたいと想う今日この頃です。
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