読み終えて、宮沢賢治への見方が広がった。
賢治もまた、人の子であって、弱すぎるほどに弱い、金持ちのぼんぼんだったのだと。
試行錯誤を経て、作品を発表し、一人前にやっとなれたのだと。
でも、まだまだ過程だった。体が丈夫でなく、先が長くないとわかっていたから、がむしゃらに書き尽くしたのかもしれないけれど。
賢治は父に対して反抗ばかりしていたのだと思っていた。裕福な質屋の息子に生まれ、境遇を呪っていたのだと。
それは一面でしかなかった。賢治の父は、教育にも熱心だった。息子が病気になったとき、徹夜で看病した。質屋も継がせようとした。
でも賢治は優しすぎた。商いが向いていなかった。
教師となって、子供たちに教える中で、言葉を工夫して伝える術も身に着けていた。
教師になれたのは、父が学校に行かせてくれたから。地学、物理、化学、外国語などを学び、賢治だけの作品世界の土台ともなった。
何より、妹のトシが最高の読者だった。結核に伏していたときも、目を輝かせて賢治のお話を聞いた。何度も何度もおねだりして。
賢治が病に伏したとき、父がお話を聞かせた。賢治は、父と妹をはじめとした家族あっての賢治だった。
そうした発見があった一方、事実に基づいているだけに、いまひとつ感情移入できなかったのも事実。
小説だから、どこまで本当なの? という疑念がつきまとう。やたらと改行が多いのも、話の深まりを妨げていたように感じた。
24歳でトシが、37歳で賢治は死んでしまった。
生きることへの切実な思いが、作品に永遠の命を与えたのだと思う。
トシと賢治だけでなく、送らざるを得なかったご遺族にとっても。
門井慶喜著/講談社/2017