今夜も一杯! 昭和浪漫

日常生活の中で温故知新に焦点をあてて書いてます。

60年近く前の昭和のテレビが懐かしい

2022年09月25日 09時57分16秒 | タウンマネジメント
子供時代のテレビと言えば、自立式(足つき)で切替チャンネルもガチャガチャと手回しだったが、数年後には有線式のリモコンが出て来たのは画期的だった。当時の画面は液晶でなくブラウン管なので、奥行きもあった。テレビ回路は真空管で構成され画面はブラウン管なので電源を入れても、温まるまで時間が掛かり、画像はすぐには表示されなかった。寝る前に部屋を暗くして、テレビの電源を切っても、画面はすぐ切れず(真空管がすぐ冷えず)、画像が段々小さくなり完全に消えるまで30秒近く画面中央部に丸い残像があり、いつまで見えるか子供心にも楽しかった。家にテレビが無いころは、毎週金曜日は三菱ダイヤモンドアワーでプロレス中継があり、街頭テレビで力道山を見ていた。いつも子供自転車でテレビ会場に乗り付け、自転車の荷台の上に立って見ていた。

美人の定義の文章は含蓄がある

2022年09月25日 08時27分12秒 | 気がついた事
“美人”の定義をフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で読むと言葉に含蓄がある。含蓄がありすぎ(幅が広すぎ)で美人の判定基準が良く分からない。

【女性の何をもって美とするかは、主観的なものであり、個人の嗜好によって美人の基準は異なる。ある共同体において一般的とされる美人像がその共同体内の全ての個人に共通して美人と見なされるとは限らず、価値観の多様化が進んだ社会であれば美の基準においても個人差が大きくなる。】

学生時代に習った美人と言えば、平安時代の見返り美人図の女性と小野小町の二人が超有名だが、写真のように現代風の美人ではないので、どこが美人なのか理解に苦しむ。ここで含蓄のある言葉の出番だと思う。美の基準は個人差が大きい!つまり蓼食う虫も好き好きというのが美人の定義とするしかない。