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日本カナダ文学会の活動と紹介

Newsletter 71

2019-04-01 | Newsletter

NEWSLETTER

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L'association japonaise de la littérature canadienne

Number 71 (Spring, 2019)

 

 

会長挨拶

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

花の季節となりました。会員の皆様にはますますご活躍のこととお喜び申し上げます。 NEWSLETTER 71 号をお届けします。

ブリティッシュ・コロンビア州関連のニュースで、“satellite family”とか、“speculation tax”と いう文字を最近よく見かけます。〈サテライト家族〉とは、「BC 州に住宅を所有しているが、配偶 者である夫は国籍がある国で仕事をして多大な収入を得ている。そして妻子のみが BC 州に住んで いる」、そのような家族を指すようです。もちろん所得税は稼ぎ手である夫の国に支払っています。 “speculation tax”(投機税)とは、外国人に限らず、BC 州の指定された都市部に二次物件(別荘 も含む)を所有し、その物件を長期間空けている所有者にかかる新税のことです。

なぜこのような新税が生じたのかと言うと、1997 年の香港返還前後から、BC 州、特にバンクー バー周辺地域に〈サテライト家族〉が増えたこと、さらに昨今のバンクーバー周辺の住宅事情をみ ると、海外の投資家による不動産バブルが生じていることが背景にあるようです。バンクーバーの ダウンタウンには、近年高層住宅が沢山建設されています。しかし、夜になると明りの灯っていな い部屋が沢山あることに気づきます。また、家賃が高すぎて、バンクーバーには住めないという若 者たちの声をよく聞きます。BC 州政府が「投機税」を導入したことは、「やっと始めたか」とい う印象を受けますが、外国人投資家が北海道の奥地まで買いあさっているというニュースを聞くた びに、日本政府も BC 州政府を見習った方がよいのではないかと思います。

2019 年度の「日本カナダ文学会年次研究大会」は、白井澄子会員のお力添えを頂き、6 29 日 (土)に白百合女子大学(東京都調布市)で開催されます。カナダ総督文学賞を受賞した Kim Thúy さんと短編小説家のAlexander MacLeodさんが基調講演者として参加します。多くの会員の皆様 のご参加をお願いいたします。

会員の皆様の一層のご活躍をお祈り申し上げます。


2019年度年次大会の日程と会場のご案内


開催日時:2019 6 29 日(土)10:00-18:00 会 場:白百合女子大学(東京都調布市)

<午前の部>
○ 研究発表
1 岸野英美 「揺らぐ家族像と不気味なものたち

Hriomi Goto Hopeful Monsters
○ 研究発表
2 出口菜摘「アトウッド作品における T. S.エリオットの影響」

<午後の部> *総会後 ○ 基調講演

講演者:Kim Thúy(内容未定)
講演者:
Dr. Alexander MacLeod (Saint Mary’s University)
題 目:“ This is what I wanted......this was how I wanted my life to be” : Alice Munro

and the Contemporary Canadian Short Story

○ シンポジウム
テーマ :「カナダの短編小説」
発表者
: 戸田 由紀子、沢田 知香子、松本 朗

戸田由紀子 「マーガレット・アトウッドの Stone Mattress―――老いと死の物語」

沢田知香子 「アレクサンダー・マクラウドの短編錆びゆく土地の霊

松本 朗 「アリス・マンローの短編小説」 

*Alexander MacLeod 氏については、Christopher J. Armstrong 会員より、以下のような紹介文 をいただいております。

For the 37th annual Conference of the Canadian Literary Society of Japan to be held at Shirayuri University, we are delighted to welcome writer and associate professor of English Alexander MacLeod.

Alexander’s short-story collection Light Lifting (2010) was shortlisted for the Frank O'Connor Award, the Giller Prize, and the Commonwealth Prize, and won the Atlantic Book Award. The collection has been translated into Japanese as Renga wo Hakobu (Shinchosha 2016).

Quill and Quire called Light Lifting “a breathtakingly good collection of short fiction that heralds the arrival of a significant new talent,” comparing it to “the work of Alice Munro at her best: rich and deep, merciless and utterly unflinching.” A reviewer in the The Guardian noted that in MacLeod’s stories “there are no epiphanies as such, merely a series of events that swiftly becomes everyday discipline, and significance – if it exists at all – is always imposed retroactively.”

Alexander was born in Inverness, Cape Breton in 1971 and raised in Windsor, Ontario. He holds degrees from the University of Windsor, the University of Notre Dame, and McGill University. He is Associate Professor of English Literature and Atlantic Canadian Studies at Saint Mary’s University in Halifax.

He has published widely on Canadian literature, especially the literature of Atlantic Canada. Alexander will give the conference’s keynote lecture, which is entitled, “This is what I wanted....this was how I wanted my life to be:” Alice Munro and the Contemporary Canadian Short Story.

*現代ケベック文学を代表するベトナム系カナダ人作家 Kim Thúy 氏については、真田桂子会員や 山出裕子氏による著書・論文や翻訳等が出版されておりますので、ウェブ上の資料とともにご参 照下さい。

開催校より

白井 澄子会員

2019 年度のカナダ文学会研究大会は、6 月 29 日(土)に白百合女子大学を会場として開催され ます。大学は京王線の仙川駅(せんがわ駅)から徒歩約 10 分の住宅地にあります。かつては順天 堂の薬草園だったキャンパスには今も大きな木が残り、カナダの森ほどではありませんが、自然を 身近に感じていただけると思います。会場の教室へは、正門を入って、案内板に従い道なりにお進 みください。教室はキャンパス正面の本館地下になります。

なお、大学内・周辺には飲食施設がほとんどありませんが、駅から大学に向かう途中には、パン 屋、コンビニ、スーパーがありますのでご利用ください。

白百合女子大学へのアクセスおよび宿泊情報
アクセス http://www.shirayuri.ac.jp/guide/access/
新宿駅より京王線で「仙川」駅下車。約 20 分。(仙川駅は各駅停車、快􏰁、区間急行のみ停車) 徒歩10分。

宿泊 仙川駅周辺に宿泊施設はありませんので、調布駅か新宿駅周辺での宿泊をお勧めします。調布駅~仙川 駅は京王線で約 10 分。新宿駅~仙川駅は京王線で約 20 分。ご参考までに調布駅と新宿駅周辺のホテル を挙げておきます。

1アーバンホテルツインズ調布 (調布駅より徒歩1分) 東京都調布市布田 1-47-4 Tel. 042-486-3500

2調布クレストンホテル (調布駅向かい パルコ上階) 東京都調布市児島町 1-38-1 Tel. 042-489-5000

3ホテルサンルートプラザ新宿 (新宿駅より徒歩3分) 東京都渋谷区代々木 2-3-1 Tel. 03-3375-3211


<連載:カナダ文学との出会い 第13回>

平林 美都子会員

マーガレット・アトウッドの作品と私 ――母性表象と「語り」の研究へのきっかけ――

私にとってカナダ文学との出会いとは、マーガレット・アトウッド作品との出会いである。少々 大げさに聞こえるかもしれないが、Lady Oracle(1976)は私のその後の二つの大きな研究テーマ のきっかけとなった。

「母性」に対する私の関心は 1989 年に勤務校でゼミ担当をしたときに遡る。学生たちと Images of Women in Literature(Mary Ferguson, ed.)を読んだとき、母娘関係の諸相に関心を持った。 アドリエンヌ・リッチ、マリアンヌ・ハーシュ、リュス・イリガライやジュリア・クリステヴァ、 さらにキム・チャーニンの論文を読み、母娘関係の複雑さや根深い心理的葛藤、摂食障害との関連 も知った。当時の日本ではまだ若い女性の摂食障害は珍しかったが、北米ではすでに社会問題とな っていた。その頃読んだのが『レイディ・オラクル』である。ジョーンの子ども時代の母娘の葛藤 は、幾つもの役を使い分けるその後の綱渡り人生、そして母の亡霊との遭遇に繋がる。まさしくジ ョーンは、クレア・カハーンが「ゴシック・ミラー」で述べた「死んでいながら死んでいない母の 実体のない存在」(Claire Kahane, “The Gothic Mirror,” 336)に立ち向かっていくことになるので ある。母性とゴシックが結びついたのはこのときであり、この成果は『表象としての母性』(ミネルヴァ、2006)にまとまった。

二つ目の研究テーマ「語り」への関心も『レイディ・オラクル』がきっかけだった。ヴィクトリア朝文学を中心に読んできた私にとって、真偽がわからないジョーンの語り方に最初は面食らった。しかしこれがカナダ文学作品への、さらにはカナダの歴史や文化全般への関心の発端となった。1993 年はカールトン大学、1994 年はカルガリ―大学で開催されたカナダ学会へ連続して参加した。5 月から 6 月の前期の授業の真っただ中での開催だったが、当時は授業回数も半期 12~3 回こなせば良いおおらかな時代だったのだ。「語り」に関する研究テーマはポスト・モダニズム、ポスト・コロニアリズム、翻訳論、ジェンダー批評などの批評理論への関心へと広がっていき、『「辺境」カナダの文学』(彩流社、1999)や「『「語り」は騙る』(彩流社、2014)の出版へと繋がっていった。 

1990 年代後半、カナダ文学にまさしくはまっていた頃、カナダ文学会で故藤本陽子さんの発言 を聞く機会があった。「移民の国カナダとその特徴」、「現代カナダ文学の潮流」に関する話だった が、広い知識と深い理解に裏打ちされた明快な論旨に圧倒された。なんとも情けない話ではあるが、 カナダ文学で藤本さんにはとうてい太刀打ちできないと感じた瞬間だった。

2000 年からの一年間、イギリスでの在外研修期間中はカナダ文学を封印したはずであったが、 The Blind Assassin(2000)が書店に平積みされているのを見るとやはり買ってしまった。そして 読者を翻弄するような独特の「語り」の世界を堪能した。その後の Oryx and Crake(2003)では 人􏰀の鶏の描写を、MaddAddam(2013)ではゼブの父の溶解した描写をゾクゾクしながら読んだ ものだ。アトウッド作品は今なお私を魅了してくれる。

(ひらばやし みとこ)


トレンブレー夫妻新潟滞在を振り返って

荒木 陽子会員

平成 30 6 月のトニー・トレンブレー教授の年次研究大会への招聘、そして名古屋地区での滞 在時には、皆様の多大なご協力いただき、まことにありがとうございました。学会に先駆けて、私 こと荒木はトレンブレー教授とパートナーのエレン・ローズ教授(ニューブランズウィック大学) を新潟にお迎えしました。私がご一緒したのは主に成田・東京経由の新潟入りから、お二人を車で 名古屋に送り届けるまでの一週間弱でした。

お二人には近年フジロックで北米人の間で有名になった苗場や世界遺産登録に向けて頑張り続 ける佐渡島ではなく、政令指定都市というだけで実は何もない新潟市に滞在していただき、講演等 をお願いした日に至っては、田んぼの中を走るバイパスの脇にポツンとある私の所属大学敬和学園 大学のある新発田市にお越しいただきました。日本人会員でも、聞いたことのない地名でしょう。 シバタと読みます。

しかし、振り返れば「今は何もない」というところに、私たちは共通点を見出し、共感しました。 トレンブレー教授はご自身も、故郷ニューブランズウィック州北部、ケベック州境にほど近いダルハウジー(地元の人は、フランス語風にhを発音しないのでダルージーと呼びますが・・・)の林 業・製紙業の衰退をドキュメンタリー・フィルムに収められましたが、新発田市では地元の写真家 吉原悠博氏の制作された、彼のご家族が代々所有される写真館の歴史――翻って彼のご先祖様が 代々ファインダーを通して残してきた新発田の残像をドキュメンタリー化したフィルム――をシ ェアしました。味のある古い洋館で見たかつて新発田市近郊では、治水の結果消えてしまった桜並 木をたたえる加治川を使って近隣の山から切り出した木材を下流に運びだしており、町は人でにぎ わっていました。かつてのニューブランズウィック州の、セントジョン川を中心とする水系を使っ た木材の運搬と同じです。

資源、そして産業が衰退した新潟県北部からは、ニューブランズウィック州北部同様、人口流出 が続いています。トレンブレー教授が私たちの学生向けの講演で、グローバル経済に地方が正面か ら立ち向かって勝利することは難しいかもしれないが、それでも私たちは私たちの地方の記憶を文 化という形で残すことで、そうした大きな力に抵抗することはできると語っておられたことを、頭 にとどめておきたいと思います。


<学会費のご案内>

事務局からのお知らせ

2018 年度以前の学会費がお済みでない方は、早急に下記の口座までお振込み頂けまし たら幸いです。2019 年度の学会費につきましては、大会案内をお送りする際に郵便振 込用紙を同封いたしますので、ご利用ください。

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会
銀行口座
: 三菱東京 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257 日本カナダ文学会代表 室 淳子

正会員 7,000 円、学生会員 3,000 円

 

編集後記

○ 6月の年次大会にはKim Thúy氏とAlexander MacLeod氏の講演が予定されています。荒木会 員もふれていますが、昨年はセント・トマス大学(ニューブランズウィック州)からトニー・ト レンブレー教授をお招きしました。MacLeod氏をお迎えする今年度の大会もアトランティック カナダの文学を知るにはとても良い機会になります。とは言え、活躍中の現代作家を二人も外国 から招聘できる贅沢(?)は他学会においても、そうそうないことでしょう。いつもながら関係 各位のご尽力に頭が下がる思いです。今号では平林会員よりAtwood作品との出会いを振り返る エッセイを寄稿いただきました。Atwoodとの出会いと言えば、個人的には平林・久野・カレン 会員共訳による『スザナ・ムーディの日記』(国文社刊)が思い出されます。原詩の雰囲気を見 事に映し出したすばらしい翻訳でした。6月には研究発表、カナダの短編小説をめぐるシンポジ ウムなど、充実したプログラムが組まれています。大きな地震に見舞われた北海道にも、ようや く春の訪れが感じられる季節になりました。皆さんとお会いできることを今から楽しみにしてい ます。(M)

○ 日々慌ただしく、気がつけば改元の時が迫っています。春の空気とともに新しい時代の空気 を、フレッシュな希望を、多くの人が感じられる機会となればいいのですが。大学での日常に目 を戻せば、文学の世界とも疎遠になりがちなワーキングライフですが、年次大会のシンポジウム にお声をかけていただき、せっかくなのでAlexander MacLeod氏のLight Liftingを手に取りま した。力強くて早い川の流れにのるように読み終え、今は自分の思考のストランドをよりあわせ ようとしています。(6月にお話しさせていただくときには「ネタバレ」ありです。)今年の大 会でもカナダ文学ご専門の皆さまとお会いし、多くを学ばせていただきたいと思います。(S)

 



コメント

Newsletter 70

2018-09-30 | Newsletter

  

NEWSLETTER 

THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 

L’association japonaise de la littérature canadienne 


Number 70 

Fall, 2018


会長挨拶

日本文学会会長 佐藤アヤ子

秋の気配を感じるようになりました。会員の皆様にはますますご活躍のこととお喜び申し上げます。 NEWSLETTER 70 号をお届けします。

今夏は、地震、台風、豪雨と相次いで災害が日本各地で発生し、被災された会員の方もいらっしゃる のではないかと案じております。深くお見舞い申し上げます。

さて、戸田由紀子会員のご協力をいただき、6 16 日(土)に椙山女学園大学で開催された第 36 回 年次研究大会・総会はおかげ様で成功裏に終了することができました。本大会では、午前の部で研究発 表を二つ、午後の部で「産業・環境・カナダ文学《 Canada’s Industry, Environment, and Literature 》 のシンポジウムを組みました。「産業・環境・カナダ文学」のテーマは、今まで大会で取り上げられたこ とはなく、若い会員たちのおかげで日本におけるカナダ文学研究のすそ野の広がりを実感できるよい機 会となりました。発表者、並びに司会者の方々、お疲れ様でした。御礼申し上げます。

また大会では、荒木陽子会員のお力添えをいただき、ニューブランズウィック州の St. Thomas University Tony Tremblay 教授を特別講演者に迎えすることができ、いっそう充実した大会になりま した。

最近、会員の方から、〈人新世〉という言葉を学びました。英語表現は〈Anthropocene〉。オゾン破壊 を解明し、1995 年にノーベル賞を受賞した大気化学者である Paul J. Crutzen 博士による造語です。「人類の時代」という意味の新しい時代区分で、人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようにな った時代を表し、「完新世」の次の地質時代を表して博士が提案した造語です。日本中を襲った今夏の災 害を鑑みても、クルッツェン博士の〈人新世〉が現実味を帯びています。ひとり一人が地球環境を守っ ていかなければいけないと強く思います。

会員の皆さまの一層のご活躍をお祈り申し上げます。 

日本カナダ文学会会長 佐藤 アヤ子

追記

日本カナダ文学会の創立 30 周年記念行事のひとつとして企画された翻訳書『ケンブリッジ版カナダ文学史』(彩流社刊)が、日本カナダ学会「学会特別賞」(翻訳書に対する賞)を受賞しました。授賞式(2018 年 9 月 15 日日本カナダ学会第 43 回年次研究大会)には、翻訳者のひとりで、カナダ文学会にも長く貢 献された竹中 豊先生に代表でご出席いただきました。


日本カナダ文学会 第36回年次研究大会を振り返って

副会長 室淳子

前日の雨が上がり、天候に恵まれた一日となりました。今年度の大会は、戸田会員のご尽力により、 名古屋駅からもアクセスの良い椙山女学園大学の星が丘キャンパスにて開催されました。星が丘駅から 大学に向かう間に、星が丘テラスのおしゃれな雰囲気を楽しんだ方もいらっしゃるでしょうし、ランチ ブレイクに実際に足を運んだ方もいらっしゃったかもしれません。毎年大会で新しい情報を得ては、カ ナダ文学関連の蔵書を増やすことが私の習慣になっていますが、今年もまた同じように、いくつもの興 味深い研究発表を聞いた後、メモを頼りにせっせと検索し、読書リストを増やすことができました。

今年の特別講演には、荒木会員のご尽力により、カナダのニューブランズウィック州からセントトー マス大学のトニー・トレンブレー氏をお招きすることができました。優しく誠実なお人柄で、午前の研 究発表から午後のシンポジウムに至るまでずっと耳を傾けてくれ、そんな方は初めてじゃないかという 声も上がりました。ニューブランズウィック研究の第一人者でいらっしゃり、ニューブランズウィック に関する研究が皆無であった状態から、小さなグループを立ち上げ、大学のコース整備とともに、ドキ ュメンタリー制作、研究誌発行、オンライン百科辞典の作成、公教育カリキュラムの立ち上げ等、多方 面に働きかけてこられたそうです。様々な文化プロジェクトを実践していくことで、地域に対する人々 の知識を増やし、地域に暮らす人々の肯定感や誇りを養成することのできる可能性についてお話しくだ さいました。日本の地方に関する話題も上がり、私自身、自分の故郷に思いを馳せては、その土地に生 み出された文化や文学がいかに自分の自己形成に関わってきたのか、考えさせられました。大会では、 個々の作家や作品に関するお話はありませんでしたが、後日大学をお訪ねくださった折に、 Alden Nowlan 3 つの詩をとても分かりやすく、学生たちの素朴な質問をさらに発展させる形で説明してくだ さり、とても面白かったことも、追記しておきたいと思います。

午前の発表から、午後の特別講演、シンポジウムに至るまで、どこかに共通したテーマを抱え、最後 に全部ぐるりと話がつながったねというのも、今大会で印象に残った言葉でした。

懇親会では、戸田会員がゼミの打ち上げにも使うという星が丘テラスのイタリアンレストランで、戸 田会員保証つきのお料理の数々を楽しみました。トレンブレー氏も、日本でこんなにおいしいイタリア ンが食べられるとは思わなかったと、仰るほどでした。おしゃべりをしながらとても楽しいひと時を過 ごしました。

来年、またお目にかかれますこと、楽しみにしております。皆様、どうもありがとうございました。

 

36 回研究大会概要

<研究発表>(Research Presentations)

<1> ヒロミ・ゴトーの『コーラス・オブ・マッシュルーム』における祖母と孫娘の関わり

The Grandmother-Granddaughter Relationship in Hiromi Goto’s Chorus of Mushrooms
(原田 寛子会員)

本発表では、ヒロミ・ゴトー(Hiromi Goto, 1966-)の『コーラス・オブ・マッシュルーム』(Chorus of Mushrooms, 1994)において、孫娘の成長に祖母がどのように関わっているかを考察し、祖母の重要 性と新たな祖母像を追求した。まず、一般的な議論として、女性の成長を考えるうえで、母親の主体が 「不在」であることを問題として取り上げ、それを解決するうえで、母と娘という 2 世代の関係性でな く、祖母を含む 3 世代の女性のつながりが重要であることを提示した。次に、この作品において、娘の アイデンティティ構築の過程で母親の存在が「不在」となっていることを言葉と物語という視点から論 じた。カナダに移住した時に日本語を捨てた母親ケイコは、言葉とそれによって構築される物語を娘ム ラサキに与えなかったことによって、娘の成長にとって「不在」の母親であった。そして次に、その「不 在」を埋める役割として祖母ナオエの存在が重要であることを論じた。カナダの家でひとり日本語を喋 り続けるナオエは、英語しか話せないムラサキとは言葉が通じないものの、孫娘に言葉の存在と流動的 で変化する物語の本質を伝える。また、物語を語る際にムラサキを見守るナオエは、孫娘が自分の物語 を語り自己を見つけることをサポートし、言葉を「不在」から「存在」するものへと導いている。最後 に、この物語における日本の伝統的物語の語り直しの挿話から「山姥」の話を取り上げ、ナオエが山姥 的な特徴を備えていることを論じた。カナダの家を出て旅を続けるナオエの姿は、既成の概念を超え、「里」 の流儀に従わず、「山」に住み、移動する女として自由を得た現代の山姥像とみなすことができる。娘の ガイドやサポート役としての祖母の役割の重要性を伝えながら、一方で一般的なお婆さんのイメージを 覆し、孫娘と同様にヒロインになり、自らの物語を更新していく祖母・老女ナオエの存在を描くことで、 この小説は、言葉や物語のみならず様々な固定された概念を超えて行く要素を備えている。

<2> 現代カナダ思春期文学の挑戦 Calvin における心の病と冒険サバイバル
The Challenge of a Contemporary Canadian Adolescent Story: Calvin, Schizophrenia and Adventure Story

(白井 澄子会員)

Calvin1 は、統合失調症を患った男子高校生 Calvin が、Hobbes2 というトラの幻影と幻聴に悩まされ ながらも、何とか自分を取り戻したいと、冬の凍結したエリー湖を2日間で歩いて横断するという無謀 な計画を実行する中で起こる事柄を扱っている。その悪戦苦闘ぶりが、カナダ児童文学で古くから愛さ れてきた冒険サバイバル物語(以下、冒険物語)のスタイルを用いて描かれ、シリアスだが笑いを含ん だ作品となっている。発表では、心の病に苦しむ思春期の Calvin Hobbes との関係を見つめ直し、本 当の自分を模索する冒険の旅と、彼を支援しようと同行する押しかけ女房的な Susie に焦点をあて、新 しい冒険物語といえる Calvin の現代性を、伝統的な冒険物語と比較しながら考察した。

Calvin の自己統合のプロセスは、まさに冒険とサバイバルそのものである。作品はカナダの児童文学 で古くから愛された冒険物語のパターン(先住民、凶暴な野生動物との遭遇、飢えと悪天候との戦いな ど)を用いつつも、伝統的な冒険ものとは異なる新しい展開をさせることで、容易ならぬ魂の冒険譚を 描くことに成功している。幻影として現れるトラの Hobbes は、心身ともに不安定な思春期にある Calvin のいわば分裂した自己の一部であり、卒業しつつある「子ども」の部分でもある。Calvin は物語の最後 で Hobbes の言葉に耳を傾け、Hobbes を自分の内側に取り込むことで心のバランスを取り戻したと言え る。また、生きることに自信を失いかけた Calvin が他者への愛と自己愛に目覚めるきっかけとなったの が、Susie とのロマンスである。極寒の氷上を歩き続ける 2 人は飢えと寒さに苦しむが、その中で Susie Calvin を引き立て、ついには愛の告白をする。愛に支えられた Calvin の試練に立ち向かう姿勢が、 病からの立ち直りにつながったといえるだろう。

この作品は、Calvin に現れる幻視や幻聴といったリアルと非リアルの混乱を読者にも疑似体験させ、 子ども期から思春期を経て大人になるプロセスとその痛みを統合失調症という心の病に重ねて表現する とともに、冒険サバイバル物語の形を取ることで、思春期から大人へと成長する困難な道のりを表現し た。さらに、大人になることは子ども期を卒業するのではなく、子ども期を心の奥に持ち続けることだ としている点も、従来の冒険物語や思春期文学に見られる「成長=子どもを捨て去り大人になる」単な るマッチョな冒険物語の図式を刷新したといえるだろう。

1 カナダの現代児童文学作家MartineLeavittによる作品。2016年のGovernorGeneral’sLiteraryAward児童文学部門を受賞した。 Leavitt はファンタジーからリアリズムまで多数の作品を発表し、高い評価を受けている。
2 Hobbes は、アメリカの漫画家 Bill Watterson による連載漫画 Calvin & Hobbes に登場する男子小学生 Calvin 所有のぬいぐるみで、イ マジナリー・フレンドである。漫画には同級生の Susie も登場している。Calvin には漫画との繋がりが多々見られる。

<特別講演>(Special Guest Lecture)


Restoring Pride of Place: Re-Making New Brunswick and Atlantic Canada through Cultural Work》

講演者 (Lecturer): トニー・トレンブレー教授 (Prof Tony Tremblay)

司会・報告 (Chair / Reporter) : 荒木 陽子会員

36 回大会の基調講演は、ニューブランズウィック州のセント・トーマス大学からトニー・トレンブ レー氏を迎えて行われた。講演前半は日本のカナダ文学研究者の間であまり知られていないニューブラ ンズウィック州に関する基礎情報、および州を縦横に流れ、大西洋に注ぎ込む水体系におおいに依存す る林業を基盤とするその発展過程をわかりやすく解説した。州の林業は時代と乱開発に起因する供給可 能な資源の変化に伴い、帆船を主力としたイギリス帝国海軍へのマスト材の供給から、多くが国内外の 大都市をベースとする大資本系列の製紙業へのパルプ材の供給へと姿を変えていったという。講演後半、 トレンブレー氏は、このようにニューブランズウィックの産業は外的要因に大きく左右されてきたこと を示したうえで、現在の資本主義に支配されるグローバリズムの中、ニューブランズウィック州の産業、 およびそれを支えてきた周縁の小さなコミュニティの存続危機は回避できないという現状認識のもとに、少なくともその記憶を文化的活動、さらには教育的活動で、次世代にとどめることの重要性を訴えた。 そして、そのためにトレンブレー氏がとる具体的な方策として、生まれ育った州北部の製紙工場閉鎖を 追うドキュメンタリー映画 The Last Shift (2010)の制作、資料の少ないニューブランズウィック研究お よび同州文学に関するウェブ教材 New Brunswick Literary Encyclopedia (2011)の開発や研究誌 Journal of New Brunswick Studies の創設(2010-)、さらにはそれを次世代に伝えるための文学教育カリ キュラム New Brunswick Literature Curriculum in English (2017)の制作と公開などを紹介された。

中央から離れたニューブランズウィック州、ひいてはアトランティック・カナダ全体の抱える問題の ひとつは、地域間格差であることは明らかだ。発表後の質疑応答では、講演者が聴衆に問う形で、日本 の地域間格差に触れられたが、都市在住者が多数派の聴衆の間ではそれほど地域間格差が意識されてい ないようであった。このことに地方出身・在住の司会者はすこし驚くとともに、聴衆に広く問題意識を 啓発する意味でも意義深い講演であった。

シンポジウム (Symposium) 産業・環境・カナダ文学《 Canada’s Industry, Environment, and Literature

司会 荒木 陽子会員

国際情勢などの社会的環境、そして州を支える基幹産業のもととなった森林資源などの自然環境の 一部であり続けるニューブランズウィック州の文学・文化的記憶を、教育を通して後世に伝えることの 重要性を訴えるトレンブレー氏の基調講演を受け、シンポジウムでは、産業と環境を切り口に、特に「大 いなる周縁」から多面的にカナダの文学を考察した。

佐々木菜緒氏による発表「ガスペジー―ケベックの想像世界における歴史的、社会的、文化的役割」 は、文学作品から大衆文化に至る多様な媒体に登場するケベック州ガスペジーの漁師のイメージに着目 し、その 18 世紀から 20 世紀に至るその変遷を追い、ケベック文学事情に明るくないものも多い聴衆に 貴重な情報を提供した。室淳子氏による発表「カナダ先住民と天然資源開発」は、近年の資料や文学作 品をふんだんに用いながら、西部の原油・天然ガス開発地域に生活する先住民の現状を、開発者による 雇用の提供、さらには若手作家への支援等の複雑な問題を含めてわかりやすく解説した。佐藤アヤ子氏 による発表「The Glace Bay Miners’ Museum にみる女たち」は、原作となった短編小説はもとより、 視覚的に刺激の強い映画化作品も用いながら、ノヴァスコシア州北部のケープブレトン島の炭鉱町に生 き、労働災害や退職後も続く職業病により、家族の男たちを見送った女性が、もはや言葉を失った男た ちの記憶をこの世にとどめようとする姿を追い、シンポジウム会場をおおいに盛り上げた。

環境はそこに備わる資源の開発のありかたの如何で、人間のコミュニティに富をもたらすことも、そ れを壊滅的な状態に至らしめることも可能である。本シンポジウムは、資源の開発・活用が人間の貨幣 獲得のためにほぼ不可避であるカナダの現状において、コミュニティの記憶の記録者として、またコミ ュニティと資本家、そして本来の環境の新しい関係性の模索者として文学の役割を考えるにあたり学ぶ ところの大きなものとなった。

<発表1> ガスペジー―ケベックの想像世界における歴史的、社会的、文化的役割― 《Gaspésie: Historical, Social and Cultural Roles in the Québec Imaginary

(佐々木 菜緒会員)

本発表ではケベック北東部に位置するガスペジーに注目して、ケベックにおいて歴史的、社会的、文 学的にどのような意味をもつ地域なのか明らかにすることを試みた。沿岸地域であるガスペジーには、 基調講演で Tony Tremblay 教授がお話されたニューブランズウィックの場合と共通して考えるべき問題 が多々見出される。18 世紀ヌーヴェル・フランス時代から今日にいたるまで、主に漁業や林業とともに 発展してきた地域であるが、その盛衰は「中心」の歴史に翻弄されている。ヨーロッパとアメリカ大陸 との貿易港として大きい存在感をもっていたのは 19 世紀初頭までで、その後徐々に、都市化、産業形態 および交通網の変化を受けてこれらの地域は長い低迷期に入る。確かに、20 世紀半ばケベック全体に生 じた大きな社会変革の影響により、州レベルでの経済成長は目を見張ったが、ガスペジー地元経済の主 要産業である漁業は強い資本にのまれている。

このような発展の流れの中で、「ガスペジーの漁業または漁師(Pêche ou Pêcheur de la Gaspésie)」 はしばしばケベックの想像世界において社会的に搾取される者として参照される( e.g. « Histoire de pêche » ; La Maison du pêcheur)。また、ペルセの町を中心に栄えた観光業は地元における英仏の社会 的格差の問題に拍車をかけ、後の「革命」の象徴的な場となる。一方、長い間たとえばモンレアルから 見て遠い未知の場、辺境の地であったため、20 世紀初頭にようやくガスペの町まで鉄道が開通して以降、 多くの芸術家、詩人、作家たちを感化している(e.g. Félix Leclerc ; Jacques Ferron ; Gabrielle Roy)。 ケベックの自己認識が高まる時期にガスペジー地域の歴史性、社会性、そして土着性などが「ケベック 性」の一つとしてさまざまに描かれている点がいくつかのテクストを通して示された。

最後に、ニューブランズウィックとの共通の観点から言えば、広大な土地カナダにおいて「地方」と は単に空間的に遠いだけでなく、心理的にも遠い存在であることが指摘できる。それゆえに全面的に孤 立化してしまう。その意味で、ガスペジーについて考えることは、ケベックの歴史と社会における中心 と周縁、都市と地方、知識文化と民衆文化など、現代ケベックあるいはカナダの発展史における本質的 な問題を意味するのだと示唆される。

<発表2> カナダ先住民と天然資源開発
Canadian Aboriginals and the Development of Natural Resources

(室 淳子会員)

今春、カナダ放送協会(CBC)のウェブページの先住民に関わるサイトには、アルバータ州エドモントン からブリティッシュ・コロンビア州バーナビー市に原油を輸送するトランス・マウンテン・パイプライ ンの拡張建設に関わるニュースが頻繁に報道された。カナダの天然資源開発には長い歴史があるが、2003 年に米国エネルギー情報局が原油の確認埋蔵量としてアルバータ州のオイルサンドを含めて以来、カナ ダの原油確認埋蔵量は世界的に見ても多く、2016 年時点で世界第 3 位の地位を占めている。アメリカや アジア、ヨーロッパに向けた石油開発は急速に進められ、「21 世紀のゴールドラッシュ」とも呼ばれる状 況を生み出したのだ。

天然資源開発に伴って、先住民の生活環境は大きく変えられた。地域に暮らす先住民に対して十分な 説明がされないままに開発が進められる状況も多く、健康被害や環境汚染の影響も大きい。新たなパイ プラインの建設をめぐっては、先住民による抵抗運動が盛んに行われ、計画が中断されているケースも 見られる。

先住民が取る立場も一様ではない。天然資源開発は、地域の経済活性化と雇用促進に働きかけ、貧困 に伴う様々な問題を抱える先住民コミュニティーにとっては、切り離すことの難しい存在でもある。居 留地でのカジノ経営と同様に、矛盾を承知の上で推進の立場を取る者もいるようだ。天然資源開発には、 動物保護や地球温暖化防止のための目標値との関わりも指摘されている。

本シンポジウムでは、主に原油開発をめぐる先住民コミュニティーの社会的状況について報告を行っ た上で、先住民作家イーデン・ロビンソン(Eden Robinson, 1968-)を取り上げた。ロビンソンは、故郷の キティマトに導かれる計画のあった原油輸送のノーザン・ゲートウェイ・パイプラインの建設に反対の 姿勢を示し、数々のエッセイやインタビューにおいて自らの見解を発表している。ロビンソンの短編 “Queen of the North” (1995)、長編 Monkey Beach (2000)、長編 3 部作第 1 Son of a Trickster (2017) においても、天然資源開発に関する描写は散りばめられ、先住民コミュニティーとの根深い関わりを読 み取ることができる。

<発表 3>『グレース・ベイの炭鉱夫博物館』にみる女たち 《Women in The Glace Bay Miners’ Museum

(佐藤 アヤ子会長)

Sheldon Currie(1934-)の短編小説、The Glace Bay Miners’ Museum(『グレース・ベイの炭 鉱夫博物館』1976)は、1940 年代のノヴァスコシア州のケープ・ブレトン島を舞台に、落盤事故に よる坑夫たちの死が日常化している炭鉱町で家族を失った若い女性Margaret MacNeilの回想で展 開していく作品である。1991 年に、本作品は、Wendy Lill によってラジオ・ドラマ化され、さらに 舞台劇となり、1995年には、Helena Bonham Carter主演でMagaret’s Museumのタイトルで映 画化され、翌年には『死の愛撫』と題して日本でも公開されている。戯曲The Glace Bay Miners’ Museum(『マギーの博物館』)は、会員の吉原豊司訳で 2012 4 月に劇団民藝によって上演されて いる。

The Glace Bay Miners’ Museum では、原作者のシェルドン・カリーも脚本家のウェンディー・ リルも主人公マーガレットに代表されるような「強く、勇敢で、自己を信じて戦う女たち」を描い ている。その一方、炭鉱産業が全盛期であったころでも、そこに暮らしていた女性たちに関する資 料は極端に少なかったと言われている。しかし、劣悪な坑内で、安い賃金で働き、落盤事故で逝っ た父や、兄弟や、夫たちを見ながら、女たちは強く、たくましく生きてきたことは明白である。

本発表では、19 世紀後半から 20 世紀前半にかけてケープ・ブレトン島の主幹産業であった炭鉱 業の盛衰の歴史を鑑みながら、そこで展開されてきた「炭鉱と女たち」の関係性をThe Glace Bay Miners’ Museum を通して分析した。

 

<特別寄稿>(Special Articles) 1

Visiting Japan

Tony Tremblay

At the invitation of professors Yoko Araki (Keiwa College) and Ayako Sato (President of the Canadian Literary Society of Japan), I travelled to Japan for the first three weeks of June 2018 to give a series of talks about my work and deliver the keynote address at the society’s annual conference. Since such a trip was a once-in-a-lifetime opportunity, my wife, also an academic, accompanied me. Below is a brief recap of our trip.

We began in Tokyo, specifically the Ueno (Taitō) ward of the city, chosen because of access from Narita airport and then easy access to the Shinkansen bullet train that would transport us to Niigata. Two days in Ueno enabled us to get our bearings, learn that people walked and drove on the left side of sidewalks and streets, and try some of the famous ramen shops that we had read so much about. We mostly explored Ueno Park, though, because the temperatures in Tokyo were in the high thirties too hot and sticky for much sightseeing or noodle slurping.

Temperatures dropped as we made our way north to Niigata, where my fellow Atlantic-Canadianist and UNB alumnus Araki-sensei had arranged almost a full week of lectures and community visits. I spoke to her students and colleagues about documentary film, about reversing rural decline through development of identity projects, and about building community around shared aspects of history and culture. We visited Japanese gardens, saw a kite festival, screened a very fine documentary film, and travelled into the mountains to see Niigata’s magnificent trees, shrines, and samurai quarters. Students, faculty, and senior administrators welcomed us enthusiastically, grateful that we had made the long journey to visit them. We were a bit of a novelty, as westerners don’t often get as far north as the Chūbu region, but we came to love the city on the Sea of Japan and hope to be back soon. The trees, rivers, and farmlands reminded us of eastern Canada, but, of course, the rice fields were new to us.

From Niigata we travelled through mountainside tunnels in Yoko’s Toyota Corolla to Nagoya, a journey that raised a few eyebrows for being almost seven hours long, but a rather routine trip for Canadians. I gave my conference keynote in Nagoya the next day, surprised to discover that papers were being delivered on Eden Robinson and natural resources, on The Glace Bay Miners’ Museum, on Gaspésie, and on a host of other familiar topics. My regret is that I couldn’t understand the presentations in Japanese. That said, my own talk was warmly received and prompted a number of excellent questions that I have since reflected on. At the dinner afterwards, I met a large number of committed Canadianists: translators of Margaret Atwood and Alice Munro, admirers of Alden Nowlan and Elizabeth Brewster, and modernists studying Marshall McLuhan, Glenn Gould, and Canadian film. As my new friends pressed me for information about Canadian literature and film, I pressed them about Japanese writers, rushing out the next day to buy Haruki Murakami’s Norwegian Wood.

While in Nagoya, we also visited classrooms at Sugiyama Jogakuen University, Nagoya University of Foreign Studies, and Chukyo University, speaking on topics as diverse as Antonine Maillet, Acadian literature, Alden Nowlan, and how multimedia shapes the way we think. My wife and I are grateful to professors Yukiko Toda, Junko Muro, and Chris Armstrong as well as their students for exceptional hospitality.

Armstrong-sensei, a New Brunswick-born scholar whom I know from his work in Atlantic-Canadian studies, was incredibly gracious, inviting us to dinners, showing us the city, ensuring that we sampled Japan’s prized cuisine, and accompanying us to Kyoto and Nara.

A student-faculty roundtable he organized on secondary and postsecondary education (Canadian and Japanese perspectives) was the final highlight of our stay in Nagoya, enabling us to have a wide-ranging discussion with senior students who had just completed their practicums. Chris’s students were articulate and frank about their hopes and fears in becoming teachers in the famously demanding and competitive Japanese public education system.

Lunch with Armstrong-sensei’s Education students, Chukyo University

Chris accompanied us to our ryokan in Nara that afternoon, navigating the train systems that, after twenty years in Japan, he had become expert in. When he left we commented on how grateful we felt to have had Yoko and Chris as our guides. Japan is so different than the West that we needed their help to steer us and keep us on track.

There were so many highlights during our short stay that it is difficult to name just a few, but I will try. First and most affecting was the outstanding hospitality and kindness of the Japanese people. Our societies in the West have so much to learn from Japanese politeness, service, and civility. We’ve travelled the world and have experienced nothing like it before. The shining quality of its

people is surely Japan’s greatest resource. Whether manifest in the concern for us during the Osaka earthquake, the countless courtesies that were extended, or the final gift of a scroll made for us by a renowned Nara calligrapher the night before we left, that constant thoughtfulness was the absolute highlight of our trip. We will never forget it.

Nor will we forget the inquisitiveness of students, the uniformed school children, the red-carpet treatment at gas stations, the farewell bows to planes on airport tarmacs, the deep emerald green of Japanese gardens, the long tunnels through mountains, the patience of pedestrians and drivers (no one jaywalks or honks!), the variety of noodles, pork, and pagodas, the punctuality of trains, the eloquent sparseness of tatamied ryokans, or the Shinto-inspired care of old trees, their withered trunks propped up by crutches and ropes.

We are very grateful for having had the chance to visit Japan, and we cannot wait to return.


2 『ケンブリッジ版 カナダ文学史』、JACS学会賞を受賞


竹中 豊(日本カナダ学会顧問)

飛びあがるほどのグッドニュースです。日本カナダ文学会会員の皆様にとっては、馴染みある『ケン ブリッジ版カナダ文学史』(彩流社、2016 年、826 頁。原著 The Cambridge History of Canadian LiteratureCambridge University Press, 2009)が、このたび日本カナダ学会(以下、JACS)の「学 会特別賞(翻訳書)」に選ばれました。

JACS は、「日本におけるカナダ研究の優れた成果を顕彰し、カナダ研究の発展に資することを目的と して」、隔年ごとに、該当する邦語書籍に対して「学会賞」を、そして翻訳書に対しては「学会特別賞(翻 訳書)」を授与しています。これは 2016 年よりはじまった企画の一つで、今回は2回目の実施年となり ます。

JACS 学会賞選考委員会によると、今回の「学会特別賞(翻訳書)」の受賞理由は、原著のカナダ文学 研究に関する傑出した内容はもちろんのこと、カナダ文学にあまり馴染みのない日本の読者をも念頭に おきながら、きわめて「丁寧な翻訳と解説」がなされた点も高く評価された、としております。これは、 同翻訳にかかわった 26 名の会員の努力、さらにはカナダ文学にむける熱意のたまものだと思います。

同学会賞の授賞式は、去る 9 15 日(土)、神戸国際大学で開催された JACS 年次研究大会時の懇親 会席上にて行われました。本来であれば、代表として授賞式に臨まれるのは、本書の監修者がふさわし いのですが、あいにく 3 名とも所用のため、出席がかないませんでした。そこで、佐藤アヤ子会長から の要請もあり、また本書の翻訳にあずかり、かつ、長らく日本カナダ文学会創立時以来のメンバーでも あった竹中が、僭越ながら“大役”を引き受けさせていただきました。賞状および副賞金 8 万円は、JACS 会長・佐藤信行氏(中央大学)より贈呈されました。

あらためて『ケンブリッジ版カナダ文学史』の翻訳刊行に関して言えば、本書は、ご承知のように 2012 年のカナダ文学会創立 30 周年を記念して企画されたものです。彩流社が本企画にご理解をいただき、出 版を引きうけていただけたのは幸いでした。それでも、原著書は 802 頁の大著に加え、難解な文体や独 特の表現方法も散見され、正直、日本語への翻訳には苦労も多かったと思われます。試行錯誤を重ねながらも、企画立ちあげから 4 年後の 2016 年に、ついに刊行にこぎつけることができました。 ところで、“カナダ文学”なるものを初めて総括的にまとめあげた著作といえば、おそらくは 1965 年刊

行の The Literary History of Canada(University of Toronto Press)でしょう。この時点で、書名が Canadian literature でなく、Literary(文学的)と表記されていたのは、カナダ文学の存在そのものに 対する控えめな自覚があったからかもしれません。さらにマーガレット・アトウッドは、「カナダ文学を 書くことは歴史的にみれば個人的行為であって、長いあいだ聴衆などは存在しなかった」・・・とさえ、 自虐的に述べていました。1972 年のことです。

しかし、こうした「カナダは英語・仏語にせよ、真の国民文学をもっていない」と揶揄されていたの は、もう「今は昔」の話。英語系・仏語系独自のカナダ文学は、今やイギリス文学・フランス文学・ア メリカ文学とも異なり、内面における独自の言語表現を十分果たしています。その分野は小説、詩、評 論にとどまりません。

先住民の伝承文学、自然文学、探検物語、移民文 学など多岐にわたります。『ケンブリッジ版カナダ 文学史』は、そのことを見事に実証してくれまし た。その意味で、本書の出版は、知的な大事件でありました。そして今回の受賞は、まさしく <穏和な(peaceable) “大事件>だったに違いあ りません。

会員による新刊書紹介

〇塩田弘・松永京子他編著『エコクリティシズムの波を超えて』 (音羽書房鶴見書店、2017 5 月)3,800 円+税

ISBN-10: 4755304016/ISBN-13: 978-4755304019

 *荒木陽子会員によるアリステア・マクラウド及び岸野英美会員に よるルース・オゼキの論考を所収 

〇森有礼・小原文衛編著『路と異界の英語圏文学』(大阪教育図書、2018 1 月)2,800 円+税

ISBN-10: 4271210536/ISBN-13: 978-4271210535 *森有礼会員によるウィリアム・フォークナー及び C. J. アームスト

ロング会員によるアトランティック・カナダの論考を所収 マーガレット・アトウッド著『洪水の年(上・下)』佐藤 アヤ子訳

(岩波書店、2018 9 月)各巻 2,916


編集後記 

北海道を除けば、まだ夏の名残の感じられる時節かと思いますが、会員の皆さまはいかがお過ごしで しょうか。今号は 6 月に開催された年次研究大会の報告を中心に作成しています。司会、発表者をはじ めご執筆いただいた方々には多忙な中、ご寄稿いただき、誠にありがとうございました。また、Tony Tremblay 先生、竹中豊先生からも原稿をお寄せいただき、大変充実した、そして読み応えのある NL を お送りできたのではないかと思います。 

ところで北海道民にとって、「9 月は残酷な月」でした。9 月 4 日~5 日にかけての台風 21 号の上陸、 6 日午前 3 時にはこれまで道民が経験したことのない大地震に見舞われました。勤務校ではすでに授業が 始まっていましたが、翌朝から休校となり、学生全員の安否確認にも数日かかりました。その後、授業 は再開しましたが、20 日を過ぎても、節電中のほの暗い廊下を学生や教員が行き交っています。今回の地震によって多くの人が亡くなり、家屋が倒壊し、全道全域に甚大な被害がもたらされました。しかし、 震源地に近い場所に、もし原発があったらと想像すると、ブラックアウトどころではない、おぞましい 事態が待ち受けていたのではないかと震え上がります。(M)

6 月の大会では、ステキなゲストを迎え、皆さまと穏やかな楽しい 1 日を過ごさせていただきました。 その後、夏の暑さは厳しさを増し、各地で災害が続き、「普通の日々」を過ごす難しさを痛感いたします。 被災地の皆さまには、少しでも早く「普通」の生活が戻ることをお祈り申し上げるばかりです。 

8 月、エディンバラの国際ブック・フェスティバルで興味深い作家に出会いました。北緯 60 度に位置 する島、シェットランド出身のMalachy Tallackという作家です。エディンバラからの帰国の便で、彼 が自らの “home” を探求し、もちろんカナダも含めた北緯 60 度の土地をめぐった旅の記録 Sixty Degrees North を読みました。偶然にも、9 月初めに予定していた母との旅先は北欧で、彼の美しい本の 記憶とパラレルに、どこまでも広がる美しい湖とフィヨルドを心に刻みました。来年の秋、この作家に は日本への旅を経験してもらう計画を立て、話を進めています。不思議なめぐりあわせを感じる北緯 60 度の夏でした。 (S) 

コメント

日本カナダ文学会第36回年次研究大会プログラム

2018-05-09 | 大会情報

日本カナダ文学会36回年次研究大会プログラム

Programme of the 36th Conference of the Canadian Literary Society of Japan

 

 

 

 

日時:2018616日(土)10001730930受付開始)

Date : Time Saturday, 16 June 2018 10:00-17:30 (Registration opens at 09:30)

 

会場:椙山女学園大学 星が丘キャンパス 国際コミュニケーション学部棟(B ) 417

Venue: Sugiyama Jogakuen University, Hoshigaoka Campus

〒464-8662 名古屋市千種区星が丘元町17番3号 TEL:052-781-1186(代)

3-17 Hoshigaoka Motomachi Chigusa-ku Nagoya-shi, Aichi 464-8662

総合司会 副会長 室 淳子

Conference Chair: Junko Muro

Vice President, Canadian Literary Society of Japan


開会の辞 会長 佐藤 アヤ子  

Opening Remarks  Ayako Sato, President, Canadian Literary Society of Japan


午前の部Morning Session

研究発表 Research Presentations

司会 岸野 英美(松江工業高等専門学校)Chair: Hidemi Kishino, National Institute of Technology, Matsue College

1.原田 寛子(福岡工業大学)Presenter: Hiroko Harada, Fukuoka Institute of Technology

10:10-11:00

ヒロミ・ゴトーの『コーラス・オブ・マッシュルーム』における祖母と孫娘の関わり

The Grandmother-Granddaughter Relationship in Hiromi Goto’s Chorus of Mushrooms

司会 長尾 知子(関西学院大学)Chair: Chikako Nagao, Kwansei Gakuin University

2.白井 澄子(白百合女子大学)Presenter: Sumiko Shirai, Shirayuri University              

11:05-11:55

現代カナダ思春期文学の挑戦―Calvinにおける心の病と冒険サバイバル

The Challenge of a Contemporary Canadian Adolescent Story:

Calvin, Schizophrenia and Adventure Story

昼食休憩 Lunch Break                          11:55-13:00

総会 General Meeting  議長 佐藤 アヤ子 Chair: Ayako Sato                  13:00-13:30

午後の部 Afternoon Session

特別講演・Special Guest Lecture

司会荒木 陽子(敬和学園大学)Chair:YokoAraki, Keiwa College                 13:30-14:30

Dr. Tony Tremblay, St. Thomas University

“Restoring Pride of Place: Re-Making New Brunswick and Atlantic Canada through Cultural Work”

休憩 Break                                           14:30-15:00

シンポジウム Symposium                                                       15:00-17:30

産業・環境・カナダ文学《 Canada’s Industry, Environment, and Literature

司会 荒木 陽子(敬和学園大学)Chair: Yoko Araki, Keiwa College

佐々木 菜緒(明治大学大学院)Nao Sasaki, Meiji University, Graduate School

ガスペジー―ケベックの想像世界における歴史的、社会的、文化的役割—

Gaspésie: Historical, Social and Cultural Roles in the Québec Imaginary

室 淳子(名古屋外国語大学)Junko Muro, Nagoya University of Foreign Studies

カナダ先住民と天然資源開発

Canadian Aboriginals and the Development of Natural Resources

佐藤 アヤ子(明治学院大学)Ayako Sato, Meiji Gakuin University

The Glace Bay Miners’ Museumにみる女たち

Women in The Glace Bay Miners’ Museum

閉会の辞 松田 寿一(北海道武蔵女子短期大学)

Closing Remarks  Juichi Matsuda, Vice President, Canadian Literary Society of Japan


 

懇親会案内(Post-Conference Party)

場所(Venue):「Pagina」(イタリア料理)
http://pizzeriapagina.jp   TEL:050-5592-4007
18:00~20:00

会費(Members’ fee for party):5000円

 

椙山女学園大学星丘キャンパス案内

〒464-8662 名古屋市千種区星が丘元町17番3号
TEL:052-781-1186(代)
地下鉄東山線「星が丘」下車、6番出口より徒歩5分

 

後援 カナダ大使館・ケベック州政府在日事務所

Supported by the Embassy of Canada and the Délégation générale du Québec à Tokyo

(*会員外で大会参加の場合は1000円頂きます。Please note: There is a conference fee of \1000 for non-members.)

 

発表要旨

 

福岡工業大学   原田寛子

ヒロミ・ゴトーの『コーラス・オブ・マッシュルーム』における祖母と孫娘の関わり

 

本発表では、ヒロミ・ゴトー(Hiromi Goto, 1966-)の『コーラス・オブ・マッシュルーム』(Chorus of Mushrooms, 1994)において、孫娘の成長に祖母がどのように関わっているかを考察し、祖母の重要性と新たな祖母像を追求する。女性の物語において、母親の主体や不在は問題として取り上げられてきたが、祖母の存在とその重要性に関する問題には議論の余地がある。娘の成長をサポートする母親の「不在」はこの物語にも当てはまるが、その溝を埋め母娘の関係を修復する役割は祖母ナオエが担っている。祖母の人生を自由に書き変えた、と述べるゴトーが描く物語には、孫娘ムラサキにとって祖母ナオエがいかに重要な存在であるかということだけでなく、コトバや物語、ジェンダーや人種という付与された概念を壊し、新たなものへと作り変えていく祖母/老女の可能性を窺うことができる。この物語に挿入される「山姥」や「姥捨て山」など日本の伝統的な物語の書き変え物語に登場する女性/老女の意味も交えながら、既成の概念を崩し、それを超えて行くナオエの祖母像を考えたい。

 

The Grandmother-granddaughter Relationship in Hiromi Goto’s Chorus of Mushrooms

Hiroko Hirada, Fukuoka Institute of Technology

 

This presentation discusses the grandmother-granddaughter relationship in Hiromi Goto’s Chorus of Mushrooms, focusing on the grandmother’s importance for the granddaughter’s search for identity. The issues of maternal agency or absence have been frequently discussed as one of the major themes and problems in the women’s literary tradition. However, more investigation is still required into the grandmother’s role and agency in female relationships. In this novel, it is the grandmother, Naoe, who guides her granddaughter, Murasaki, in her process of identity-formation, and also contributes to restoring the relationship between the mother, Keiko, and her daughter, Murasaki. With Goto’s intention of re-telling her grandmother’s personal myth with “tremendous liberties,” this novel not only describes the precious and solid relationship between grandmother and granddaughter, but also represents the possibility of a grandmother/old woman who subverts and re-conceptualizes the fixed ideas embedded in language, story, gender, and race. The transcendent nature of the grandmother, Naoe, is correlated with old women in the retold stories of the Japanese traditional narratives, “Ubasuteyama” and “Yamauba,” inserted in this novel.             

 

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白百合女子大学  白井澄子

現代カナダ思春期文学の挑戦―Calvinにおける心の病と冒険サバイバル

 

 カナダ児童文学の開花当時から冒険物語は大きな位置を占めてきた。19世紀半ばに書かれたC.P. TraillのCanadian Crusoes (1852)やR.M. BallantyneのYoung Fur Traders (1856)は最初期の作品だが、冒険物語の人気は19世紀末から20世紀初期にかけて続いた。20世紀後半以降になると冒険物語の数は減るが、現代ではK. Oppelのファンタジー冒険物語などが書かれ、その幅は広がっている。

 Calvin (2015)はMartine Leavittによるヤングアダルト小説で、カナダ総督児童文学賞を受賞した。これは統合失調症にかかってしまった現代の男子高校生Calvinが、発病以来、彼にだけ聞こえるHobbesという、人間の言葉を喋るトラに思考を分断される状態から何とか抜け出そうとする奮闘を扱った作品である。Calvinは自分を取り戻すために、厳冬のエリー湖を徒歩でアメリカ側へ渡ることを計画するのだが、自ら志願して彼を助けようとする女子高校生Susieが同行する。限られた装備と食糧で極寒の湖を横断するのはまさに王道の冒険・サバイバル物語を彷彿とさせる。

古典的な冒険物語には、極寒の地、飢えや寒さとの戦い、少年主人公の知恵と勇気、苛酷な冒険を経ての青年の心身の成長が描かれることが多い。しかしCalvinには、これらの要素以外に、主人公の男子を助ける女子の存在、自己統合への挑戦などの新しい要素が盛り込まれている。それらに注目することで作品の持つ現代的意義を見出したい。(なお、登場人物のCalvin, Susie, HobbesはいずれもBill WattersonのマンガCalvin and Hobbesのキャラクターである。)

 

The Challenge of a Contemporary Canadian Adolescent Story: Calvin, Schizophrenia and An Adventure Story

                                                                                                Sumiko Shirai, Shirayuri University

 

Calvin (2015), written by Martine Leavitt, is a unique adventure story. Calvin, the protagonist, is a Canadian high-school boy who is suffering from schizophrenia. His thoughts are often disturbed by an imaginary tiger, Hobbes, whose figure and voice are not seen or heard by other people except Calvin.  In order to regain his ordinary self, Calvin plans to walk over the frozen Lake Erie to Cleveland, Ohio. He estimates it will take two days but under the severe winter conditions, it takes longer. He is accompanied by Susie, a female classmate.

Calvin is very much like classic Canadian adventure stories. They include survival in the intense cold, starvation, young man’s wisdom and courage, etc. as typical elements.  They are in other words “man’s stories.” Calvin, however, has some different aspects from classic adventure stories, for example, one of the main characters is Susie, a positive girl, and Calvin’s purpose is to regain his ordinary self.  By comparing classic adventure stories and Calvin, I try to figure out contemporary meaning of the adventure story.

 

午後の部 Afternoon Session

特別講演 Special Guest Lecture

 

Restoring Pride of Place: Re-Making New Brunswick and Atlantic Canada Through Cultural Work                                                                                    

Dr. Tony Tremblay, St. Thomas University

 

In this keynote address I will discuss my work of the last ten years against the background of New Brunswick literature and Canadian history. My goal is to make my address general enough that it is applicable to professors and students working in diverse fields of literature, culture, heritage, or history.

To begin to understand New Brunswick as a cultural space, one must first understand the nature of Canadian federalism: that is, understand that Canada is one entity made up of many parts. In the 18th and 19th centuries, New Brunswick was at the forefront of Canadian culture. The province’s writers were considered to be the best in British North America, and, once Canada became an independent nation, New Brunswick writers were the first in the country to express a sense of “home grown” national pride. As the country expanded westward, however, that sense of literary excellence changed, and New Brunswick and other eastern Canadian provinces began to suffer not only economic decline, but also “narrative decline,” by which I mean negative stereotyping. The cultural work that we do in eastern Canada must therefore deal first with the negative stereotyping attached (unjustly) to the region and its writers. Scholars can choose to ignore that stereotyping or address it head on.

In my work, I chose to address the stereotyping directly, for it explained to me the lack of knowledge resources in the province. When I started my work in 2007 there was no dedicated provincial publisher, no encyclopedia, no critical journal, no comprehensive written history of the province, and no province-specific curricula – in other words, none of the tools necessary for self-understanding. Moreover, the once-strong talk radio tradition had become very weak, there was almost no documentary film industry, and the last scholarly book on New Brunswick literature had been published twenty-five years ago. Clearly something had to be done, for the result of this inaction was that other people were defining, for their own purposes, what New Brunswick was and should be.

My talk will move from there to explain how small teams of cultural workers in New Brunswick worked to correct those knowledge-resource problems, thus renewing a sense of cultural pride in a people who had been overlooked and ridiculed. It has not been easy to change the public image of a province from a backward place to a place where achievement in the arts is recognized and celebrated, but that is what is starting to happen in New Brunswick.

The aim of my talk will be to show how a small, committed group of cultural workers and public intellectuals can make a difference in turning around public opinion. The talk will thus be designed to inspire your colleagues to do something similar in their own fields. And to show students and faculty what can be accomplished if small groups of citizens set their minds to something concrete. I’ll use New Brunswick and Atlantic Canada as the model, and introduce a lot of contextual information that will educate people about Canada.

 

シンポジウム

産業・環境・カナダ文学

敬和学園大学  荒木 陽子

 

カナダは世界第二位の莫大な国土を誇り、その広大な土地は有史以来そこに住む者たちに、生活の糧を与えてきた。それゆえに、資源を採集し、それを加工することで成立する農林水産鉱工業に加えて、観光業などサービス分野の産業まで、カナダにおいて生活に必要な貨幣を生み出す産業の環境依存度は驚くほど高い。そして、日本のメディアに映し出される合衆国との国境に近い都市部の華やかな生活の多くは、その陰に隠れがちな巨大な周縁部で産出、生産された資源や産物、あるいは周縁部に存在する自然環境や風景そのものの上に成立していると言っても過言ではない。

このような土壌で生産される文学もまた、その黎明期から否応なく、自然環境と産業が交差する場所で繰り広げられるパワー・ポリティクスの目撃者となることを迫られてきた。本シンポジウムでは、ケベック州北東部のガスペ地方(佐々木発表)、国土に散在する先住民の生活するエリア(室発表)、そしてノヴァスコシア州北部のケープブレトン島(佐藤発表)といったカナダの周縁を描く文学が、環境に依存する産業――本シンポジウムでは特に第一次産業衰退後発達した観光業と、天然資源の採取・開発――、地域、そしてそこに生きる人々をいかに描いてきたかを検討する。

 

Symposium: Canada’s Industries, Environment, and Literature

Yoko Araki, Keiwa College

 

Canadian industries, from natural resource extractions to tourism, heavily depend on its environment and ecology. The massive land of Canada, so far, has almost always allowed its people to make their lives out of it in one way or another. We should not forget, however, that it is the natural resources, including the marketable landscape for tourism in the vast marginal land, that support colorful lives in relatively small Canadian urban spaces along the US border; that natural resources in the margin do not last forever; that the resources and products made from them may not always be competitive in the global market; that we should be prepared for life after these resources have been exhausted.  Literatures in Canada have represented the politics played out in the places where local industries are heavily concerned with their eco-systems. In this afternoon symposium, the presenters will explore literary representations of resource extractions and their aftermath in Gaspésie (Sasaki), First Nation reserves across Canada (Muro), and Cape Breton Island (Sato).

明治大学大学院  佐々木 菜緒

ガスペジー―ケベックの想像世界における歴史的、社会的、文化的役割―

 

 本発表では、ケベックの東部に位置するガスペジーが、歴史的、社会的、文化的な意味で20世紀ケベックの想像世界に果たしてきた役割を明らかにしていきたい。そのために、まず同地域の発展の流れを概観し、そして、ガスペジーが象徴するものについて、いくつかの文学作品をとりあげながら検討し、最終的にガスペジーが内包する特異性を論じていきたい。

 18世紀ヌーヴェル・フランス時代から、漁業や林業とともに発展してきたガスペジーは、20世紀に入ると諸々の技術・産業資本の発展により、地元経済は危機に見舞われていく。そのような背景のもと、「ガスペジーの漁師」はしばしばケベックの想像世界において社会的に搾取される者として参照される( e.g. « Histoire de pêche » ; La Maison du pêcheur)。また、ペルセの町を中心に栄えた観光業は地元における英仏の社会的格差の問題に拍車をかけ、後の「革命」の象徴的な場となる。一方、長い間たとえばモンレアルから見て遠い未知の国であり、辺境の地であったガスペジーは、20世紀初頭に鉄道が開通して以降、多くの芸術家、詩人、作家たちを感化している(e.g. Félix Leclerc ; Jacques Ferron ; Gabrielle Roy)。この地域の歴史的文化性、土着性などが「ケベック性」の一つとしてさまざまに描かれていくのである。

 

Gaspésie: Historical, Social and Cultural Roles in the Québec Imaginary

Nao Sasaki, Meiji University Graduate School

 

In this study we clarify the historical, social and cultural roles played by Gaspésie in the 20th century Québec imaginary. First, we outline the development of the region, and then discuss what Gaspésie symbolizes by taking up a few literary works. Finally, we will discuss the particularity of Gaspésie in the Québec imaginary.

Gaspésie has developed with fishing and forestry industries since the time of Nouvelle-France of the 18th century, but the local economy has suffered substantially since the beginning of the 20th century with the development of new technology and the growth of industrial capital. In this context, the « pêcheur de la Gaspésie (fisherman of Gaspésie) » is often referred to as describing social exploitation in Québec’s imaginary world (e.g. « Histoire de pêche »; La Maison du pêcheur). The tourist industry, which grew especially in Percé, the central town of the region, worsened the social tensions between Anglophone and Francophone, and eventually made Perce the place of the “revolution” later. On the other hand, being far from big cities such as Montreal, Québec’s artists, poets and writers (e.g. Félix Leclerc; Jacques Ferron; Gabrielle Roy) were deeply inspired by this remote region, after the railway opened at the beginning of the 20th century. Then historical and local cultures of this region began to be described in their works as those of « québécité ».

 

名古屋外国語大学  室 淳子

カナダ先住民と天然資源開発

 

 カナダ放送協会(CBC)のウェブページの先住民に関わるサイトには、原油パイプラインの建設に関わるニュースが頻繁に報道されている。カナダの天然資源開発には長い歴史があるが、2003年に米国エネルギー情報局が原油の確認埋蔵量としてアルバータ州のオイルサンドを含めて以来、カナダの原油確認埋蔵量は世界的にみても多く、2016年時点では世界第3位の地位を占めている。アメリカやアジア、ヨーロッパに向けた石油開発は急速に進められ、「21世紀のゴールドラッシュ」とも呼ばれる状況を生み出しているのだ。

天然資源開発に伴って、先住民の生活環境は大きく変えられてきた。地域に暮らす先住民に対して十分な説明がされないままに開発が進められる状況も多く、健康被害や環境汚染の影響も大きい。新たなパイプラインの建設をめぐっては、先住民による抵抗運動が盛んに行われ、計画が中断されているケースも見られる。

先住民が取る立場も一様ではない。天然資源開発は、地域の経済活性化と雇用促進に働きかけ、貧困に伴う様々な問題を抱える先住民コミュニティーにとっては、切り離すことの難しい存在でもある。居留地でのカジノ経営と同様に、矛盾を承知の上で推進の立場を取る者もいるようだ。天然資源開発には、動物保護や地球温暖化防止のための目標値との関わりも指摘されている。

 本シンポジウムでは、作家たちのエッセイや作品に触れながら、カナダ先住民と天然資源開発をめぐる状況について報告したい。

 

Canadian Aboriginals and the Development of Natural Resources

Junko Muro, Nagoya University of Foreign Studies

 

CBC Indigenous from the CBC website often reports news on the construction of crude oil pipelines in Canada and in the U.S. The development of natural resources has a long history in Canada, and since 2003, when the U.S. Energy Information Administration included Alberta’s oil sands into their statistics of crude oil proved reserves in the world, Canada has been among the top oil-producing countries; the statistics show that Canada was the third largest oil producers in 2016. The rapid rise in oil production to supply markets in the U.S., Asia, and Europe causes situations labelled as “the 21st century gold rush”. 

Lifestyles in aboriginal communities in Canada have dramatically changed after the development of natural resources. In many cases, the development proceeds without adequate explanations to aboriginal communities and damages human and environmental health. Aboriginals often resist the construction of new crude oil pipelines, which in some cases results in blocking the projects.

Aboriginals take different stances. The development of natural resources strengthens employment and fosters economic development of aboriginal communities, which suffer from many demanding situations caused by poverty. As well as the operation of casinos on reserves, some promote industrial development while being aware of negative impacts it may bring to their communities. The development of natural resources also involves issues on animal rights and targets for limiting global warming.

The presentation covers the recent move on the development of natural resources in aboriginal communities while referring to essays and literary works by aboriginal authors in Canada.

 

明治学院大学  佐藤アヤ子

The Glace Bay Miners’ Museumにみる女たち

 

Sheldon Currieの短編小説、The Glace Bay Miners’ Museum(『グレース・ベイの炭鉱夫博物館』1976)は、1940年代のノバスコシア州のケープ・ブレトン島を舞台に、落盤事故による坑夫たちの死が日常化している炭鉱町で家族を失った若い女性Margaret MacNeilの回想で展開していく作品である。1991年に、本作品は、Wendy Lillによってラジオ・ドラマ化され、さらに舞台劇となり、1995年には、映画化されている。

 The Glace Bay Miners’ Museum では、原作者のシェルドン・カリーも脚本家のウェンディー・リルも主人公マーガレットに代表されるような「強く、勇敢で、自己を信じて戦う女たち」を描いている。その一方、炭鉱産業が全盛期であったころでも、そこに暮らしていた女性たちに関する資料は極端に少なかったと言われている。しかし、劣悪な坑内で、安い賃金で働き、落盤事故で逝った父や、兄弟や、夫たちを見ながら、女たちは強く、たくましく生きてきたことは明白である。

本発表では、19世紀後半から20世紀前半にかけてケープ・ブレトン島の主幹産業であった炭鉱業の盛衰の歴史を鑑みながら、そこで展開されてきた「炭鉱と女たち」の関係性をThe Glace Bay Miners’ Museumを通して分析したい。

 

Women in The Glace Bay Miners’ Museum

Ayako Sato, Meiji Gakuin University

 

The Glace Bay Miners’ Museum by Sheldon Currie is set in Cape Breton Island, Nova Scotia, in the 1940s. The story is told as the reminiscence of a young woman, Margaret MacNeil, who lives in a coal mining town where the death of miners from accidents in the pit has become routine. In 1991, The Glace Bay Miners’ Museum was adapted as a radio drama by Wendy Lill and was also adapted for the stage. It was made into the film in 1995.

While both Sheldon Currie and Wendy Lill describe women like Margaret MacNeil as “strong, brave and confident.” there are not many documents that shed light on women’s lives during the height of the mining industry. It is true that many women lived their lives strongly and bravely as they faced the facts that their fathers, brothers, husbands and sons had been hurt or killed in the mine for a paltry wage.

In this presentation, I would like to review the ebb and flow of the coal mining in Cape Breton between the latter part of 19th century and the former part of 20th. century. And then I will explore the relationship between women and coal mining in The Glace Bay Miners’ Museum

 

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Newsletter 69

2018-04-01 | Newsletter

NEWSLETTER
THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN

L’association japonaise de la littérature canadienne
Number 69 Spring, 2018

 



会長挨拶

日本カナダ文学会会長 佐藤アヤ子

百花繚乱の頃となりました。会員の皆様にはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。 NEWSLETTER 69 号をお届けします。

それにしても今冬は寒波襲来で、思いの外、寒い冬でしたね。「爆弾低気圧」という言葉をよく 聞きました。この表現は、マスコミによる造語かと思っておりましたが、正式な気象用語と知りま した。世界気象機関が使う用語「Bomb cyclone」の訳語です。世界中がきな臭い昨今、〈爆弾〉と 聞くと物騒な印象を受けますが、考えてみれば、気象用語には軍事用語由来のものが多いですね。 寒波襲来もそうですが、桜前線、鉄砲水、ゲリラ豪雨などです。しかし天が仕掛ける戦争に、人間 は勝てませんね。

NEWSLETTER 69 号では、昨年 4 21 日に 91 歳で他界された本学会名誉会長でいらした故浅 井晃先生の追悼特集を組みました。会員の中には、浅井先生をご存知ない方も多いかと存じますが、 創立時より、日本カナダ文学会を牽引されてこられた先生の大きな足跡を会員の方々からの追悼文 で知っていただけたらと存じます。因みに、先生の訃報は昨年 9 月にご家族から頂きましたので、 今号での特集となりました。

紀要編集委員のおかげで、『カナダ文学研究』第 25 号が刊行されました。皆様のお手元に届いて いることと存じます。今号は執筆者が多く、嬉しい悲鳴であると同時に、大塚由美子編集委員長を はじめ委員の方々には大変なご尽力を頂きました。感謝申し上げます。また、経費も予算をはるか に超すものとなりました。

2018 年度の日本カナダ文学会年次研究大会は、戸田由紀子会員のお力添えで、6 16 日(土) に名古屋の椙山女学園大学にて開催されます。多くの会員の皆様のご参加をお願いいたします。

会員の皆様の一層のご活躍をお祈り申し上げます。 

 

 
追悼:浅井晃先生の訃報によせて 

「浅井晃先生を偲ぶ」

日本カナダ文学会 顧問 堤 稔子

浅井先生に初めてお会いしたのは 1979 年、発足後間もない日本カナダ学会が大学セミナーハウ スで開催した日加学術会議の席上でした。文学セッションで招聘作家Jack Hodgins氏の「カナダ 文学の現状」と題する講演を聴き、数日後、国際文化会館でさらに詳しいお話を伺う機会がありま したが、浅井先生はすでに予備知識をお持ちで、次々と専門的な質問をされたのが大変印象的でし た。それもそのはず、後に日本カナダ文学会の NEWSLETTER に寄せられた「カナダ文学事始め」 (No. 53, March, 2010)によりますと、先生はカナダ在住のご親戚を介してすでに 1960 年代から カナダ文学に関心を持ち、1971 年には海外研修の 3 か月間を「カナダ文学探訪の旅」に充てて名 だたる作家ゆかりの地を訪ね、インタビューを行い、作品を買い集めていらしたのです。日本カナ ダ学会の『ニューズレター』第 4 号(1979 3 月)に先生の「マーガレット・ローレンスの世界 を探る」という記事が載っていますが、これは上記 Hodgins 氏の講演の半年前に当たります。ちな みに Margaret Laurence Hodgins 氏がカナダ人ノーベル文学賞最有力候補に挙げられた作家で した。カナダ人初のノーベル文学賞受賞は 2013 年の Alice Munro まで待つことになりますが、浅 井先生は早くも 1980 年、Munro の初期の短編集 Dance of the Happy Shades 中の、作家志望の女 性の苦闘をユーモラスに描いたThe Officeを「女の仕事部屋」と題して翻訳し、同人誌『文芸広 場』に載せていらっしゃいます(28 12 号、文芸広場社、1980 12 月)。

1982 年、カナダ学会の有志らが中心となって日本カナダ文学会が 発足しました。初代会長には、カナダにルーツを持ち 60 年代にカナ ダの大学でカナダ文学を教えられた平野敬一先生が就任されますが、そのあとを継いで 1990 年から 2000 年まで会長を務められた浅井先 生は、まさにカナダ文学会の大黒柱でした。会発足と同時に、自ら 準備された冊子『カナダ文学案内―小説を中心に』(文芸広場社、1982 年)を全員に配布し、3 年後には本格的な『現代カナダ文学― 概観・作家と作品・資料』(こびあん書房、1985年)を上梓されます。 日に(港区、国際文化会館にて) 同年、UBC の日本文学教授鶴田欣也氏との共編著で、日本側 4 名、カナダ側 9 名の執筆者による 『日本とカナダの比較文学的研究―さくらとかえで』(文芸広場社、1985 年)を出版されますが、 執筆者および翻訳者との交渉や連絡、カナダ政府と文部省からの助成金の交渉に至るまで、一手に 引き受けられています。2000 年には先生の編集による『カナダ文学関係文献目録』が日本カナダ 文学会から発行されました。こうして日本におけるカナダ文学研究の普及・発展に尽くされた先生 の功績は計り知れません。

その間、ご自身の研究課題には Morley Callaghan、Robertson Davies、Howard O’Hagan など多岐にわたって取り上げ、随時発表されていました。90 年代の一時期、Davies が毎年ノーベル文学賞の候補に挙がる度に、新聞社依頼の原稿を準備しては朗報を心待ちにされていたのを懐かしく思い出します。先住民を含むカナダの伝承文学への関心も早くから示され、その成果はニューファ ンドランドからブリティッシュ・コロンビアに至る各地の神話・民話・伝説を集めた『カナダの風 土と民話』(こびあん書房、1992 年)、美しい写真入りの『トーテムポール世界紀行』(ミリオン書 房、1996 年)、そして総括的な『カナダ先住民の世界―インディアン・イヌイット・メティスを知 る』(彩流社、2004 年)に結実されました。

いつも朗らかに、情熱をもって私ども会員を牽引してくださった浅井先生、長年にわたり、本当にありがとうございました。 

(つつみ としこ)

「ありがとうございました」 

日本カナダ文学会会長 佐藤アヤ子

私の手元に、名誉会長の堤 稔子先生から引き継いだ日本カナダ文学会の NEWSLETTER が創刊 号から現在号まであります。創刊号は 1983 1 月の発行で、日本カナダ文学会が発足した翌年す ぐに発行されたものです。細かい文字で B4 判用紙の裏表にびっしりと書かれた NEWSLETTER です。事務局は浅井晃先生の勤務校であった大正大学の先生の研究室。大会報告、文献案内、会員 情報、推薦図書等を掲載したこの NEWSLETTER を拝読するだけでも、労を惜しまず、日本カナ ダ文学会の創立・運営に奮闘された先生の文学会への熱意を感じることができます。

日本カナダ文学会は、NEWSLETTER 53 号(2010 3 月)から、「カナダ文学との出会い」の 連載を始めています。第 1 回の執筆者が浅井 晃先生です。その中で先生はこう書かれています。「カ ナダ文学愛好家として私は孤独であった」と。堤稔子先生が「浅井晃先生を偲ぶ」で書いておられ るように、浅井先生とカナダ文学との出会いは早く、1960 年のはじめです。誰もが「カナダの文 学というものが存在するのだろうか」と思っていた頃です。そしてこの孤独を破ってくださったの が、日本カナダ文学会初代会長で、カナダから帰国されたばかりの平野敬一先生との出会いであっ た、と。しかし、浅井先生がこの「孤独」に耐え、日本でのカナダ文学研究の体制を整えてくださ ったゆえに、日本カナダ文学会が誕生し、存続していると思います。

カナダ文学の足跡をたどる浅井先生の「カナダ文学探訪の旅」は、1971 年に始まっています。 最初の探訪の旅は 3 ヶ月に及び、バンクーバーから始まり、カルガリー、エドモントン、ウィニペ グ、トロント、モントリオール、ケベック、オタワ、ハリファックスと続き、プリンス・エドワー ド島で終わっています。先生の「カナダ文学との出会い」によると、行く先々で作品を「買い漁っ た」ということです。その後も先生のカナダ横断の旅は続きます。1983 11 月の総会では、1ヶ 月に及ぶ「カナダ文学散歩」を報告されています(NEWSLETTER 419845月による)。資 料のみで研究するのではなく、自分の目で確かめ、作品を生み出した風土に触れることは、広大な 面積を持ち、地政学的にも多様なカナダを研究する者にとっては、大事なことだと思います。浅井 先生のこの〈現場に触れる〉姿勢には、学ぶものが多々あります。

後年、先生はカナダ先住民の地をよく訪れておられました。アクセスの難しいところは、ヘリコプターをチャーターして訪れた、と伺っております。不便さも顧みずに資料収集にあたった先生の 熱意は、『トーテムポール世界紀行』(ミリオン書房、1996 年)、そして『カナダ先住民の世界―イ ンディアン・イヌイット・メティスを知る』(彩流社、2004 年)に集約されています。

創立以来、長く日本カナダ文学会を牽引してくださった浅井 晃名誉会長、本当にありがとうございました。感謝申し上げます。

(さとう あやこ)

「浅井晃先生(1925-2017)」

竹中 豊(元カリタス女子短期大学)

「お読みいただかなくても結構です」・・・。これは、私のうけとった浅井先生のご著書『カナ ダ先住民の世界―インディアン・イヌイット・メティスを知る』(彩流社 2004 年)の添え状の一 部だ。そして「礼状などお書きにならないでください」とも続く。こんな著者謹呈文など見たこと ない。このちょっとした表現に、浅井先生の謙虚な人柄、そして他者を思いやる温かい心情が、見 事に凝縮されている(でも、読むな、と言われれば読みたくなるのが人情。完読しました)。

◇◇◇

そんな優しい浅井先生だったが、残念なことに 2017 4 21 日、91 歳の生涯を閉じた。思え ば、先生の日本におけるカナダ文学研究に果たされた役割は、はかりしれないほど大きい。日本カ ナダ文学会創設のメンバーはもちろんのこと、1990 年~2000 年にかけては会長も務められた。そ の経歴はちょっとユニークだ。東京大学文学部卒業だが、学科は「英文学」でなく、「仏語仏文」 だ。仏語にも堪能なはずだが、長らく東京都立高校にて英語教師を勤めておられた。その一方で、 広く深くカナダの小説にも親しんでいた。根っからの小説好きに輪をかけるように、研究意欲・読 書量も相当なものだった。やがて、そうした努力や業績が認められ、1982 年に大正大学助教授、 1988 年には教授となり、活動舞台はよりアカデミズムの世界へと移る。驚いたことに、初めてカ ナダの地を踏んだのは 40 代半ば(1971 )という。大学教師になったのは 50 代半ば過ぎだから、研 究者としては遅咲きだ。しかし豊富な人生経験を背景に、その後さらなる創造的カナダ研究へと邁 進していく。

浅井先生の数多い著作のなかで、主要な学問的業績の一つは、『現代カナダ文学』(こびあん書房 1985 年)だろう。何しろ日本でほぼ前人未踏のカナダ文学を、フランス系ケベックをふくめて、 これほど包括的に書きあげたのは、浅井先生がはじめてだった。カナダ文学とは、かつては、良く ても英語系・仏語系文学の傍流、そして悪く言えば「自分たちの存在が認知されていない」(マー ガレット・アトウッド)分野と思われていた。そんななかにあって、カナダ文学の全体像と魅力あ る独自性に大きく眼を開かせたのが、本書だった。今読んでも面白い。

また、興味あるのは 1980 年代以降、浅井先生の研究の関心分野が、漸進的かつ確実に文学から 先住民研究へと変化していったことである。これは、「ヨーロッパ系カナダ人作家の描いた先住民 の姿」(浅井先生)からの脱皮、すなわち、今までご自身では見逃してきたカナダの「隠し絵」の 浮上を意味した。おそらくそれは、カナダ文学研究の延長線にありながらも、浅井先生の内面における劇的な転換だったに違いない。ご自身で撮った写真を多くとりいれた『トーテムポール世界紀 行』(ミリオン書房 1996 年)の刊行は、その一例だ。こうした経緯をへて浅井先生の研究の集大 成となるのが、前述した 384 頁の大著『カナダ先住民の世界』である。これは、たしかに純粋アカ デミズムにもとづく民族学者の視点ではない。しかし長年培ってきたカナダ文学研究という基調に 支えられながら、本書は、いわば“Asai-ism”の知的縮図であることに異論はないだろう。

◇◇◇

人なつっこくて優しい目、歯切れのいい大きな声、原稿締め切りの絶対的厳守・・・。これらは 先生に備わるもうひとつの美徳だった。いつも笑みをうかべながら、カナダ、その文学世界、そし て先住民の姿をこよなく愛した浅井先生。それこそ、「幸福な人生」の証しであった。

(たけなか ゆたか)

 

 

「浅井晃先生を悼んで」

長尾 知子会員

浅井晃先生について語ることは、私自身のカナダ文学開眼への道筋をふり返ることでもある。今 手元に、断捨離を免れた雑誌の頁がある。1992 年頃(?)の『留学ジャーナル』から切り離した ものだ。特集記事「カナダを知る」には、浅井先生による「『赤毛のアン』だけではないカナダの 文学」という項目があった。1993 年度の在外研修中、頭の片隅にあった「カナダに留学する機会 をもった人は、この国の文化や国民性を知るうえでも、是非カナダの小説を『赤毛のアン』以外に 少なくとも一冊は読んでほしいものである」とのお言葉が、夏場に開講されていた Modern Canadian Fiction の講座に向かわせたに違いない。何気なく足を踏み入れたカナダ文学の世界は、 研修目的だったウィリアム・ゴールディング研究を投げ出すほどに魅力的だったのは言うまでもな い。

帰任後の 1994 年に日本カナダ文学会に入会し、カナダ文学の世界に誘ってくださった浅井先生 にお目にかかれたときは感無量だった。すでに、先生の『カナダ文学案内―小説を中心に』(1982)、 『カナダの風土と民話』(1985)、『現代カナダ文学―概観・作家と作品・資料―改定新版』(1991) は、貴重な参考書として手元にあった。浅井先生を偲ぶにつけ、当時のカナダ文学会の活況ぶりを 思い起こさずにはいられない。後知恵的に眺めると、会長の浅井晃先生、堤稔子先生、故渡辺昇先 生、故藤本陽子先生ら、1982 年の学会創設メンバーを中心に、現会長の佐藤アヤ子先生、平林美 都子先生らがご活躍中だった。筆者は中年になってからの入会だったが、発展途上の小さな学会は アットホームで居心地がよく、大好きなカナダ文学について語り合える唯一の拠り所となった。

この3月で定年退職するに当たり来し方をふり返れば、筆者自身の最初と最後のカナダ文学研究 にも浅井晃先生のサポートがあったことを再認識するばかりだ。先生は『カナダの風土と民話』『現 代カナダ文学』で、ハワード・オヘイガンのカナダ性について指摘しておられたが、代表作『テイ・ ジョン物語』(1996)の解説付き拙訳書の帯に、日本カナダ文学会会長として推薦文を寄せてくだ さった。また『英系カナダ文学研究―ジレンマとゴシックの時空』(2016)では、数あるカナダの 地図の中から見つけた、先生の『カナダ先住民の世界』(2004)掲載の「カナダ全図」を、拙書の参考資料として転載させていただいた。浅井晃先生は、筆者をカナダ文学の世界へ誘い、カナダ文 学研究をまとめるに至るまで導いてくださったことになる。

感謝の気持ちを込めて、浅井晃先生のご冥福をお祈り申し上げます。 

(ながお ちかこ)

 
「浅井晃先生のご逝去を悼んで」 

室 淳子会員

調べものをするために、浅井晃先生のご著書『カナダ先住民の世界』(彩流社 2004)を読み返し ていたのは、浅井先生の訃報を知るほんの直前のことだった。長く療養されているとお聞きしてい たものの、日本カナダ文学会の大きな存在であった浅井先生がご逝去されたことは寂しくまた大き な損失であると感じた。本来ならもっとたくさんのことをお話しして、ご研究のことやカナダでの ご経験、浅井先生ご自身についても、もっとたくさん教えて頂くことができたらよかったのにと悔 やまれる。

浅井先生にお会いすることができたのは私がまだ大学院生の頃であったから、いつの間にか長い 歳月が流れたように思う。浅井先生との思い出は断片的で稚拙なものだ。カナダ文学研究の第一人 者でいらっしゃったのだから、今から思えば当たり前であるのだが、当時公開されたばかりのカナ ダ映画に足を運んで見に行かれたというお話を伺って、すごいなあと思ったりしたものだ。祖父母 ほどの年齢の方が映画を見に行くという行為にも、新しいものに興味を示される姿勢にも、当時の 私には驚きであり魅力的に思えた。情報の多い東京ならではだとも、また日本カナダ文学会の他の 先生方とも共通して、カナダが好きでカナダとのつながりが強く、日本に情報が少ない分、自らの 足で現地の情報を得る行動力が必要なのだとも思い、そのどちらにも憧れた。

私の初めての学会発表は日本カナダ文学会でだった。それまでばらばらに学んでいたことを自分 の中で初めてうまく組み合わせることができたように思えた論文だった。浅井先生はその論文を 『カナダ文学関係文献目録』(日本カナダ文学会 2000)に含めてくださり、上記のご著書の中でも引 用してくださった。研究者の卵には、背中を押してもらうような気持ちがして、とても嬉しかった ことを覚えている。

日本カナダ文学会に入った初期の頃にお会いし、たくさんの励みを受けた浅井先生がいらっしゃ らなくなるのは寂しいことだ。先生が残されたご著書や論文を繰り返し読んでいきたいと思う。

浅井晃先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 (むろ じゅんこ)

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2018 年度「日本カナダ文学会第 36 回年次研究大会」のお知らせ

2018 年度の大会は、以下の日程・会場で開催されます。奮ってご参加ください。

開催日時:2018 6 16 日(土)10:00 18:00
会 場:椙山女学園大学(名古屋市)

<午前の部>
○ 研究発表
1 原田寛子 「ヒロミ・ゴトーの『コーラス・オブ・マッシュルーム』における祖母と孫娘のつながり」

○ 研究発表 2 白井澄子 「現代カナダ思春期文学の挑戦―Calvin における心の病と冒険サバイバル」

<午後の部> *総会後 ○ 基調講演 

講演者:Dr. Tony Tremblay(St. Thomas University)
題 目:
“Restoring Pride of Place: Re-Making New Brunswick and Atlantic Canada through Cultural Work”

○ シンポジウム
テーマ :「産業、環境、カナダ文学」
発表者
: 室 淳子、佐々木菜緒、佐藤アヤ子

開催校より

戸田 由紀子会員

今年度の全国大会は椙山女学園大学で開催されます。椙山女学園大学は 100 年以上の歴史のある 地域に根ざした総合女子大学です。立地・交通アクセスは抜群です。名古屋から地下鉄東山線で一 本、「星ヶ丘」という駅にあります。星ヶ丘駅からは徒歩5分、駅に隣接する星ヶ丘テラスを通り ぬけ、左折した所がキャンパスです。当日の会場は国際コミュニケーション学部棟の 417 室です。 正門から入り、突き当り左側の建物のエレベーターをご利用ください。

当日のランチはお洒落な店が並ぶこの星ヶ丘テラスで取ることもできますが、週末は混雑が予想 されます。持参するか、当日テラスや星ヶ丘三越で購入してもよいかもしれません。当日の懇親会 は星ヶ丘駅周辺のフレンチビストロかイタリアンを予定しております。

星ヶ丘周辺には宿泊施設はございません。地下鉄東山線沿いの栄周辺、名古屋駅周辺に多数ござ います。同じ東山線沿いでより星ヶ丘駅に近い千種や今池駅にもいくつかホテルがございます。時 間に余裕のある方は、学会前後に熱田神宮散策がてら「あつた蓬莱軒本店」のひつまぶしを召し上 がってみてはいかがでしょうか。おすすめです。それでは6月名古屋でみなさまにお目にかかれま すこと心より楽しみにしております。

< 連載:カナダ文学との出会い 第12回 >

「カナダ文学と私――モンゴメリ文学研究の道のり――」

 
赤松 佳子会員

カナダ文学との初めての出会いは、中学 1 年生の秋の学校図書館だった。本箱の下の段にあって、 偶然に開いた本が LM・モンゴメリ (L. M. Montgomery, 1874-1942) 作、村岡花子訳の『赤毛の アン』(講談社)だったのである。立ち上がることも忘れて一気に読み終え、本を閉じたとき、周 りが違って見えるような気がしたことを、鮮明に覚えている。その後、アン・シリーズを読破し、 翻訳されたモンゴメリ作品を読み尽くしたが、まだ邦訳されていない作品のあることを知り、いつ か自分が訳してみたいというのが、私のささやかな夢となった。モンゴメリ作品のほとんどがプリ ンス・エドワード島を背景に書かれているので、カナダのどこにあるのかを地図で探すのも楽しみ だった。まだカナダの情報を得る術もほとんど知らなかった頃のことである。

1986 年の夏、大学教員になって 3 年目に、プリンス・エドワード島を訪ねるツアーに参加して 初めて島の土を踏んだ。私はアップダウンの激しい島の道を経験して、〈道の曲がり角〉を人生の 転機に譬える、アンの言葉の深い意味を実感した。また、『モンゴメリ日誌選集』(The Selected Journals of L. M. Montgomery) の第 1 巻が前年に出版され、現地ガイドはこの日誌に言及しなが らゆかりの家を説明してくれた。モンゴメリについて日本では未知のことが多いのを知ったのは貴 重な経験だった。この日誌選集第 1 (1985)はカナダでベストセラーになり、第 5 (2004)まで刊 行されてモンゴメリの作家としての評価を上げていくことになるのだが、この点について私が自覚 をするのはずっと後のことだった。(ちなみに現在では完全版のモンゴメリ日誌が刊行継続中であ る。)

プリンス・エドワード島への旅が契機となり、モンゴメリ死後出版の短編集 Akin to Anne: Tales of Other Orphans (1988)の翻訳をすることになったのは、1988 年のことである。邦題は『アンの 仲間たち』であり、正(1988)・続(1989)2 巻として篠崎書林から出版された。

こうして、私の中で翻訳をきっかけにモンゴメリ作品研究をしたいという思いが強まった。児童 文学研究で知り合った、ある研究者を介して紹介していただいたのが平野敬一先生である。そして、 平野先生のご紹介で日本カナダ文学会に入会することになった。『カナダ文学研究』第 3 (1991) にはこの頃の拙論が収録されている。

1994 年、第 1 回モンゴメリ国際会議がプリンス・エドワード島大学で開催され、私も参加した。 初の本格的なモンゴメリ研究書 (1992)を上梓したエリザベス・エパリー(Elizabeth Epperly)は、 1993 年に L. M. Montgomery Institute を開設し、翌年、国際会議を企画したのである。以来、2 年毎に国際会議が開かれ、1999 年に L. M. Montgomery and Canadian Culture という研究書を出 版するに至る。論文募集に応じた私の原稿“Japanese Readings of Anne of Green Gablesは採用さ れ、研究の大きな励みとなった。2008 年、Anne of Green Gables 出版百周年には国際会議も大規 模になったが、この年に初めて私は研究発表に挑戦した。自分の研究の成果を発表しなくてはなら ないと自らを奮い立たせたのである。この時の発表原稿は、論文集 Anne around the World (2013)に収録された。 モンゴメリ国際会議で発表するためには、前年の夏に応募し、発表要旨の審査に合格しなければ

ならない。国際会議の最終日に公表される次回のテーマを 1 年かけて考えて、まとめるのである。 2008 年以降、運良く、毎回、私の発表要旨は採用され、2018 年に至るまで私は研究発表を続けて いる。この国際会議を目標にすることにより、私のモンゴメリ研究は幅が広がっている。また、国 際会議のテーマをもとに改めて原稿募集が行われ、採択された論文がまとめられて研究書として出 版されることが常態化し、その実績がモンゴメリ研究を成熟させてきた。

国際会議を通じて、私は世界中のモンゴメリ研究者と知り合い、親しい友人を得た。また、イン ターネットの普及により、世界の研究者仲間とつながっている。彼らと切磋琢磨する中で、モンゴ メリ作品が子ども読者だけでなく大人読者のためにもあることを、私は確信している。

児童文学研究の中だけでなく、カナダ文学研究の中でモンゴメリ研究をしていきたい。この私の 願いは、母の介護のために制約のある研究生活の中でも色褪せていない。21 世紀を生きる、日本人 モンゴメリ研究者として私ができることは何なのだろうか。このような問いを常に自分に投げかけ ている。

自らの日誌を後世のために残し、最後に自分の人生を文学の一部にしたモンゴメリの作家魂には 鬼気迫るものがある。第一次世界大戦を「正しい」と信じた誤りや、欠点や限界を含めて彼女の著 作には、大人のみが深く理解できるものがあると言える。長年、カナダの辺境を舞台にした作家と しか見られなかったモンゴメリが、文学史の中で正当な評価を得られるようになっているのは喜ばしいことである。

 

 

会員による新刊書紹介

マーガレット・アトウッド著『テント』 中島恵子・池村彰子訳(英光社、2017.11.25)、 価格 2,300 円+税、ISBN-13: 978-4870971424。 三部からなる 35 の短編の全訳。「ファンタジー の衣装を纏った詩的散文による創造空間。」 (本書帯文より)

( ファンタジーの衣装を纏った詩的散文による創造空間。

事務局からのお知らせ

<学会費のご案内>

2018 年度の学会費を下記の口座までお納めください。『カナダ文学研究』第 25 号をお 送りする際に郵便振込用紙を同封いたしましたので、ご利用ください。なお、2017 年 度以前の学会費がお済みでない方には、その旨お知らせいたしましたので、ご確認頂き、 早急にお振込み頂けましたら幸いです。万一行き違いなどございましたら、ご容赦くだ さい。

振込先:
郵便振替口座: 00990-9-183161 日本カナダ文学会

銀行口座: 三菱東京 UFJ 銀行 茨木西支店(087) 普通 4517257  日本カナダ文学会代表 室 淳子

正会員 7,000 円 学生会員 3,000 円

<新ホームページ開設のお知らせ> 
ホームページ委員のご尽力により、日本カナダ文学会の新しいホームページを開設しており ます。下記の URL からご覧ください。
https://blog.goo.ne.jp/kanadabungakukai84burogudayo

編集後記

○今回のNLには故浅井晃先生の追悼特集を組ませていただきました。先生を偲ぶ、心 温まる文章をお寄せくださった皆さまに心より感謝申し上げます。カナダ文学会には比 較的新しく入会したため、先生との直接の面識はなかったのですが、5年ほど前に佐藤 会長を介して、勤務校におよそ500冊もの浅井先生の蔵書を寄贈していただきました。 「必要のないものは処分してください」と先生は電話口でおっしゃってくださいました が、送られてきたダンボールの中味は、小説・批評・戯曲・詩集等々、さながらカナダ 文学史の縮図のようでした。とりわけ、カナダ先住民に関する資料は貴重でした。トー テムポールや先住民の歴史を辿る図版を有した大型本を眺め、先生がなぜ先住民の精神 世界に惹かれたのかと思いをめぐらせたものです。連載「カナダ文学との出会い」では 赤松会員よりこれまでのモンゴメリ文学研究の歩みを語っていただきました。6月には 戸田会員にお世話になります。皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。(M)

○国内外の荒れた世情をうつすような気候が続いていましたが、桜の花が春の訪れを告 げはじめました。今年は、専門とする作家ミュリエル・スパークの生誕百周年というこ とで、その生誕の21日、古巣のグラスゴー大学での学会発表に行ってきました。歴史 を感じるメイン・ビルディングとキャドラングル。日だまりに三色のクロッカス、スノ ードロップ、ブルーベルが咲く光景。懐かしさと幸せで胸がいっぱいになりました。今 回のNLでは、寄稿者の皆さまのカナダ文学研究における多くの美しい原風景と歴史に 触れさせていただいた気がします。(S)

NEWSLETTER THE CANADIAN LITERARY SOCIETY OF JAPAN 69

発行者 日本カナダ文学会
会 長 佐藤アヤ子
編 集 松田寿一&沢田知香子
事務局 名古屋外国語大学 現代国際学部

室 淳子(副会長)研究室
470-0197 愛知県日進市岩崎町竹ノ山57 TEL: 0561(75)2671
EMAIL: muro@nufs.ac.jp
HP: https://blog.goo.ne.jp/kanadabungaku kai84burogudayo
会長連絡先: ayasato@eco.meijigakuin.ac.jp


 

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いま、カナダの子どもの本は?

2017-10-30 | イベント開催

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