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そこはかとなくかきつくれば

日々のとりとめのない気付きを結晶に

結婚できなかった時代

2011-07-14 | 社会

とあるきっかけで以前、老人デイケアセンターに

一週間ボランティアに行く機会があった。

実際には素人の私が何かできるわけではなく、

お年寄りの話し相手になっていただけである。

 

知覚が衰え、会話のキャッチボールが困難な方も少なくなかった。

その中で、上品で聡明な老婦人がいた。彼女の曰く、

「私の頃は戦争で多くの男性がいなくなり、

私は結婚したかったけれど、縁に恵まれなかった」

現代の結婚事情とはまるで質の異なる困難が当時あったのだろう。

 

彼女は身寄りがないためそこに来ていた。


マスコミ2

2011-07-06 | 社会

以前、マスコミ1でぼやかして書いていた内容の補足。

 

情報が溢れ返る昨今では、情報の取捨選択と階層化

(重要度の判定)が不可欠になってくる。

そこに編集者の価値観や性向が紛れ込む。

生データが変形するわけだが、これは努力することで

変形を少なくすることはできても、ゼロにすることはできない。

 

民主主義はマスコミと切り離して考えることはできない。

民主主義は個人個人が主体性を持って思考し、選挙や

議論に赴くことで初めて機能する (多数決の無意味)。

その際に不可欠なのが、十分に客観的な1次情報なので、

マスコミはそれを提供する重要な役割を担う。

この役割が果たされないときは、民主主義は容易に衆愚政治に陥る。

 

理想的なマスコミの本来すべきことは、「民主主義がよく機能するために」

生データの変形を極力最小限にとどめながら情報を階層化して

大衆に提供することである。ある主義を支持する情報のみを提供し、

他の重要な情報を報道しない、あるいは他の無数の情報の中に紛れ込ませて

小さく扱うのは、民主主義のシステムにとって害悪である。

捏造はいわずもがな。

 

ただし、少なくとも日本においては上のようなマスコミは基本的に存在しない。

のみならず、その理想を目指している報道機関もほとんどない。


消費社会

2011-06-26 | 社会

生きていく上で最低限、必要なものは何かを考えると、

実際にはほとんど何も要らないことに気がつく。

広告、宣伝で必要以上に大衆の購買意欲を駆り立てる

ことで現代の消費社会は回っている。

 

テレビやパソコンがなくても人は死なない。

でも病人や弱者に差し伸べられる手は多分、昔より少なくなって

きている。


嫌煙運動

2011-06-25 | 社会

喫煙者に対して、素直に

「タバコ(の煙)は臭くてけむたいからやめてくれ」

と言わずに、偽善者ぶって

「あなたの体によくない」と訴えるから話がややこしくなるのだ。

タバコケースに癌の画像を貼ったりしている

現状は、むしろ嫌煙活動の病的な一面を表している。