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日本カナダ文学会の活動と紹介

NEWSLETTER 78

2022-10-03 | Newsletter

NEWSLETTER 78

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L'association japonaise de la littérature canadienne

Fall 2022

 

会長挨拶

秋風が心地よい季節となりました。会員の皆様にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。 NEWSLETTER 78 号をお届けします。

収束が見えないコロナ禍の中、日本カナダ文学会は第 40 回年次研究大会をハイブリッド方式で開催し、 無事終了することができました。北は北海道から南は九州まで、予測していたよりも多くの会員がリアル 参加され、久しぶりに皆様にお会いでき大変うれしく思いました。開催校の沢田知香子会員には周到なご 準備をいただき、改めてお礼申し上げます。

大会プログラムのひとつである日本カナダ文学会創立 40 周年座談「日本カナダ文学会を語る―過去・ 現在・未来」では、40 年前の創立時を知る堤 稔子名誉会長と竹中 豊元会員からお話を拝聴できたのは とても貴重でした。また、若い世代の 2 名の会員に、英語系カナダ文学、フランス語系カナダ文学の現代 の動向と今後の課題、展望について語っていただきました。ありがとうございました。

私事ですが、8 月末に中国の山東大学主催の「第三回多元文化研究会」に招聘され、「日本におけるカ ナダ文学研究」について講演を行いました。二日間の大きな学会でしたが、言語関係のセクションもあ り、日本からの参加発表もありました。リアル参加でも、Zoom 参加でもよいということで、日本からの 参加者はほとんどが Zoom 参加でした。この講演のために、カナダ文学の歴史を時系列的に一瞥し、それ をもとに「日本におけるカナダ文学研究」について調べました。浅井 晃第 2 代会長が編集人で、日本カ ナダ文学会が 2000 年 3 月に発行した『カナダ文学関係文献目録』が大変参考になりました。私を含め、 研究対象が現代カナダ文学に向かいがちであるが、カナダ文学の始原とみることができるファースト・ネ ーションズの口承文学はもちろん、英語系カナダ文学が始まったといわれる 17 世紀ころの文学研究から 始めなければいけないと痛感しました。

コロナ禍がまだまだ続きそうです。会員の皆様の一層のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。


座談会

今大会では、日本カナダ文学会創立 40 年を記念 して、「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未 来」をテーマに、座談を企画しました。

日本カナダ文学会の礎を築いてこられた 40 年前 の創立時を知る会員は、現在、堤 稔子名誉会長と 竹中 豊元会員等数名のみです。また、日本カナダ

文学会の未来を担う若い世代の戸田 由紀子会員 と、佐々木 菜緒会員にも参加を願い、今後の抱負 等を自由に語っていただきました。

ここに座談の要旨をご紹介します。 

 

「日本カナダ文学会を語る ― 過去・現在・未来」

名誉会長 堤 稔子

日本におけるカナダ文学研究は、1979 年の日加修交 50 周年を 2 年後に控えた 1977 年設立の学際的 日本カナダ学会を母体として始まりました。同学会の『カナダ研究年報』創刊号(1979 年)に「『カナダ 的想像力』についての覚書」と題する小論を載せた平野敬一先生を会長に仰いで 1982 年に設立されたの が、日本カナダ文学会です。

平野先生は北米生まれの北米育ち、中学から日本で教育を受け、旧制高校から東大に進んで東大教授に なった方ですが、1960 年代、折しも建国百周年(1968 年)に向けてナショナリズムが高まっていた時期 に、トロント大学でカナダの学生にカナダ文学を教えた経歴をお持ちでした。「カナダ文学」と言っても 一般の認知度は低く、英文学の亜流、あるいは英語圏文学の一部とみなされていたような時代です。

文学会設立の翌 1983 年、平野先生は明治大学の土屋哲先生と共編で『コモンウェルスの文学』を出版 しました。コモンウェルス、つまり英連邦に属しているカナダ、オーストラリア・ニュージーランド、ア フリカ、インド、西インド諸島の5章から成り、カナダの章で平野先生は Northrop Frye の貢献などを 特に強調しています。(Frye が 1950 年代、『トロント大学クォータリー』の年一回のカナダ文学時評欄 の詩の項を 9 年にわたって担当したその内容、あるいはトロント大学出版局が出した本格的なカナダ文 学史 Literary History of Canada: Canadian Literature in English の 1965 年版と 1977 年版それぞれに Frye が載せた結語 Conclusion を引き合いに出しています。)

カナダで出版されたこうした出版物やその後もカナダで出されたカナダ文学に関する著作にもかかわ らず、独立したカナダ文学が国際的に認知されるまでには時間がかかったことは、歴史もので定評のある ケンブリッジ大学出版局の歴史を見てもわかります。同出版局は 1917 年出版の『ケンブリッジ版英文学 史』の末尾に、アイルランド、インド、オーストラリア・ニュージーランド、南アフリカの文学と並んで、僅か 20 ページの「英語カナダ文学」を初めて登場させて以来、90 年近く経ってようやく、まず学部生向 けの Cambridge Companion to Canadian Literature (2004 年)の売れ行きを試してから、ようやく本 格的な Cambridge History of Canadian Literature(2009 年)の出版に踏み切っています。アメリカ文 学については、すでに何種類も出しているにも関わらず、です

原書で 750 ページ、訳本では 800 ページを超えるこの大著を、文学会で翻訳して『ケンブリッジ版カ ナダ文学史』(2016 年)として出版できたことは、喜びに耐えません。

* なお、カナダ文学会誕生と初期の状況については、拙稿 NEWSLETTER No.58 (Fall, 2012), pp.9-10<特別寄稿>「日本カナダ文学会創立 30 周年記念パーティーに寄せて」をご参照ください。

 

竹中 豊

ここでは、1960 年代から 70 年代頃の、当文学会創設の背景となる英語系カナダの文学状況に焦点を あててみます。

まず、文学会誕生の頃の状況から触れてみます。1982 年の文学会創設のころ、私にとって、圧倒的に 影響力が大きかった方がおります。東京大学教授平野敬一先生です。文学会の初代会長です。平野先生は カルフォルニア州生まれで、後にカナダの大学でカナダ人にカナダ文学を教えていた、というユニークな 経歴をお持ちでした。先生の著作を通して、カナダ文学の持つ潜在的魅力を感じたのを、今でもはっきり と覚えています。

第二に、当時、カナダの文学的環境に沈殿していた根深い問題意識がありました。「果たしてカナダ文 学というものが存在するのか」、との懐疑の精神です。私の印象では、冷笑的な見方が多かったような気 がします。歴史家 Goldwin Smith (1823-1910) によると、1867 年に “近代国家” として Dominion of Canada が誕生したとはいえ、それはあくまで政治的な表現であり、文学にとっては何ら意味をなさな い、と言う。

そして “カナダ文学不在論” は、20 世紀半ばになってもまだ続いていました。なるほどカナダ文学育 成にとって、国内にマイナス要因があったのは否定できません。たとえばマーケットが成立しにくく、ア メリカという巨大な市場に太刀打ちできなかったこと、さらには知的規範を長らくイギリス本国に依存 しきっていたことにあります。

他方、第三に、「カナダ文学は存在する」という肯定的視点も見逃せません。それを実感する明白な動 きが 1960 年代頃に噴出してきます。カナダ人意識の盛り上がりです。とりわけ “建国” 100 周年を迎え た 1967 年前後を主な契機として、カナダは政治・社会のみならず、「文化的爆発」といわれるほど、文 学活動が一層顕在化してきました。

今ひとつは、おそらくカナダ文学史上、画期的な著作が登場したことです。1972 年、Margaret Atwood による Survival の登場です。この個性的な作家は、カナダ文学を総括し、その独自性、魅力、そして何 よりもカナダ文学の存在自体を、見事にあぶりだしてくれたからです。

日本カナダ文学会は、実は以上述べたような知的文脈のなかで、誕生したのでした。カナダは世界の文明の中心から離れているからこそ、自由な発想が生まれ、何か新しい息吹が感じられる・・・。そんな本 能的臭覚をもって、この文学会が誕生・生成してきたと、私は考えています。

(元日本カナダ文学会会員/ 元カリタス女子短期大学) * 追記:「全文」(約 4000 字)ご希望の方は bernardtakenaka@nifty.com まで。

 

戸田 由紀子会員

私は、小・中学校時代をカナダで過ごしたこともあり、自然とカナダ文学に興味を抱くようになりまし た。私が住んでいた 1982 年から 1987 年までのモントリオールは、アジア系の人口もまだ少なく、今と はかなり状況が異なっていたと思います。通っていた現地校では私が唯一のアジア人でした。またこの頃 まで駐在家族は英語系の学校を選ぶことができたため、私はカトリックの英語系私立に通っていました。 当時 English の授業で様々な作品に触れましたが、シェイクスピアの戯曲が中心だったため、授業で「カ ナダ文学」を学ぶことはありませんでした。

「カナダ文学」を始めて学んだのは大学・大学院時代です。具体的な作品名は覚えていないのですが、 カナダから来られた特任の先生が、カナディアンプレイリーに入植した人々が過酷な自然環境の中で生 き抜く様を描いた短編などを紹介しながら、「カナダ文学」とはサバイバルの文学だということを力説し ておられたのを覚えています。授業外でマーガレット・アトウッドの作品に触れたのもこの時期でした。

「カナダ文学」に本格的に触れたのは、2012〜2013 年の海外研修中でした。滞在先であるブリティッ シュコロンビア大学(UBC)では、カナダ文学関連の授業がイギリスやアメリカ文学よりも多く提供さ れており、カナダ文学研究が 1980 年代から大幅に発展したことを実感しました。「カナダ文学」の概論 的な授業だけではなく、時代、地域、テーマ、ジャンル別にもそれぞれ複数の授業が提供されていました。 例えば、バンクーバー作家の作品のみ扱う授業や、アジア系カナダ人文学や先住民文学に特化した授業で す。UBC に滞在中、カナダ文学の授業に参加させていただき、イヌイットの口承伝承を映画化した Atanarjuat: The Fast Runner、Catharine Parr Traill や Susanna Moodie ら初期開拓者たちの物語、 カナダ北部の探検家 Samuel Hearne の日記、Robertson Davies や Michael Ondaatje の小説、Ethel Wilson や Madeleine Thien の短編、Eric Peterson と John Gray の戯曲 Billy Bishop Goes to War、 Wayde Compton の Performance Bond を始めとしたビジブルマイノリティによる作品など、様々なカ ナダ文学作品に触れることができました。

最近は、カナダのマイノリティおよび女性文学を中心に研究を進めています。昨年はイスラム系カナダ 作家 Zarqa Nawaz が手がけた話題作 Little Mosque on the Prairie や、日系カナダ人として初めて Canada Reads を受賞した Mark Sakamoto の Forgiveness: A Gift from My Grandparents を考察しま した。今後も益々多岐に展開し続けるカナダ文学の研究を続けていきたいと思います。

 

佐々木 菜緒会員

佐々木は、主にケベック文学の立場から、これまでの国内のカナダ文学研究の動向を共有しつつ、今後 の課題と展望を探った。

たとえば、1970 年代は、ナショナルなものとしてのカナダ文学の存在形態が注目されたはじめた時期 であるが、そのようなナショナル・アイデンティティの言説に関わる議論は、ケベック文学においても同 様に認められる動きである。この時期、ケベック文学は、北米大陸という地理的空間に目を向けるなかで 「ケベック人」というアイデンティティの有り様を模索しており、その動きにおいて「北米大陸」が一つ の鍵概念になっている。この北米大陸への姿勢の問い直しという動きが、ケベック以外のカナダ文学でも 見られる現象なのか、あるいはカナダ文学分野ではどのように受容されているのか。そうした視点は、英 系と仏系それぞれの文学状況を新たに関係づけていくなかでの一つの可能性であるといえるのではない だろうか。

また、現代のケベックの文壇は、先住民作家たちの活発な活動に彩られており、先住民文学という新た な潮流を生み出す場となっている。ケベックにおける先住民文学・文化への関心の高まりは、自分たちの アイデンティティの母体としての北米大陸をどのように認識していくかといった一連の動きにつながる ものである。他方、英系の文学研究分野ではケベックよりも早い時期から先住民文学研究が発展している ということが指摘される。このことをふまえながら、双方の先住民文学の相違点を比較検討することをと おして、カナダ文学全体が共通して抱える問題点を引き出し相対化しながら、カナダ文学とは何かという 問いを深めていくことができるのではないだろうか。

最後に、ケベック文学がいわばナショナルな文学として一定の存在感を持つことができているのは、ケ ベック独自の出版業界があるということが考えられる。この点について、英系のカナダ文学の出版事情を 佐藤アヤ子会長にうかがったところ、やはりアメリカの影響が強いものの、地元カナダの出版社の活躍も 皆無ではないとのことだった。

 

日本カナダ文学会 第40回年次研究大会を振り返って

副会長 松田 寿一

今大会は学習院女子大学を会場に、対面と Zoom によるハイブリッド方式で行われました。昨年は、延 期となった 2020 年度と21 年度の2大会を合わせた年次大会となり、リモートのみで行われましたが、 本年は画面上だけではなく、会場にお越しいただけた皆さんともお会いでき大変うれしく思いました。私 も新千歳から2年ぶりで飛行機を利用し、久しく忘れていた旅の気分を味わいました。とは言え、開催近 くまでコロナ収束が見通せず事実上2会場の準備に奔走された沢田知香子会員をはじめ会長、事務局の 方々のご尽力には心より感謝申し上げます。

カナダからのゲスト招聘はかないませんでしたが、今年はほぼ例年のプログラムの流れに沿って進め られました。午前に 2 本の研究発表、そして午後には学会創立 40 周年記念企画としての座談「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未来」が、休憩後には「アントロポセン時代のカナダ文学を考える」をテ ーマにシンポジウムが行われました。いずれの発表もきわめて今日的な問題と向かい合う大変興味深い 内容でした。ただ、それらの概要については次頁より各発表者が詳述されると思いますので、ここでは座 談を拝聴しながら思い起こしたことなどを少しばかり記させていただきます。

佐藤アヤ子会長の司会のもと、座談には 40 年前の創立時(1982 年)を知る堤稔子名誉会長と竹中豊 元会員、若い会員の中からは戸田由紀子会員と佐々木菜緒会員のお二人が参加されました。堤先生、竹中 先生はカナダ文学の存在が本国カナダにおいてすら認知されていなかった時代、そして1960年代後半か ら 70 年代にかけて、もはや英米文学の亜流ではなく、れっきとしたカナダ文学として成立していく様子 を作家や批評家などのエピソードを交えて語られました。また、そうした時代状況を反映するかのような タイミングで日本においても本学会が設立され、今日までその活動が引き継がれてきたことなども詳し く説明されました。続いて戸田会員からは多文化主義を掲げるカナダにおいて可視化されにくいマイノ リティの複雑な文学的表象へのご自身の関心が語られ、佐々木会員からは 60 年代ケベックにおけるアイ デンティティ模索が英系のそれと類似している点の指摘や現在のカナダ作家作品の出版や市場事情に関 する質問がなされました。

そうした中で思い起こしたのは、トロント大学教授Nick Mount氏が2017年(たまたまカナダ建国 150 周年)に Anansi 社から出版した Arrival―The Story of CanLit の中の言葉でした。氏はカナダ文学 が一気に盛り上がりを見せる 60 年代後半から 70 年代という時代から多文化主義法制定以降のカナダ文 学が辿った道のりを “we got from a country without a literature to a literature without a country” と 形容しました。氏は「文学を持たない国」からいわゆる CanLit が生み出された背景には政治・経済的環 境の変化のみならず、当時の少なからずのカナダ人が漠然と共有していたアイデンティティの喪失感が あったと推察します。Atwood の Survival(1972 年)も一例と言えますが、それはまさに英米の文化に 呑みこまれつつある環境下、かつてあった、あるいはあったかもしれないカナダをさまざまな形で発掘す る―そうした作業が行われた一時期だったということだと思います。なるほどその時代には個人や社会 的・民族的集団を問わず何がしかの喪失感の漂う作品が多く見られます。しかしさまざまな出自の移民作 家がすぐれた作品を生み出し、マイノリティ作家が次々と声を発する中で、今日のカナダ文学は確かに 「国を持たない」、つまり「想像上の国は持たない」道を歩んできたのかもしれません。また本大会の発 表やシンポジウムに示されるように、21 世紀の今日の世界とどうつながり、何ができるかがカナダ文学 のテーマの一つになってきてもいます。物語られる場所はカナダあるいは自らのルーツに関わる地球上 の一地域だとしても、カナダ文学は世界の中の文学としてより普遍的な広がりを持つ課題を担うように なってきたのだと思います。

大会後 3 ヶ月近くなって振り返りの文を書いていますとレンガ造りの落ち着いたたたずまいの会場校 の校舎、コロナ禍にあってもグラウンドでしばし部活動を楽しむ女学生の姿や和気藹々と帰校する中高 等部の女子生徒の明るい声が思い出されます。国の重要文化財とお聞きした、風格ある朱色の鋳鉄製の正 門もとても印象的でした。皆さまのおかげで今回もすばらしい時間を過ごすことができました。ありがと うございました。

 

第 41 回日本カナダ文学会年次研究大会のお知らせ

「第41回日本カナダ文学会年次研究大会」は、岸野 英美会員のご協力で2023年6月17日(土) に近畿大学(大阪)で開催されます。

シンポジウムのテーマは「カナダの LGBTQ+文学」です。午前の部の 2 名の研究発表者、シンポジ ウムの 3 名の発表者を募ります。希望者は会長までご連絡ください。(ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp)

 

第 40 回研究大会概要 <研究発表>(Research Presentations)

<1> 植民する女性たち--『洪水の年』における自然と女性の共生
《Women Colonizing in Plantations: Symbiosis between Nature and Women in Margaret Atwood’s The Year of the Flood》

(安保 夏絵会員)

本発表では、ダナ・ハラウェイの提唱する「親族関係」(Making Kin)と「植民新世」(Plantationocene) の分析を援用し、マーガレット・アトウッドの『洪水の年』(The Year of the Flood, 2009)におけるヒ トとヒト以外のものが共生する環境について発表した。

最初に研究背景として、近年の北米におけるテクノロジーを用いた環境保護の姿勢について紹介した。 そして、アトウッドがテクノロジーを活かした環境保護を小説で提示しているのではないかと仮定した。 そこで援用したのがハラウェイの「親族関係」と「植民新世」の分析である。ハラウェイは、ヒトとヒト 以外のものとの血縁関係の概念を提唱している。その概念を、アトウッドが描いた「神の庭師」たちの行 動やプランテーションに当てはめながら、ハラウェイとアトウッドの描く自然と人間、そしてテクノロジ ーが共生する世界が類似していると分析した。「神の庭師」たちは単に宗教活動を行うエコテロリスト集 団ではない。結論として、「神の庭師」たちもまた、ヒトとその他の生態系が共生するハイブリッドな環 境で生きているのだと発表をまとめた。

質疑応答では主に四つのご意見とご質問があった。1一般的な人新世の定義とハラウェイが示す人新 世の特徴について、2「神の庭師」が信仰する「神」について、3「神の庭師」の信仰の対象について、 そして、4トビーの変化に関する読解ついて、示唆に富んだご意見や質問をいただけた。特に、私自身が 気づかなかった弱者としてのトビーの生き方を指摘していただき、今後の研究に取り入れていきたいと 思った。今回、はじめてカナダ文学会に参加し発表の機会をいただいた。ハイブリッドでの発表だったため発表前は非常に不安だったが、フロアの先生方並びにオンラインでも司会の先生からのご意見とサポ ートをいただき、今後の論文の執筆に活かせる有意義な時間となった。

 

<2> メディアのLGBT主流化に見られる女性たちの位置付け――ドランの映画『わたしはロラ ンス』を手がかりに
《LGBT Mainstreaming in Media and Its Relation to Sexism: An Analysis of Xavier
Dolan's Laurence Anyways》

(虎岩 朋加会員・池田 しのぶ会員)

この発表では、2012 年に製作されたグザヴィエ・ドラン監督作品『わたしはロランス』(Laurence Anyways)を取り上げ、男性から女性へのトランジションを経験する主人公ロランスと、ロランスと関わる様々な女たちが経験する葛藤や変化の描写を分析した。そして、メディアのLGBT主流化が必ずしも性差別を生み出す既存の社会構造へは切り込んでいけないこと、時には、 性差別構造を強化する言説を生み出していることを論じた。『わたしはロランス』は、多くのステレ

オタイプを用いており、特に、その女性の描き方は性役割分担を反映して、男性中心的社会の価値観を 無批判に伝えている。他方で、ロランスとパートナーの女性フレッドとの間の関係性とその変化の描写 は、性的少数者の「受け入れ」という安易な題目に再考を迫るものでもある。この映画の視聴を通し て、男性中心的、性差別的な支配的言説を単純に繰り返すのでない批判的視点を得ることができるとい うメディアの教育的可能性も示唆した。

いくつかの質問をいただいたが、とりわけ、女性がパートナーのトランジションを受け入れるという ストーリーがメディアの描写の中で主流となっている背景を問うご質問は、本発表の主要な議論にもか かわることであり、触発を受けた。このご質問によって SOGI にかかわる現実の問題を考えるとき、ジ ェンダーの視点や、制度に埋め込まれた性差別についての理解が必要不可欠であるということを、発表 者自身改めて確認できたように思う。文学関係の学会での発表が初めてであったこともあり、聞きなれ ない専門用語に戸惑ったが、本発表を聞いてくださった会員の皆さんと共通の土台に立っていることを 確認することもできた。今後も、ジェンダーの観点から、メディア作品を批判的に吟味しながら、作品 の持つ教育的価値を考察していきたい。

 

シンポジウム (Symposium) アントロポセン時代のカナダ文学を考える《Canadian Literature in the Anthropocene Period》

発表者:佐藤 アヤ子会長・岸野 英美会員・荒木 陽子会員 (岸野 英美会員)

記念すべき第 40 回日本カナダ文学会年次大会が学習院女子大学で開催された。ここ 2 年、殆どの学会 がオンラインのみの開催だったため、それに慣れて出不精となってしまった私にとって、久しぶりの対面 参加はややハードルが高かった。発表準備もままならない中、すっかり出張申請や飛行機等の予約の手順 を忘れ、直前までオロオロしていた。少々不安をかかえて大会当日を迎えたが、会場に着くとすぐに先生 方との再会を喜び、それもどこかへ消え去った。やはり同じ空間を共有し、息づかいや温もりを感じられ るのは良いものだと思う。

さて、今回のシンポジウム「アントロポセン時代にカナダ文学を考える」は、科研費基盤(C)「カナダ 作家が見/魅せるアントロポセンの文学―脱人間中心性をめざして―」の研究成果の一部である。大会の 貴重な時間を頂戴し、実施することができた。ご協力いただいた先生方に心から感謝申し上げたい。

シンポジウムでもお話ししたが、現在でも手つかずの自然が多く残り、豊かな天然資源の恩恵と弊害に さらされるカナダで多様な作家が人間と環境の関係性を問う作品を執筆してきたにもかかわらず、日本 においてこれらはまだ十分に研究されているとは言えない。以上から本研究グループは人間の活動が地 球に深刻な変化をもたらしている今の時代、すなわちアントロポセンの時代に焦点を当て、自然環境の変 化を敏感に察知するカナダ東西の作家の作品を横断的に考察してきた。今回のシンポジウムでは、佐藤先 生がカナダ文学界を牽引するアトウッドのエッセイを、荒木先生がカナダ東海岸の作家ドナ・モリッシー の長編小説を、岸野がカナダ西海岸で活躍するリタ・ウォンの詩をそれぞれ取り上げて、このアントロポ センの問題に対して彼女たちがどのような態度を示しているかを探った(詳しくは年次大会案内を参照 されたい)。発表後にフロアの先生方も仰っていたように、資本主義経済システムと環境破壊の関係は非 常に根深い。とくに、今回の発表では取り上げなかったがリタ・ウォンの数編の詩や、荒木先生が紹介さ れたドナ・モリッシーの作品にはカナダで急速に進む天然資源開発によって生じる河川・海資源の乱用や 水質汚染の問題や、その近辺に居住する先住民への甚大な被害が描かれている。この点、もう少し掘り下 げていく必要があるだろう。やや課題が残ったが、得るものも多いシンポジウムだったと思う。また大会 後に荒木先生の発表で紹介された海に浮かぶ家の(ようなものの)写真が話題となった。佐藤先生による と Salt Box であろうとのこと。実際にあのような大きな家が海を流れるのを知って驚いた。いつもたく さんのことを学べるカナダ文学会。来年はより多くの先生方と大阪でお会いできることを願っている。

第 40 回 日本カナダ文学会 2021 年度総会議事録

日時: 2022 年 6 月 18 日(土)10:00-17:00
場所: 学習院女子大学
会員総数 59 名中 21 名出席(オンライン参加者含む)、委任 18 名(総会成立)

審議事項

1. 2023 年度第 41 回大会について 日程:2023 年 6 月 17 日(土)

    開催校:近畿大学(大阪)

シンポジウムテーマ:カナダに見る LGBTQ+文学 2. 紀要について

募集(6 月末) 投稿希望届提出(7 月末) 原稿締め切り(10 月 15 日)

報告事項

  • 会計報告

  • 会員異動 新会員:

    虎岩朋加(愛知東邦大学)、池田しのぶ(敬和学園大学)、安保 夏絵(中部大学) 退会会員:

        大森裕二、芝優子、安田優
      名誉会員:
    
        大矢タカヤス、斎藤康代、長尾知子
    

『カナダ文化辞典』(丸善出版部)

    カナダ文学会は、文学関係章に参加(編集:佐藤アヤ子・戸田由紀子)

 

 

会員による新刊書紹介

  1. 赤松佳子 著『赤毛のアンから黒髪のエミリーへ L.M.モンゴメリの小説を読む』 (御茶の水書房 2022 年 3 月)3800 円+税 ISBN 978-4-275-02157-1
  2. マーガレット・アトウッド 著『パワー・ポリティクス』 出口菜摘 訳(彩流社 2022 年 8 月)2000 円+税 ISBN 978-4-7791-2846-2
 
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<新入会員紹介>

安保 夏絵(大阪大学大学院 博士課程、中部大学 助教)
修士論文では、Thomas Pynchon(アメリカ作家)の『V.』(1963 年)と『競売ナンバー49 の叫び』(1966 年)における女性サイボーグの表象について書きました。博士論文では、Margaret Atwood のマッドア ダム三部作を中心にヒューマノイドと生殖および性別について書く予定です。カナダ留学を機に Atwood を読むようになり、自然とテクノロジーが女性とどのような関わりを持つのかというテーマとポストヒ ューマニズムに興味を抱くようになりました。カナダ文学についてご教示いただけたら幸いです。よろし くお願いいたします。

池田しのぶ(敬和学園大学 人文学部共生社会学科) 専門は社会福祉専門職の養成教育です。Xavier Dolan の映画「私はロランス」「マイマザー」などドラ ン作品を学生と観ながらジェンダーについて考察しました。LGBT 主流化が必ずしも社会構造に変化を もたらしていないことに注目しながら、女性の職場であることで価値が高まらない保育や介護等の福祉 専門職の地位向上を目指しています。よろしくお願いいたします。

虎岩 朋加(愛知東邦大学教育学部子ども発達学科) 専門は教育学ですが、人権教育へのフィルム作品応用の観点から、多様なマイノリティを描くカナダ映画 の特徴に注目しています。学生が批判的視点を獲得できるようなカナダ映画の持つ教育的可能性を探り たいと考えています。カナダ文学をご専門とされている皆様からご教示賜りたく、どうぞ宜しくお願いい たします。

 

<学会費のご案内>

事務局からのお知らせ

2022 年度の学会費のお済みでない方は、下記の口座までお納めください。なお、2021 年度以前の学会費 がお済みでない方は合わせてお振込み頂けましたら幸いです。振込手数料につきましては、恐れ入ります がご負担ください。

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会 銀行口座: 三菱 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257

日本カナダ文学会代表 室 淳子 正会員 7,000 円

学生会員 3,000 円

 

編集後記

ようやく with crona が日本においても現実のものとして見えてまいりましたが、終わらぬ紛争に次々 に現れる巨大台風と、混とんとした世界が続きます。国葬の意味についても思いつつ、学期初めを迎えま す。 (Y)

今年の夏は 3 年ぶりにバンクーバーで過ごすことができ、また、久々にオタワやモントリオールへも 足を伸ばすことができました。バンクーバーでは都市開発が進み、特に UBC 側から見渡すノースバン クーバーの景観が変わっており、時間の流れを感じました。もちろん変わらないものの方が多く、再会 した知人友人たちは相変わらずで、スクリーン越しではなく対面で「会えること」の有り難みを改めて 感じました。コロナを通して、人と会うことがいかにエネルギーを要するものかに気付かされました が、同時に、かけた以上のエネルギーをもらえるのだということを、6 月の大会に引き続き再確認した カナダ滞在となりました。(T)

6 月の大会は学習院女子大学にて開催させていただきましたが、ハイブリッド形式ということで何かと いきとどかないこともあったかと思います。そうした状況も皆さまが温かく受け入れてくださったおか げで、カナダ文学会らしい生き生きとした空気の感じられる会になったと思います。あらためましてお礼 申し上げます。世界は相変わらず不穏な空気に満ちていますが、行動の自由は戻りつつあり、リアルでの 出会いや再会の機会も増えてきました。とはいえ、多様な人や社会を結びつける安定した軸のような存在 を見つけることはますます難しくなるのでしょう。エリザベス女王追悼のために集まる人々の姿を見な がら、そんなことを思いました。(S)

 

 

 

NEWSLETTER THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 第78号 発行者 日本カナダ文学会

代 表 編 集 事務局

佐藤アヤ子
沢田知香子 & 戸田由紀子 & 山本かおり 名古屋外国語大学 現代国際学部
室 淳子(副会長)研究室
〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 TEL: 0561(75)2671
EMAIL: muro@nufs.ac.jp

http://www.canadianlit.jp/

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会長連絡先

EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp 学会ホームページ: https://blog.goo.ne.jp/

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