直心是道場

障がい者施設に勤務しています。
障がいのことはもちろん、映画や音楽の話も…
日々想うことを書き記します

本の力 ~ 福祉の思想 / 糸賀一雄

2015年09月22日 | 本の力
9月22日
連休も後半となりました。
羽島学園やグループホームの職員さんは、今日もそれぞれのポジションを支えてくれています。
仕事と言ってしまえばそれまでですが、現場の支援員として働いていた頃を思い出すと、常にコンディションを整えてシフトに穴を開けないように働くことは、本当に大変なことです。
職員さんの頑張りに感謝です。

久しぶりに紹介する、私に影響を与えた本の力。
福祉の思想 / 糸賀一雄

あまりにも有名な「福祉の思想」
私が、糸賀先生の本を読むようになったのは、大学4年生になってからです。

大学1年の時に、大学で学ぶことに挫折を感じた私。
その後は、別の道を模索しながら“仕方なく”大学に通う日々でした。
私にとって「糸賀一雄」は、単位を取るために憶えた勉強のひとつでしかありませんでした。

大学4年の夏休みに、なんとなく参加した自主実習。
滋賀県のとある福祉施設での実習が、私の“福祉の思想”を大きく変えました。

実習の合間に「学習の時間」を作っていただき、所長さんや職員さんが入れ替わり立ち替わり、私たち学生に「障がい者福祉」について熱く語ってくれました。
この経験は、私の原点でもあります。
糸賀先生の「福祉の思想」に根ざした福祉実践を、しっかり教えていただきました。

☆福祉の思想(発達保障の考え方)
 この子らが不幸なものとして世の片隅、山峡の谷間に日の目もみずに放置されてきたことを訴えるばかりではいけない。
 この子らはどんなに重い障害をもっていても、だれととりかえることもできない個性的な自己実現をしているものなのである。その自己実現こそが創造であり、生産である。
 私たちのねがいは、重症な障害をもったこの子たちも、立派な生産者であるということを、認めあえる社会をつくろうということである。
 「この子らに世の光を」あててやろうというあわれみの政策をもとめているのではなく、この子らが自ら輝く素材そのものであるから、いよいよみがきをかけて輝かそうというのである。「この子らを世の光に」である。
 この子らがうまれながらにしてもっている人格発達の権利を徹底的に保障せねばならぬということなのである。

あまりにも、有名な「この子らを世の光に」のフレーズ。
発達保障の原点になるこのフレーズを導き出すまでには、20数年にわたる近江学園職員のたゆまぬ実践と、不断の研究がありました。
今でもこのフレーズは色あせることなく、私たちの心に響いてきます。
私は、現場の支援で行き詰ったとき、あるいは新たな発想を考えるときなど、様々な機会にこのフレーズを読み返してきました。

糸賀先生がお亡くなりになった昭和43年は、当法人が設立した年です。
あれから40数年。
私がこの仕事に就いてからもうすぐ30年になろうとしています。
自分の実践で、“これだ!”と伝えられるようなフレーズを残してきただろうか…
反省しきりです。

しかし、法人は40数年にわたって脈々と障がい者支援を担ってきましたし、諸先輩方の実践、誇れる実績もあります。
今日も職員さんは、一生懸命現場で頑張っています。
ただ、社会福祉法人経営者協会の磯会長が仰るように、私たちの実践は慎ましく(悪く言えば内向きに)行われていて、社会にアピールすることの弱さがあるように思います。

☆福祉の思想(専門職の設置)
 社協の地域活動というのは、とりもなおさず住民のものであるが、それは放置しておいて自然に育つといったものではあるまい。
 その中に課題を見出し、より高い次元の社会形成をめざすようなはたらきを、誰かが担当しなければならない。いうなれば自覚者が責任者である。

自覚者が責任者である…
とても示唆に富んだ言葉です。
実践をしっかりと振り返り、課題を見出して展望を開くこと。
自分たちの“福祉の思想”を、社会にアピールして、より高い次元の社会形成に関わることは、私たちの責任だと思います。

そのためにも“日々の実践”の積み重ねは、とても大切です。
皆さん、よろしくお願いします。