拉致 北朝鮮 

人生楽なら苦はないさ(MUYOxpPRF.)

手足を失っても死なないが頭を取られると死ぬんです(スパイ逮捕)

2006年08月22日 | 下半分
国籍4つ使い分け…赤派スパイが摘発

国情院の捜査結果によると北朝鮮労動党35号室所属工作員であるチョン氏は1996年3月から98年1月まで国内に3度も潜入した。彼は天安聖居山(チョンアン・ソンゴサン)の空軍レーダー基地、蔚珍(ウルチン)原子力発展所、竜山米8軍部隊、国防部と合同参謀庁舎などを写真撮影し、北朝鮮に報告した。

96年3月には青瓦台(チョンワデ、大統領府)近くへ行き、厳しい警備により撮影をあきらめた。彼は捜査過程で「(北朝鮮)人民武力部は、有事の際、南朝鮮の源泉を破壊すれば原子爆弾を投下するのと同じ混乱を引き起こすことができるとし、源泉の写真を撮影して来いと指示した」と述べたということだ。

今回の事件は国内で大学教授として活動し、96年スパイ疑いで逮捕された「カンス事件」(フィリピン人モハマド・カンスなりすまし事件)が思い出される。チョン氏は金日成(キム・イルソン)総合大学に通ったエリートで、英語、タイ語、中国語が流暢だ。チョン氏は主に東南アジアで活動しながらバングラデシュ、タイ、中国、フィリピン人と4回国籍を移しながら身分を変えてきた。

今年7月27日入国時、フィリピン国籍の「ケルトン・ガルシア・オルテガ」を名乗っていた。国情院は99年8月、海外亡命者尋問過程で「北朝鮮工作員のチョン氏がタイのパスポートで韓国に入国した」という諜報を手に入れた後、チョン氏を追跡、出国直前にソウル市内のあるホテルのロビーで検挙した。国情院はチョン氏から対北指令送受信用隠語収録CDと工作金3188ドル、身分偽造用証明書などを押収した。チョン氏はスパイ活動の功労を認められ、北朝鮮で何度も勲章を受けたということだ。

「有事の際は韓国の原発を破壊し混乱させる」

北朝鮮が直接南に侵入させたスパイを公安当局が捕まえたのは、1997年のチェ・ジョンナム夫婦のスパイ事件以来9年ぶりのことだ。

 国情院は、チョン・ギョンハク容疑者が今年7月27日にフィリピン国籍と偽って4度目の国内侵入を図った際に国家保安法違反の疑いで検挙し、所持していたフィリピンのパスポートと工作金(3188米ドル=約37万円)などを証拠品として押収した。

 また、フィリピンにあるチョン容疑者宅からは北朝鮮との間で報告や指令をやりとりするためのコンピューターや短波ラジオなどが見つかった、と国情院は明らかにした。

 チョン容疑者は労働党35号室所属の工作員で、199698年にかけ「戦時における精密攻撃のための座標確認」を目的に、蔚山の原子力発電所、天安のソンゴ山空軍レーダー基地、ソウル竜山の米8軍部隊、ソウル国防部庁舎などを撮影していた疑いが持たれている。

 また、同容疑者は1996年3月に大統領府の撮影も2度試みているが、共に失敗に終わっている。

 捜査過程で、同容疑者は「有事の際に南の原発を破壊すれば、原子爆弾を投下するのと同じくらいの混乱を引き起こすことができるとして、原発の写真を撮影して来るよう(北朝鮮の)人民武力部に指示された」と供述しているという。

 同容疑者は1993年7月から東南アジアで活動しながら、バングラデシュ、タイ、中国、フィリピンと4度にわたり国籍を偽りながら、チョン・ヨンハク、チョン・チョル、モハメド、マノッセリム、ケルトンなどの仮名を使っていた、と国情院は明らかにした。

 国情院は、1999年の海外亡命者の審問過程を通じ、北朝鮮35号室の工作員「チョン(鄭)先生」がタイのパスポートで韓国に出入りしているという情報を入手し調査に取り掛かった、という。

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まぁ内容はよくある話なのでよろしいのだが、問題は「盧武鉉政権発足後初の摘発」だということ。
そして人気の凋落と本人のやる気のなさが露見してようやく摘発が行われたということ。
言い換えると盧武鉉に良くも悪くも統率力があるうちは、北の工作員を見つけても宥和政策の足を引っ張る事態を避ける為に何かやってたんじゃないの?という勘繰り。

まぁそれもいいでしょ、こっちには直接関係がないと言えなくもないので、しかし

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労働党35号室、ラングーン爆弾テロ・KAL機爆破も計画

35号室は、対外連絡や作戦遂行をつかさどる組織であるとともに労働党内の対南組職で、海外情報を収集し、第三国での対南事業を統括する部署として知られている。

 1983年のアウン・サンの墓地爆破事件(アウン・サンが眠る墓地への献花に訪れた全斗煥(チョン・ドゥファン)当時大統領を狙った爆弾テロ事件。全斗煥元大統領は一命を取り留めたものの、両国関係者に多数の死者が出た)、1987年のKAL機爆破事件も35号室が引き起こしたとされている。

 1996年に摘発された教授スパイ、ムハマド・カンスも35号室所属だった、と国情院は明らかにしている。

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大韓航空機爆破事件となると「金賢姫」→「李恩恵」→「田口八重子」・・・と繋がってくるので傍観はできなくなってくる。

期待しないで続報を待つ。


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