長尾景虎の戯言

読んだり聞いたりして面白かった物語やお噺等についてや感じたこと等を、その折々の気分で口調を変えて語っています。

和田竜著【忍びの国】

2017-08-04 23:47:57 | 本と雑誌

群れず、欲のみに生きる、虎狼の族、伊賀忍び。
伊賀の下人は人の心を持たぬ!
伊賀一の忍び、無門(むもん)は西国からさらってきた侍大将の娘、お国の尻に敷かれ、忍び働きを怠けていた。
主・百地三太夫から示された百文の小銭欲しさに二年ぶりに敵の伊賀者を殺める。
そこには「天正伊賀の乱」に導く謀略が張り巡らせていた。
「十二家評定衆」の内の、下山甲斐と百地三太夫の企みであった。
伊勢の織田信雄の軍は決して一枚岩ではなかった。
信長に「伊賀には手出ししてはならぬ」と厳命されていた信雄だったが…。
織田に落ちると見せかけ、反逆して伊賀の国を伊勢の織田信雄に攻めさせようという策略であった。
織田軍を負かせば、伊賀の名が諸国に轟き、下人たちの値が上がるという算段だった。
伊賀の六十六人の地侍たちは互いに仲が悪かった。
しかし「伊賀惣国一機」なる一種の同盟が結ばれていた。
「他国の者が当国(伊賀国)に入った際は、惣国一味同心してこれを防ぐこと」と掲げられていた。
この六十六人の地侍から選出されたのが、「十二家評定衆」である。
百地三太夫と下山甲斐も評定衆の一員となっていた。
地侍以外の下人は、人ではなく、ただの道具として扱われていた。
しかし三太夫も甲斐も誤算があった、その道具の下人たちは、織田軍が攻めてくると知るや、半数は伊賀を去ろうと決めた。
それに加えて伊勢の日置大膳(へきだいぜん)が、三太夫らの企みに気付き、一丸となって信雄軍は結束していた。
無門もお国を連れて逃げ出すことにしていたが…。
伊賀の忍びは途方もない奴ら。しかし、ある意味哀れな奴らでもある。
あの「のぼうの城」の作者が放つ、第一級の歴史エンターテイメント!
嵐の大野智君主演でこれも映画化された。