日本カナダ文学会公式ブログ

日本カナダ文学会の活動と紹介

NEWSLETTER Number 80

2023-09-30 | Newsletter

NEWSLETTER

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN
L’association japonaise de la littérature canadienne

Number 80

Fall, 2023

 

 会長挨拶

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

 

秋風のなか、虫の音が聞こえる季節となりました。会員の皆様にはますますご健勝のこととお喜び申し 上げます。NEWSLETTER 80 号をお届けします。

相変わらず収束が見えないコロナ禍の中、日本カナダ文学会は第 41 回年次研究大会をハイブリッド方 式で 6 月 17 日に近畿大学で開催し、無事終了することができました。開催校の岸野 英美会員には周到 なご準備をいただき、改めてお礼申し上げます。午前の部では、若い研究者 2 名の発表がありました。若 い研究者間でカナダ文学研究が着実に浸透していることを実感し、嬉しく思いました。大会後の懇親会では、近畿大学水産研究所が手塩にかけて育てた〈近大マグロ〉を満喫することができました。岸野先生、ありがとうございました。

今年の年次研究大会のシンポジウムに映画参加した私の古い友人である Midi Onodera さんが、5 月に 自身の映像撮影のために来日しました。4 回目の日本訪問です。ミディさんは、2018 年に Visual and Media Arts 部門でカナダ総督賞を受賞したトロント在住の日系 3 世の映像作家です。今回は、撮影の合 間をぬって、新潟と名古屋の会員の大学で一緒に講演を行うことができました。

もう 20 年以上前のことですが、カナダに渡った彼女の父方の祖父、小野寺巳之助さんの出身地である宮城と岩手の県境に暮らすミディさんの親類を一緒に訪れたことがあります。今で言う、ルーツ探しでした。そこは、東北のなかでもへき地と言われていたところ。おじいさんの巳之助さんが生まれたころはかなり僻村だったそうです。そこに暮らしていた農民たちは「やませ」がもたらす冷害に毎年苦しんでいた ということ。そこで一家の生活を支えるためにとった行動が海外、カナダへの出稼ぎでした。この辺の事情は、新田次郎の小説『密航船水安丸』(1979)に詳しく語られています。

巳之助さんは密航船(明治 39 年 10 月ヴィクトリ アに上陸)には乗船していませんでしたが、同じ頃、カナダに渡っています。上陸後、巳之助さんは、厳しい条件のもと、カナダ大陸横断鉄道開設 工事に携わっていたそうです。ルーツ探しのあと、ミディさんに感想を聞くと、「おじいさんはカナダ に渡って広い世界をみることができた」という答えが返ってきました。

コロナ禍がまだまだ続きそうです。会員の皆様の一層のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。

 

日本カナダ文学会 第41回年次研究大会を振り返って

副会長 室淳子

2023 年度の大会は、6 月 17 日(土)に近畿大学東大阪キャンパスで開催されました。関西には長く暮ら したはずであったものの、近大に伺うのはどういうわけか初めてで、大学までのコテコテの街並みを面白 く歩きました。「近大生の近大生による近大生の為のカラオケ」や、「急げ~遅刻するぞぉ 歩いて2分 20秒 走って56秒 ムーンウォークで12分 竹馬で15分 フラフープで20分 行かない→休み」 など、店の看板や壁一面に笑いが満載で、思わず写真を何枚も撮りながら会場に向かいました。コロナ禍 もあり、他大学を訪れる機会をめっきり減らしておりましたが、時に足を運んでみることはやはり大切であるように感じました。

大会は昨年度と同様にハイブリッド方式によって行い、20 名近くの参加を得ることができました。午 前は、私たちの学会では比較的新しいメンバーでいらっしゃる風早悟史会員によるマルカム・ラウリーの 作品に関するご論考と、池村彰子会員のアトウッド版『クリスマス・キャロル』のご論考を拝聴する機会に恵まれました。午後のシンポジウムは、LGBTQ+への社会的な関心が急速に高まるなかで、カナダに おいて、そしてカナダの日系またはムスリムあるいはケベックのコミュニティにおいて、クィアであるこ とがいかに困難でありうるか、またクィアが社会や文学においてどのような可能性をもたらしうるかを考察するとても貴重な機会となりました。ご登壇の皆様、またご参加頂きました皆様には、本当にありがとうございました。特に会場校の岸野会員には、長い期間にわたって開催のためのご準備をして頂きましたこと、心より御礼申し上げます。大会後にキャンパス内の The Lounge にて近大マグロに舌鼓を打ちつつ、親しくお話をすることができたことも嬉しい限りでした。

 

 

第 41 回年次研究大会報告 <研究発表>(Research Presentations)

 

<1> 雨の波紋− “The Forest Path to the Spring” における楽園の表象−
《Ripples of Raindrops: The Representation of Paradise in Malcolm Lowry’s “The Forest Path to the Spring”》

(風早 悟史会員)

 本発表では、マルカム・ラウリーの中編小説「泉への森の道」(“The Forest Path to the Spring,” 1961) を取り上げた。ラウリーは、1940 年から 10 年以上にわたってノース・バンクーバー地区のドラートン (Dollarton)の浜辺で暮らし、精力的に作品を書き続けた。「泉への森の道」は、ドラートンでの楽園的 な生活を色濃く反映した小説である。ラウリーといえば、死者の日のメキシコを舞台に、スペイン内戦に よるヨーロッパ世界の動揺を背景にして、駐メキシコ英国領事の悲劇的な死を描いた『火山の下』(Under the Volcano, 1947)が最も有名であるが、この小説の大部分が書かれたのもカナダであった。ラウリー の小説は、自伝的といってもよいほどに作者の実体験を題材にして書かれているので、ラウリーの文学を論じるためには、彼とカナダとの関わりを無視することはできない。
 司会の先生、フロアおよびオンラインの先生方からは、ラウリー独自の文体や、自身の破滅的な人生を作品に昇華するその創作スタイルについて、示唆に富むご質問やご意見をいくつも頂いた。先住民の円環 的・循環的な時間認識についてご教示いただけたことも、円環を共通のモチーフととらえて『火山の下』 と「泉への森の道」を比較考察した本発表にとって有益だった。
「泉への森の道」が収録されている作品集 Hear Us O Lord From Heaven Thy Dwelling Place には、他 にもカナダを舞台にした短編小説が含まれている。また、October Ferry to Gabriola という、同じく作者のカナダでの体験にもとづいて書かれた長編小説もある。『火山の下』に比べると注目されることは少ないが、ラウリー本人が「果てしない航海」(“The Voyage That Never Ends”)と名づけたその文学世界 の全体像を論じるためには、それらの作品への考察は欠かせない。今回の発表での収穫を活かし、今後 も、カナダ文学作家としてのラウリーの一面を明らかにするための研究を進めていきたい。

 

<2>マーガレット・アトウッド『負債と報い』とチャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』考察―アダプテーションと新しいスクルージたち―
《A Consideration of Atwood’s Payback and Dickens’s A Christmas Carol:
Focusing on the Adaptation and New Scrooges》

(池村 彰子会員)

 日本カナダ文学会第 41 回年次研究大会における発表では、マーガレット・アトウッド (Margaret Atwood, 1939- ) が Payback (2008)という社会文化論的作品にどのようにチャールズ・ディケンズ (Charles Dickens, 1812-70) の A Christmas Carol: A Ghost Story of Christmas (1842) のプロットを 織り込んだのか、またアトウッドが創作したスクルージ・ヌーボーの眼をとおして導かれた結論とアトウ ッドが俯瞰した負債の世界とは何か?ディケンズとアトウッドのリアリズムとファンタジーが融和する二つの作品を比較分析・考察しました。
 スクルージ・ヌーボーは、オリジナル・スクルージやライト・スクルージという分析の上に、現代的経済問題や負債という太古からの歴史につきものの意義や意味合い、さらに深化して人間存在そのものに ついての負債、また、地球環境に依存するという負債を重ね合わせて考案されたキャラクタリゼーション です。また、エンディングの部分では、現代的負債の本質、地球環境に対する人類の負債をどうやって返 すことができるのか?どうやって地球に報いることが可能なのか?というやがて人類滅亡の危機に瀕す るというテーマを扱った『マッドアダム』三部作で問われることになる「水なし洪水」など、人類の未来 が予測不可能の危機に陥るという、まさにアトウッドの起点であった『サバイバル』の原理が、本作品によって今一度試されていると言えます。先生方からいただいた貴重なご意見を参考に、より具体的な分析 を続けていきたいと思います。司会を務めてくださった佐藤アヤ子会長をはじめ、貴重なご意見をくださ った先生方に感謝申し上げます。誠にありがとうございました。

 

page4image2352064

シンポジウム (Symposium)
カナダに見る LGBTQ+文学《Canadian LGBTQ+ Literature》

ミディ・オノデラ作 Ten Cents a Dance 上映

Screening of《Ten Cents a Dance by Midi Onodera》

(紹介:荒木 陽子会員)

第 41 回大会午後の部は、諸事情で当初の企画から大きく変更された。最終的に当日登壇可能となった 2 人のシンポジウム発表者のみで、午後の部を開催するのは現実的ではない。そこで、5 月に日本各地で映画の上映と講演会を行った映像作家ミディ・オノデラ(1961-)の代表的実験映画、“Ten Cents A Dance: Parallax”(1985)を上映することになった。オノデラは 2018 年カナダ総督賞(ビジュアル・メ ディア・アンド・アーツ部門)の受賞者だ。LGBTQ コミュニティに勇気と希望を与え、その存在を可視 化したことを称えられ、CBC の“Super Queeroes”の 1 人にも選ばれているから、このシンポジウムには上手く収まる。そしてこの選択は女性、フェミニスト、日系、レズビアンなど、様々なマイノリティ性が 自分の中で交差していることを意識しながら創作されるオノデラの作品は、私たちそれぞれのどこかに 様々なアングルから呼びかけてくる点でも適切に思われた。

映像はアジア系のレズビアン女性(実はオノデラ自身)と同性愛に関心のある女性、同性愛の男性同士、仕事としてテレフォンセックスの相手をする女性とクライアント男性と、異なる関係性を持つ 3 つ のカップルの逢瀬を描く、3 つのシーンから構成される。アジア系は一人だけ。カメラの位置は各カップ ルの社会的位置づけをあらわすために調整され、それぞれの場面を構成するスクリーンは、ふたりの意識 のずれを表現するべく仕切られる。私は、撮影者には見えていても、映像には映らない、つまり見る側の私たちにはわからない世界があることを示唆する、“parallax”(視差)という副題に端的にみられるような、言葉選びのセンスも評価したいし、タイトルに埋め込まれた含蓄についても書きたいが、もう字数オ ーバーだから、またどこかで書かせてもらうことにしよう。

何度か映像を見た私はこのように冷静に分析してしまうが、会場のオーディエンスは普段正面から大 画面、大音量で見る機会が少ないであろう性的描写に対峙し、静かに情報処理に徹している様子だった。 実のところ Zoom を使って会場で上映する映像を共有することは容易ではない。オンライン参加者に快 く無料で映像のリンクをお貸しくださったミディさんに感謝したい。

 

発表者:戸田 由紀子会員・佐々木 菜緒会員

(戸田 由紀子会員)

1980 年以降のフェミニズム、反人種主義、(ポスト)コロニアリズム、トランスナショナリズム、 グローバリズムといった社会や思想の動きを反映し、多くのエスニックマイノリティ作家が彼らの所属 するエスニック集団の文化的伝統や価値観、経験した苦難や成功について綴った作品を出版してきた。 しかし、ビジブルマイノリティであるだけではなく、クィアでもある Samra Habib は、クィア・ムス リムの声が十分に表現されていないと指摘し、彼らの経験の多様性と複雑さを文章や写真で紹介してき た。本発表では、その中の Habib の回想録 We Have Always Been Here を取り上げ、Habib の、自己 同定する性的アイデンティティを見出す過程を追った。同時多発テロ以降、ムスリムとしての立場が難 しくなった上、クィアであることをカミングアウトすることは、Habib 自身の言葉が示すように、まさ に “terrifying” であった。また、生まれた性別や、それに基づく性の役割・異性への指向に縛られてき た Habib にとって、それ以外の可能性があることに気づき、それを模索していくことがいかに複雑なプ ロセスかを読み取ることができた。発表後の質疑応答からは、「エスニック文学」や「クィア」、「ムスリム」といったカテゴリーの必要性について考えさせられた。社会的マイノリティからのカテゴリー の主張は、存在する社会的不平等に対する抵抗として捉えられ、そのカテゴリーが必要とされる限り、その存在もまた必要であると確認できた。

 

(佐々木 菜緒会員)

2010 年代以降、ケベック文学において「クィア」は注目を集めている分野である。ただ、「クィア」という名称はなくとも、ケベックの想像世界にはクィアの考えは存在していたといえる。この点を検証する ために、ミシェル・トランブレーの『むき出しのこころ』(1986)、モニック・プルーの『星々の性別』 (1987)、アンヌ・エベールの『光の衣服』(1999)にみられる主体の表現方法を「クィア」の観点から 読解分析することを試みた。まずケベック文学と「クィア」の関係を確認するために、本報告で取り上げ る 3 作にみられる共通点を明確化した。すなわち複数の人物の視点からなる断片章形式であること、お よび LGBTQ+の登場人物の自己構築が物質的・経済的な環境の影響下に強くあること等である。これら の点を、実際に各作品分析読解を通して検証した。

報告後は、ゲイ文学とトランブレーの関わりについて、および彼の作品内のゲイ像の変遷について質問 があった。また、浮動的な自己をクィアとして名づけることの意味、それによって今後どのような自己像 があり得るのかといった貴重な質問を頂戴した。いずれも LGBTQ+やクィアといった名称の問題と関わるもので、今後深めていきたい課題である。

 

第 41 回 日本カナダ文学会 2023 年度総会議事録

日時:2023 年 6 月 17 日(土)13:00~13:20
場所:近畿大学東大阪キャンパス
会員総数 56 名中 18 名参加(オンライン参加者含む)、委任 14 名、計 32 名(総会成立)

審議事項

*2024 年第 42 回年次研究大会について 大会開催校:名古屋外国語大学 大会シンポジウムテーマ:カナダ文学と動物

*紀要関係 投稿希望者を一斉メールで募る(6 月末) 投稿希望届提出(7 月末) 原稿締め切り(10 月 15 日)

報告事項

*会計報告 *会員異動

 新会員:柿原妙子
 退会会員:前田悦子、濱奈々恵
 名誉会員辞退:長尾知子

*『カナダ文化辞典』(丸善出版部)進捗状況 カナダ文学会は、文学関係章に参加。

 

事務局からのお知らせ

第 42 回日本カナダ文学会年次研究大会のお知らせ

「第 42 回日本カナダ文学会年次研究大会」は、室 淳子会員のご協力で、2024 年 6 月 15 日(土)に名 古屋外国語大学での開催を予定しています。シンポジウムのテーマは「カナダ文学と動物」です。午前 の部の 2 発表、及びシンポジウムの 3 名の発表者を募ります。発表希望の会員は、佐藤アヤ子会長 (ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp)までご連絡ください。

 

<新入会員紹介>

柿原 妙子(武蔵大学非常勤講師)

専門はアイルランド文学で、W. B. イェイツが主な研究対象です。またそれとは別に英語圏の詩の翻訳を しており、様々な詩人の作品を訳すうちにマーガレット・アトウッドの詩に出会いました。詩の背景に感 じられるアトウッドの歴史観や女性観に興味を持っています。また、イェイツの影響がみられる詩がある ことにも気づき、面白く思っています。現在知人とアトウッドの詩を読む勉強会をしていますが、カナダ のことをもっと知る必要を感じるようになり、このたび入会させていただきました。よろしくお願いいた します。

 

会員による新刊書紹介

神崎舞 著『ロベール・ルパージュとケベックー舞台表象に見る国際性と地域性』

(彩流社 2023 年)4000 円 ISBN 978-4-7791-2909-4

 

<学会費のご案内>

2023 年度の学会費のお済みでない方は、下記の口座までお納めください。なお、2022 年度以前の学会費 がお済みでない方は合わせてお振込み頂けましたら幸いです。振込手数料につきましては、恐れ入ります がご負担ください。

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会 銀行口座: 三菱 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257

日本カナダ文学会代表 室 淳子 正会員 7,000 円

学生会員 3,000 円

 

編集後記 

いつまでも続く残暑に辟易しながらも、日が落ちてしばらくすると聞こえ始めた秋の虫たちの声に待 ち望んだ秋の到来を感じます。対話型 AI の登場により、教育を含め世界がどう変容していくのか想像 がつきません。(Y)

学会にて、久しぶりの対面のひとときを味わうことができ、デジタルな交流とは異なる、物理的な空 間を共有する温もりを改めて感じました。人と対面で会えない状況を経験してきたからこそ、身近な家 族も含め、人との関わりにほんの少しこれまで以上に心を寄せたいと思いました。(T)

今年の研究大会ではラウリーでのご発表の司会を承り、おかげさまで新たに美しい物語に触れること ができました。不勉強な LGBTQ+文学を扱ったシンポジウムには体調の加減で参加が叶わず残念でした。 専門分野の方では、7 月末、遅ればせながら久しぶりにスコットランド国立図書館を訪れ、心おちつくリ ーディング・ルームで資料を読み耽りました。図書館を一歩出ると、フェスティバル前にもかかわらず多 くのツーリストが行き交い、コロナ前のエディンバラに戻ったよう...。その一方で連日報じられていたギ リシャの山火事のことなどを思い、複雑な気持ちになりつつ、今たまたま自分が享受している自由の空気 を吸いこんで異国の地を踏みしめました。(S)

 

NEWSLETTER THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 第80号

発行者 日本カナダ文学会

代 表  佐藤アヤ子
編 集  沢田知香子 & 戸田由紀子 & 山本かおり
事務局 名古屋外国語大学 現代国際学部
    室 淳子(副会長)研究室
    〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 TEL: 0561(75)2671
    EMAIL: muro@nufs.ac.jp
        http://www.canadianlit.jp/

会長連絡先:ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp

学会ホームページ: https://blog.goo.ne.jp/kanadabungakukai84burogudayo

 


日本カナダ文学会第41回年次研究大会プログラム

2023-06-02 | 大会情報

 

日本カナダ文学会第41回年次研究大会プログラム

Programme of the 41th Conference of the Canadian Literary Society of Japan

 

日時:2023年6月17日(土)10:00-17:00(09:30受付開始)

Date and Time: 17 June 2023 (Sat) 10:00-17:00 (Registration opens at 09:30)

 

会場:近畿大学 東大阪キャンパス

〒577-8502 東大阪市小若江3丁目4-1    電話:06-6721-2332(代)

21号館203教室(西門をくぐって左ビル2階)

Venue: Kindai University Higashiosaka Campus

3-4-1 Kowakae, Higashiosaka City, Osaka, 577-8502, Japan   Tel:06-6721-2332(Main)

Building 21, Room 203

 

開催方式:ハイブリッド方式(face to face+Zoom)

対面とZoomのハイブリッド方式で開催(Zoom参加は会員のみ可能)

The conference will use a hybrid format, combining onsite face-to-face and remote presentations on Zoom. (Zoom is only available to members.)

 

 

**************************************

総合司会 副会長 室 淳子

Conference Chair: Junko Muro

Vice President, Canadian Literary Society of Japan

開会の辞 会長 佐藤 アヤ子                                           10:00-10:05

Opening Remarks  Ayako Sato, President, Canadian Literary Society of Japan

 

午前の部・Morning Session

研究発表・Research Presentations                                   

司会 沢田 知香子(学習院女子大学)/ Chair: Chikako Sawada(Gakushuin Women’s College)

風早 悟史(山陽小野田市立山口東京理科大学)               10:05-11:05

1.雨の波紋−“The Forest Path to the Spring” における楽園の表象­−

Presenter: Satoshi Kazahaya (Sanyo-Onoda City University)

Ripples of Raindrops: The Representation of Paradise in Malcolm Lowry’s “The Forest Path to the Spring”

 

司会 佐藤 アヤ子(明治学院大学)/ Chair: Ayako Sato (Meiji Gakuin University)

2.池村 彰子(神戸大学)                                           11:10-12:10

マーガレット・アトウッド『負債と報い』とチャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』考察―アダプテーションと新しいスクルージたちー

Presenter: Akiko Ikemura (Kobe University)

A Consideration of Atwood’s Payback and Dickens’s A Christmas Carol―Focusing on the Adaptation and New Scrooges―

 

昼食休憩・Lunch Break                           12:10-13:30                     

 

午後の部・Afternoon Session

 

総会・ General Meeting  議長 佐藤 アヤ子/ Chair: Ayako Sato          13:30-14:00

 

休憩・Break                                                           14:00-14:30

 

シンポジウム・Symposium                                              14:30-16:30                                                                                

司会 C. J. Armstrong(中京大学)/ Chair: C. J. Armstrong (Chukyo University)

カナダのLGBTQ+文学 / Canadian LGBTQ+Literature

Presenters:

映画参加:ミディ・オノデラ作Ten Cents a Danceの上映

Midi Onodera(映像作家/Film Maker)Screening of Ten Cents a Dance

紹介 (Introduction):荒木 陽子(敬和学園大学)/ Yoko Araki (Keiwa College)

 

戸田 由紀子(椙山女学園大学/Yukiko Toda(Sugiyama Women’s University)

サムラ・ハビブによるクィア・ムスリムの回想録/ We Have Always Been Here

 

佐々木 菜緒(明治大学/Nao Sasaki(Meiji University)

複数性としての主体の表出−−ケベックのクィア文学前史/ Emergence of Plural Subjectivity: The Prehistory of Queer Literature in Québec

 

閉会の辞 開催校 岸野 英美                                16:30-16:40

Closing Remarks  Hidemi Kishino

****************************************

★後援 カナダ大使館・ケベック州政府在日事務所

Supported by the Embassy of Canada and the Délégation générale du Québec à Tokyo

★会員外で大会参加の場合は1,000円いただきます。

Please note: There is a participation fee of ¥1000 for non-members.

★近畿大学東大阪へのアクセス

アクセス (https://www.kindai.ac.jp/access/) 近鉄奈良線「大阪難波」駅より「鶴橋」駅で乗り換え、近鉄大阪線「長瀬」駅下車、徒歩約 10 分で近畿大学西門に到着。 (または、近鉄奈良線「大阪難波」駅より「八戸ノ里」駅下車、近大直通ハ?ス約 6 分で近畿大学東正門 に到着。)
★懇親会/レストラン名/電話:THE LOUNGE(キャンパス内)・06-4309-7106

会費:6000円
★宿泊施設情報
 宿泊 大学付近におすすめする宿泊施設はありません。近鉄線沿いには宿泊施設が多くあり、交通 アクセスも容易です。以下参考まで。

ダイワロイネットホテル大阪上本町(https://www.daiwaroynet.jp/osaka-uehonmachi/)

相鉄フレッサイン大阪なんば駅前(https://sotetsu-hotels.com/fresa-inn/namba-ekimae/) U・コミュニティホテル(https://www.u-community.co.jp/)

 

 

 

発表要旨・Presentation Abstracts

 

雨の波紋

−“The Forest Path to the Spring” における楽園の表象­−

風早悟史

 マルカム・ラウリーは、1940年から54年まで、ノース・バンクーバー地区のドラートンの浜辺に小屋を借りて暮らし、代表作である『火山の下』(Under the Volcano, 1947)をはじめ、精力的に作品の執筆に取り組んだ。中編小説「泉への森の道」(“The Forest Path to the Spring,” 1961)には、楽園としてのドラートンがもっとも色濃く反映されている。ラウリーは自身の作品世界を、地獄・煉獄・天国というダンテの『神曲』3部作にならって構想していた。スペイン内戦によるヨーロッパ世界の動揺を背景に在メキシコ英国領事の悲劇的な死を描いた『火山の下』が地獄篇に相当するのに対し、「泉への森の道」は天国篇を成すと指摘する先行研究もある。

 「泉への森の道」の語り手の男と妻は、ラウリー夫妻と同じく、入江の岸に小屋を借りて住んでいる。その入江に雨が降り、水面に大小さまざまな波紋が生まれる。それを見た妻は、雨ももとは海の水であったという自然の循環を夫に説き、水平方向にも垂直方向にも広がる円環のイメージが喚起される。円環の形象はすでに『火山の下』においても重要な象徴として扱われていた。本発表では、「泉への森の道」が『火山の下』から円環の形象を受け継ぎ、それを登場人物に癒しと再生をもたらす楽園の表象として発展させていることを論じる。

 

Ripples of Raindrops:

The Representation of Paradise in Malcolm Lowry’s “The Forest Path to the Spring”

Satoshi Kazahaya

Malcolm Lowry lived in a cabin on the beach near Dollarton, North Vancouver, from 1940 to 1954, where he energetically wrote several works, including his masterpiece Under the Volcano (1947). The paradisiacal aspect of his Dollarton life is reflected most clearly in the novella “The Forest Path to the Spring” (1961). Lowry tried to organize the body of his works following the scheme of a Dantean trilogy:Inferno, Purgatorio, and Paradiso. As some scholars have already pointed out, “The Forest Path to the Spring” constitutes the Paradiso, while Under the Volcano, which depicts the tragic death of the ex-British consul in Mexico with the turmoil of Europe due to the Spanish Civil War as its background, is regarded as the Inferno.

    The narrator and his wife, like the Lowrys, live in a rented cabin on the shore. One day they see the rain falling on the inlet in front of their cabin, producing ripples of varying sizes on the surface. Watching them, the wife elaborates on the water cycle process between rain and sea water to her husband. Writing this scene, Lowry creates images of circles expanding both horizontally and vertically. He also employed circular images as an important symbol in Under the Volcano. In this presentation, analyzing the circular images and shapes appearing in Under the Volcano and “The Forest Path to the Spring,” we argue that Lowry utilizes them most successfully in the latter for the representation of a paradise that gives healing and regenerative powers to the protagonist.

 

******

マーガレット・アトウッド『負債と報い』と

チャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』考察

――アダプテーションと新しいスクルージたち――

池村 彰子

マーガレット・アトウッド (Margaret Atwood, 1939- ) のPaypack (2008)(佐藤アヤ子訳『負債と報い――豊かさの影――』)は、負債とは何か、経済的な金銭の問題のみならず、人間存在にとっての負債の本質について、メソポタミアや古代エジプト神話、聖書などに登場する「負債」について鳥瞰すると同時に、世界を揺るがせたアメリカ合衆国のサブ・プライムローンによる不況といった背景をもとに書かれた文明・文化批評である。さらに、その文脈には歴史的経済的負債についての現実性に加えて、神話や伝承による文学的側面が加えられ、リアリズムとファンタジーが渾然一体となって展開する。アトウッドは、ヴィクトリア時代の代表的作家ディケンズ (Charles Dickens, 1812-70) のA Christmas Carol: A Ghost Story of Christmas (1842) を改作し、『負債と報い』のプロットに援用している。世界で愛読されてきた『クリスマス・キャロル』の主人公エベニーザ・スクルージは、スクルージ&マーレイ商会を営むお金儲けに徹した守銭奴であり、「富の邪神」(Mammon)に奉仕する無慈悲な人間である。このプロットは、父親がマーシャルシー債務者監獄に収監されるという、ディケンズ自身の過酷な少年時代の影響を受けたものである。スクルージが、死んだマーレイの幽霊が予言した三人の精霊とともに自らの過去・現在・未来の姿を知ることで、慈悲深い人間へと生まれ変わる心温まるクリスマス物語を、アトウッドはどのように『負債と報い』に織り込んだのか?また、アトウッドが創作したスクルージ・ヌーボーの眼をとおして、導かれた結論とアトウッドが俯瞰した負債の世界とは何か?ディケンズとアトウッドのリアリズムとファンタジーが融和する二つの作品を比較分析し考察する。

 

A Consideration of Atwood’s Payback and Dickens’s A Christmas Carol:

-Focusing on the Adaptation and New Scrooges-

                             Akiko Ikemura

Paypack (2008) by Margaret Atwood (1939- ) (translated into Japanese by Ayako Sato (2012)), is an essay on what debt is, not only a matter of money economy, but also the essence of debt for human existence. It is a criticism of civilisation and culture written in the time when the sub-prime mortgage recession in the United States shook the world. The author explores the themes with a bird's-eye view of the nature of debt from the ancient times to the present, including Mesopotamian and Egyptian mythology and the Bible. In addition to the reality of historical economic debt, the context includes literary aspects. Atwood draws on the Victorian-era classic A Christmas Carol: A Ghost Story of Christmas (1842) by Charles Dickens (1812-70) as an adaptation for Payback. Ebenezer Scrooge, the hero of A Christmas Carol, is a money-grubbing miser who runs the Scrooge & Murray Trading Company. Scrooge is a merciless man who serves Mammon, but in the end he converts into a benevolent man due to the guidance of three spirits which were introduced by Murray’s ghost. The plot of the book was influenced by Dickens’ murky past. His father became bankrupt and was thrown into the debtor’s prison, Marshalsea. He had to work instead of going to school; hence, it was necessary for him to study alone. His extremely miserable experience in his young age left a permanent traumatic scar on him, and A Christmas Carol was written in the background of such a dark side of his life. I will try to examine comparatively Payback and A Christmas Carol and how Atwood adopts the original story in her plot, creating a new hero, Scrooge Nouveau. The new hero meets the three spirits of Earth Day Past, Present, and Future. He flies in the air with them. And at the ending scene of the book, he becomes serious and thoughtful and ponders on the duty and mission to repay his own debt, following the original of Scrooge by Dickens. In doing so, I will elucidate the meaning of Payback, and A Christmas Carol, that is, the debt of human beings for their existence, paying attention to the fusion of reality and fantasy.

 

******

シンポジウム:カナダのLGBTQ+文学 / Canadian LGBTQ+Literature(一部変更)

 

映画参加:ミディ・オノデラ作 Ten Cents a Dance(1985)を上演

紹介者:荒木 陽子(敬和学園大学)

 

ミディ・オノデラ

荒木陽子会員の簡単な紹介で、2018年にカナダ総督賞を受賞した映像作家・メディア・アーテイストのミディ・オノデラのTen Cents a Dance (1985)を上演します。

 

Ten Cents a Dance

Midi Onodera

With a brief introduction by Yoko Araki, Onodera’s Ten Cents a Dance (1985) will be screened. Onodera won a Governor General’s Award for Visual and Media Arts in 2018.

 

******

サムラ・ハビブによるクィア・ムスリムの回想録 ― We Have Always Been Here

戸田由紀子

1980年以降のフェミニズム、反人種主義、(ポスト)コロニアリズム、トランスナショナリズム、グローバリズムといった社会や思想の動きを反映し、多くのエスニックマイノリティ作家によって、彼らが所属するエスニック集団の文化的伝統や価値観、彼らが経験した苦難や成功ついて綴った作品が多数出版されてきた。しかしビジブルマイノリティであるだけではなく、信仰やセクシュアリティなど見えにくい要素においても少数派であるクィア・ムスリム作家Samra Habibは、クィア・ムスリムの声が十分に表現されていないと指摘し、クィア・ムスリムの経験の多様性と複雑さを文章や写真を通して紹介してきた。Habibが手掛けるJust Me and Allahは多様なクィアムスリムの在り方を、写真と共に彼らの物語を紹介するプロジェクトである。また、We Have Always Been Hereは、パキスタンからカナダに難民として移り住み、クィア・ムスリムになるまでの道のりを綴った個人的な回想録である。生まれ持った身体的性を自認し、それに準じた性役割や性表現、異性に対する性的指向に厳しく縛られてきたHabibにとって、クィアになることは “terrifying” なプロセスであった。本発表ではこれらの作品がSamra Habibの大きなテーマである“What does being queer look like?” をどのように探求しているかを見ていきたい。

 

Samra Habib’s Queer Muslim Memoir —We Have Always Been Here

Yukiko Toda

Reflecting social and ideological movements such as feminism, anti-racism, (post)colonialism, transnationalism, and globalism since 1980, many ethnic minority writers in Canada have been writing about the hardships, successes, cultural traditions, and values experienced by their ethnic groups. However, Queer Muslim writer Samra Habib, who is not only a Visible Minority but also a minority in terms of less visible factors such as religious faith and sexuality, points out that the voices of Queer Muslims are under-represented. Habib's Just Me and Allah is a photography project launched in 2014 to document the diverse ways of being a queer Muslim. We Have Always Been Here is a memoir of Habib's journey from Pakistan to Canada as a refugee and a queer Muslim. Becoming queer was a "terrifying" process for Habib, who had to strictly conform to gender identity assigned at birth and the corresponding gender role, gender expression, and heterosexual sexual orientation. This presentation will examine how these works explore Samra Habib's central theme, "What does being queer look like?"

 

******

複数性としての主体の表出−−ケベックのクィア文学前史

佐々木 菜緒

 2010年代以降、ケベック文学分野において「クィア」への関心が高まっている。一般的に今日クィアとは、様々な規範や価値体系を、性別だけでなく階級や文化集団、人種や環境に関わる観点も含めて解体し、世界中に存在する諸々の正常性の有り様を問いなおしていく考えをあらわしている。クィアには、従来のゲイ、ホモセクシュアル、レズビアンといった呼称の区別の中で生じる男女格差や、LGBTQ+などの図式化された呼び方が引き起こす問題を超えて、一人一人の主体性は固有の文脈の中で自由に構築されるものと捉えていく姿勢がある。ただ、歴史的に英仏や新旧大陸、男女や世代などの複数の対立構造が存在してきたケベックにおいて、主体性を問うことは多くの場合自己を多層的に捉えることを必要とし、複数の網の中にいる自己をどのように表現しうるのかと問うことと密接である。いわば複数性を内包した存在としての自己を書く行為は、実際に「クィア文学」が登場する前からケベック文学に見られる。「クィア」という名称はなくとも、ケベックの想像世界にはクィアの考えは存在していたといえる。この点を検証するために、本報告では、ミシェル・トランブレーやモニック・プルー、アンヌ・エベールなど20世紀を代表するケベック作家たちにみられる主体の表現方法を「クィア」の観点から読解分析することを試みたい。

 

Emergence of Plural Subjectivity:

The Prehistory of Queer Literature in Québec

Nao SASAKI

Since the 2010s, there has been a growing interest in "queer" in the Quebec literary field. In general, "queer" today represents the idea of deconstructing various norms and value systems, not only in terms of gender, but also in terms of class, cultural group, race, and environment, and of rethinking the nature of normality that exists around the world. "Queer" has an attitude of seeing each subjectivity as freely constructed within a unique context, beyond the disparities that arise within the traditional distinctions between gay, homosexual, and lesbian designations, and also beyond the problems caused by schematic designations such as LGBTQ+. However, in Québec, where historically there have been multiple conflicting structures (Anglophone and Francophone, old and new continents, men and women, and generations, etc.), the question of subjectivity often requires a multilayered view of the self and goes hand in hand with the question of how one self can express in a web of plurality. The act of writing about the self as a being that embraces plurality, so to speak, can actually be found in Quebec literature even before the emergence of "queer" literature. Even without the name "queer," the idea of queerness was present in Quebec's imaginary world. In order to examine this point of view, in my presentation I will make an attempt to analyze how subjectivity is expressed in some classic Québec writers of the 20th century, namely Michel Tremblay, Monique Proulx and Anne Hébert, from the perspective of "queer".

 

 


NEWSLETTER 79

2023-03-31 | Newsletter

NEWSLETTER 79

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L’association japonaise de la littérature canadienne

Spring, 2023

 

会長挨拶

 

出口の見えないコロナ禍、そしていつ終わるのかわからないロシアによるウクライナ侵攻、暗い出来事 が続いています。それでも、春は巡ってきます。会員の皆様にはお元気にてご活躍のことと存じます。 NEWSLETTER 79 号をお届けします。

2023 年 2 月 6 日にカナダ大使館で、来日中の作 ヤン イー 家キム・チュイさん、芥川賞作家で中国出身の楊 逸

さん、直木賞作家の中島京子さんによる文学フォー ラムが、佐藤アヤ子の司会・進行で開催されました。 テーマは「多様性の時代を描く作家たち」。

キムさんはベトナム戦争時の 1968 年、サイゴンに生まれました。 10 歳の時にボートピープルとして家族とともにベトナムを去り、マ レーシアの難民キャンプを経て、モントリオールに移民。デビュー 作『小川』(Ru)は、難民としての体験を描いた自伝的小説で、壮絶 な体験が作品の底に流れています。「移民を受け入れることは選択肢 を増やし、社会が柔軟になる」とキムさんは語ります。

楊さんは、「私が中国で暮らしていたところも、キムさんがいたマレーシアの難民キャンプのようにひ どかった」と回想し、「カナダに移民したキムさんの体験に共感する」と語ります。

中島さんの最近作『やさしい猫』は、「人間軽視の日本の入管行政を問うた」話題作。父母はトルコか ら来たクルド難民の少年など多彩な人物が登場します。

「多様性は力」という考えから、多様性、多文化主義を国策にしているカナダ。多民族国家ならではの 政策です。多くを学ぶことができた日本・カナダ作家フォーラムでした

第 41 回日本カナダ文学会年次研究大会は、岸野英美会員のお力添えをいただき、6 月 17 日(土)に大 阪の近畿大学で開催されます。現在、対面開催に向けて準備を進めておりますが、コロナ禍の出口が見え ないために、ZOOM の設定も行います。また、特別講演者として参加予定であった Lisa Moore さんと Eva Crocker さんは残念なことに来日が困難となりました。懇親会はキャンパス内の「ザ・ラウンジ」で 行います。近大マグロが楽しめそうです。ぜひ対面でご参加ください。大会日近くになりましたら、また 皆様にご案内いたします。

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

 

 

2023 年度年次研究大会のご案内

 

2023 年度の日本カナダ文学会年次研究大会は、以下の日程で開催されます。奮ってご参加ください。 現在、対面開催に向けて準備を進めておりますが、コロナ禍の状況が見通せないため、対面+オンライン (ZOOM)の開催となります。ご不便をおかけしますが、ご理解ください。

開催日時:2023 年 6 月 17 日(土)10:00-16:30
会 場:近畿大学 東大阪キャンパス(大阪府東大阪市) 開催方式:対面+オンライン(ZOOM)

<午前の部>
〇 研究発表1 風早悟史
雨の波紋 ― “The Forest Path to the Spring” における楽園の表象 ―

≪Ripples of Raindrops: The Representation of Paradise in Malcolm Lowry’s “The Forest Path to the Spring”≫

〇 研究発表2 池村彰子 マーガレット・アトウッド『負債と報い』とチャールズ・ディケンズ『クリスマス・キャロル』考察 ― アダプテーションと新しいスクルージたち ―
≪A Consideration of Atwood’s Payback and Dickens’s A Christmas Carol :
― Focusing on the Adaptation and New Scrooges ― ≫

<午後の部> *総会後
〇 シンポジウム
カナダの LGBTQ+文学 ≪Canadian LGBTQ+ Literature≫

発表者:Beverley Curran、佐々木菜緒、戸田由紀子

・Beverley Curran

カナダ文学における LGBTQ+の多様さについて

≪Exclusive Feminism, Inclusive Trans, and Transdiscursive Queer in Contemporary Canadian writing≫

・佐々木菜緒
複数性としての主体の表出-ケベックのクィア文学前史
≪Emergence of Plural Subjectivity: The Prehistory of Queer Literature in Québec≫

・戸田由紀子

サムラ・ハビブによるクィア・ムスリムの回想録 ― We Have Always Been Here ≪Samra Habib’s Queer Muslim Memoir —We Have Always Been Here≫

 

〇 懇親会 「ザ・ラウンジ」(近畿大学キャンパス内)

 

 

 

開催校より

岸野 英美会員

第 41 回日本カナダ文学会年次研究大会は、2023 年 6 月 17 日(土)に近畿大学東大阪キャンパス で開催される予定です。現在、対面開催(一部オンライン)に向けて準備を進めております。詳細 につきましては新学期開始後に改めましてお知らせいたします。まだまだ新型コロナウイルス感染 症の完全なる終息が見えない中での開催となりますので、会員の皆さまにはご不便をおかけするこ ともあるかと存じますが、何卒ご協力とご理解賜りますようお願い申し上げます。多くの会員の皆 さまとお会いできることを楽しみにしています。

近畿大学東大阪キャンパスへのアクセスおよび宿泊情報:
★ アクセス (https://www.kindai.ac.jp/access/) 近鉄奈良線「大阪難波」駅より「鶴橋」駅で乗り換え、近鉄大阪線「長瀬」駅下車、徒歩約 10 分で 近畿大学西門に到着。 (または、近鉄奈良線「大阪難波」駅より「八戸ノ里」駅下車、近大直通バス約 6 分で近畿大学東正門 に到着。)

★ 宿泊 大学付近におすすめする宿泊施設はありません。近鉄線沿いには宿泊施設が多くあり、交通 アクセスもスムーズです。

(参考) ダイワロイネットホテル大阪上本町(https://www.daiwaroynet.jp/osaka-uehonmachi/) 相鉄フレッサイン大阪なんば駅前(https://sotetsu-hotels.com/fresa-inn/namba-ekimae/) U・コミュニティホテル(https://www.u-community.co.jp/)

 

<連載:カナダ文学との出会い 第17回>

大塚 由美子会員

 

2004 年 7 月末、私は NY 行きの飛行機に乗っていました。目的地はカナダのトロント。NY 経由でナ イアガラの滝を訪れ、国境を越えてカナダへ。非常勤先の前期授業終了後、期末試験までの僅か 1 週間 ほどの休日を利用して「行くなら、今でしょ!」と、思い切って出かけたのです。旅行料金が上がる夏休 みの前に。

トロント行きの目的は、その時に読んでいたマーガレット・アトウッドの Life before Man について論 文を書くため。トロントのロイヤルオンタリオ博物館(ROM)はアトウッドの作品では最初の小説 The Edible Woman からお馴染みの場所ですが、Life before Man ではとりわけ重要な舞台となっているので、 現地に行っておかなくては、という訳です。小説に登場するバス停は実在するため、私も登場人物になっ たつもりでバスに乗車。想像力を働かせ、作品に入り込もうとしました。

一方オンタリオ美術館では、カナダの風景画で有名なグループ・オブ・セブンの絵画を鑑賞したり、本 屋では、滲んだハートの表紙が目に留まり、アトウッドの詩集 True Stories を記念に購入したり...。 わずか 1 週間のトロント滞在でしたが、帰国後、一気に Life before Man 論を書きあげることができ、 トロント行きの目的を無事(?)達成。論文執筆中の夏休みの間、タイトルに込められた有史以前の時代 からの壮大な時の流れに思いを馳せながら、そして、記念に購入した詩集 True Stories の「目撃証言は あなたがしなくてはいけないこと」という詩行に込められたアトウッドからのメッセージを感じながら、 「やっぱり、アトウッドはいいなぁ」と改めて思いました。

私にとって「カナダ文学との出会い」は、まさにマーガレット・アトウッドの作品との出会いに他なり ません。上述のトロント行きの 4 年前の 2000 年、私は大学院博士課程でアメリカ文学を専攻していまし た。指導教授はアメリカ詩人ウォルト・ホイットマンの研究者で授業では米英の詩も読みましたが、加え てフェミニズム理論や女性作家たちの詩・小説・エッセイ等を読む機会もありました。そのゼミでアトウ ッドの小説 The Edible Woman に出会ったのです。その後 Surfacing の詩的な文章に触れて「アトウッ ド、好き...」との思いが高まり、博士課程ではアトウッドを研究しよう、と決めました。

カナダ文学会に出会ったのは、私の学位請求論文「マーガレット・アトウッドの小説におけるサバイバ ルの重層性」に対して 2008 年 3 月に博士(学術)が授与された直後だと記憶しています。他の学会で、 アトウッド作品の翻訳家・研究者として著名な佐藤アヤ子先生にお会いしてカナダ文学会に入会するこ とができました。佐藤先生との出会いは幸運としか表現できません。後に博士論文を元に『マーガレッ ト・アトウッド論:サバイバルの重層性』を出版できたのは、佐藤先生と先生からご紹介いただいた彩流 社の竹内淳夫氏お二人のお力添えが大きかったからです。

アトウッドの作品に出会う前、ルーシー・モード・モンゴメリの Anne of Green Gables は大好きでし たし、マイケル・オンダーチェの The English Patient は映画化もされて有名でした。大学院の授業では ジョイ・コガワの Obasan も読んではいましたが、私にとっての「カナダ文学との出会い」は何といって もマーガレット・アトウッドの作品なのです。

(おおつか ゆみこ)

 

 

事務局からのお知らせ

学会費につきまして、郵便振込用紙と 2022 年度末までの納入状況のお知らせを学会誌『カナ ダ文学研究』第 30 号とともにお送りいたしております。

ご確認の上、お振込み頂けますよう お願いいたします。恐れ入りますが、振込手数料につきましては、ご負担ください。

学会費:

(該当年度の 4 月 1 日より 3 月 31 日まで)正会員 7,000 円、学生会員 3,000 円

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会 銀行口座: 三菱 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257 日本カナダ文学会代表 室 淳子

 

編集後記

○ コロナ禍に老人ホームに入居した母との面会はいまだアクリル板ごしで、耳の遠い母との会話は歯 がゆいものです。認知症で言ったことをすぐさま忘れ、いやだと言った数秒後にまったく何のこだわり もなくいいよと翻す母ですが、悲しくもありつつ正にこれぞ「意識の流れ」を体現しているのかと。人 の記憶と意識の不思議さを感じさせられます。(Y)

○ カナダ、マレーシア、ドイツなど海外への出張が再開しました。新型コロナが収束に向かい各国の 往来の規制が緩和される一方で、学生引率でドイツ滞在中の今、ロシア・ウクライナ戦争の影響拡大を 感じています。ロシア上空を大きく迂回して現地入りしたドイツの語学学校では、さまざまな事情を抱 えて逃れてきたウクライナやロシアの人々と一緒にドイツ語を学んでいます。早く戦争が終わり、帰り たくても祖国に戻れない人々が祖国に戻れますように。(T)

○ 先日、カナダ大使館で行われた特別上映会でカナダ映画 Bootlegger を観ました。ひとつの小さな コミュニティーの物語ですが、今の民主主義や資本主義そして消費社会全体を振り返り、他人同士が ともに生きることの障壁となるいろんな問題を考えさせられました。一方、先頃行われた WBC での 日本優勝のニュースは、シンプルな情熱とチームワークのすばらしさが、その結果とともに春の訪れ を明るい希望で彩ってくれるものに感じられたのでした。(S)

 

NEWSLETTER THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 第79号

発行者 日本カナダ文学会
会 長 佐藤アヤ子
編 集 沢田知香子 & 戸田由紀子 & 山本かおり 事務局 名古屋外国語大学 現代国際学部

室 淳子(副会長)研究室
〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 TEL: 0561(75)2671
EMAIL: muro@nufs.ac.jp
HP: https://blog.goo.ne.jp/kanadabungaku kai84burogudayo
会長連絡先
EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp

 


NEWSLETTER 78

2022-10-03 | Newsletter

NEWSLETTER 78

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L'association japonaise de la littérature canadienne

Fall 2022

 

会長挨拶

秋風が心地よい季節となりました。会員の皆様にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。 NEWSLETTER 78 号をお届けします。

収束が見えないコロナ禍の中、日本カナダ文学会は第 40 回年次研究大会をハイブリッド方式で開催し、 無事終了することができました。北は北海道から南は九州まで、予測していたよりも多くの会員がリアル 参加され、久しぶりに皆様にお会いでき大変うれしく思いました。開催校の沢田知香子会員には周到なご 準備をいただき、改めてお礼申し上げます。

大会プログラムのひとつである日本カナダ文学会創立 40 周年座談「日本カナダ文学会を語る―過去・ 現在・未来」では、40 年前の創立時を知る堤 稔子名誉会長と竹中 豊元会員からお話を拝聴できたのは とても貴重でした。また、若い世代の 2 名の会員に、英語系カナダ文学、フランス語系カナダ文学の現代 の動向と今後の課題、展望について語っていただきました。ありがとうございました。

私事ですが、8 月末に中国の山東大学主催の「第三回多元文化研究会」に招聘され、「日本におけるカ ナダ文学研究」について講演を行いました。二日間の大きな学会でしたが、言語関係のセクションもあ り、日本からの参加発表もありました。リアル参加でも、Zoom 参加でもよいということで、日本からの 参加者はほとんどが Zoom 参加でした。この講演のために、カナダ文学の歴史を時系列的に一瞥し、それ をもとに「日本におけるカナダ文学研究」について調べました。浅井 晃第 2 代会長が編集人で、日本カ ナダ文学会が 2000 年 3 月に発行した『カナダ文学関係文献目録』が大変参考になりました。私を含め、 研究対象が現代カナダ文学に向かいがちであるが、カナダ文学の始原とみることができるファースト・ネ ーションズの口承文学はもちろん、英語系カナダ文学が始まったといわれる 17 世紀ころの文学研究から 始めなければいけないと痛感しました。

コロナ禍がまだまだ続きそうです。会員の皆様の一層のご健康とご活躍をお祈り申し上げます。


座談会

今大会では、日本カナダ文学会創立 40 年を記念 して、「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未 来」をテーマに、座談を企画しました。

日本カナダ文学会の礎を築いてこられた 40 年前 の創立時を知る会員は、現在、堤 稔子名誉会長と 竹中 豊元会員等数名のみです。また、日本カナダ

文学会の未来を担う若い世代の戸田 由紀子会員 と、佐々木 菜緒会員にも参加を願い、今後の抱負 等を自由に語っていただきました。

ここに座談の要旨をご紹介します。 

 

「日本カナダ文学会を語る ― 過去・現在・未来」

名誉会長 堤 稔子

日本におけるカナダ文学研究は、1979 年の日加修交 50 周年を 2 年後に控えた 1977 年設立の学際的 日本カナダ学会を母体として始まりました。同学会の『カナダ研究年報』創刊号(1979 年)に「『カナダ 的想像力』についての覚書」と題する小論を載せた平野敬一先生を会長に仰いで 1982 年に設立されたの が、日本カナダ文学会です。

平野先生は北米生まれの北米育ち、中学から日本で教育を受け、旧制高校から東大に進んで東大教授に なった方ですが、1960 年代、折しも建国百周年(1968 年)に向けてナショナリズムが高まっていた時期 に、トロント大学でカナダの学生にカナダ文学を教えた経歴をお持ちでした。「カナダ文学」と言っても 一般の認知度は低く、英文学の亜流、あるいは英語圏文学の一部とみなされていたような時代です。

文学会設立の翌 1983 年、平野先生は明治大学の土屋哲先生と共編で『コモンウェルスの文学』を出版 しました。コモンウェルス、つまり英連邦に属しているカナダ、オーストラリア・ニュージーランド、ア フリカ、インド、西インド諸島の5章から成り、カナダの章で平野先生は Northrop Frye の貢献などを 特に強調しています。(Frye が 1950 年代、『トロント大学クォータリー』の年一回のカナダ文学時評欄 の詩の項を 9 年にわたって担当したその内容、あるいはトロント大学出版局が出した本格的なカナダ文 学史 Literary History of Canada: Canadian Literature in English の 1965 年版と 1977 年版それぞれに Frye が載せた結語 Conclusion を引き合いに出しています。)

カナダで出版されたこうした出版物やその後もカナダで出されたカナダ文学に関する著作にもかかわ らず、独立したカナダ文学が国際的に認知されるまでには時間がかかったことは、歴史もので定評のある ケンブリッジ大学出版局の歴史を見てもわかります。同出版局は 1917 年出版の『ケンブリッジ版英文学 史』の末尾に、アイルランド、インド、オーストラリア・ニュージーランド、南アフリカの文学と並んで、僅か 20 ページの「英語カナダ文学」を初めて登場させて以来、90 年近く経ってようやく、まず学部生向 けの Cambridge Companion to Canadian Literature (2004 年)の売れ行きを試してから、ようやく本 格的な Cambridge History of Canadian Literature(2009 年)の出版に踏み切っています。アメリカ文 学については、すでに何種類も出しているにも関わらず、です

原書で 750 ページ、訳本では 800 ページを超えるこの大著を、文学会で翻訳して『ケンブリッジ版カ ナダ文学史』(2016 年)として出版できたことは、喜びに耐えません。

* なお、カナダ文学会誕生と初期の状況については、拙稿 NEWSLETTER No.58 (Fall, 2012), pp.9-10<特別寄稿>「日本カナダ文学会創立 30 周年記念パーティーに寄せて」をご参照ください。

 

竹中 豊

ここでは、1960 年代から 70 年代頃の、当文学会創設の背景となる英語系カナダの文学状況に焦点を あててみます。

まず、文学会誕生の頃の状況から触れてみます。1982 年の文学会創設のころ、私にとって、圧倒的に 影響力が大きかった方がおります。東京大学教授平野敬一先生です。文学会の初代会長です。平野先生は カルフォルニア州生まれで、後にカナダの大学でカナダ人にカナダ文学を教えていた、というユニークな 経歴をお持ちでした。先生の著作を通して、カナダ文学の持つ潜在的魅力を感じたのを、今でもはっきり と覚えています。

第二に、当時、カナダの文学的環境に沈殿していた根深い問題意識がありました。「果たしてカナダ文 学というものが存在するのか」、との懐疑の精神です。私の印象では、冷笑的な見方が多かったような気 がします。歴史家 Goldwin Smith (1823-1910) によると、1867 年に “近代国家” として Dominion of Canada が誕生したとはいえ、それはあくまで政治的な表現であり、文学にとっては何ら意味をなさな い、と言う。

そして “カナダ文学不在論” は、20 世紀半ばになってもまだ続いていました。なるほどカナダ文学育 成にとって、国内にマイナス要因があったのは否定できません。たとえばマーケットが成立しにくく、ア メリカという巨大な市場に太刀打ちできなかったこと、さらには知的規範を長らくイギリス本国に依存 しきっていたことにあります。

他方、第三に、「カナダ文学は存在する」という肯定的視点も見逃せません。それを実感する明白な動 きが 1960 年代頃に噴出してきます。カナダ人意識の盛り上がりです。とりわけ “建国” 100 周年を迎え た 1967 年前後を主な契機として、カナダは政治・社会のみならず、「文化的爆発」といわれるほど、文 学活動が一層顕在化してきました。

今ひとつは、おそらくカナダ文学史上、画期的な著作が登場したことです。1972 年、Margaret Atwood による Survival の登場です。この個性的な作家は、カナダ文学を総括し、その独自性、魅力、そして何 よりもカナダ文学の存在自体を、見事にあぶりだしてくれたからです。

日本カナダ文学会は、実は以上述べたような知的文脈のなかで、誕生したのでした。カナダは世界の文明の中心から離れているからこそ、自由な発想が生まれ、何か新しい息吹が感じられる・・・。そんな本 能的臭覚をもって、この文学会が誕生・生成してきたと、私は考えています。

(元日本カナダ文学会会員/ 元カリタス女子短期大学) * 追記:「全文」(約 4000 字)ご希望の方は bernardtakenaka@nifty.com まで。

 

戸田 由紀子会員

私は、小・中学校時代をカナダで過ごしたこともあり、自然とカナダ文学に興味を抱くようになりまし た。私が住んでいた 1982 年から 1987 年までのモントリオールは、アジア系の人口もまだ少なく、今と はかなり状況が異なっていたと思います。通っていた現地校では私が唯一のアジア人でした。またこの頃 まで駐在家族は英語系の学校を選ぶことができたため、私はカトリックの英語系私立に通っていました。 当時 English の授業で様々な作品に触れましたが、シェイクスピアの戯曲が中心だったため、授業で「カ ナダ文学」を学ぶことはありませんでした。

「カナダ文学」を始めて学んだのは大学・大学院時代です。具体的な作品名は覚えていないのですが、 カナダから来られた特任の先生が、カナディアンプレイリーに入植した人々が過酷な自然環境の中で生 き抜く様を描いた短編などを紹介しながら、「カナダ文学」とはサバイバルの文学だということを力説し ておられたのを覚えています。授業外でマーガレット・アトウッドの作品に触れたのもこの時期でした。

「カナダ文学」に本格的に触れたのは、2012〜2013 年の海外研修中でした。滞在先であるブリティッ シュコロンビア大学(UBC)では、カナダ文学関連の授業がイギリスやアメリカ文学よりも多く提供さ れており、カナダ文学研究が 1980 年代から大幅に発展したことを実感しました。「カナダ文学」の概論 的な授業だけではなく、時代、地域、テーマ、ジャンル別にもそれぞれ複数の授業が提供されていました。 例えば、バンクーバー作家の作品のみ扱う授業や、アジア系カナダ人文学や先住民文学に特化した授業で す。UBC に滞在中、カナダ文学の授業に参加させていただき、イヌイットの口承伝承を映画化した Atanarjuat: The Fast Runner、Catharine Parr Traill や Susanna Moodie ら初期開拓者たちの物語、 カナダ北部の探検家 Samuel Hearne の日記、Robertson Davies や Michael Ondaatje の小説、Ethel Wilson や Madeleine Thien の短編、Eric Peterson と John Gray の戯曲 Billy Bishop Goes to War、 Wayde Compton の Performance Bond を始めとしたビジブルマイノリティによる作品など、様々なカ ナダ文学作品に触れることができました。

最近は、カナダのマイノリティおよび女性文学を中心に研究を進めています。昨年はイスラム系カナダ 作家 Zarqa Nawaz が手がけた話題作 Little Mosque on the Prairie や、日系カナダ人として初めて Canada Reads を受賞した Mark Sakamoto の Forgiveness: A Gift from My Grandparents を考察しま した。今後も益々多岐に展開し続けるカナダ文学の研究を続けていきたいと思います。

 

佐々木 菜緒会員

佐々木は、主にケベック文学の立場から、これまでの国内のカナダ文学研究の動向を共有しつつ、今後 の課題と展望を探った。

たとえば、1970 年代は、ナショナルなものとしてのカナダ文学の存在形態が注目されたはじめた時期 であるが、そのようなナショナル・アイデンティティの言説に関わる議論は、ケベック文学においても同 様に認められる動きである。この時期、ケベック文学は、北米大陸という地理的空間に目を向けるなかで 「ケベック人」というアイデンティティの有り様を模索しており、その動きにおいて「北米大陸」が一つ の鍵概念になっている。この北米大陸への姿勢の問い直しという動きが、ケベック以外のカナダ文学でも 見られる現象なのか、あるいはカナダ文学分野ではどのように受容されているのか。そうした視点は、英 系と仏系それぞれの文学状況を新たに関係づけていくなかでの一つの可能性であるといえるのではない だろうか。

また、現代のケベックの文壇は、先住民作家たちの活発な活動に彩られており、先住民文学という新た な潮流を生み出す場となっている。ケベックにおける先住民文学・文化への関心の高まりは、自分たちの アイデンティティの母体としての北米大陸をどのように認識していくかといった一連の動きにつながる ものである。他方、英系の文学研究分野ではケベックよりも早い時期から先住民文学研究が発展している ということが指摘される。このことをふまえながら、双方の先住民文学の相違点を比較検討することをと おして、カナダ文学全体が共通して抱える問題点を引き出し相対化しながら、カナダ文学とは何かという 問いを深めていくことができるのではないだろうか。

最後に、ケベック文学がいわばナショナルな文学として一定の存在感を持つことができているのは、ケ ベック独自の出版業界があるということが考えられる。この点について、英系のカナダ文学の出版事情を 佐藤アヤ子会長にうかがったところ、やはりアメリカの影響が強いものの、地元カナダの出版社の活躍も 皆無ではないとのことだった。

 

日本カナダ文学会 第40回年次研究大会を振り返って

副会長 松田 寿一

今大会は学習院女子大学を会場に、対面と Zoom によるハイブリッド方式で行われました。昨年は、延 期となった 2020 年度と21 年度の2大会を合わせた年次大会となり、リモートのみで行われましたが、 本年は画面上だけではなく、会場にお越しいただけた皆さんともお会いでき大変うれしく思いました。私 も新千歳から2年ぶりで飛行機を利用し、久しく忘れていた旅の気分を味わいました。とは言え、開催近 くまでコロナ収束が見通せず事実上2会場の準備に奔走された沢田知香子会員をはじめ会長、事務局の 方々のご尽力には心より感謝申し上げます。

カナダからのゲスト招聘はかないませんでしたが、今年はほぼ例年のプログラムの流れに沿って進め られました。午前に 2 本の研究発表、そして午後には学会創立 40 周年記念企画としての座談「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未来」が、休憩後には「アントロポセン時代のカナダ文学を考える」をテ ーマにシンポジウムが行われました。いずれの発表もきわめて今日的な問題と向かい合う大変興味深い 内容でした。ただ、それらの概要については次頁より各発表者が詳述されると思いますので、ここでは座 談を拝聴しながら思い起こしたことなどを少しばかり記させていただきます。

佐藤アヤ子会長の司会のもと、座談には 40 年前の創立時(1982 年)を知る堤稔子名誉会長と竹中豊 元会員、若い会員の中からは戸田由紀子会員と佐々木菜緒会員のお二人が参加されました。堤先生、竹中 先生はカナダ文学の存在が本国カナダにおいてすら認知されていなかった時代、そして1960年代後半か ら 70 年代にかけて、もはや英米文学の亜流ではなく、れっきとしたカナダ文学として成立していく様子 を作家や批評家などのエピソードを交えて語られました。また、そうした時代状況を反映するかのような タイミングで日本においても本学会が設立され、今日までその活動が引き継がれてきたことなども詳し く説明されました。続いて戸田会員からは多文化主義を掲げるカナダにおいて可視化されにくいマイノ リティの複雑な文学的表象へのご自身の関心が語られ、佐々木会員からは 60 年代ケベックにおけるアイ デンティティ模索が英系のそれと類似している点の指摘や現在のカナダ作家作品の出版や市場事情に関 する質問がなされました。

そうした中で思い起こしたのは、トロント大学教授Nick Mount氏が2017年(たまたまカナダ建国 150 周年)に Anansi 社から出版した Arrival―The Story of CanLit の中の言葉でした。氏はカナダ文学 が一気に盛り上がりを見せる 60 年代後半から 70 年代という時代から多文化主義法制定以降のカナダ文 学が辿った道のりを “we got from a country without a literature to a literature without a country” と 形容しました。氏は「文学を持たない国」からいわゆる CanLit が生み出された背景には政治・経済的環 境の変化のみならず、当時の少なからずのカナダ人が漠然と共有していたアイデンティティの喪失感が あったと推察します。Atwood の Survival(1972 年)も一例と言えますが、それはまさに英米の文化に 呑みこまれつつある環境下、かつてあった、あるいはあったかもしれないカナダをさまざまな形で発掘す る―そうした作業が行われた一時期だったということだと思います。なるほどその時代には個人や社会 的・民族的集団を問わず何がしかの喪失感の漂う作品が多く見られます。しかしさまざまな出自の移民作 家がすぐれた作品を生み出し、マイノリティ作家が次々と声を発する中で、今日のカナダ文学は確かに 「国を持たない」、つまり「想像上の国は持たない」道を歩んできたのかもしれません。また本大会の発 表やシンポジウムに示されるように、21 世紀の今日の世界とどうつながり、何ができるかがカナダ文学 のテーマの一つになってきてもいます。物語られる場所はカナダあるいは自らのルーツに関わる地球上 の一地域だとしても、カナダ文学は世界の中の文学としてより普遍的な広がりを持つ課題を担うように なってきたのだと思います。

大会後 3 ヶ月近くなって振り返りの文を書いていますとレンガ造りの落ち着いたたたずまいの会場校 の校舎、コロナ禍にあってもグラウンドでしばし部活動を楽しむ女学生の姿や和気藹々と帰校する中高 等部の女子生徒の明るい声が思い出されます。国の重要文化財とお聞きした、風格ある朱色の鋳鉄製の正 門もとても印象的でした。皆さまのおかげで今回もすばらしい時間を過ごすことができました。ありがと うございました。

 

第 41 回日本カナダ文学会年次研究大会のお知らせ

「第41回日本カナダ文学会年次研究大会」は、岸野 英美会員のご協力で2023年6月17日(土) に近畿大学(大阪)で開催されます。

シンポジウムのテーマは「カナダの LGBTQ+文学」です。午前の部の 2 名の研究発表者、シンポジ ウムの 3 名の発表者を募ります。希望者は会長までご連絡ください。(ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp)

 

第 40 回研究大会概要 <研究発表>(Research Presentations)

<1> 植民する女性たち--『洪水の年』における自然と女性の共生
《Women Colonizing in Plantations: Symbiosis between Nature and Women in Margaret Atwood’s The Year of the Flood》

(安保 夏絵会員)

本発表では、ダナ・ハラウェイの提唱する「親族関係」(Making Kin)と「植民新世」(Plantationocene) の分析を援用し、マーガレット・アトウッドの『洪水の年』(The Year of the Flood, 2009)におけるヒ トとヒト以外のものが共生する環境について発表した。

最初に研究背景として、近年の北米におけるテクノロジーを用いた環境保護の姿勢について紹介した。 そして、アトウッドがテクノロジーを活かした環境保護を小説で提示しているのではないかと仮定した。 そこで援用したのがハラウェイの「親族関係」と「植民新世」の分析である。ハラウェイは、ヒトとヒト 以外のものとの血縁関係の概念を提唱している。その概念を、アトウッドが描いた「神の庭師」たちの行 動やプランテーションに当てはめながら、ハラウェイとアトウッドの描く自然と人間、そしてテクノロジ ーが共生する世界が類似していると分析した。「神の庭師」たちは単に宗教活動を行うエコテロリスト集 団ではない。結論として、「神の庭師」たちもまた、ヒトとその他の生態系が共生するハイブリッドな環 境で生きているのだと発表をまとめた。

質疑応答では主に四つのご意見とご質問があった。1一般的な人新世の定義とハラウェイが示す人新 世の特徴について、2「神の庭師」が信仰する「神」について、3「神の庭師」の信仰の対象について、 そして、4トビーの変化に関する読解ついて、示唆に富んだご意見や質問をいただけた。特に、私自身が 気づかなかった弱者としてのトビーの生き方を指摘していただき、今後の研究に取り入れていきたいと 思った。今回、はじめてカナダ文学会に参加し発表の機会をいただいた。ハイブリッドでの発表だったため発表前は非常に不安だったが、フロアの先生方並びにオンラインでも司会の先生からのご意見とサポ ートをいただき、今後の論文の執筆に活かせる有意義な時間となった。

 

<2> メディアのLGBT主流化に見られる女性たちの位置付け――ドランの映画『わたしはロラ ンス』を手がかりに
《LGBT Mainstreaming in Media and Its Relation to Sexism: An Analysis of Xavier
Dolan's Laurence Anyways》

(虎岩 朋加会員・池田 しのぶ会員)

この発表では、2012 年に製作されたグザヴィエ・ドラン監督作品『わたしはロランス』(Laurence Anyways)を取り上げ、男性から女性へのトランジションを経験する主人公ロランスと、ロランスと関わる様々な女たちが経験する葛藤や変化の描写を分析した。そして、メディアのLGBT主流化が必ずしも性差別を生み出す既存の社会構造へは切り込んでいけないこと、時には、 性差別構造を強化する言説を生み出していることを論じた。『わたしはロランス』は、多くのステレ

オタイプを用いており、特に、その女性の描き方は性役割分担を反映して、男性中心的社会の価値観を 無批判に伝えている。他方で、ロランスとパートナーの女性フレッドとの間の関係性とその変化の描写 は、性的少数者の「受け入れ」という安易な題目に再考を迫るものでもある。この映画の視聴を通し て、男性中心的、性差別的な支配的言説を単純に繰り返すのでない批判的視点を得ることができるとい うメディアの教育的可能性も示唆した。

いくつかの質問をいただいたが、とりわけ、女性がパートナーのトランジションを受け入れるという ストーリーがメディアの描写の中で主流となっている背景を問うご質問は、本発表の主要な議論にもか かわることであり、触発を受けた。このご質問によって SOGI にかかわる現実の問題を考えるとき、ジ ェンダーの視点や、制度に埋め込まれた性差別についての理解が必要不可欠であるということを、発表 者自身改めて確認できたように思う。文学関係の学会での発表が初めてであったこともあり、聞きなれ ない専門用語に戸惑ったが、本発表を聞いてくださった会員の皆さんと共通の土台に立っていることを 確認することもできた。今後も、ジェンダーの観点から、メディア作品を批判的に吟味しながら、作品 の持つ教育的価値を考察していきたい。

 

シンポジウム (Symposium) アントロポセン時代のカナダ文学を考える《Canadian Literature in the Anthropocene Period》

発表者:佐藤 アヤ子会長・岸野 英美会員・荒木 陽子会員 (岸野 英美会員)

記念すべき第 40 回日本カナダ文学会年次大会が学習院女子大学で開催された。ここ 2 年、殆どの学会 がオンラインのみの開催だったため、それに慣れて出不精となってしまった私にとって、久しぶりの対面 参加はややハードルが高かった。発表準備もままならない中、すっかり出張申請や飛行機等の予約の手順 を忘れ、直前までオロオロしていた。少々不安をかかえて大会当日を迎えたが、会場に着くとすぐに先生 方との再会を喜び、それもどこかへ消え去った。やはり同じ空間を共有し、息づかいや温もりを感じられ るのは良いものだと思う。

さて、今回のシンポジウム「アントロポセン時代にカナダ文学を考える」は、科研費基盤(C)「カナダ 作家が見/魅せるアントロポセンの文学―脱人間中心性をめざして―」の研究成果の一部である。大会の 貴重な時間を頂戴し、実施することができた。ご協力いただいた先生方に心から感謝申し上げたい。

シンポジウムでもお話ししたが、現在でも手つかずの自然が多く残り、豊かな天然資源の恩恵と弊害に さらされるカナダで多様な作家が人間と環境の関係性を問う作品を執筆してきたにもかかわらず、日本 においてこれらはまだ十分に研究されているとは言えない。以上から本研究グループは人間の活動が地 球に深刻な変化をもたらしている今の時代、すなわちアントロポセンの時代に焦点を当て、自然環境の変 化を敏感に察知するカナダ東西の作家の作品を横断的に考察してきた。今回のシンポジウムでは、佐藤先 生がカナダ文学界を牽引するアトウッドのエッセイを、荒木先生がカナダ東海岸の作家ドナ・モリッシー の長編小説を、岸野がカナダ西海岸で活躍するリタ・ウォンの詩をそれぞれ取り上げて、このアントロポ センの問題に対して彼女たちがどのような態度を示しているかを探った(詳しくは年次大会案内を参照 されたい)。発表後にフロアの先生方も仰っていたように、資本主義経済システムと環境破壊の関係は非 常に根深い。とくに、今回の発表では取り上げなかったがリタ・ウォンの数編の詩や、荒木先生が紹介さ れたドナ・モリッシーの作品にはカナダで急速に進む天然資源開発によって生じる河川・海資源の乱用や 水質汚染の問題や、その近辺に居住する先住民への甚大な被害が描かれている。この点、もう少し掘り下 げていく必要があるだろう。やや課題が残ったが、得るものも多いシンポジウムだったと思う。また大会 後に荒木先生の発表で紹介された海に浮かぶ家の(ようなものの)写真が話題となった。佐藤先生による と Salt Box であろうとのこと。実際にあのような大きな家が海を流れるのを知って驚いた。いつもたく さんのことを学べるカナダ文学会。来年はより多くの先生方と大阪でお会いできることを願っている。

第 40 回 日本カナダ文学会 2021 年度総会議事録

日時: 2022 年 6 月 18 日(土)10:00-17:00
場所: 学習院女子大学
会員総数 59 名中 21 名出席(オンライン参加者含む)、委任 18 名(総会成立)

審議事項

1. 2023 年度第 41 回大会について 日程:2023 年 6 月 17 日(土)

    開催校:近畿大学(大阪)

シンポジウムテーマ:カナダに見る LGBTQ+文学 2. 紀要について

募集(6 月末) 投稿希望届提出(7 月末) 原稿締め切り(10 月 15 日)

報告事項

  • 会計報告

  • 会員異動 新会員:

    虎岩朋加(愛知東邦大学)、池田しのぶ(敬和学園大学)、安保 夏絵(中部大学) 退会会員:

        大森裕二、芝優子、安田優
      名誉会員:
    
        大矢タカヤス、斎藤康代、長尾知子
    

『カナダ文化辞典』(丸善出版部)

    カナダ文学会は、文学関係章に参加(編集:佐藤アヤ子・戸田由紀子)

 

 

会員による新刊書紹介

  1. 赤松佳子 著『赤毛のアンから黒髪のエミリーへ L.M.モンゴメリの小説を読む』 (御茶の水書房 2022 年 3 月)3800 円+税 ISBN 978-4-275-02157-1
  2. マーガレット・アトウッド 著『パワー・ポリティクス』 出口菜摘 訳(彩流社 2022 年 8 月)2000 円+税 ISBN 978-4-7791-2846-2
 
page12image20186240 page12image20201216 page12image20201024 page12image20189312 page12image20200640 page12image20200832

<新入会員紹介>

安保 夏絵(大阪大学大学院 博士課程、中部大学 助教)
修士論文では、Thomas Pynchon(アメリカ作家)の『V.』(1963 年)と『競売ナンバー49 の叫び』(1966 年)における女性サイボーグの表象について書きました。博士論文では、Margaret Atwood のマッドア ダム三部作を中心にヒューマノイドと生殖および性別について書く予定です。カナダ留学を機に Atwood を読むようになり、自然とテクノロジーが女性とどのような関わりを持つのかというテーマとポストヒ ューマニズムに興味を抱くようになりました。カナダ文学についてご教示いただけたら幸いです。よろし くお願いいたします。

池田しのぶ(敬和学園大学 人文学部共生社会学科) 専門は社会福祉専門職の養成教育です。Xavier Dolan の映画「私はロランス」「マイマザー」などドラ ン作品を学生と観ながらジェンダーについて考察しました。LGBT 主流化が必ずしも社会構造に変化を もたらしていないことに注目しながら、女性の職場であることで価値が高まらない保育や介護等の福祉 専門職の地位向上を目指しています。よろしくお願いいたします。

虎岩 朋加(愛知東邦大学教育学部子ども発達学科) 専門は教育学ですが、人権教育へのフィルム作品応用の観点から、多様なマイノリティを描くカナダ映画 の特徴に注目しています。学生が批判的視点を獲得できるようなカナダ映画の持つ教育的可能性を探り たいと考えています。カナダ文学をご専門とされている皆様からご教示賜りたく、どうぞ宜しくお願いい たします。

 

<学会費のご案内>

事務局からのお知らせ

2022 年度の学会費のお済みでない方は、下記の口座までお納めください。なお、2021 年度以前の学会費 がお済みでない方は合わせてお振込み頂けましたら幸いです。振込手数料につきましては、恐れ入ります がご負担ください。

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会 銀行口座: 三菱 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257

日本カナダ文学会代表 室 淳子 正会員 7,000 円

学生会員 3,000 円

 

編集後記

ようやく with crona が日本においても現実のものとして見えてまいりましたが、終わらぬ紛争に次々 に現れる巨大台風と、混とんとした世界が続きます。国葬の意味についても思いつつ、学期初めを迎えま す。 (Y)

今年の夏は 3 年ぶりにバンクーバーで過ごすことができ、また、久々にオタワやモントリオールへも 足を伸ばすことができました。バンクーバーでは都市開発が進み、特に UBC 側から見渡すノースバン クーバーの景観が変わっており、時間の流れを感じました。もちろん変わらないものの方が多く、再会 した知人友人たちは相変わらずで、スクリーン越しではなく対面で「会えること」の有り難みを改めて 感じました。コロナを通して、人と会うことがいかにエネルギーを要するものかに気付かされました が、同時に、かけた以上のエネルギーをもらえるのだということを、6 月の大会に引き続き再確認した カナダ滞在となりました。(T)

6 月の大会は学習院女子大学にて開催させていただきましたが、ハイブリッド形式ということで何かと いきとどかないこともあったかと思います。そうした状況も皆さまが温かく受け入れてくださったおか げで、カナダ文学会らしい生き生きとした空気の感じられる会になったと思います。あらためましてお礼 申し上げます。世界は相変わらず不穏な空気に満ちていますが、行動の自由は戻りつつあり、リアルでの 出会いや再会の機会も増えてきました。とはいえ、多様な人や社会を結びつける安定した軸のような存在 を見つけることはますます難しくなるのでしょう。エリザベス女王追悼のために集まる人々の姿を見な がら、そんなことを思いました。(S)

 

 

 

NEWSLETTER THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 第78号 発行者 日本カナダ文学会

代 表 編 集 事務局

佐藤アヤ子
沢田知香子 & 戸田由紀子 & 山本かおり 名古屋外国語大学 現代国際学部
室 淳子(副会長)研究室
〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 TEL: 0561(75)2671
EMAIL: muro@nufs.ac.jp

http://www.canadianlit.jp/

page14image20356800

会長連絡先

EMAIL: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp 学会ホームページ: https://blog.goo.ne.jp/

kanadabungakukai84burogudayo


日本カナダ文学会第40回年次研究大会のご案内

2022-05-24 | 大会情報

2022 年05月14日

日本カナダ文学会会員の皆様

 青葉が美しい季節となりました。会員の皆様にはますますご活躍のこととお喜び申し上げます。

日本カナダ文学会第40回年次研究大会のご案内です。

今大会は、沢田知香子会員のお力添えをいただき、6月18日(土)学習院女子大学で開催されます。本年、日本カナダ文学会は創立40周年を迎えます。コロナ禍の見通しがたたない現在、カナダから作家を招聘することはできませんが、大会では、「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未来」をテーマに、座談を企画しています。40 年前の創立時を知る会員は、現在、堤 稔子名誉会長と竹中 豊元会員のお二人だけです。日本カナダ文学会の礎を築いてこられたお二人に、創立当時の様子をお話いただくとともに、日本カナダ文学会の未来を担う若い会員にも参加を願い、今後の抱負を自由に語っていただきます。

なお今大会は、対面とZoomのハイブリッド方式で開催しますが、学習院女子大学は感染症対策が大変行き届いています。皆様には安心してご来校いただけます。多くの会員の対面でのご参加をお待ちしています。

総会の成立、議案承認等のため、定足数の充足が必要です。ご欠席の会員は必ず委任をお願いします。出欠確認の葉書を同封しました。6月13日(月)必着でご返信ください。

大会当日は週末のため、学生食堂はお休みです。昼食はご持参が便利です。近隣にコンビニ等があります。また、感染症対策のため、今年度の懇親会は中止とさせていただきます。

日本カナダ文学会 会長 佐藤アヤ子

         

事務局:〒470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57

名古屋外国語大学 現代国際学部 室 淳子研究室

Email:muro@nufs.ac.jp

****************************************

対面参加者へ

学習院女子大学では来客リストを事前に提出する必要があります。対面参加の会員は出欠のハガキと合わせ、開催校責任者の沢田知香子会員の以下のアドレスに、所属とフルネームを記載し、6月12日までにメールでお知らせください。

 To:沢田知香子pdschika@hotmail.com

オンライン(Zoom)参加者へ

トピック: 第40回年次研究大会 時間: 2022年6月18日 09:30 AM~大阪、札幌、東京

https://zoom.us/j/95987773314?pwd=QmJiaWdQVk1GN21kWDlIak9UNzNOQT09

ミーティングID: 959 8777 3314

パスコード: 8id4Cn

 

日本カナダ文学会第40回年次研究大会プログラム

Programme of the 40th Conference of the Canadian Literary Society of Japan

 

日時:2022年6月18日(土)10:00-17:00(09:30受付開始)

Date and Time: 18 June 2022 (Sat) 10:00-17:00 (Registration opens at 09:30)

 

会場:学習院女子大学

〒162-8650東京都新宿区3-20-1  電話:03-3203-1906(代)

2号館3階235講義室(午前の部), 2号館3階237講義室 (午後の部)

Venue: Gakushuin Women’s College

3-20-1 Toyama, Shinjuku-ku, Tokyo 162-8650    Tel: 03-3203-1906

Morning Session: Building 2, Room 235, Afternoon Session: Building 2, Room 237

 

開催方式:ハイブリッド方式(face to face+Zoom)

対面とZoomのハイブリッド方式で開催

The conference will use a hybrid format, combining onsite face-to-face and remote presentations on Zoom.

 

オンライン(Zoom)参加の場合/ To participate online via Zoom, please use the link below:

トピック: 第40回年次研究大会

時間: 2022年6月18日 09:30 AM~大阪、札幌、東京

Zoomミーティングに参加する

https://zoom.us/j/95987773314?pwd=QmJiaWdQVk1GN21kWDlIak9UNzNOQT09

ミーティングID/Meeting ID: 959 8777 3314

パスコード/Meeting Passcode: 8id4Cn

 

注意:学習院女子大学では入構の届出が必要なため、外部からの来客リストを提出しなければなりません。対面参加の会員の皆さまは出欠のハガキと合わせ、以下のアドレスにご所属とフルネームを記載し、6月12日までに必ずメールでも開催校責任者の沢田知香子会員までお知らせください。 To:沢田知香子pdschika@hotmail.com

To participate face to face: Gakushuin Women's College requires a list of external visitors to be submitted. Members who intend to participate in person, please 1) return the postcard of attendance, and 2) send an email with your full name and affiliation to Member Chikako Sawada pdschika@hotmail.com by 12 June 2022.

 

**************************************

総合司会 副会長 室 淳子

Conference Chair: Junko Muro

Vice President, Canadian Literary Society of Japan

開会の辞 会長 佐藤 アヤ子                                           10:00-10:05

Opening Remarks  Ayako Sato, President, Canadian Literary Society of Japan

 

午前の部・Morning Session

研究発表・Research Presentations                                   

司会 大塚 由美子(北九州市立大学)/ Chair: Yumiko Otsuka (University of Kitakyushu)

安保 夏絵(中部大学)                            10:05-10:55

1.植民する女性たち―『洪水の年』における自然と女性の共生

Presenter: Natsue Ambo (Chubu University)

Symbiotic Relationships: Women, Nature, and “Plantation” in Margaret Atwood’s The Year of the Flood

 

司会 荒木 陽子(敬和学園大学)/ Chair: Yoko Araki (Keiwa College)

2.虎岩 朋加(愛知東邦大学)、池田 しのぶ(敬和学園大学)         11:00-11:50

メディアのLGBT主流化に見られる女性たちの位置付けードランの映画「わたしはロランス」を手がかりに

Presenter: Tomoka Toraiwa (Aichi Toho University)  Shinobu Ikeda (Keiwa College)

LGBT Mainstreaming in media and its relation to sexism: An Analysis of Xavier Dolan's Laurence Anyways

 

昼食休憩・Lunch Break                           11:50-13:00                     

 

午後の部・Afternoon Session

 

総会・ General Meeting  議長 佐藤 アヤ子/ Chair: Ayako Sato            13:00-13:20

 

日本カナダ文学会創立40周年記念座談                                   13:30-14:30

「日本カナダ文学会を語る―過去・現在・未来」

Conversations on the 40 Years Anniversary of the Canadian Literary Society: The Past, Present, and Future of the Canadian Literary Society of Japan

座談者:堤 稔子(Toshiko Tsutsumi) 竹中 豊(Yutaka Takenaka) 戸田 由紀子(Yukiko Toda) 佐々木菜緒(Nao Sasaki) 司会 佐藤アヤ子(Chair: Ayako Sato)

 

休憩・Break                                                           14:30-15:00

 

シンポジウム・Symposium                                              15:00-16:50                                                                                   

司会 佐藤アヤ子(明治学院大学)/ Chair: Ayako Sato (Meiji Gakuin University)

アントロポセン時代のカナダ文学を考える/ Canadian literature in the Anthropocene period

Presenters:                                                   

荒木 陽子(敬和学園大学)/ Yoko Araki (Keiwa College)

水の流れが人の流れをかえる: モリッシーのシルヴァナス・ナウ三部作をめぐって / Oil Rig Workers May Be Fishermen: An Ecocritical Reading of Donna Morrissey’s Silvanus Now Trilogy

 

岸野 英美(近畿大学)/ Hidemi Kishino(Kindai University)

Rita Wongが描く三峡ダム、長江―“lips shape yangtze, chang jiang, river longing”から“for bing ai”へ / The Three Gorges Dam and Yangtze River Depicted by Rita Wong: From “lips shape yangtze, chang jiang, river Longing” to “for bing ai”

 

佐藤 アヤ子(明治学院大学)/ Ayako Sato (Meiji Gakuin University)

希望はすでにあるのです!/ There is already Hope!

 

閉会の辞 副会長 松田 寿一                                 16:50-17:00

Closing Remarks  Juichi Matsuda, Vice President, Canadian Literary Society of Japan

 

 

****************************************

★後援 カナダ大使館・ケベック州政府在日事務所

Supported by the Embassy of Canada and the Délégation générale du Québec à Tokyo

★会員外で大会参加の場合は1,000円いただきます。

Please note: There is a participation fee of ¥1000 for non-members.

★学習院女子大学へのアクセス

アクセス(https://www.gwc.gakushuin.ac.jp/about/access.html)

東京メトロ丸ノ内線「東京」駅より「新宿三丁目」駅で乗り換え、東京メトロ副都心線「西早稲田」駅下車、徒歩1分。

(東京メトロ東西線「早稲田」駅下車、徒歩15分。J R山手線・西武新宿線「高田馬場」駅下車、徒歩20分。)

 

 

 

★宿泊情報

大学付近におすすめする宿泊施設はありません。新宿駅周辺がお勧めです。

(参考) 東急ステイ新宿(https://www.tokyustay.co.jp/hotel/SJ/) ポッドセレクトホテル新宿(https://www.podinns.co.jp) ホテルサンルートプラザ新宿(https://sotetsu-hotels.com/sunroute/plazash

★キャンパスマップ

https://www.gwc.gakushuin.ac.jp/about/campusmap.html

会場はキャンパスマップの④で提示。

大会当日は週末のため学食は休業です。昼食はご持参が便利です。近隣にコンビニ等はあります。

昼食場所にはキャンパスマップの⑤で提示の3号館(互敬会館)をご利用ください。感染症対策のため教場での飲食はご遠慮ください。

感染症対策のため、今年度の懇親会は中止とさせていただきます。

 

 

発表要旨・Presentation Abstracts

 

植民する女性たち―『洪水の年』における自然と女性の共生

 

安保 夏絵

マーガレット・アトウッドのマッドダム3部作(MaddAddam Trilogy)の1つである『洪水の年』(The Year of the Flood, 2009)は人類滅亡前後の環境破壊を取り扱った小説である。本発表では、女性登場人物たちが大惨事の前後の世界で自然とどのように共存しているかを分析し、背景にあるアトウッドの描いた新しい「環境」とダナ・ハラウェイ(Donna Haraway)が提唱する植民新世(Plantationocene)の比較分析を行う。

  マッドアダム3部作のなかでも特に『洪水の年』では大災害後の独特なプランテーションや庭が描かれている。そこでは、人間と自然、そして動物との共生関係を読み取ることができるため、ハラウェイのStaying With the Trouble: Making Kin in the Chthulucene (2016)を参照する。ハラウェイは人間にとって動物などのあらゆる種との共生や血縁関係(kinship)について議論する際に、ジェンダー、人種、社会階級、人間/非人間といったカテゴライズされた概念を避けるために堆肥体や土(compost)という言葉を選んで分析をしている。そこで、プランテーションが生みだすハイブリッドな文化についてのハラウェイによる議論をふまえつつ、本発表ではアトウッドによる新しいプランテーションに焦点をあてて、あらゆる生物、物質と親族関係を結び世界で共存していく女性たちにも着目し、最終的にはアトウッド特有の「再生産」の描写を分析する。

 

Women Colonizing in Plantations: Symbiosis between Nature and Women in Margaret Atwood’s The Year of the Flood

Natsue Ambo

The Year of the Flood (2009), part of Margaret Atwood’s MaddAddam Trilogy, is a novel centered on environmental destruction before and after the end of humanity. This presentation demonstrates the coexistence of female characters with technology in the new environment before and after the catastrophe, with an accompanying comparative analysis of the fictional environment depicted by Atwood and the Plantationocene as defined by Donna Haraway.

     In the MaddAddam Trilogy, The Year of the Flood in particular depicts a unique post-catastrophic plantation and garden. I will use Dana Haraway’s Staying with the Trouble: Making Kin in the Chthulucene (2016) to investigate the relationship among humans, nature, and technology expounded in both Staying with the Trouble and The Year of the Flood. Haraway chooses the terms ‘compost’ and ‘soil’ to avoid categorical concepts of gender, race, social class, and human or non-human when discussing the symbiosis or kinship shared by all species in the world. Furthermore, I will refer to the discussion about the hybrid culture described by Atwood and Haraway. The ultimate focus will be on reproduction within the new plantations and the female characters who could build a kinship with all living things and materials in order to analyze a new mode of reproduction expressed by Atwood.

 

******

 

メディアのLGBT主流化に見られる女性たちの位置付けードランの映画「わたしはロランス」を手がかりに

  虎岩朋加(愛知東邦大学)、池田しのぶ(敬和学園大学)

2010年代以降、メディアのなかでLGBT関連の報道が増え、また、性的マイノリティを主題として扱うドラマや映画の放映も頻繁になってきている。メディアでの性的マイノリティの可視化の進行は、多様性(ダイバーシティ)推進政策の進捗とも呼応している。多様性推進という名目で、社会生活における女性の活用と性的マイノリティの人権保障のための施策が同時進行している。だが、この二つは必ずしも収まりよく共存しているわけではない。

本発表では、2012年に製作されたグザヴィエ・ドラン監督作品『わたしはロランス』(Laurence Anyways)を取り上げ、男性から女性へのトランジションを経験する主人公ロランスと、ロランスと関わる様々な女たちが経験する葛藤や変化の複雑な描写を分析する。その主眼は、メディアのLGBT主流化が必ずしも性差別を生み出す既存の社会構造へは切り込んでいけないこと、時には、性差別構造を強化する言説を生み出していることを論じることである。

 

LGBT Mainstreaming in media and its relation to sexism: An Analysis of Xavier Dolan's Laurence Anyways

 Tomoka Toraiwa (Aichi Toho University), Shinobu Ikeda (Keiwa College)

 

Since the 2010s, LGBT-related coverage has increased in the media, as have dramas and movies dealing with sexual minorities. This progress in the visual representation of sexual minorities in various media is in line with the promotion of diversity policies. Under the name of promoting diversity, measures are underway to utilize women as a workforce while at the same time guaranteeing the human rights of sexual minorities. However, it is not always the case that the two fit well together.

In this presentation, we analyze how women involved or forced to be involved in the process of transitioning from male to female are represented in the director Xavier Dolan's 2012 film Laurence Anyways. Our aim is to argue that LGBT mainstreaming in the media does not necessarily change the existing social structure that creates sexism, but instead may produce a discourse that reinforces the sexist structure.

******

シンポジウム:アントロポセン時代のカナダ文学を考える/ Canadian literature in the Anthropocene period

 

水の流れが人の流れをかえる: モリッシーのシルヴァナス・ナウ三部作をめぐって

荒木 陽子

水は全ての生命の根源にある。それは、長い宇宙、そして地球の歴史において、ヒトがそれを取り巻く他の生物・無生物を含む「環境」をコントロールした、あるいはしようとした結果、その影響が地球上で表面化し、ヒトがもがくようになった人新世においても変わらない。本発表ではニューファンドランド出身の作家ドナ・モリッシー(Donna Morrissey, 1956-)が、20世半ばから世代をまたいでひとつの家族の在り方を描く、シルヴァナス・ナウ3部作(2009-2016)をとりあげる。そして20世紀半ばの大西洋の水産資源、特にタラ資源の激減が、ニューファンドランドの小さな漁港にすむヒトのコミュニティのありかたやヒトの流れを大きく変え、その影響が遠く離れたアルバータの産油地域に波及していく様を検証する。本シリーズが描く2つの地域における2世代おけるナウ一家の在り方は、科学技術の進展にもかかわらず、21世紀の現在でも生存するために天然資源とその採集に依存しなければならない人新世を生きるヒトの難しさを示す。

Oil Rig Workers May Be Fishermen:

An Ecocritical Reading of Donna Morrissey’s Silvanus Now Trilogy

 

This presentation attempts to explore how water, the source of life, still controls human beings in the Anthropocene Epoch when human beings significantly influence the ecosystem of the Earth through Donna Morrissey’s Silvanus Now Trilogy (2009-2016). Although the heroic Newfoundland’s outport fisherman Silvanus tries to survive by seeking the possibility of cohabitation with his codfish and the surrounding environment, changes in the water caused by overfishing drive his family out of the isolated community of Cooney Arm to a bigger community through a resettlement program, and eventually to the oil patches of Alberta. This narrative indicates that two distant locations seemingly contradictory in their nature, a primitive outport in Newfoundland and a highly artificial oilpatch in Alberta, are found within a single ecosystem. Furthermore, a careful examination of the geographical context will reveal the ironic fact that Chris, Silvanus’s son, who left the Atlantic to work on an oil rig in Alberta is still excavating the ocean resources in a different form as ancient dead marine life has now turned into oil. Although he has changed his geographical location, he is a fisherman of the ground, in a sense. The lives of two generations of the Now family show one of the difficulties that human beings face in the Anthropocene: Human beings, in spite of technological advances in various fields, still have to depend on natural resources to survive.

 

 

******

Rita Wongが描く三峡ダム、長江

“lips shape yangtze, chang jiang, river longing”から“for bing ai”へ

岸野 英美

 

人新世をめぐる議論が人文学領域でも盛んとなっているいま、中国系カナダ人Rita Wong(1968-)は作品執筆を通して、人間そのものの存在を問い直し、人間が環境との関わりをどのように思考するべきか貴重な示唆を与える。Wongの“lips shape yangtze, chang jiang, river longing”と“for bing ai”は、世界最大級の中国・三峡ダム建設(1992年着工、2009年完成)をめぐる作品である。Wongが中国滞在中、初めて三峡ダムを訪れた際に執筆した“lips shape yangtze, chang jiang, river longing”には、三峡ダム建設前期の長江の重苦しさと同時に、Wongのダム建設に対する怒りを読み取ることができる。一方で、“for bing ai”には、Wongの高まる中国政府への不信感に加え、住民と長江の関係性や長江に存在する生命への配慮も読み取ることができる。そこで本発表ではこのニつの作品において、いかにWongが三峡ダム建設の問題を語っているのかを考察しつつ、Wongの環境意識の変化を探っていく。

 

Three Gorges Dam and Yangtze River Depicted by Rita Wong]:

From “lips shape yangtze, chang jiang, river Longing” to “for bing ai”

 

Presently there is much discussion on the Anthropocene in the field of humanities. Chinese- Canadian poet Rita Wong (1968-) has consistently questioned human beings in her works and has provided us with valuable insights into how humans can reconsider their relationship with the environment Wong’s “lips shape yangtze, chang jiang, river longing” and “for bing ai” are poems about problems pertaining to the construction of Three Gorges Dam on the Yangtze River (the construction of the dam started in 1992 and was completed in 2009). In “lips shape yangtze, chang jiang, river longing” that Wong penned when she visited Three Gorges Dam for the first time during a stay in China, we not only can read the oppressive atmosphere of the Yangtze River in the first half of that construction but also sense Wong’s fury about the project. Alternatively, in “for bing ai” we can observe Wong’s strong distrust of the Chinese government; the relationship between the inhabitants and the Yangtze River; and concern for life inhabiting the river. In this presentation, I will talk how Wong describes problems behind the construction of Three Gorges Dam and also consider changes in Wong’s environmental awareness in the two poems.

 

******

希望はすでにあるのです!

佐藤 アヤ子

 

マーガレット・アトウッドは、こう語る。私は長年、たくさんの質問を読者から受けてきた。しかし昨今では、「希望はありますか」がトップだと。

この質問は様々な状況で訊ねられる。これから仕事につき、自分で生活をたてようとしてる若者たちに、あるいは愛に、戦争や内戦の渦中の民衆に、そして抑制できない病気が蔓延する地域の民衆に希望がありますか、と。

しかし、多くの場合、こういうことである。「私たちの地球に希望がありますか。人類の生命維持システム、つまり私たちが口にする食物や水、そして空気を提供する生物圏は大丈夫かということです。」

環境問題とアトウッド作品の関連性は、〈マッドアダムの3部作〉との関連で言及されることが多い。本発表では、第76回 国際ペン東京大会2010 「環境と文学 いま、何を書くか」でアトウッドが行った基調講演、および、2011年の東日本大震災後、日本の文芸誌から依頼された特別寄稿などを中心に、アントロポセン時代にアトウッドが警鐘を鳴らす環境問題と〈物語る〉との関連性考えてみたい。

 

There is already Hope!

Margaret Atwood says, “Readers have asked me many questions over the years. But right now, ‘Is there hope?’ tops the list.”

The question is asked in many contexts. “Is there hope for young people entering the job market and trying to make a life for themselves? Is there hope for love? Is there hope for people caught in wars and civil wars, and in areas where there are out-of-control diseases?”

But most often, the question means as follows: “Is there hope for our planet – our life-support system, the biosphere that provides the food we eat, the water we drink, and the air we breathe?”

The relevance of Atwood's works to environmental issues is often mentioned in connection with the MaddAddam Trilogy. In this presentation, I would like to consider the relevance of environmental issues and narratives which Atwood considers in the Anthropocene period focusing on “Environment and Literature ―What can words do," the writer’s keynote speech presented at 76th International PEN Congress Tokyo 2010 as well as her special essays for Japanese literary magazines regarding the 2011 Great East Japan Earthquake.