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篤姫と維新の志士たち

鹿児島を舞台にし、また徳川将軍の妻となった篤姫と明治維新の志士たちを尋ねて歩くブログです。いろんな異人達を探りますよ

五代友厚って知ってますか?

2009-01-21 09:45:35 | Weblog
みなさん、今日は、少し違った観点から明治維新を迎えた人が、この鹿児島にもいた事を書きました。私の好きな人物です。
篤姫や西郷・大久保らと時は同じころ、幕末の激動期、最も早くから世界の進歩に目を向けていた一人に五代友厚がいます。
1835年(天保6年)儒学者の次男として、鹿児島市長田町の城ヶ谷に生まれた五代は才助といった少年時代から、世界地図の模写や地球儀の制作で海外へ関心を高めました。
1857年(安政4年)長崎に留学。1862年(文久2年)には藩命で幕府の千歳丸に同乗。上海に渡り、ドイツ汽船を購入して船長になりました。
薩英戦争では捕虜となり、一時、裏切り者の嫌疑(けんぎ)がかかり、潜伏(せんぷく)しましたが、帰藩が許されると、開国による富国強兵策を進言。帰国後は御小納戸(こなんど)奉行になり、海軍に従事、長崎に日本発のドッグを建設しました。明治維新の活躍で、新政府では参与に任命されましたが、後に官を辞して実業家に転身。
1878年(明治11年)株式取引所と商法会議所を設立し、自ら会頭に就任して勢力的に商都・大阪の発展に尽くしました。
1885年(明治18年)病気のため49歳の生涯を閉じました。
大阪の阿部野墓地に葬られています。
私は、この五代友厚が大好きなんです。世の中のほとんどが、武士として生きているとき、すでに大阪は海に面して、しかも、川があることに若くから目を付けていたようです。この時代、何よりも世界を知るために、自分であらゆる行動をしています。どうぞ、知っておいてください。

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