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古事記・日本書紀・万葉集を読む(論文集)

ヤマトコトバについての学術情報リポジトリ 加藤良平

水天宮の犬の置物

2018年10月21日 | 上古・中古・中世・近世
水天宮の犬の置物(トリップアドバイザー提供)

水天宮の張り子の犬の置物は、安産のお守りとして親しまれている。
頭に籠をかぶっている。
なぜだろうか?
人に聞いてみました。

A氏の説:竹冠に犬と書くと「笑」という字に見えるでしょう。
B氏の説:籠には魔除けの力があると信じられてきたからです。

私にはどちらの説も隔靴掻痒で、納得が行きませんでした。そこで、もう一人、聞いてみることにしました。ただ、このご老人は狷介な方で、問うとは問い尋ねることなのか、などとのっけから仕掛けられて疲れます。「C氏の説」は自ずと問答形式となります。

私:どうして安産のお守りに、犬が籠をかぶっているのですか?
C氏:お前の家の犬はどうなっている?
私:犬は飼っていません。
C氏:バカか。一般論を聞いとるんだ。
私:籠などかぶっていません。
C氏:本当にバカか。散歩はどうしてるんだ。
私:リードでつないで行っています。
C氏:だからだ。
私:えっ?
C氏:そんな置物を配れるか?
私:えっ?
C氏:縁起でもないだろ。
私:えっ?
C氏:本当にバカなのか。犬は多産で安産だ。ぴょこぴょこ出てくる。出て来た時、へその緒が赤ちゃんの首に巻きついてたらどうするんだ。
私:あっ、まずいですね。
C氏:だから、犬の置物に首輪がない。
私:では、籠は?
C氏:しつこい奴だな。カゴ、カゴって。どうしてカゴって濁るんだ。
私:濁るもなにもカゴでしょう。
C氏:お前は本当に言葉の研究をしているのか?
私:はぁ。
C氏:上代には、コって澄んでいたんじゃないのか?
私:あっ、はい。コは甲類です。
C氏:ほらほら、また変なこと言い出したぞ。コ(籠)だからコ(子)だとか言いたいのか。
私:えへへ。
C氏:江戸時代に通じるか。
私:江戸時代なんですか?
C氏:おいおい学者か? 堕落したいんなら帰れや。
私:いえいえ。
C氏:籠はカコだ。
私:カコって過去ですか?
C氏:何だって? 新しい命が生まれようというのにお寺へ行ってどうする。お前、片足突っ込んどるのか?
私:えへへ。
C氏:水天宮で配っているのは本当は何だ。
私:本当って言いますと?
C氏:お値段の張るやつだ。
私:腹帯です。
C氏:その代わりだ。
私:えっ?
C氏:間抜けな奴だな。腹帯はベルトだ。ベルトを止めるのが鉸具(かこ)だ。バックルって言わなきゃわからないのか。
私:なるへそ。
C氏:何がなるへそだ。何を見に博物館へ行ってるんだ。
私:すいません。
C氏:籠は鉸具(かこ)だ。だから頭にかぶってる。
私:腹にはつけないんですか?
C氏:どうやって腹に籠をつけるんだ。お前は物事の本末を知らんのか。カコカンドリ。カコが頭に来るだろう。
私:鹿島・香取神宮が出てくるんですか?
C氏:お前は大丈夫か? 水天宮とは商売がたきだろうが。
私:はい。
C氏:カコカンドリって言えば水手(かこ)と舵取(かじとり)のことだ。それになぞって茨城の神社が言ってるだけだ。船の前からどういう配置だ。オールを漕ぐ水手(かこ)が前、舵取(かじとり)は後ろ。だから頭にカコが来るんだ。
私:犬の尻尾は舵ですか。
C氏:犬が西向きゃ尾は東!
私:はぁ。
C氏:頭に舵の船があったら、どうなる?
私:進めません。
C氏:違う。
私:うーん?
C氏:流れるだろ。
私:は、はい。
C氏:縁起でもないじゃないか。
私:あっ、なるほど。
C氏:物事の本末が大事ぐらい心得とけ。お前は逆子で生まれて来たのか?
私:さあ、どうだか。
C氏:これだから若い者は駄目だ。
私:若くもありませんが。
C氏:なおさら駄目だ。
私:恐縮です。

C氏の説(まとめ):多産で安産な性質の犬の形のうえに、臍帯巻絡と流産と逆子のないことを祈り込めたものでしょう。

聞いただけのことはあった。感服した。お産の実情をなにしろよく物語っている。かつては経験豊かなお産婆さんに頼んだものであるが、3つの困難な事態に遭うとお産婆さんも顔を曇らせたに違いない。では、どうしたらいいのか。祈るしかない。だから、張り子の犬のお守りをありがたいものと感じていただいて来ていた。神職の言葉に、「“祈り”は真剣に生きようとするところに初めて生まれる」(岡本健治)とある。生きるとは祈ることであった時代のお守り、それが、水天宮の籠をかぶった張り子の犬の置物である。
緑釉犬(中国、後漢時代、2~3世紀、武吉道一氏寄贈、東博展示品。首環と胴環に子安貝模様、墓を守る番犬とも被葬者を冥界へ導くともいう。)
金銅製帯金具残片(奈良県橿原市川西町新沢千塚126号墳出土、古墳時代、5世紀、東博展示品)

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