日本カナダ文学会公式ブログ

日本カナダ文学会の活動と紹介

NEWSLETTER 78

2022-10-03 | Newsletter

NEWSLETTER 78

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L'association japonaise de la littérature canadienne

Fall 2022

 

会長挨拶

秋風が心地よい季節となりました。会員の皆様にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。 NEWSLETTER 78 号をお届けします。

収束が見えないコロナ禍の中、日本カナダ文学会は第 40 回年次研究大会をハイブリッド方式で開催し、 無事終了することができました。北は北海道から南は九州まで、予測していたよりも多くの会員がリアル 参加され、久しぶりに皆様にお会いでき大変うれしく思いました。開催校の沢田知香子会員には周到なご 準備をいただき、改めてお礼申し上げます。

大会プログラムのひとつである日本カナダ文学会創立 40 周年座談「日本カナダ文学会を語る―過去・ 現在・未来」では、40 年前の創立時を知る堤 稔子名誉会長と竹中 豊元会員からお話を拝聴できたのは とても貴重でした。また、若い世代の 2 名の会員に、英語系カナダ文学、フランス語系カナダ文学の現代 の動向と今後の課題、展望について語っていただきました。ありがとうございました。

私事ですが、8 月末に中国の山東大学主催の「第三回多元文化研究会」に招聘され、「日本におけるカ ナダ文学研究」について講演を行いました。二日間の大きな学会でしたが、言語関係のセクションもあ り、日本からの参加発表もありました。リアル参加でも、Zoom 参加でもよいということで、日本からの 参加者はほとんどが Zoom 参加でした。この講演のために、カナダ文学の歴史を時系列的に一瞥し、それ をもとに「日本におけるカナダ文学研究」について調べました。浅井 晃第 2 代会長が編集人で、日本カ ナダ文学会が 2000 年 3 月に発行した『カナダ文学関係文献目録』が大変参考になりました。私を含め、 研究対象が現代カナダ文学に向かいがちであるが、カナダ文学の始原とみることができるファースト・ネ ーションズの口承文学はもちろん、英語系カナダ文学が始まったといわれる 17 世紀ころの文学研究から 始めなければいけないと痛感しました。

コロナ禍がまだまだ続きそうです。会員の皆様の一層のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。


座談会

今大会では、日本カナダ文学会創立 40 年を記念 して、「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未 来」をテーマに、座談を企画しました。

日本カナダ文学会の礎を築いてこられた 40 年前 の創立時を知る会員は、現在、堤 稔子名誉会長と 竹中 豊元会員等数名のみです。また、日本カナダ

文学会の未来を担う若い世代の戸田 由紀子会員 と、佐々木 菜緒会員にも参加を願い、今後の抱負 等を自由に語っていただきました。

ここに座談の要旨をご紹介します。 

 

「日本カナダ文学会を語る ― 過去・現在・未来」

名誉会長 堤 稔子

日本におけるカナダ文学研究は、1979 年の日加修交 50 周年を 2 年後に控えた 1977 年設立の学際的 日本カナダ学会を母体として始まりました。同学会の『カナダ研究年報』創刊号(1979 年)に「『カナダ 的想像力』についての覚書」と題する小論を載せた平野敬一先生を会長に仰いで 1982 年に設立されたの が、日本カナダ文学会です。

平野先生は北米生まれの北米育ち、中学から日本で教育を受け、旧制高校から東大に進んで東大教授に なった方ですが、1960 年代、折しも建国百周年(1968 年)に向けてナショナリズムが高まっていた時期 に、トロント大学でカナダの学生にカナダ文学を教えた経歴をお持ちでした。「カナダ文学」と言っても 一般の認知度は低く、英文学の亜流、あるいは英語圏文学の一部とみなされていたような時代です。

文学会設立の翌 1983 年、平野先生は明治大学の土屋哲先生と共編で『コモンウェルスの文学』を出版 しました。コモンウェルス、つまり英連邦に属しているカナダ、オーストラリア・ニュージーランド、ア フリカ、インド、西インド諸島の5章から成り、カナダの章で平野先生は Northrop Frye の貢献などを 特に強調しています。(Frye が 1950 年代、『トロント大学クォータリー』の年一回のカナダ文学時評欄 の詩の項を 9 年にわたって担当したその内容、あるいはトロント大学出版局が出した本格的なカナダ文 学史 Literary History of Canada: Canadian Literature in English の 1965 年版と 1977 年版それぞれに Frye が載せた結語 Conclusion を引き合いに出しています。)

カナダで出版されたこうした出版物やその後もカナダで出されたカナダ文学に関する著作にもかかわ らず、独立したカナダ文学が国際的に認知されるまでには時間がかかったことは、歴史もので定評のある ケンブリッジ大学出版局の歴史を見てもわかります。同出版局は 1917 年出版の『ケンブリッジ版英文学 史』の末尾に、アイルランド、インド、オーストラリア・ニュージーランド、南アフリカの文学と並んで、僅か 20 ページの「英語カナダ文学」を初めて登場させて以来、90 年近く経ってようやく、まず学部生向 けの Cambridge Companion to Canadian Literature (2004 年)の売れ行きを試してから、ようやく本 格的な Cambridge History of Canadian Literature(2009 年)の出版に踏み切っています。アメリカ文 学については、すでに何種類も出しているにも関わらず、です

原書で 750 ページ、訳本では 800 ページを超えるこの大著を、文学会で翻訳して『ケンブリッジ版カ ナダ文学史』(2016 年)として出版できたことは、喜びに耐えません。

* なお、カナダ文学会誕生と初期の状況については、拙稿 NEWSLETTER No.58 (Fall, 2012), pp.9-10<特別寄稿>「日本カナダ文学会創立 30 周年記念パーティーに寄せて」をご参照ください。

 

竹中 豊

ここでは、1960 年代から 70 年代頃の、当文学会創設の背景となる英語系カナダの文学状況に焦点を あててみます。

まず、文学会誕生の頃の状況から触れてみます。1982 年の文学会創設のころ、私にとって、圧倒的に 影響力が大きかった方がおります。東京大学教授平野敬一先生です。文学会の初代会長です。平野先生は カルフォルニア州生まれで、後にカナダの大学でカナダ人にカナダ文学を教えていた、というユニークな 経歴をお持ちでした。先生の著作を通して、カナダ文学の持つ潜在的魅力を感じたのを、今でもはっきり と覚えています。

第二に、当時、カナダの文学的環境に沈殿していた根深い問題意識がありました。「果たしてカナダ文 学というものが存在するのか」、との懐疑の精神です。私の印象では、冷笑的な見方が多かったような気 がします。歴史家 Goldwin Smith (1823-1910) によると、1867 年に “近代国家” として Dominion of Canada が誕生したとはいえ、それはあくまで政治的な表現であり、文学にとっては何ら意味をなさな い、と言う。

そして “カナダ文学不在論” は、20 世紀半ばになってもまだ続いていました。なるほどカナダ文学育 成にとって、国内にマイナス要因があったのは否定できません。たとえばマーケットが成立しにくく、ア メリカという巨大な市場に太刀打ちできなかったこと、さらには知的規範を長らくイギリス本国に依存 しきっていたことにあります。

他方、第三に、「カナダ文学は存在する」という肯定的視点も見逃せません。それを実感する明白な動 きが 1960 年代頃に噴出してきます。カナダ人意識の盛り上がりです。とりわけ “建国” 100 周年を迎え た 1967 年前後を主な契機として、カナダは政治・社会のみならず、「文化的爆発」といわれるほど、文 学活動が一層顕在化してきました。

今ひとつは、おそらくカナダ文学史上、画期的な著作が登場したことです。1972 年、Margaret Atwood による Survival の登場です。この個性的な作家は、カナダ文学を総括し、その独自性、魅力、そして何 よりもカナダ文学の存在自体を、見事にあぶりだしてくれたからです。

日本カナダ文学会は、実は以上述べたような知的文脈のなかで、誕生したのでした。カナダは世界の文明の中心から離れているからこそ、自由な発想が生まれ、何か新しい息吹が感じられる・・・。そんな本 能的臭覚をもって、この文学会が誕生・生成してきたと、私は考えています。

(元日本カナダ文学会会員/ 元カリタス女子短期大学) * 追記:「全文」(約 4000 字)ご希望の方は bernardtakenaka@nifty.com まで。

 

戸田 由紀子会員

私は、小・中学校時代をカナダで過ごしたこともあり、自然とカナダ文学に興味を抱くようになりまし た。私が住んでいた 1982 年から 1987 年までのモントリオールは、アジア系の人口もまだ少なく、今と はかなり状況が異なっていたと思います。通っていた現地校では私が唯一のアジア人でした。またこの頃 まで駐在家族は英語系の学校を選ぶことができたため、私はカトリックの英語系私立に通っていました。 当時 English の授業で様々な作品に触れましたが、シェイクスピアの戯曲が中心だったため、授業で「カ ナダ文学」を学ぶことはありませんでした。

「カナダ文学」を始めて学んだのは大学・大学院時代です。具体的な作品名は覚えていないのですが、 カナダから来られた特任の先生が、カナディアンプレイリーに入植した人々が過酷な自然環境の中で生 き抜く様を描いた短編などを紹介しながら、「カナダ文学」とはサバイバルの文学だということを力説し ておられたのを覚えています。授業外でマーガレット・アトウッドの作品に触れたのもこの時期でした。

「カナダ文学」に本格的に触れたのは、2012〜2013 年の海外研修中でした。滞在先であるブリティッ シュコロンビア大学(UBC)では、カナダ文学関連の授業がイギリスやアメリカ文学よりも多く提供さ れており、カナダ文学研究が 1980 年代から大幅に発展したことを実感しました。「カナダ文学」の概論 的な授業だけではなく、時代、地域、テーマ、ジャンル別にもそれぞれ複数の授業が提供されていました。 例えば、バンクーバー作家の作品のみ扱う授業や、アジア系カナダ人文学や先住民文学に特化した授業で す。UBC に滞在中、カナダ文学の授業に参加させていただき、イヌイットの口承伝承を映画化した Atanarjuat: The Fast Runner、Catharine Parr Traill や Susanna Moodie ら初期開拓者たちの物語、 カナダ北部の探検家 Samuel Hearne の日記、Robertson Davies や Michael Ondaatje の小説、Ethel Wilson や Madeleine Thien の短編、Eric Peterson と John Gray の戯曲 Billy Bishop Goes to War、 Wayde Compton の Performance Bond を始めとしたビジブルマイノリティによる作品など、様々なカ ナダ文学作品に触れることができました。

最近は、カナダのマイノリティおよび女性文学を中心に研究を進めています。昨年はイスラム系カナダ 作家 Zarqa Nawaz が手がけた話題作 Little Mosque on the Prairie や、日系カナダ人として初めて Canada Reads を受賞した Mark Sakamoto の Forgiveness: A Gift from My Grandparents を考察しま した。今後も益々多岐に展開し続けるカナダ文学の研究を続けていきたいと思います。

 

佐々木 菜緒会員

佐々木は、主にケベック文学の立場から、これまでの国内のカナダ文学研究の動向を共有しつつ、今後 の課題と展望を探った。

たとえば、1970 年代は、ナショナルなものとしてのカナダ文学の存在形態が注目されたはじめた時期 であるが、そのようなナショナル・アイデンティティの言説に関わる議論は、ケベック文学においても同 様に認められる動きである。この時期、ケベック文学は、北米大陸という地理的空間に目を向けるなかで 「ケベック人」というアイデンティティの有り様を模索しており、その動きにおいて「北米大陸」が一つ の鍵概念になっている。この北米大陸への姿勢の問い直しという動きが、ケベック以外のカナダ文学でも 見られる現象なのか、あるいはカナダ文学分野ではどのように受容されているのか。そうした視点は、英 系と仏系それぞれの文学状況を新たに関係づけていくなかでの一つの可能性であるといえるのではない だろうか。

また、現代のケベックの文壇は、先住民作家たちの活発な活動に彩られており、先住民文学という新た な潮流を生み出す場となっている。ケベックにおける先住民文学・文化への関心の高まりは、自分たちの アイデンティティの母体としての北米大陸をどのように認識していくかといった一連の動きにつながる ものである。他方、英系の文学研究分野ではケベックよりも早い時期から先住民文学研究が発展している ということが指摘される。このことをふまえながら、双方の先住民文学の相違点を比較検討することをと おして、カナダ文学全体が共通して抱える問題点を引き出し相対化しながら、カナダ文学とは何かという 問いを深めていくことができるのではないだろうか。

最後に、ケベック文学がいわばナショナルな文学として一定の存在感を持つことができているのは、ケ ベック独自の出版業界があるということが考えられる。この点について、英系のカナダ文学の出版事情を 佐藤アヤ子会長にうかがったところ、やはりアメリカの影響が強いものの、地元カナダの出版社の活躍も 皆無ではないとのことだった。

 

日本カナダ文学会 第40回年次研究大会を振り返って

副会長 松田 寿一

今大会は学習院女子大学を会場に、対面と Zoom によるハイブリッド方式で行われました。昨年は、延 期となった 2020 年度と21 年度の2大会を合わせた年次大会となり、リモートのみで行われましたが、 本年は画面上だけではなく、会場にお越しいただけた皆さんともお会いでき大変うれしく思いました。私 も新千歳から2年ぶりで飛行機を利用し、久しく忘れていた旅の気分を味わいました。とは言え、開催近 くまでコロナ収束が見通せず事実上2会場の準備に奔走された沢田知香子会員をはじめ会長、事務局の 方々のご尽力には心より感謝申し上げます。

カナダからのゲスト招聘はかないませんでしたが、今年はほぼ例年のプログラムの流れに沿って進め られました。午前に 2 本の研究発表、そして午後には学会創立 40 周年記念企画としての座談「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未来」が、休憩後には「アントロポセン時代のカナダ文学を考える」をテ ーマにシンポジウムが行われました。いずれの発表もきわめて今日的な問題と向かい合う大変興味深い 内容でした。ただ、それらの概要については次頁より各発表者が詳述されると思いますので、ここでは座 談を拝聴しながら思い起こしたことなどを少しばかり記させていただきます。

佐藤アヤ子会長の司会のもと、座談には 40 年前の創立時(1982 年)を知る堤稔子名誉会長と竹中豊 元会員、若い会員の中からは戸田由紀子会員と佐々木菜緒会員のお二人が参加されました。堤先生、竹中 先生はカナダ文学の存在が本国カナダにおいてすら認知されていなかった時代、そして1960年代後半か ら 70 年代にかけて、もはや英米文学の亜流ではなく、れっきとしたカナダ文学として成立していく様子 を作家や批評家などのエピソードを交えて語られました。また、そうした時代状況を反映するかのような タイミングで日本においても本学会が設立され、今日までその活動が引き継がれてきたことなども詳し く説明されました。続いて戸田会員からは多文化主義を掲げるカナダにおいて可視化されにくいマイノ リティの複雑な文学的表象へのご自身の関心が語られ、佐々木会員からは 60 年代ケベックにおけるアイ デンティティ模索が英系のそれと類似している点の指摘や現在のカナダ作家作品の出版や市場事情に関 する質問がなされました。

そうした中で思い起こしたのは、トロント大学教授Nick Mount氏が2017年(たまたまカナダ建国 150 周年)に Anansi 社から出版した Arrival―The Story of CanLit の中の言葉でした。氏はカナダ文学 が一気に盛り上がりを見せる 60 年代後半から 70 年代という時代から多文化主義法制定以降のカナダ文 学が辿った道のりを “we got from a country without a literature to a literature without a country” と 形容しました。氏は「文学を持たない国」からいわゆる CanLit が生み出された背景には政治・経済的環 境の変化のみならず、当時の少なからずのカナダ人が漠然と共有していたアイデンティティの喪失感が あったと推察します。Atwood の Survival(1972 年)も一例と言えますが、それはまさに英米の文化に 呑みこまれつつある環境下、かつてあった、あるいはあったかもしれないカナダをさまざまな形で発掘す る―そうした作業が行われた一時期だったということだと思います。なるほどその時代には個人や社会 的・民族的集団を問わず何がしかの喪失感の漂う作品が多く見られます。しかしさまざまな出自の移民作 家がすぐれた作品を生み出し、マイノリティ作家が次々と声を発する中で、今日のカナダ文学は確かに 「国を持たない」、つまり「想像上の国は持たない」道を歩んできたのかもしれません。また本大会の発 表やシンポジウムに示されるように、21 世紀の今日の世界とどうつながり、何ができるかがカナダ文学 のテーマの一つになってきてもいます。物語られる場所はカナダあるいは自らのルーツに関わる地球上 の一地域だとしても、カナダ文学は世界の中の文学としてより普遍的な広がりを持つ課題を担うように なってきたのだと思います。

大会後 3 ヶ月近くなって振り返りの文を書いていますとレンガ造りの落ち着いたたたずまいの会場校 の校舎、コロナ禍にあってもグラウンドでしばし部活動を楽しむ女学生の姿や和気藹々と帰校する中高 等部の女子生徒の明るい声が思い出されます。国の重要文化財とお聞きした、風格ある朱色の鋳鉄製の正 門もとても印象的でした。皆さまのおかげで今回もすばらしい時間を過ごすことができました。ありがと うございました。

 

第 41 回日本カナダ文学会年次研究大会のお知らせ

「第41回日本カナダ文学会年次研究大会」は、岸野 英美会員のご協力で2023年6月17日(土) に近畿大学(大阪)で開催されます。

シンポジウムのテーマは「カナダの LGBTQ+文学」です。午前の部の 2 名の研究発表者、シンポジ ウムの 3 名の発表者を募ります。希望者は会長までご連絡ください。(ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp)

 

第 40 回研究大会概要 <研究発表>(Research Presentations)

<1> 植民する女性たち--『洪水の年』における自然と女性の共生
《Women Colonizing in Plantations: Symbiosis between Nature and Women in Margaret Atwood’s The Year of the Flood》

(安保 夏絵会員)

本発表では、ダナ・ハラウェイの提唱する「親族関係」(Making Kin)と「植民新世」(Plantationocene) の分析を援用し、マーガレット・アトウッドの『洪水の年』(The Year of the Flood, 2009)におけるヒ トとヒト以外のものが共生する環境について発表した。

最初に研究背景として、近年の北米におけるテクノロジーを用いた環境保護の姿勢について紹介した。 そして、アトウッドがテクノロジーを活かした環境保護を小説で提示しているのではないかと仮定した。 そこで援用したのがハラウェイの「親族関係」と「植民新世」の分析である。ハラウェイは、ヒトとヒト 以外のものとの血縁関係の概念を提唱している。その概念を、アトウッドが描いた「神の庭師」たちの行 動やプランテーションに当てはめながら、ハラウェイとアトウッドの描く自然と人間、そしてテクノロジ ーが共生する世界が類似していると分析した。「神の庭師」たちは単に宗教活動を行うエコテロリスト集 団ではない。結論として、「神の庭師」たちもまた、ヒトとその他の生態系が共生するハイブリッドな環 境で生きているのだと発表をまとめた。

質疑応答では主に四つのご意見とご質問があった。1一般的な人新世の定義とハラウェイが示す人新 世の特徴について、2「神の庭師」が信仰する「神」について、3「神の庭師」の信仰の対象について、 そして、4トビーの変化に関する読解ついて、示唆に富んだご意見や質問をいただけた。特に、私自身が 気づかなかった弱者としてのトビーの生き方を指摘していただき、今後の研究に取り入れていきたいと 思った。今回、はじめてカナダ文学会に参加し発表の機会をいただいた。ハイブリッドでの発表だったため発表前は非常に不安だったが、フロアの先生方並びにオンラインでも司会の先生からのご意見とサポ ートをいただき、今後の論文の執筆に活かせる有意義な時間となった。

 

<2> メディアのLGBT主流化に見られる女性たちの位置付け――ドランの映画『わたしはロラ ンス』を手がかりに
《LGBT Mainstreaming in Media and Its Relation to Sexism: An Analysis of Xavier
Dolan's Laurence Anyways》

(虎岩 朋加会員・池田 しのぶ会員)

この発表では、2012 年に製作されたグザヴィエ・ドラン監督作品『わたしはロランス』(Laurence Anyways)を取り上げ、男性から女性へのトランジションを経験する主人公ロランスと、ロランスと関わる様々な女たちが経験する葛藤や変化の描写を分析した。そして、メディアのLGBT主流化が必ずしも性差別を生み出す既存の社会構造へは切り込んでいけないこと、時には、 性差別構造を強化する言説を生み出していることを論じた。『わたしはロランス』は、多くのステレ

オタイプを用いており、特に、その女性の描き方は性役割分担を反映して、男性中心的社会の価値観を 無批判に伝えている。他方で、ロランスとパートナーの女性フレッドとの間の関係性とその変化の描写 は、性的少数者の「受け入れ」という安易な題目に再考を迫るものでもある。この映画の視聴を通し て、男性中心的、性差別的な支配的言説を単純に繰り返すのでない批判的視点を得ることができるとい うメディアの教育的可能性も示唆した。

いくつかの質問をいただいたが、とりわけ、女性がパートナーのトランジションを受け入れるという ストーリーがメディアの描写の中で主流となっている背景を問うご質問は、本発表の主要な議論にもか かわることであり、触発を受けた。このご質問によって SOGI にかかわる現実の問題を考えるとき、ジ ェンダーの視点や、制度に埋め込まれた性差別についての理解が必要不可欠であるということを、発表 者自身改めて確認できたように思う。文学関係の学会での発表が初めてであったこともあり、聞きなれ ない専門用語に戸惑ったが、本発表を聞いてくださった会員の皆さんと共通の土台に立っていることを 確認することもできた。今後も、ジェンダーの観点から、メディア作品を批判的に吟味しながら、作品 の持つ教育的価値を考察していきたい。

 

シンポジウム (Symposium) アントロポセン時代のカナダ文学を考える《Canadian Literature in the Anthropocene Period》

発表者:佐藤 アヤ子会長・岸野 英美会員・荒木 陽子会員 (岸野 英美会員)

記念すべき第 40 回日本カナダ文学会年次大会が学習院女子大学で開催された。ここ 2 年、殆どの学会 がオンラインのみの開催だったため、それに慣れて出不精となってしまった私にとって、久しぶりの対面 参加はややハードルが高かった。発表準備もままならない中、すっかり出張申請や飛行機等の予約の手順 を忘れ、直前までオロオロしていた。少々不安をかかえて大会当日を迎えたが、会場に着くとすぐに先生 方との再会を喜び、それもどこかへ消え去った。やはり同じ空間を共有し、息づかいや温もりを感じられ るのは良いものだと思う。

さて、今回のシンポジウム「アントロポセン時代にカナダ文学を考える」は、科研費基盤(C)「カナダ 作家が見/魅せるアントロポセンの文学―脱人間中心性をめざして―」の研究成果の一部である。大会の 貴重な時間を頂戴し、実施することができた。ご協力いただいた先生方に心から感謝申し上げたい。

シンポジウムでもお話ししたが、現在でも手つかずの自然が多く残り、豊かな天然資源の恩恵と弊害に さらされるカナダで多様な作家が人間と環境の関係性を問う作品を執筆してきたにもかかわらず、日本 においてこれらはまだ十分に研究されているとは言えない。以上から本研究グループは人間の活動が地 球に深刻な変化をもたらしている今の時代、すなわちアントロポセンの時代に焦点を当て、自然環境の変 化を敏感に察知するカナダ東西の作家の作品を横断的に考察してきた。今回のシンポジウムでは、佐藤先 生がカナダ文学界を牽引するアトウッドのエッセイを、荒木先生がカナダ東海岸の作家ドナ・モリッシー の長編小説を、岸野がカナダ西海岸で活躍するリタ・ウォンの詩をそれぞれ取り上げて、このアントロポ センの問題に対して彼女たちがどのような態度を示しているかを探った(詳しくは年次大会案内を参照 されたい)。発表後にフロアの先生方も仰っていたように、資本主義経済システムと環境破壊の関係は非 常に根深い。とくに、今回の発表では取り上げなかったがリタ・ウォンの数編の詩や、荒木先生が紹介さ れたドナ・モリッシーの作品にはカナダで急速に進む天然資源開発によって生じる河川・海資源の乱用や 水質汚染の問題や、その近辺に居住する先住民への甚大な被害が描かれている。この点、もう少し掘り下 げていく必要があるだろう。やや課題が残ったが、得るものも多いシンポジウムだったと思う。また大会 後に荒木先生の発表で紹介された海に浮かぶ家の(ようなものの)写真が話題となった。佐藤先生による と Salt Box であろうとのこと。実際にあのような大きな家が海を流れるのを知って驚いた。いつもたく さんのことを学べるカナダ文学会。来年はより多くの先生方と大阪でお会いできることを願っている。

第 40 回 日本カナダ文学会 2021 年度総会議事録

日時: 2022 年 6 月 18 日(土)10:00-17:00
場所: 学習院女子大学
会員総数 59 名中 21 名出席(オンライン参加者含む)、委任 18 名(総会成立)

審議事項

1. 2023 年度第 41 回大会について 日程:2023 年 6 月 17 日(土)

    開催校:近畿大学(大阪)

シンポジウムテーマ:カナダに見る LGBTQ+文学 2. 紀要について

募集(6 月末) 投稿希望届提出(7 月末) 原稿締め切り(10 月 15 日)

報告事項

  • 会計報告

  • 会員異動 新会員:

    虎岩朋加(愛知東邦大学)、池田しのぶ(敬和学園大学)、安保 夏絵(中部大学) 退会会員:

        大森裕二、芝優子、安田優
      名誉会員:
    
        大矢タカヤス、斎藤康代、長尾知子
    

『カナダ文化辞典』(丸善出版部)

    カナダ文学会は、文学関係章に参加(編集:佐藤アヤ子・戸田由紀子)

 

 

会員による新刊書紹介

  1. 赤松佳子 著『赤毛のアンから黒髪のエミリーへ L.M.モンゴメリの小説を読む』 (御茶の水書房 2022 年 3 月)3800 円+税 ISBN 978-4-275-02157-1
  2. マーガレット・アトウッド 著『パワー・ポリティクス』 出口菜摘 訳(彩流社 2022 年 8 月)2000 円+税 ISBN 978-4-7791-2846-2
 
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<新入会員紹介>

安保 夏絵(大阪大学大学院 博士課程、中部大学 助教)
修士論文では、Thomas Pynchon(アメリカ作家)の『V.』(1963 年)と『競売ナンバー49 の叫び』(1966 年)における女性サイボーグの表象について書きました。博士論文では、Margaret Atwood のマッドア ダム三部作を中心にヒューマノイドと生殖および性別について書く予定です。カナダ留学を機に Atwood を読むようになり、自然とテクノロジーが女性とどのような関わりを持つのかというテーマとポストヒ ューマニズムに興味を抱くようになりました。カナダ文学についてご教示いただけたら幸いです。よろし くお願いいたします。

池田しのぶ(敬和学園大学 人文学部共生社会学科) 専門は社会福祉専門職の養成教育です。Xavier Dolan の映画「私はロランス」「マイマザー」などドラ ン作品を学生と観ながらジェンダーについて考察しました。LGBT 主流化が必ずしも社会構造に変化を もたらしていないことに注目しながら、女性の職場であることで価値が高まらない保育や介護等の福祉 専門職の地位向上を目指しています。よろしくお願いいたします。

虎岩 朋加(愛知東邦大学教育学部子ども発達学科) 専門は教育学ですが、人権教育へのフィルム作品応用の観点から、多様なマイノリティを描くカナダ映画 の特徴に注目しています。学生が批判的視点を獲得できるようなカナダ映画の持つ教育的可能性を探り たいと考えています。カナダ文学をご専門とされている皆様からご教示賜りたく、どうぞ宜しくお願いい たします。

 

<学会費のご案内>

事務局からのお知らせ

2022 年度の学会費のお済みでない方は、下記の口座までお納めください。なお、2021 年度以前の学会費 がお済みでない方は合わせてお振込み頂けましたら幸いです。振込手数料につきましては、恐れ入ります がご負担ください。

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会 銀行口座: 三菱 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257

日本カナダ文学会代表 室 淳子 正会員 7,000 円

学生会員 3,000 円

 

編集後記

ようやく with crona が日本においても現実のものとして見えてまいりましたが、終わらぬ紛争に次々 に現れる巨大台風と、混とんとした世界が続きます。国葬の意味についても思いつつ、学期初めを迎えま す。 (Y)

今年の夏は 3 年ぶりにバンクーバーで過ごすことができ、また、久々にオタワやモントリオールへも 足を伸ばすことができました。バンクーバーでは都市開発が進み、特に UBC 側から見渡すノースバン クーバーの景観が変わっており、時間の流れを感じました。もちろん変わらないものの方が多く、再会 した知人友人たちは相変わらずで、スクリーン越しではなく対面で「会えること」の有り難みを改めて 感じました。コロナを通して、人と会うことがいかにエネルギーを要するものかに気付かされました が、同時に、かけた以上のエネルギーをもらえるのだということを、6 月の大会に引き続き再確認した カナダ滞在となりました。(T)

6 月の大会は学習院女子大学にて開催させていただきましたが、ハイブリッド形式ということで何かと いきとどかないこともあったかと思います。そうした状況も皆さまが温かく受け入れてくださったおか げで、カナダ文学会らしい生き生きとした空気の感じられる会になったと思います。あらためましてお礼 申し上げます。世界は相変わらず不穏な空気に満ちていますが、行動の自由は戻りつつあり、リアルでの 出会いや再会の機会も増えてきました。とはいえ、多様な人や社会を結びつける安定した軸のような存在 を見つけることはますます難しくなるのでしょう。エリザベス女王追悼のために集まる人々の姿を見な がら、そんなことを思いました。(S)

 

 

 

NEWSLETTER THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 第78号 発行者 日本カナダ文学会

代 表 編 集 事務局

佐藤アヤ子
沢田知香子 & 戸田由紀子 & 山本かおり 名古屋外国語大学 現代国際学部
室 淳子(副会長)研究室
〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 TEL: 0561(75)2671
EMAIL: muro@nufs.ac.jp

http://www.canadianlit.jp/

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会長連絡先

EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp 学会ホームページ: https://blog.goo.ne.jp/

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NEWSLETTER 77

2022-03-31 | Newsletter

NEWSLETTER 77

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L’association japonaise de la littérature canadienne

                                                                           Spring, 2022

 

 

 

会長挨拶

日本カナダ文学会会長 佐藤アヤ子

 

花の季節となりました。やわらかい春の光の中に咲く花々を見ていると、幸せになりますね。 NEWSLETTER 77 号をお届けします。

中国武漢で新型コロナウイルスの最初の感染者が出てから 2 年以上が経ちました。しかし、一 向に収束の兆しが見えません。パンデミックに加え、第 3 次世界大戦にもなりかねないようなロ シア軍によるウクライナ侵攻。民家、産科・小児病院への空爆等「国際法違反」行為が相次いで 報告されています。心が痛む毎日です。ロンドンに本部がある国際ペンは、1000 名以上の作家等 が署名した前例のない声明文でロシアのウクライナ侵攻を非難しています。マーガレット・アト ウッドさんも名を連ねています。

日本カナダ文学会は本年創立 40 周年を迎えます。記念大会は沢田知香子会員のお力添えをいた だき、6 月 18 日(土)に学習院女子大学で開催されます。コロナ禍の見通しがたたないため、 ハイブリッド形式(リアル+Zoom)で行う予定です。

本大会では、「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未来」をテーマに、座談を企画していま す。40 年前の創立時を知る会員は、現在、堤 稔子名誉会長と竹中 豊元会員のお二人だけになっ てしまいました。日本カナダ文学会の礎を築いてこられたお二人に、創立当時の様子をお話いた だくとともに、日本カナダ文学会の未来を担う若い会員にも参加を願い、今後の抱負を自由にお 話いただくことを企画しています。

コロナ禍のため、カナダからの基調講演者の招聘はできませんが、会員の皆様は奮ってご参加
ください。大会日近くになりましたら、また皆様にご案内いたします。

2022 年度年次研究大会の日程と会場のご案内

2022 年度日本カナダ文学会創立 40 周年記念年次研究大会は、以下の日程で開催されます。奮って ご参加ください。なお、今後のコロナ禍の状況が見通せないために、ハイブリッド形式(リアル+Zoom) での開催となります。ご不便をおかけしますが、ご理解ください。

開催日時:2020 年 6 月 18 日(土)10:00-17:00 会 場:学習院女子大学(東京都新宿区戸山)

開催方式:ハイブリッド方式(リアル+Zoom)

<午前の部> ○研究発表1 安保夏絵

 「植民する女性たち―『洪水の年』における自然と女性の共生」

≪Symbiotic Relationships: Women, Nature, and “Plantation” in Margaret Atwood’s The Year of the Flood≫ 〇 研究発表2 虎岩朋加・池田しのぶ

「メディアの LGBT 主流化に見られる女性たちの位置付け―グザビエ・ドランの 映画『わたしはロランス』を手がかりに」
≪LGBT Mainstreaming in Media and its Relation to Sexism: An Analysis of Xavier Dolan's Laurence Anyways

<午後の部> *総会後
〇 日本カナダ文学会創立40周年記念座談

「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未来」
≪Conversations on the 40th Anniversary of the Canadian Literary Society of Japan: The Past, Present, and Future≫
参加者:堤稔子 竹中豊他

〇 シンポジウム
  「アントロポセン時代のカナダ文学を考える」

≪Canadian Literature in the Anthropocene Period≫ 発表者:佐藤アヤ子・岸野英美・荒木陽子

**********************
Zoom の設定は沢田会員にお願いしています。学会日近くになりましたら、皆様にご案内 いたします。

 

 

開催校より

第 40 回日本カナダ文学会年次研究大会は、2022 年 6 月 18 日(土)に学習院女子大学(東京都新宿区)で 開催されます。新型コロナウイルス対策が必要な状況が続く中、対面での開催に向けて準備を進めております。 ソーシャルディスタンスの確保など感染防止に万全を期すため、会場の詳細等につきましては新学期開始後 に改めましてメール配信および H P でお知らせさせていただきます。会員の皆さまにはご不便をおかけいたし ますが何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。世の中が少し落ち着き、久しぶりに多くの皆さまと対面で 語らうことができるよう心より願っております。

学習院女子大学へのアクセスおよび宿泊情報:
★ アクセス(https://www.gwc.gakushuin.ac.jp/about/access.html)

東京メトロ丸ノ内線「東京」駅より「新宿三丁目」駅で乗り換え、東京メトロ副都心線「西早稲田」駅下車、
徒歩 1 分。
(東京メトロ東西線「早稲田」駅下車、徒歩 15 分。J R 山手線・西武新宿線「高田馬場」駅下車、徒歩 20 分。)

★ 宿泊 大学付近におすすめする宿泊施設はありません。新宿区ですので宿泊施設は多くあり、交通アクセスも スムーズです。

(参考)

東急ステイ新宿(https://www.tokyustay.co.jp/hotel/SJ/) ポッドセレクトホテル新宿(https://www.podinns.co.jp) ホテルサンルートプラザ新宿(https://sotetsu-hotels.com/sunroute/plazashinjuku/)

 

 

<連載:カナダ文学との出会い 第16回>

 

小倉 和子会員

もう 40 年以上前、大学の仏文科に入学してフランス語を習い始め、3 年生でようやく文学作品を読 む授業を取れるようになった。とはいえ、単語は代名詞以外ほぼすべて辞書で引かねばならず、おか げでプリントの余白は訳語の書き込みでぎっしりだった。それでも、原文に触れられるのは、翻訳で 読んでいるときとはまったく違う感触だ。翻訳なら数秒で通り過ぎてしまうところを、辞書を引きつ つ想像力をふくらませて読めることに、ある種の満足感を味わっていた。

フランス系カナダ文学と出会ったのもその頃だった。特殊講義で、『マリア・シャプドレーヌ(白き 処女地)』に始まり、エミール・ネリガン、アンヌ・エベール、サン=ドニ・ガルノーなどの詩、ガブリエル・ロワの『束の間の幸福』、イヴ・テリオーの『アガグック』、さらにはジル・ヴィニョーやフ ェリックス・ルクレールの歌詞まで、1 年かけて原典の抜粋を読んだ。作家の名前も作品も初めて知る ものばかりで、とても新鮮だった。中でも印象に残っているのは『束の間の幸福』のヒロイン、フロ ランティーヌの運命である。モンレアルの労働者街で生まれた若い娘に次々と降りかかる困難にいた たまれぬ思いがしたのを覚えている。この小説が暗いだけでないことに気づいたのは、それからずっ と後になってからだった。

翌年の秋から北オンタリオ地方にある大学のフランス科に派遣留学することになった。授業は少人 数の演習形式が多く、学生寮の自室からは湖が望め、フロアの「ドン」も、寮生たち(圧倒的にフラ ンコフォンが多かった)も、アドヴァイザーの先生もみな親切で(よほど日本人が珍しかったのだろ う)、恵まれた留学生活だった。当時の日本はまだまだ窮屈なところも多かったので、北米の開放的な 雰囲気がなんともいえず快かった。

フランコ=オンタリアンを代表する詩人ロベール・ディクソン先生の授業にはとくに熱心に参加し た。北米大陸でフランス系住民が置かれている困難な状況、言葉にたいする喪失感や彼らの郷土愛な どを主題にした詩を読みながら、内容と形式の関連性を探し当てることに熱中した。とはいえ、一歩 教室の外に出ると、学生どうしの早口のフランス語についていくのは至難の業。カナダフランス語の アクセントに慣れようと、2 学期目には演劇のシナリオを読む授業を選択した。そこでミシェル・トラ ンブレの『君のマリールーを永遠に』や『義姉妹』を読んで、ようやく巷のフランス語が少し聞き取 れるようになった。

10 カ月後に日本に戻り、そのまま仏文の大学院に進学したが、就職後、国際センターの仕事で 6 大 学の教職員が集まった際に初めて小畑精和氏にお会いした。それからしばらくして日本ケベック学会 を設立することになり、誘われるままに参加して今に至っている。カナダもケベックも、その他のフ ランス語圏も、80 年代以降急速に変化し、ますます興味深くなっている。出会いの不思議さをかみし める今日この頃である。

(おぐら かずこ)

 

会員による新刊書紹介

〇 小倉和子著『記憶と風景―間文化社会ケベックのエクリチュール』(彩流社 2021 年 12 月 30 日) 3000 円+税

ISBN978-4-7791-2796-0
*リンクから詳細をご覧いただけます:記憶と風景 - 株式会社彩流社 (sairyusha.co.jp)

 
事務局からのお知らせ

<学会費のご案内>

『カナダ文学研究』第 29 号をお送りする際に、学会費納入状況のお知らせと郵便振込用紙 を同封いたしました。ご確認の上、お振込み頂けますようお願いいたします。恐れ入ります が、振込手数料につきましてはご負担ください。

学会費:
(該当年度の 4 月 1 日より 3 月 31 日まで)正会員 7,000 円、学生会員 3,000 円

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会

銀行口座: 三菱 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257
                日本カナダ文学会代表 室 淳子

 

 
編集後記 

○ コロナ禍でなるべく街中に出るのを控えていましたが、春の到来とともに我慢しきれず映画館に足 を運んだり、食事をしたりしはじめました。いつもの店が変わっていたり閉店していたりと長きにわた るこのウイルスの影響を感じます。それでも人を楽しませようと作品を生み出し工夫を重ねる人々がい ることを本当にありがたく感じます。(Y)

○ 気がつけばコロナ禍での生活が二年。コロナ前より行動範囲がかなり限られ、新たな刺激が少なく なり、時間が飛ぶように過ぎていくように感じる二年でした。時間の感覚は一定ではなく、脳が情報を 処理する時間に応じて、速く感じたり、遅く感じたり、変動するそうです。今年度はなるべく脳に新た な情報を与え続けることで、「一日をより長く感じられる」ように努めたいと考えています。海外の研究 者仲間たちは、国際学会参加のため海外移動を再開しているようです。今年度のカナダ文学会の研究大 会もハイブリッド形式で開催されることになりました。久々にみなさまと会場でお目にかかれますこと を楽しみにしております。(T)

○ 東京で暮らすようになって二年、勤務校では工夫を凝らして対面授業を実施してきたこともあり、 電車での移動を伴う外出が増えました。移動時は読みそびれていた小説や懐かしい小説を読みます。 短時間の移動なので毎回10ページ余しか進みません。それでもいつの間にか分厚いペーパーバックも 最後のページに至り、時の過ぎる速さに驚きます。この一年もレッシングやアトウッド、書評で見かけた Where the Crawdads Sing など、国は問わず、女性作家をよく読みました。最近読んだ唯一の 男性作家はマイケル・オンダーチェ。なんとなく手に取った In the Skin of a Lion ですが、とても心 に残りました。(S)

 

NEWSLETTER THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 第77号

発行者 日本カナダ文学会
会 長 佐藤アヤ子
編 集 沢田知香子 & 戸田由紀子 & 山本かおり 事務局 名古屋外国語大学 現代国際学部

室 淳子(副会長)研究室
〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 TEL: 0561(75)2671
EMAIL: muro@nufs.ac.jp
HP: https://blog.goo.ne.jp/kanadabungaku kai84burogudayo
会長連絡先
EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp


NEWSLETTER 76

2021-09-30 | Newsletter

 

NEWSLETTER 76

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L'association japonaise de la literature canadienne

Fall, 2021

 

 

 

会長挨拶

 

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

 

収束が見えないコロナ禍のなか、会員の皆様にはお元気にご活躍のことと存じます。NEWSLETTER 76をお届けします。

 

昨年来延期になっていた研究大会をお蔭様で無事終了し安堵しています。コロナ禍のためにリアルでの開催はできませんでしたが、室会員にご協力いただいたZOOM開催は思ったより盛況でした。コロナ禍以来、オンラインによる授業、会議が広がったせいかもしれないですね。なお、2021年度の日本カナダ文学会年次研究大会は、延期になった2020年度の第38回年次大会と本年2021年度の39回の年次大会を合わせた大会となりました(総会にて承認)。また、役員改選の年でもありました。新役員一同、日本カナダ文学会の一層の発展のために頑張ってまいります。

 

来年2022年、日本カナダ文学会は設立40周年を迎えます。設立当時のことを知る会員は、堤 稔子名誉会長お一人ですが、長い歴史を感じると同時に、日本カナダ文学会は、日本におけるカナダ文学研究の一層の発展に貢献したいと思います。40周年記念では、カナダ大使館にご協力をいただき、共同で記念イベントが開催できることを願っています。会員の皆様からも記念企画をご提案いただきたいと思います。なお、2022年の大会は、沢田 知香子会員のご協力で、学習院女子大学で開催予定です。

 

14世紀に大流行した極めて致死率の高いペストをはじめ、人類の歴史は感染症との闘いともいわれています。マーガレット・アトウッドさんはこう警鐘を鳴らします。「感染症は起こるとわかっているのに、私たちは過去から学ぶことをしていません。私たちは、このパンデミックはこれが最後であって二度と起こらないと思ってしまうのでしょう。しかし、同じことが繰り返されています。私たちは、今こそ学ぶ時ではないでしょうか」と。しかし、「ワクチンが開発されたこともあり、希望の光がみえている」とも。

 

会員の皆様の一層のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 

日本カナダ文学会 第3839回年次研究大会を振り返って

 

副会長 室 淳子               

 

  本来であれば、勤務校での大会開催を行うことができればと願っていたのですが、昨年度に続き今年度も一堂に会する形での大会開催は見送られることになりました。必要に迫られたオンライン授業の成果といえるのかもしれませんが、ローテクの私もZOOMでの大会開催を何とか行うことができ、ひと安心いたしました。オンラインのメリットでもあるかと思いますが、遠方の会員の中には、お忙しい中でもご参加頂きやすかったかもしれませんし、ほんの少し前には難しいだろうと考えていたカナダからのオンラインのご参加もごく当たり前のように時差を乗り超えて実現することができ、何よりに思いました。終了後にプツンと切ってひとりの空間に戻る一抹の寂しさはどうしても残りましたが、画面上ではあっても、会員の皆様にお目にかかり、ご発表やご発言をお聞きすることができたのは、とても嬉しく貴重なひと時でした。

 午後からの大会のため、例年よりは数を減らしたプログラムではありましたが、ご研究発表もグラフィックノベルズをテーマとするシンポジウムも学ぶところが多く、ご発表者、ご発言者双方の詳細部分の確かな議論に感じ入りました。面白そうに思いながらも日本のマンガのように入り込むことのなかなかできなかったグラフィックノベルズでしたが、その読みにくさに共感もしながら、その背景や面白さも知ることもでき、あれこれと考えを巡らせてみる良いきっかけにさせて頂きました。改めてご論文を読ませて頂くのも楽しみにしております。

皆様、どうもありがとうございました。

 

第40回日本カナダ文学会年次研究大会のお知らせ

 

「第40回日本カナダ文学会年次研究大会」は、沢田 知香子会員のご協力で2022年6月18日(土)に学習院女子大学(東京)で開催されます。

日本カナダ文学会は2022年に創立40周年を迎えます。そこで、40周年を祝い、シンポジウムは座談会形式で〈カナダ文学の魅力を語る〉を計画しています。多くのパネリストの参加を希望します。

午前の部の研究発表者を募ります。希望者は会長まで連絡ください。(ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp

40周年記念の出版『カナダ文学を旅する』も計画しています。

 

 

3839回研究大会概要

  

<研究発表>Research Presentations

 

1> 「円熟の小説」を超えて:マーガレット・ローレンスの『石の天使』における老い

Challenging the “Fiction of Ripening”: Ageing in Margaret Laurence’s The Stone Angel

                                                      (原田 寛子会員) 

 

 若者の成長小説であるビルドゥングスロマンに対し、中年や老年世代の主人公を前向きに捉える小説ジャンル、ライフングスロマンのひとつとして、『石の天使』における「老い」を考察した。現在の物語と過去の記憶が交互に語られる物語の構造には、若さと老いの境界線を曖昧にさせる効果があること、主人公ヘイガーのライフングスロマンには伝統的な女性の役割へのアンチテーゼが読み取れることを論じ、ヘイガーの長い人生が示す老いには、座りのよい結末や成熟につながる老いの概念を超える要素があると結論付けた。

質疑応答では、母親の存在、老いの描写のリアリティ、ヘイガーとブラムの関係など様々な質問や意見をいただき多くの気づきにつながった。とりわけ、母親の不在は、ヘイガーの人生において大きな影響があったと思われる。小説の冒頭で語られる石の天使像はヘイガーの命と引き換えに亡くなった母親の思い出として建てられた像であり、石造りということと目の部分が彫られていないという理由で二重に盲目だと語られる。これは人との関わりにおいて真実が見えないヘイガー自身の盲目性を示し、それを生じさせたひとつとして母親の不在があると言えるだろう。小説の終わりで、女性同士のつながりを回復し、母親らしさも表現することになるヘイガーの変化は、老いの成長を示すひとつの要素である。

今回は、個人的には初めてのオンライン学会での発表であった。質疑応答では皆さんの表情が画面越しにはっきりと見えるものの、部屋ではひとりで話していたため、参加者との距離が近いような遠いような不思議な感じがした。オンライン学会は物理的な条件に捉われず開催できる利点もあるが、実際に会って伝え合うことで得られる充実感にはかなわないと実感した。来年は実際に同じ空間を共有して、より充実した時間を過ごせることを願っている。

 

 

 

 

 シンポジウム Symposium

 

カナダのグラフィックノベル《Canadian Graphic Novels

司会 松田 寿一副会長

 

<発表1> 

クロックワーク・エンジェルズ・シリーズにみるメディア・ミックス:音楽ノベル+グラフィック

Transmedia Franchising: Clockwork Angels Series   

 

 (荒木 陽子会員)

  

 日本カナダ文学会では、以前白井 澄子会員がマルチーヌ・リーヴィットの『カルヴィン』を取り扱われた際、その下敷きにあるビル・ワッターソンのかわいらしいカートゥーンを取り扱っていたことが思い出される。しかし、それ以後、映画以外の表象方法で「視覚に訴える」発表はあまりなかったように思われる。本報告はそのような状況で執り行われた「グラフィック・ノベル」に関する実験的シンポジウムの1件目として執り行われた。学会は感染症対策のためZOOM開催を余儀なくされたが、図像をシェアするにあたり、奇しくもそれはグラフィック・ノベル・フレンドリーな発表方法であることがわかった。

 筆者は主としてラッシュのドラマー、ニール・パートがSF作家ケビン・アンダーソンと共同執筆した小説『クロックワーク・エンジェルズ』(2012)と、そこから派生し、アーティストのニック・ロブルズを加えて出版された同名のグラフィック・ノベル(2014-15)を取り上げた。そして小説に先駆けて発表された同名のラッシュの音楽アルバムの歌詞やCDブックレットにあらわれた断片的なコンセプトが、小説版ではより明確なナラティブを、そしてグラフィック・ノベル版では視覚的実態を得ていく過程を確認した。グラフィック・ノベル版は、小説化の段階で加えられた恋愛物語、ヒューマンドラマとしての側面は単純化し、音楽アルバムに登場した歌詞やイメージをビジュアルに組みながら物語を「少年向け冒険漫画」として再構成している。ただ、発表を終えた今となっては、このグラフィック・ノベルは、中高年の中産階級白人男性が多いラッシュ・ファンのコレクター精神に訴えた商品のように思われる。

 本報告はカナダからマイナス12時間の時差を越えてお伝えした。真夜中にはじまった学会だったが終わるころにはすっかり夜が明けていた。

 

 

<発表2> 

Kris Bertin and Alexander ForbesThe Case of the Missing Menにおけるジャンルとスタイル

Genre and Style in Kris Bertin and Alexander Forbes’ The Case of the Missing Men

 

                    (クリストファー・J. アームストロング会員)

 

     Like many North American teens, I was an avid comic book reader and a fan of the Hardy Boys books published by the Stratemeyer Syndicate. My Saturday morning TV viewing included re-runs of the teen detective animated series Scooby-Doo. In the 1980s and 90s, I was aware of something new happening in graphic narrative: Friends were recommending Batman: The Dark Knight, Maus, and Cerberus(by Canadian Dave Sim). Despite the prodding, I took little interest in reading these new “graphic novels.” So I was grateful for the chance to look at graphic narrative and present on Bertin and Forbes’ teen detective novel The Case of the Missing Men for the symposium on Canadian Graphic Novels. Although the presentation made a very humble beginning in terms of theory and research, it has given me some tools to teach comics and graphic narrative in my classes.

     There was a special mixture of nostalgia and fascination in doing the research for The Case of the Missing Men because of my childhood interest in comics and teen detective stories in print and on TV. That background pre-disposed me to accept the basic premise of The Graphic Novel: An Introduction (2015) by Baetens and Frey. Baetens and Frey adopt an open definition of the graphic novel, emphasizing its status not only as a genre but also as a medium. In their reading, the graphic novel is a flexible story-telling form that “is part of other, more-encompassing cultural fields and practices.” Looking at The Case of the Missing Men alongside its reception makes it clear to me how the graphic novel provides an incredibly broad canvas of reference for creators and readers. My presentation focused on questions of definition alongside the generic, historical background, pointing out that Bertin and Forbes adopt a very specific parodic target—the Stratemeyer Syndicate’s revised editions of the 1960s and 70s Nancy Drew books—to examine small town life in 1990s Nova Scotia. As for content, I addressed realism and fantasy in the story, but I could not deal with theme in detail. I am grateful for references to other Atlantic Canadian works in the teen detective genre as well as comments on the elements of horror in the novel.

 

 

<発表3 

アトウッドのグラフィックノベル—― The Handmaid’s Tale  Angel Catbird

Atwood’s Graphic Novels: The Handmaid’s Tale and Angel Catbird

 

                                          (伊藤 節会員)

 

 アトウッドが初のグラフィックノベルAngel Catbirdを出した時は76歳。大作家がこの年でなぜ漫画なのだろうか?本発表ではアトウッドとマンガとの関係、およびAngel Catbird という作品解釈の考察を試みた。作家としての彼女の原点は漫画であり、漫画を読みふけった多感な少女時代である1940~50年代はスーパーヒーローが活躍するアメリカンコミックス全盛期だった。現実世界と空想世界がつながる漫画はまさに2つの世界のインターフェイス(接点)だとアトウッドは述べている。『侍女の物語』のようなSF的想像力にこだわり続けるアトウッドにとって、それは非常に重要な表現媒体なのだ。加えて、イメージと言葉を組み合わせて物語を伝える「絵画的物語形式」(pictorial fiction)は、話の内容や意味を直接読者の心に浸透させる力がある。カナダの女性アーティスト、ルネー・ノールトを選んで制作を任せたグラフィック版『侍女の物語』も、その視覚化によって子供から大人まで幅広い読者への浸透力の強度を増した。

 遺伝子結合でハイブリッドになった男と動物たちが全体主義国家樹立を目論むネズミと戦うAngel Catbirdという物語も、人間の未来への多様で複雑なヒントを含んでおり、空想漫画でしか表現できないものとなっている。アメリカンヒーローへのオマージュとされる漫画であるが、内実はそれに批判的眼差しを向けるメタフィクション性(メタコミックス性)を豊かに備えていることを分析。さらにここに埋め込まれている2つのサブプロットを読み解きながら、悪者ネズミ(ミュロイド博士)とスーパーヒーローであるAngel Catbirdとは驚くべきことに鏡像関係にあるという問題を提示した。松田先生の配慮の行き届いた司会で展開されたこのシンポジウムにおいて、グラフィックノヴェルとはまだまだ掘り下げなければない期待の分野であることを他の先生方の興味深い発表を伺いながら痛感したことであった。

 

<秋号に寄せて>Special Article

 

                                          (山本 かおり会員)

 

モントリオールカナダ日本

 

 2010年8月、趣味のフランス語研修に、フランス本国以外でといえばカナダ、フランス語圏のモントリオールだろうと滞在してみた。街中で練習を試みるも、親切なカナダ人はこちらの拙いフランス語を聞くと即座に英語に切り替えてしまうので研修の場としてはあまりお勧めはできない。サイクリングで街を巡った際に、街はずれから振り返ると石造りの古風な建物の奥に未来的なビルという不可思議な風景が広がっていた。

 その際の写真を見ていると、カナダってこんな映画を撮るんだ―意外に前衛的―と思った『Cube』(1997年、ヴィンチェンゾ・ナタリ監督)を思い出した。

 職業年齢もバラバラな6人の男女が、ある日目覚めたら立方体に閉じ込められていて、何とかして脱出しようとするが、実は残酷な罠が仕掛けられていて次々に命を落としていくというスリラー。リーダーシップを発揮していた警官が生き残るために牙をむき、足手まといでしかないと思われた障害者の青年が難解な因数分解を解いて全員の窮地を救ったりするのだが、今のコロナ禍の世界からすると予言的な作品だった。

 ウイルスの蔓延した世界にはまさにcubeのごとく出口がない。強者弱者の基準は実にあいまいだ。

 老人は確かに肉体的には弱いけれど、日本において社会的に「弱者」だろうか。

 生まれた時から借金を背負わされ人生で一番エネルギーに満ちて貴重なこの二年近く「弱い人の命を守るために我慢しなさい」と言われ大学にも通えず、友達もできない若者たちは「強い」のか。自粛しようにも「うち」に居場所のない人たちは。出ていかねば仕事にならない人たちは。

 弱者保護と言いつつ、本当に弱いものは叫ぶ声を持たない。そもそもワクチンを打てる国にいる我々は「弱い」のか。

 映画では罠をクリアしてcubeから光の中に出ていけたのは何があったか理解しているのか定かでない「弱者」の青年だけという結末が用意されていた。コロナ禍の世界の出口には何が待っているのか。このタイミングで今秋日本版『Cube』が公開されるらしい。 

 

会員による新刊書紹介

〇マーシャル・マクルーハン 著 『マクルーハン発言集―メディア論の想像力』 ステファニー・マクルーハン / デイヴィッド・ステインズ 編、宮澤 淳一 訳

 

3839 日本カナダ文学会 2021年度総会議事録

 

日時: 2021年6月19日(土)14:00-14:30

場所: ZOOMにて開催

会員総数59名中 19名出席 委任18名 合計37名(総会成立)

 

 

報告事項

1.選挙結果

              2021年6月10日(木) 開票

選挙管理委員:沢田 知香子(委員長)、笹岡 修、佐藤 アヤ子

2021年6月12日(土)の役員会にて新役員を相談

新役員については、以下、審議事項1に掲載

2.紀要報告

              『カナダ文学研究』第28号の刊行

4.会計報告(2019年度・2020年度)

以下の別表の通り

5.入会・退会者

              <新入会員>

風早 悟史(山陽小野田市立山口東京理科大学)

風早 由佳(岡山県立大学)
林 千恵子(京都工芸繊維大学)

<退会>

伊藤 美智子      貝山 武久          久野 幸子

加藤 大貴          福間 恵             吉原 豊司

岡裏 浩美           

 

 

審議事項

  • 役員選挙結果

以下の会員が選出されました。

佐藤 アヤ子、室 淳子、松田 寿一、荒木 陽子、大塚 由美子、アームストロング, クリストファー J.、赤松 佳子、沢田 知香子、戸田 由紀子

「日本カナダ文学会役員選出規定」第2条により、理事会が必要とし、増員する役員

カレン, ビバリー

  

  次期役職、及び各種委員

  顧問:堤 稔子(名誉会長)

              会長:佐藤 アヤ子

              副会長:松田 寿一、室 淳子

              会計監査:赤松 佳子

              会計:室 淳子

              紀要編集:

委員長:荒木 陽子、副委員長:大塚 由美子

委員:原田 寛子、佐々木 菜緒、カレン, ビバリー

              ニューズレター編集:

委員長:沢田 知香子

委員:戸田 由紀子、山本 かおり

              ホームページ担当:

                委員長:戸田 由紀子

                委員:岸野 英美

              渉外担当:

佐藤 アヤ子、アームストロング, クリストファー・J

 

2.カナダ文学会創立40周年(2022年)記念行事について

              カナダ作家招聘・対談(大使館)、出版等計画中

 

3.来年度の開催校候補

              学習院女子大学

 

4.来年度大会シンポジウムテーマ

              「カナダ文学の魅力を語る」(座談会形式で多くのパネリストが語ります。)

  (午前の研究発表を含み発表者を募ります。希望者は佐藤 アヤ子会長までお知らせください。)

   ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp

 

5.紀要募集

              『カナダ文学研究』第29号の投稿募集

              申し込み:7月末  原稿〆切:10月15日(金)

 

6.Newsletter

              秋号(9月末)、春号(3月末)を予定

 

7.新会員のリクルート

          新会員を積極的に呼びかけていきたい。

 

事務局からのお知らせ

 

<学会費のご案内>

2021年度の学会費のお済みでない方は、下記の口座までお納めください。なお、2020年度以前の学会費がお済みでない方は合わせてお振込み頂けましたら幸いです。振込手数料につきましては、恐れ入りますがご負担ください。

 

振込先:

郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会

銀行口座: 三菱UFJ銀行 茨木西支店(087) 普通4517257

          日本カナダ文学会代表 室 淳子

正会員    7,000円         

学生会員  3,000円

 

編集後記

 

ニューズレター委員に加わりました山本 かおりです。6月には皆さまに画面越しではありますがお目にかかって興味深いご発表を拝聴でき、カナダ文学会っていいなあと再認識しました。微力ながらニューズレター編集作業の一助になるよう努めます。(Y)   

今年度から正式にニューズレター委員となりました戸田 由紀子です。どうぞよろしくお願いいたします。今回のニューズレターに掲載された素敵なモントリオールの写真を拝見し、また自由に世界中を行き来できるようになった際はぜひ再びモントリオールを訪れてみたいと思いました。それまでは読書を通して旅をしようと思います。(T)

 6月の大会はZOOM開催となりましたが、興味深いご発表に質疑応答が盛り上がり、日本カナダ文学会のいつも和気あいあいとした空気を感じられる貴重な時間となりました。今回、ニューズレター委員メンバーが新しくなり、フレッシュなスタートの景気づけ(?)に、ご一緒させていただくことになった山本 かおり委員に秋号への寄稿をお願いしました。ステキなカナダの風景写真が添えられた、話題の映画についての記事を皆さまにも楽しんで読んでいただけると思います。(S)

 

NEWSLETTER THE CANADIAN

LITERARY SOCIETY OF JAPAN 76

発行者   日本カナダ文学会

代 表   佐藤 アヤ子

編 集   沢田 知香子 戸田 由紀子 山本 かおり

事務局   名古屋外国語大学 現代国際学部 

室 淳子(副会長)研究室

〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57

TEL: 0561(75)2671

EMAIL: muro@nufs.ac.jp

http://www.canadianlit.jp/

会長連絡先

EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp

学会ホームページ: https://blog.goo.ne.jp/

kanadabungakukai84burogudayo


Newsletter 75

2021-04-04 | Newsletter

NEWSLETTER

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L’association japonaise de la littérature canadienne

            Number 75                                                  Spring, 2021

 

 

会長挨拶

 

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

 

花の季節となりました。

会員の皆様にはますますご健勝のことと存じます。NEWSLETTER 75号をお届けします。

 

中国武漢で最初の新型コロナウイルスの感染者が出てから1年以上が経ちました。しかし、いまだに収束がみえない状況です。このコロナ禍は、この地球上に生活する私たちに様々な弊害をもたらしています。残念ながらその影響は日本カナダ文学会にも及んでいます。室会員のご協力で、年次研究大会を6月19日(土)に名古屋外国語大学で開催する予定でしたが、このコロナ禍の状況での名古屋外国語大学での開催ができなくなりました。そこで今年の大会は、遠隔方式(Zoom)で開催することにいたします。会員の皆様にはご不便をおかけしますが、ご理解いただければ幸甚です。

また、Armstrong会員のご尽力でLisa MooreさんとEva Crockerさんをゲストとしてカナダから招聘する予定でしたが、コロナ禍で来日できないことになりました。コロナが収束した近い未来に、ご参加いただけるということです。

このような状況を鑑みて、今年の大会は従来の午前からの開催ではなく、午後からの開催となります。後述の大会案内をご覧ください。

 

「日本とカナダの作家が語る―パンデミックによる社会変容と創作への影響―」を国際交流基金トロント日本文化センターと私が所属する日本ペンクラブとの共催で行いました。半年以上前からこのイベントを企画し、2021年3月にトロントで行う予定でしたが、コロナ禍でリアル開催ができず、全員が録画での参加となりました。カナダからは、Margaret Atwoodさん、日本通の作家Katherine Govierさん、医者で作家のVincent Lamさん、日本からは、浅田次郎さん、桐野夏生さん、平野啓一郎さんが参加しました。

現在、世界を襲っているコロナ禍は、社会の在り方や人々の意識、行動に様々な影響を与えています。今回のこの企画では、日本とカナダを代表する作家の視点から、パンデミックによる社会変容と自身の創作にどのような影響があったかについて語っていただきました。また、それぞれの作家から相手国の作家への質問を事前に提出していただき、その質問への回答も含めてお話しいただくことで、非常に有意義な日加作家の意見交換の場となりました。3月末には、トロント日本文化センターと日本ペンクラブのYouTubeで配信される予定です。お楽しみください。

 

コロナ禍の折、ご自愛ください。

 

2021年度年次研究大会のご案内 (予定)

 

2021年度の大会は、以下の日程で開催されます。奮ってご参加ください。なお今年度はコロナ禍の影響で、遠隔方式(Zoomでの開催となります。また、カナダからのゲスト2人もコロナ禍のために来日が困難となりました。そのような状況を鑑みて、午後からの開始といたします。ご不便をおかけしますが、ご理解ください。

開催日時:2021年6月19日(土)13:00-16:30

開催方式:遠隔方式(Zoom)

 

○ 研究発表:原田寛子 

「円熟の小説」を超えて:マーガレット・ローレンスの『石の天使』における老い

○ 総会

○ シンポジウム

テーマ :「カナダのグラフィック・ノベル」

発表者 : 荒木 陽子、伊藤 節、Christopher J. Armstrong

     荒木 陽子

メディア・ミックス/ミックスト・メディア:グラフィック+ノベル

伊藤 節

アトウッドのグラフィック・ノベル―The Handmaid’s TaleAngel Catbird 

Christopher J. Armstrong

Genre and Style in Kris Bertin and Alexander Forbes’ The Case of the Missing Men

 

********** 

室会員によりZoomの設定を行っていただきました。以下がURL、ID、パスコードになります。

https://nufs-ac-jp.zoom.us/j/89179751350?pwd=QzM0K0RBcTFPcERKZGQwbXVaL1g4Zz09

ミーティングID: 891 7975 1350  パスコード: 555576。 13:00-16:30の開催に幅を持たせて、12:30-17:30の設定になっています。早めに入られても、延長になっても問題ありません。不明な点は室淳子会員(muro@nufs.ac.jp)にお問い合わせください。学会日近くになりましたら、また皆様に再度ご案内いたします。

 

 

<特別寄稿> (Special Article)

 

 

19

Hiromi Goto

 

  1. numbers have become. significant in a way. i’ve never experienced before. the nation’s tally. every day. more infected. more dead. increasing. after reaching 1000 deaths i stop. entering the dead. in my journal. numbers continue. to figure. globally. to rise.

 

  1. how many have lost jobs. loved ones. lost hope. lost. how many. how much? is enough. to live? these were always important numbers. more people now. feel. the cutting edge.

 

  1. “…billionaires in the United States have increased their total net worth $637 billion during the COVID-19 pandemic so far. At the same time, more than 40 million Americans filed for unemployment.”

 

  1. sometimes i hold my breath. when i walk past. someone. without a mask. this must feel a lot. like racism. and it confuses me. usually. i am alert. in public spaces. for racism. or homophobia. or misogyny. when i cross the sidewalk. to avoid someone. with bad protocols. i wonder. is this how racists feel? toward people? who aren’t white? how strange. this dissonance.

 

  1. my okaasan is eighty-two years old.

 

  1. counting the days. until our mothers. can be vaccinated. in the news. we learn. fewer doses are being shipped. into the country. we check the schedule. the numbers. keep changing.

 

  1. during the first wave. of the pandemic. my partner and i move. vancouver, bc. to vancouver island. lekwungen territory. crossing the salish sea. now we live. in a small rental cottage. on a small mountain range. i think of the nobility. who fled the cities, fled the plague. to sequester themselves. in country villas. we are not nobility. but to move voluntarily. during a global health crisis. is wealth.

 

  1. we e-transfer money. into our adult children’s accounts. they are essential. non-essential. workers. underpaid. exposed to the public. five days. a week.

 

  1. an insta friend sends. a message. an offer of a welcome gift. japanese oyasai. from a local. organic japanese vegetable farm. they tell me. the farm accepts volunteers. who receive a gift of oyasai. for their gift of labour. my eyes widen. heart unfolds.

 

  1. october 2020. i start volunteering. at the farm. i cannot express. how much it means to me. that the farm is run. by diasporic japanese women.

 

  1. as covid numbers rise. and rise. rise. the farm is a counterpoint. i am finding it hard to write. but two rows of old zucchini plants cleared. one greenhouse of end-of-season kyuri plants cut down. three and a half wheel barrows of blackberry vines/3 hrs.

 

  1. i am learning. about seasonal eating. what winter, soil, sunlight, passive green houses. can provide. three and a half hours of chopping pruned apple branches. into firewood. a large bunch of kabu, one cabbage, two carrots, two potatoes, baby lettuce greens, a bunch of kale, daikon tops, parsley.

 

  1. this simple math. made material. makes me want. to weep.

 

  1. i only volunteer. once a week. rain or shine. there is always work. to be done. on a farm. i was a farm girl. once. i remember. debt. unending labour. uncertainty. these things. i do not carry. as a volunteer. this time. once a week. is a gift. i hope i’m paying back. my slow-paced work. i’m fifty-four years old. and not as strong. as i once was.

 

  1. i like to take one photo. of the vegetables i receive. document the season in vegetables. what eating locally really looks like.

 

  1. migrant workers who labour. without state protections. they are not prioritized. for vaccination. no healthcare. no benefits. yet we eat the food. they grow and pick. in fields they do not. own. we eat their labour. we eat their health. in superstores. in warehouse bulk. those oranges. sweet.

 

  1. i visit okaasan. every thursday. stay all day. make supper for us. we eat together. thank you for sharing all this time with me, she says. you don’t have to thank me, i say. we’re just hanging out. “hanging out,” she softly repeats.

 

  1. capitalism has turned. farms into corporations. no longer family-run. your California oranges. cheap. mangoes from Mexico. it’s only “affordable”. because someone else. pays. this cost. a japanese organic vegetable farm. is teaching me. what sustainable. looks like.

 

  1. okaasan falls. into phase 2. of the immunization. schedule. we count. the weeks. the days. we are waiting. for a letter. health authorities. will be reaching out. they say. “It's important to understand the timeline for each phase may change due to vaccine availability.”

 

[1] “How billionaires saw their net worth increase by half a trillion dollars during the pandemic”, Hiatt Woods, Business Insider, October 30, 2020.

2 https://www2.gov.bc.ca/gov/content/safety/emergency-preparedness-response-recovery/covid-19-provincial-support/vaccines February 14, 2021.

 

 

 

続Covid-19とカナダ――日加入国規制おぼえがき――

 

荒木 陽子会員

 

前号では2020年秋にハリファックス自宅から新潟自宅へと帰る2日前までの体験を会員のみなさんと共有したので、今号はその続きを書かせていただくこととしよう。

その後、私たち家族4人は全員無事9月半ばに出国できた。前号の最後に日本入国の際に夫がPCRテストを受け、陰性証明書を入手するのがハリファックスでは極めて困難であることをお伝えしたが、結局夫は出発前日午前に陰性証明書を入手することができた。大都市圏では民間のクリニックが有料で旅行用テストを行っていたが、当時ハリファックスではPCRテストは公立機関のみの実施であった。無料であったがスポットが少なくぎりぎりまで予定が決まらない上、その場では証明書を発行してもらえない。そのため、陰性結果をもってかかりつけ医に行き、そこで証明書を書いてもらうという手間がかかった。終わった頃にはもう午後のおやつの時間になっていた。そして、私たちはその直後に、翌早朝発のために大荷物で空港ホテルに移動することになった。

ただ、やっとの思いで空港ホテルに到着し、夕食をするにしても利用者が極端に少ないため、空いているのは棟続きの空港内のガラガラのファストフード店2店のみであった。いつもは混んでいるテーブルに他に座っていたのは休憩中の空港職員のみで、延期となった「北米先住民体育大会」(NAIG)のための装飾が虚しかった。翌朝の出発では、日本入国に要求されていた夫の陰性証明やビザの他、私たち家族の血縁関係を示す公的書類までをエアカナダの職員に入念に確認されて、やっとのことでぎりぎりに搭乗できた。無事トロント経由でバンクーバーへ到着したが、出国便乗り継ぎの際には、今度は私の戸籍謄本に英訳がないことを理由に、搭乗口職員が私たちの搭乗を渋った。たまたまその場に居合わせた非番の日本人クルーがその場で「本当に家族」であることを証明してくれたことは幸運であった。

成田着となった帰国便は便数が少ないこともあり比較的搭乗率は高かったが、大人でも十分足伸ばして座ることができた。機内では不安定な雇用状況でレイオフかワークシェアになりそうだという航空会社日系人クルーと話していた。彼女は日本在住で日本国籍の夫の元で生活するために日本の配偶者ビザを取ろうとしているということで、サービス時間外で情報交換をした。

成田到着後、子連れの私たちは最後に降機し、PCR検査へと向かう列の末尾に連なる。入国者が少ないせいか意外と混雑しておらず、航空会社職員と思しき係員に誘導され、書類を記入させられた後、家族単位でPCR検査へ。指示が理解できないために鼻に棒を突っ込まれる乳幼児以外は、レモンや梅干しの絵をみせられ唾液検査を受けた。受付番号をカウンターに提出し、更に書類を書き、結果が出るまで1時間ほど待つ。どこかで見た風景だと思いきや、普段はエアカナダが出国搭乗口として使用しているスペースあたりであった。偶然PCR検査の応援要員が新潟から応援に入っていることを知り、失業者が増えていることばかりが報道されるが、仕事が増えている業種があることも再確認した。

PCR陰性の結果をいただいた後は、ガラガラの入国審査エリアへと進む。入国者が少なく余裕があるからか、生まれてはじめて審査待ちの時間に椅子をすすめてもらい、待ち時間に新潟から乗ってきた車を止めてある駐車場に電話して、出口まで車を移動してもらうよう手配した。ただ、審査はいつになくスムーズで、あっという間に手荷物受け取りエリアにたどり着く。すると、そこもいつもとは異なり、カルーセルは停止され、グループごとに荷物がまとめてあり、正直非常に助かった。コロナ禍も悪いことばかりではなかった。

夕方5時前には成田空港を出発し、その後給油して茨城、福島経由で夜の9時前には新潟にたどり着いた。このカナダから日本への帰国から学んだことは、ビザと陰性証明さえ取れてしまえば、コロナ禍の国際移動は快適であったということだ。

実は2021年4月半ばにカナダへと戻ることになっているが、これも既に異例尽くめだ。エアカナダの日本・カナダ航路は4月末まで運休している。おかげさまで初めてヨーロッパ経由でカナダに向かうことに挑むことになった。息子は生後9か月までに世界一周をはたすことになるからすごい。おまけにカナダ政府が2月より今さら国際移動を制限しはじめたため、カナダ国籍所持者も含めて全員に陰性証明を必須とし、入国した空港で再度PCR検査を受け、結果が出るまで3日間ホテル待機となった。政府の指定を受けたホテルの宿泊料は高騰し、ビジネスホテルですら一泊500ドル程度まで価格が吊り上がっているところもあった。果たして無事に私たちはハリファックスの自宅に戻ることができるのか。つづきは年次研究大会で。

 

 

 

<連載:カナダ文学との出会い第15回>

 

「カナダ文学との出会い」     

                                                                   大矢 タカヤス会員

 

生まれつきせっかちなのか、既にしばらく前からこの世からの撤退の準備を始めていて、カナダ方面からはとうの昔に撤収した気になっていたのに、突然、「カナダ文学との出会い」を語れと言われて、少し困惑したことは否めない。それに、そもそも私がカナダなる国の文学のごく一部分の研究に手を染め始めた動機はドラマティックでもロマンティックでもなく、正直なところ極めて散文的というか、政治的あるいは戦略的であって、若い研究者の方々を鼓舞するどころか、幻滅させかねないものである。つまり、1990年代後半、教員養成系のわが勤務校は当時の文部省から少子化を見込んだ定員削減、そのための教育体制再編を迫られ、連日ない知恵を絞って会議を続けた結果、どこにも入りきれない教員を寄せ集めて、「多言語多文化」なる学科を創ることを決めた。そこで私はフランス文学を専攻していたということで、複数のフランス語圏の国についてなにか講義しなければならない破目になったのである。フランスから距離的には遠いのにスイスでもベルギーでもなくカナダを選んだのには、フランス留学中に親しくなった一人のカナダ人の存在が影響したのかもしれない。パリ南郊に「国際都市」という大規模な学生寄宿施設があって各国が館を構えており、私は日本館に1年、アルゼンチン館に2年居住したが、そのアルゼンチン館の隣がカナダ館だったのである。そこに住んでいたトロワ・リヴィエール出身の哲学専攻のカナダ人と親しくなって、一緒に食べたり飲んだり、卓球したり、議論したり、コンサートに行ったりと濃密なつき合いをし、それぞれ帰国してからも時々手紙のやり取りをしていた。

一方、大学の方針が決まって、私は新学科開設時からカナダについて話さなければならないことになり、その他にもEUに関する講義も担当することになって、授業開始までの1、2年間は受験生にもどったつもりで、必死に準備せざるを得ないと覚悟した。

カナダ文学についてはルイ・エモンとかアンヌ・エヴェールなど、フランス文学史に出て来る名前を知っている程度だったが、1979年にアントニーヌ・マイエというカナダ人にゴンクール賞が与えられた際に、おそらくイヴォンというこの友人にカナダ文学について知りたいというようなことを書いたらしい。ある日、段ボールで40冊近い現代作家の作品がドカンと送られてきたのである。彼の蔵書の一部をそっくり入れたのであろう、ガブリエル・ロワやアンドレ・ランジュヴァン、フェリックス・ルクレール、マリー・クレール・ブレなど二十人近いさまざまなケベックの現代作家の作品があった。ジャック・フェロンのものが圧倒的に多かったのが印象に残っているが、マイエの初期の戯曲も3冊ほどあったと思う。

一方、マイエの受賞作を本気で読み始めると、カナダより先にまずアカディとはなんぞやという問題に突き当たり、これを調べ始めると次から次へと知らなくてはならぬことが行く手を阻む。彼女の他の作品を読んだり、アカディに関する著作を入手するなどしてどんどんはまり込んで行ったが、架空の話にせよ、史実にせよ、とにかく舞台となっている土地を全然知らないのだから、もどかしさが募る一方であり、ちょうどその頃、新学科の授業が始まって付け焼き刃の知識を基にカナダについて話すと、そこにカナダ留学経験のある学生もいることが分かってまさに冷汗三斗、次の授業は私が登校拒否をしたい思いであった。そんなわけで、とにかく現地に行かねば、と2001年の夏、パリ滞在の際にカナダまで足を伸ばすことにした。

モンレアルの空港にはイヴォンが迎えに来ており、かくして私たちはほぼ30年を経て再会を果たした。その日はトロワ・リヴィエールの彼の家に行ってそこで泊まり、翌々日だったであろうか、彼の車でアカディに向けて出発した。彼の車はサイドブレーキが壊れているので平らなところでないと停まれないという代物で、彼自身も癌を患ったあと、人工肛門をつける日常であったが、カラケットを経由してモンクトンまでモーテルを転々とする長旅につき合ってくれた。今思うと、もっと感謝しておくべきだったと悔やまれるが、そのときは二人とも二十代にもどったような心持ちで、退屈しない旅だった。ケベック州とニュー・ブランシュヴィック州の州境の河を渡る直前に、どちらも英語に関しては相手を当てにしていたことが判明して大笑いしたことも懐かしい。モンクトンから彼は自動車道で自宅に戻り、私は数日滞在したあと、飛行機でパリに戻った。

その後の数年は夏ごとにこの地方を訪れ、レンタカーで史跡を巡ったり、モンクトン大学のアカディ資料室で文献を読んだりしたが、同時にマイエの作品も読み進めた。そのささやかな成果が2008年に出した『地図から消えた国、アカディの記憶』である。偶々この年の秋にモンクトン大学がマイエの文学活動50周年を記念する国際シンポジウムを主宰し、私も招かれて発表をしたが、その時に初めてマイエ本人と話をすることができた。この企画とは別にモンクトン大学が私の本の出版記念会を開くというので、日本語を解する人間がだれもいない土地で日本語の本をどうやって紹介するのかと奇妙に思ったが、当日は中規模の教室にほどほどの聴衆が集まり、ラジオ・カナダのカメラまで来ていた。アカディ研究センター所長のモーリス・バスク氏は日本語はできないが、本の現物を示しながら、私が伝えていた内容を紹介した。そして私は決してこの本を読むことはない人々にアカディに対する私の思いの丈をフランス語で語った。不思議な出版記念会であった。その間、勤務校でのカナダに関する授業にも余裕が出てきて、アカディの問題を扱うようになっており、一度はラジオ・カナダのクルーがわざわざ小金井まで私の授業風景の撮影に来たことさえあった。

マイエとはその後数回会い、一度はブクトゥッシュのはずれの彼女の別荘で、伊勢エビ食べ放題というもてなしを受けたが、二尾しか食べられなかったのは悔やまれる。彼女のゴンクール賞受賞作『荷車のペラジー』の邦訳を出版できたのはようやく2010年のことである。表紙カヴァーのバックにはマイエ家の墓のあるブクトゥッシュの墓地の写真をぼかして入れた。この墓地に隣接する旧司祭館を改造したホテルのレストランで彼女と最後に会ったのは2011年の夏のことで、年代をよく憶えているのはこの年の夏にカナダでもリシュリュー川流域に洪水があり、東日本大震災と規模は比べものにならないのに、被災した者一人一人にとって苦しみは同じかも・・・というのが二人の結論であった。

その後、モンレアルに住む彼女と数回手紙のやりとりをした。正直に言うと、僭越きわまりない話だが、私には彼女がアカディアンの末裔たちの群れる小さな宇宙とはまた別の世界を描いたら面白いだろうなという思いがあり、それとなくそんな願望を洩らしたこともあった。しかし、この宇宙は彼女の全人生を溶け合わせ、それから独特の鍊金術によって創りだされたものであるから、簡単に変えられるはずはない。2002年の『マダム・ペルフェクタ』だけが彼女のスペイン人の家政婦をモデルにした比較的20世紀の現実に沿った作品であるが、それ以外は、直接的であれ、間接的であれ、根底にはアカディアンのアイデンティティーの問題がマグマのように感じられる作品であると思う。そして2019年には回想記的な『過ぎ行く「時」への一瞥』が刊行された。彼女の作品には珍しく「小説」と題されていない。この年の末だっただろうか、久しぶりに私が送った手紙は宛先人不明で戻ってきた。たとえ「アントニーヌ・マイエ通り」のアントニーヌ・マイエ宛でも本人がいなければこういうことになるらしい。出版社宛に出し直したが、未だになんの反応もない。

 

イヴォンは数年前に亡くなった。

 

           

*以上、ご寄稿ありがとうございました。

 

 

 

 

<会員による新刊書紹介>

 

 

〇 『現代カナダを知るための60章』【第2版】

日本カナダ学会(編)飯野正子・竹中豊(総監修)(明石書店、

2021年3月) 2,000円+税 ISBN 9784750351674

 

*本書は改訂版になりますが、新たに加えられた章があり、また本学会

会員の方々も執筆されていますので、新刊書として紹介させていただき

ます。

 

 

事務局からのお知らせ

<新入会員紹介>

風早 悟史(山口東京理科大学)

マルカム・ラウリーの小説に関心を持っています。カナダで書かれた代表作Under the Volcanoだけではなく、カナダを舞台にしたOctober Ferry to Gabriolaの研究にも挑戦したいと思っています。ラフカディオ・ハーンを中心にした比較文学的な研究や、英米文学作品の翻訳・翻案研究にも取り組んでいます。どうぞよろしくお願いいたします。

風早 由佳(岡山県立大学)

アジア系詩人の作品を研究しております。Fred Wahの研究をしているうちに、TISH詩人や他のアジア系カナダ詩人に興味を持つようになりました。児童文学にも関心があり、マーガレット・アトウッドの児童書にも惹かれています。カナダ文学について、勉強させていただきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

林 千恵子(京都工芸繊維大学)

アラスカ南東部とカナダに暮らす先住民族Tlingit(クリンギット)の口承物語を研究しています。会員の岸野先生にお声がけいただき入会しました。カナダ文学や、背景にある歴史や社会事情を本学会でより深く勉強させていただき、研究を発展させていきたいと思っております。よろしくお願い申し上げます。

 

<学会費のご案内>

『カナダ文学研究』第28号をお送りする際に、郵便振込用紙と学会費納入状況のお知らせを同封いたしました。ご確認の上、お振込み頂けますようお願いいたします。2021年度分につきましては、4月以降にご納入頂けましたら幸いです。振込手数料につきましては、恐れ入りますがご負担ください。

学会費:

(該当年度の4月1日より3月31日まで)正会員7,000円、学生会員  3,000円

振込先:

郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会

銀行口座: 三菱UFJ銀行 茨木西支店(087) 普通4517257

           日本カナダ文学会代表 室 淳子        

 

 

編集後記

〇3月下旬のこの時季、札幌市近郊の私たちの町ではシベリアへと渡るハクチョウの声を聞くことができます。新千歳に近いウトナイ湖畔で越冬し、春の気配が漂う頃、鳥たちは大小いくつもの群れになって、朝に夕に旅立ちます。互いに声を交わし合い、くっきりと美しいV字を保ちながら大空を進む姿にコロナ下の地上を忘れ、しばし見とれます。オンラインにはなりましたが、延期となっていた大会も開催の運びとなりました。しかし開催自体の有無や方法の検討、カナダからの招聘予定作家との連絡など、会長や会場校室会員をはじめ役員の皆さんは本当に大変だったと思います。また本NLにおいてはHiromi Goto氏からの特別寄稿、荒木会員からの続篇、そして大矢会員による「カナダ文学との出会い」など印象深い文章を送っていただき、とても充実した内容になりました。いつもながらの皆様のご尽力とご協力に感謝いたします。6月に会いましょう!(M)

〇学会開催がオンラインになり直接お会いできないのは残念ですが、普段でしたら長距離移動がネックになるところ、今年はリビングルームからでも参加できるのは何よりです。学会当日は一万キロ以上離れた場所から、昼夜逆転で参加する予定です。楽しみにしております。(A)

〇本学会ニューズレターは、カナダ文学に関する読書会や出版の案内、活動報告など、本学会会員のご投稿を反映させていくものです。寄稿をご希望の方はぜひ、事務局までご連絡をお願いいたします。本ニューズレターは、公式ウェブサイト(http://www.canadianlit.jp/)と共に、電子配信のみ

でお届けしております。よろしくお願い申し上げます。(追記)今号の編集にあたっても、多方面にわたり戸田由紀子会員に協力をいただきました。心よりお礼申し上げます。(M & A)

 

NEWSLETTER THE CANADIAN

LITERARY SOCIETY OF JAPAN 75

発行者 日本カナダ文学会

代 表 佐藤 アヤ子

編 集 松田 寿一 & 荒木 陽子

事務局 名古屋外国語大学 現代国際学部 

室 淳子(副会長)研究室

〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57

TEL: 0561(75)2671

EMAIL: muro@nufs.ac.jp

会長連絡先 

EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp

 


NEWSLETTER 74

2020-09-30 | Newsletter
NEWSLETTER
 
THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN
L’association japonaise de la littérature canadienne
Number 74
Autumn, 2020

 

会長挨拶

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

 風のなかに秋の気配を感じるようになりました。
 会員の皆様にはご健勝のこととお喜び申し上げます。NEWSLETTER 74 号をお届けします。

 収束がみえないコロナ禍、日ごとに増える感染者数、連日続いた今夏の酷暑、九州地方を中心に 甚大な被害をもたらした豪雨と台風。世界に目を向ければ、再び感染者が増えている事実。難民キ ャンプやスラム街での感染者と死者の増加に心が痛みます。アメリカの西海岸各州では森林火災が 広がっています。このようなニュースが流れるたびに、この地球はどうなってしまったとのかと思 う毎日です。地球温暖化による気候変動が、感染症拡大や熱中症による死亡など世界的な人間の健 康問題につながっているともいわれています。森林火災と気候変動の因果関係も指摘されています。感染症拡大や森林火災の背景に気候変動を含む環境破壊があるならば、世界中で大きな行動変 容をおこなうことが必要です。

 新型コロナウイルスが世界的に広がってきた今年の 3 月、マーガレット・アトウッドさんはラジ オインタビューにこう答えています。「現在進行中の新型コロナウイルス感染拡大に目を向ける と、これは世界が見てきた最悪の出来事では決してありません。〈リセットボタン〉の機会を与え てくれているのです。これまでのやり方を見直して、違ったやり方を考えるべきかもしれません」 と。

 前期授業が遠隔授業となった大学も多いと思います。感染者が多い地域では、後期授業も遠隔と 対面授業を併設していると思います。日本カナダ文学会も致し方なく今年度の年次研究大会を中止 としました。大会中止は、1982 年に設立された日本カナダ文学会の長い歴史のなかでも初めての ことです。コロナ禍は多くのことに計り知れない影響を及ぼしています。

 しかしこのコロナ禍のなかにあって、負の出来事ばかりではありません。会員の方々がカナダ文 学に関する評論集を上梓されたり、カナダ文学作品の翻訳書を出版社が相次いで出版するなど、カ ナダ文学に関する注目度も高まってきています。うれしいですね。

 災難が相次ぐなか、会員の皆様の一層のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

 

COVID-19 とカナダ――日加入国規制おぼえがき――

荒木 陽子会員

 2020 年の初めごろには、今頃は収束しているだろうと楽観視していた新型コロナウイルス (COVID-19)の流行が止まらない。ここでは記憶がまだ新しいうちに、カナダと日本の出入国を めぐるコロナウイルスの影響を、個人的経験をもとに書き留めておきたい。

 会員各位はお住まいの地域や各々が置かれた状況によって、多様な「コロナ体験」をされている と思う。そのなかで私のコロナ体験を決定づけているのは、今年 6 月の出産だろう。なぜ私の個人 的な経験が「コロナとカナダ」というテーマと関わってくるのか。それはカナダ国籍の夫が育児休 業をとって、出産に立ち会い、その後しばらく日本に居住する予定になっていたからだ。筆者は今 年の夏は恒例のカナダ自宅への帰宅はせずにゆっくり日本で過ごし、7 歳になった娘を初めて地元 の祭りの巨大な仏壇のごとき山車に乗せてやろうと計画していた。この計画をコロナウイルスが直 撃したのだ。

 結局のところラジオがマーガレット・アトウッド女史のデイトン文学平和賞の受賞を伝える 2020 年 9 月 14 日現在、筆者は例年通りカナダにいる。というのは当初中国、EU 中心で北米はア メリカ合衆国どまりだった日本への入国規制が、感染拡大のため 4 月 3 日付でカナダにまで広が り、6 月 1 日に日本到着の予定だった夫が入国できなくなったからだ。そこで、「ワンオペ」でふ たりのこどもの相手をする修行に耐えられなくなった私は、職場復帰し前期残り授業を「懐かしの 対面授業で」消化した後、早めの夏休みをいただき 8 月半ばにカナダに入国した。

 ここで簡単に日加の入国規制の現状を比較してみたい。カナダは日本より一足早く、3月 18 日 付けで永住者や一部の長期居住者を除く外国籍者の入国規制を開始して、現時点で少なくとも 9 月 30 日までこの方針が続く。ただ、直近の家族についてはこの条件からはずれて、6 月 8 日付けでカ ナダに入国できるようになってはいる。9 月からやっと外務省が定めた「特段の事情」がない家族 が入国できるようになった日本より「ほんのすこしだけ」人道的といえるかもしれない。ちなみに この「特段の事情」には子の出生は入らない。

 常時と比較し出入国も異様だった。まず帰国時に公共交通機関が使えないため、生まれて初めて 自家用ポンコツで成田へ移動した。生後 2 か月の乳児と、騒ぎたくて仕方ない小学二年生と一緒に となるとこのプロセスも泊りがけになる。感染が拡大している南関東を避けるため、福島まわりで 空港につく。すると、出国エリアに人がおらず、航空会社カウンターにはスーパーのレジ同様透明 プラスチックの幕が垂れ下がっていた。また噂通りゲートでは搭乗前に検温された。実は夕日の当たる窓際で騒いでいたため、体温が 38.5 度に達していた娘は 15 分ほど空調の下で地上係員に扇い でもらい、体温が下がった時点でやっと搭乗を許可された。

 普段愛用している米国系航空会社のニューヨーク経由便が使えない。頼みの綱のエアカナダも東 海岸行きに便利だった羽田→トロント便や成田→モントリオール便が運休したままで、関東からは 成田→バンクーバー便しか運航されていない。機内で求められる小さな入国・関税用フォームが今 回は数倍大きくなっており、連絡用にいつもは書かせられない 24 時間コンタクト可能な電話番号 やメールアドレスまで記入を求められた。マスクや消毒ジェルが配られる一方で、全員同じ冷たい 機内食に耐えた後、やっとのことで到着したバンクーバー空港の入国審査はいつもの長蛇の列が皆 無で、気味が悪かった。カナダ入国の際は日本入国のために外国人が求められる PCR 検査は不要 だが、全員が 2 週間の自宅待機である。

 こうしてやっとカナダにたどり着いたものの、国内線は州間の安易な移動を妨げるためか、移動 規制で乗客が減少しているためか、ハリファックスへの直行便が運休中だ。そのため移動はトロン ト経由となり、ハリファックス到着は、さらに日付をまたいで 19 日深夜(日本は 19 日昼)になっ た。家を出たのは日本時間の 8 月 17 日夕方であるから、この時点で 2 日がかりである。子連れで 明らかに移動に苦労していた私を助けてくれた、留学先に戻るという日本人高校生に感謝を申し上 げたい。

 ハリファックス到着後も異例だった。いつもなら大した混雑もなく到着後まっすぐ駐車場にむか い車で自宅に帰るのだが、ここでついに日本からご無沙汰していた長蛇の列に遭遇する。荷物を受 け取った後、州外、特に大西洋州トラベル・バブル外からの移動者は入国時同様に、州政府の役人 に滞在先・連絡先を申告することを求められるからだ。この手続きを経て、家に帰ったころには既 に夜はかなり更けていた。

 さて、日々州政府担当者から自宅待機と体調をチェックされた 2 週間の自宅待機はやっと終わっ たが、筆者は近所を散歩したり裏庭で蚊に刺されながらぼーっとする以外は何もできないまま、あ と 2 日でカナダを出国する。夫は今朝、外務省が外国籍を持つ日本人の家族が入国する際にビザと 私の戸籍とともに求める、出国前 72 時間以内に受けた PCR 検査の証明書を入手するために出かけ た。在モントリオール日本領事館によれば、実はまだノバスコシア州内で証明書を発行してもらい 日本に入国したカナダ人はいないようだ。カナダではもっとも感染が拡大したモントリオールで は、プライベートクリニックで私用であっても比較的簡単に検査が受けられる。しかし、ここ大西洋州「最大の都市」ハリファックスでは公立の病院や検査施設で症状のある人と一緒に並んで検査 を受けたのち、発行された検査結果を医師のところに持ち込み、日本政府の求める証明書に記入し てもらわねばならないのだ。果たして 2 日後の早朝の出発までにすべての手続きが済み、夫をつれ て家族 4 人で帰国し、みんなで今度は日本で自宅待機できるのか。現時点で結果は未定である。

 

「新型コロナと私」

 

「新型コロナと私 -共存をどう乗り切るか-」

(池村 彰子会員)

 新型コロナの脅威を前に、私は2月に長女を出産し、引きこもり生活。コロナは、アトウッドが 描いた近未来のように、少子化や、地球環境の変化、病原菌や海洋生物(スポンジ)による人類滅 亡の危機を浮き彫りにしている。夫はテレワークになり、夫婦揃って育児に専念。オンラインで世 界と繋がる便利さを感じつつ、オフラインの大切さも実感。秋学期から職場復帰で対面授業も始ま る。コロナとの共存社会、工夫を重ねて乗り切っていきたい。

 

「A・マイエのこと」

(大矢 タカヤス会員)

教壇にも研究室にも無縁なので、日々の生活はほとんど変わりません。ただ、恒例の秋のヴェネ ツィア、ブルゴーニュ旅行は無期延期です。ところで、昨年末、フランスの友人から A.マイエが新 しい本を出したと知らされ、年初に久々に彼女に手紙を書きましたが、宛先人不明で(自分の名の ついた通りに住んでいたのに!)戻ってきました。出版社経由で出し直しましたが、今まで梨の 礫、ちょっと心配です。

 

「皆様、いかがお過ごしですか?」

(岸野 英美会員)

勤務先の高専では、前期は全て遠隔授業、9、10 月は対面で集中講義・実験実習、11 月から同じ く対面で後期授業スタートです。元気に通学する学生を見るとこちらも嬉しくなりますが、なんと 今冬はコロナに加えてラニーニャ現象発生で大雪が降るとか...。何事ももうしばらく落ち着きそう にないですね。先々の心配もありますが、今は秋。美味しいものも出回り始めました。日々、小さ な楽しみや、幸せを見つけてこの未曽有の状況を乗り越えていけたらと思います。

 

「マーガレット・アトウッド原作のドラマに感化されて」

(佐々木 菜緒会員)

生活様式がオンライン化されていくなかで、私には Netflix との新しい生活が生まれた。ご存知 の方も多いと思うが、『またの名はグレイス』を見ることができる。私は昨年の秋から『侍女の物 語』を WOWOW で見ていたこともあって、ここ半年、博士論文を書きながらマーガレット・アトウッド原作のドラマを見て過ごした。そして、今は佐藤アヤ子先生が邦訳された原作を読んで、ア トウッドの世界の魅力に引き込まれている。

 

「ある救命救急医のことばが重く響く」


(佐藤 アヤ子会長)

 毎日運ばれてくる新型コロナウイルス感染患者の治療にあたる救命救急医の言葉が忘れられな い。「自分は見えないゴールに向かって走るランナーのようだ。でも、止まることはできない。ただ走り続けるだけ」と、医師はカメラに向かって語る。決定的な治療法もワクチンもない現在、感 染の危険も顧みず、只々使命感をもって任務にあたる医師や看護師など医療従事者に感謝と盛大な 拍手を送ります。

 

「新しい日常」

(戸田 由紀子会員)

コロナ禍でするようになったこと、できるようになったこと。人類と感染症関連の書籍を読み漁 った。BBC Global News と NY Times Coronavirus Briefing を毎日確認するようになった。オン ライン会議・授業ができるようになった。登山とカヤックを始めた。山ヒルに初めて血を吸われ た。ワンと鳴くカエル、ヤマカガシ、オコジョ、ツキノワ熊などに遭遇した。日常に感謝すること が多くなった。人生観が変わった。

 

「With COVID-19 ――未知への挑戦――」

(中島 恵子会員)

新型コロナの猛威が全世界を覆うなか、アトウッドが予言した人類の生き残りへのチャレンジが 始まっている。まさにサバイバルの日常を送る私たちに未来はあるのか? 日々の生活雑貨もアマ ゾンで調達、しかし食料品は牛肉缶詰・ビーンズ・コーンスープだけでは過ごせない。野菜・フル ーツ・肉類・卵・魚介類・ミルク、大好きなパンとお菓子を求めてやはり外出。残りの時間はガー デニングとペットのお世話。そしてアトウッド研究、カナダ・・・。

 

「コロナの終わりを願って」

(原田 寛子会員)

「生きている間にこんなことに遭遇するとは」というのが新型コロナウィルスに対する私の一番 の感想でした。すでに知っている歴史的事件や小説の結末とは違い、「終わり」の見えない途上に いることがいかに不安かということを感じています。いつか歴史となり教科書に載るときに、正し く記載されているかを生き証人として確認したいものです。新しい生活・文化に気持ちを柔軟に対 応しつつ、前向きにコロナ終焉の時を待ちながら日々を過ごしています。来年は学会で皆さまにお 会いできますよう願っています。「コロナの終わりを願って」

 

以上、ご寄稿ありがとうございました!

 

<会員による新刊書紹介>

〇 平林美都子著 『女同士の絆:レズビアン文学の行方』(彩流社、2020年4月) 2,500 円+税 ISBN978-4-7791-2675-8 C0098

〇 『英語圏小説と老い』 イギリス読書研究会編(開文社、2020年3月)2,750円 ISBN 978-4-87571-099-86

柴田 千秋著 第六章 「マーガレット・アトウッド作品における「老い」の意味―『キャッツ・アイ』、『昏き目の暗殺者』を中心に」

原田 寛子著 第九章「老いを転覆させる―マーガレット・ドラブル『昏い水』における終わらない生」

〇 出口 菜摘訳 『サークル・ゲーム』マーガレット・アトウッド著 (彩流社、2020 年 5 月) 2,200 円+税 ISBN978-4-7791-2683-3 C0098

 

事務局からのお知らせ

2020 年度の学会費のお済みでない方は、下記の口座までお納めください。なお、2019 年度 以前の学会費がお済みでない方は合わせてお振込み頂けましたら幸いです。振込手数料につき ましては、恐れ入りますがご負担ください。

(振込先)
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会 銀行口座: 三菱 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257

日本カナダ文学会代表 室 淳子 正会員 7,000 円 学生会員 3,000 円

 

編集後記

 研究大会が来年以降に持ち越され、秋号配信は無理かもしれないと案じていましたが、皆さまの ご協力のおかげで、無事 74 号をお送りすることができました。急な依頼にもかかわらず、原稿を お寄せいただいた方々には心より感謝申し上げます。短信ではありましたが、久しぶりにお会いで きたかのような、温かく、そしてあまりに多くの時間を隔てた後のような、妙に懐かしい気持ちに なりました。なお、カナダ作家からは、Hiromi Goto 氏より次回春号にエッセイをお送りいただく 予定です。ところで勤務校では 9 月 21 日から後期がスタートしました。一部、遠隔授業を取り入 れながらも対面式を基本とした態勢をとっています。短大生の学生生活にとって、1 年という空白 はあまりに大きすぎると考えた末の苦渋の選択です。出講先の四年制大学では遠隔を中心に進めて います。前期を振り返ると、いずこも同じで、授業準備、学生とのやりとりに日々追われました。 しかし収穫がなかったわけではありません。60 歳代後半に、こうして授業方法や内容を見直し、 時代のツールを使う工夫が少しでもできたことは大きな意味がありました。また、運動不足解消も 兼ねて、2 年ほど前から耕し始めた家庭菜園(約 90 坪)で、今年はほぼ毎夕 1 時間は農作業がで きました。季候にも恵まれ、トマト、枝豆、キュウリ、カボチャ、サヤエンドウ等々、食べきれな いほどの作物の収穫がありました。コロナ禍にあっても、これからの季節は大根やカブ、人参等を ご近所や外国人技能実習寮生たちと分かち合いながら、秋の恵みに感謝したいと思います。(M)

 いろいろありましたが 9 月 17 日に無事家族そろって入国できました。16 日朝 6 時台の飛行機で 出発だというのに、15 日午前まで夫の PCR 検査の証明書が手に入らない・・・という状況でし た。日本はいよいよ 10 月からビザがある外国人が入国しやすい状況になります。一方でカナダは 隣国アメリカ合衆国との国境封鎖を 10 月後半まで延長しました。勤務校では 6 月から対面で授業 をしているのですが、はたしてこれが続けられるのでしょうか。しばらくするとインフルエンザ・ シーズンもやってきます。皆様もどうぞお元気で。(A)

 本学会ニューズレターは、カナダ文学に関する読書会や出版の案内、活動報告など、本学会会員 のご投稿を反映させていくものです。寄稿をご希望の方はぜひ、事務局までご連絡をお願いいたし ます。本ニューズレターは、公式ウェブサイト(http://www.canadianlit.jp/)と共に、電子配信のみ でお届けしております。よろしくお願い申し上げます。(M & A)

 (追記)今号の編集にあたり、戸田由紀子会員には多大なご協力をいただきました。紙面を借りて、心よりお礼申し上げます。(M & A)

 

NEWSLETTER
THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN
第74号

発行者  日本カナダ文学会
代 表  佐藤アヤ子
編 集  松田寿一&荒木陽子
事務局  名古屋外国語大学 現代国際学部
             室 淳子(副会長)研究室
〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57
TEL: 0561(75)2671
EMAIL: muro@nufs.ac.jp
会長連絡先
EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp