はぁ、はぁ、と。
自分の吐息が激しく自身を圧迫して止まない。
真冬でもないのにガチガチと手が強張り震え、グリップから指が離れない。
額から汗が滴り不快感が増していく。
震えながら両手で銃口を握りしめる。
数分前にその銃口から発射された弾と薬莢の摩擦熱はとうに冷めきっているだろうに、ハルにはまるで灼熱の太陽に焼かれているような熱さを感じる。
「いつまで、そこでそうやってるつもりなの?」
不意に頭上から聞こえた声に自分が踞っていたことに初めて気がつく。
冷酷なほどに冷たい声には聞き覚えがあり過ぎるものだった。
「ヒ、バリさ、…ん」
「いつまでそうしているの、ハル」
彼の冷たい視線が、自分に降り注ぐのを感じながらハルは先程までの自分の行動を思い返していた。
相手マフィアとの取引現場で寝返り、ツナを殺そうと狙って来た連中の数人を自ら陽動し引き付け、そしてこの手で、この拳銃で、その命を刈り取ってしまった。
「いい加減にしないと、うるさい奴らが来るよ。大体…この時のために今まで覚悟をしてきたんじゃないの?」
その言葉に雲雀とハルの師匠筋に当たる奈々にしごいかれて来たここ数年の厳しい修行風景を走馬灯のように思い出す。
「ツナさん…は」
ふと我に返ったハルはまだいくらか呆然としながら何よりも優先しなければならない存在を思い出した。
自分は、彼のために…否、彼に置いていかれないために自ら荊の道を選んだのだから。
ようやく正気づいてきたハルに雲雀はやれやれ、というように肩を竦ませて軽い口調でハルの質問に答えてくれた。
「もちろん、僕がここにいるんだ。綱吉には傷一つ付いてないに決まってるだろ」
「そう、ですか…」
強ばっていた身体が安堵に緩む。
「でも、ボディーガードとしては失格だ」
「…はい。分かっています」
ギリ、と歯を食いしばって項垂れるハルに雲雀は辛辣な口調で続けた。
「綱吉の事を一番に考えなくてどうするの。人を殺したことがそんなに怖いなら綱吉に慰めてもらいな。そして二度と前線に来るんじゃない」
「嫌です!それだけは…絶対に嫌なんです!!」
雲雀の言葉に弾かれるようにハルは青褪め頭を降る。
「駄目なんです!正妻の座も愛人の座も捨てて、『ここ』に立っていなきゃ私はツナさんと同じフィールドに立てない!」
「………」
「ツナさんに甘やかされて、愛されて、守られていたらきっと一生ツナさんに近付けない。置いて逝かれる!…だから!!」
だから嫌だ、と頑なに告げるハルに溜め息を溢しながらながら雲雀は呟く。
「全く…笹川の妹みたいに何も知らず幸せに暮らしていればこんな難儀な人生を送らずにすんだだろうに」
「嘘です。ヒバリさん、笑ってます」
あからさまに無表情で可哀想な者を見るような顔をしていても少なくはない付き合いのある自分には雲雀が面白がっていることに気がつかない訳がなかった。
「上出来、かな?」
くすり、と笑って久しぶりに穏やかな笑みを浮かべる。
雲雀がそんな穏やかな笑みを浮かべるのは彼の前だけだけだと思っていたから。
自分にそんな表情を見せてくれた雲雀にハルは純粋な驚きを隠せなかった。
「ひ、ヒバリさん・・・」
「実はね、ハル。コレは君に対する最終試練だったんだ」
「・・・・はひ?」
事も無げに続けられる雲雀の言葉に、ハルは呆然と間抜けな顔を晒してしまった。
面白い顔のままの妹弟子を検分しながら、雲雀の穏やかな笑みが一転意地悪い笑みへと変わる。
「君が、本当に綱吉の傍にいる覚悟があるのか。マフィアとして生きる覚悟があるのか。その適正があるのか。そして何より、人を殺して正気でいられるか―――」
ころり、と今度は無表情のままその瞳だけを恐ろしく冷たい氷のように尖らせてハルの全てを見通すように眇める。
本能的にごくり、と生唾を呑み込んだハルは、これから自分に対する最終評価が下されるのだと悟る。
「結果は、辛うじて合格、だ」
「ほ、本当ですか!?」
ぱっ!と喜色を現すハルを咎めるようにぴんっとその額に雲雀にしてみればかなり威力を落としたでこピンが直撃する。
「あいたっ!」
「そういう慢心がまず駄目だね」
「は、はい・・・」
居住まいを正すハルに、やれやれと雲雀は呆れながら呟く。
「言っただろう。『辛うじて』合格だと。正直、今日の君はまったく使い物にはならなかった。まず綱吉を一瞬でも忘れるなんて言語道断だ。君もSPとして彼の傍にいるつもりなら、そこら辺は忘れないことだ。そして・・・人を殺した感触を忘れたないことだ」
「そ、れは・・・」
ハルの脳裏に自分が発射した拳銃の銃弾が黒服の男に当たった場面が鮮明に思い出されてくる。
「人を殺すことに躊躇していてはこの世界では生きてはいけない。だが、人を殺したことを忘れれば、それはもはや狂人だ。生と死、人と人外の狭間でどれ程自我を保ちながら狂わずに生きていけるかがこの世界の生き方だ」
「・・・はい」
「ハルは、狂わずにいられる自信が、あるかい?」
その問いに、ハルは直ぐには答えられなかった。
今、数分前に殺したあの男の人の姿が忘れられない。けれど、こうして雲雀さんと話していられる自分は、笑っていられる自分は異常ではないのだろうか?
もしかしたら、当に自分は狂っているのかも知れない。
だが。
だが、それでも――――。
「正直、分かりません。でも・・・私は、この世界で血に塗れながら生きていきたいです。この手を血と罪で汚しながら、それでもツナさんの傍にいられるのなら―――後悔は、しません」
きっぱりとそれだけは胸を張っていえるのだと答えれば、雲雀から笑みが零れる。
「それでこそ、君は僕の妹弟子だ」
「はい!」
この手が、血で濡れても。
この手が、誰かの命を散らせても。
この手が、罪に塗れていても。
それでも、この思いだけは変わらない。
ツナさんに対する、この想いだけは―――――。
コメント:ハルがもしツナの隣りを歩くことを(マフィアとして)選んでいたら、というお話でした。
こちらは以前何度か使ったことのある雲雀の妹弟子設定で。ちなみに師匠は奈々さんです(笑)