妻の生まれ育ったカムペーンペットからです。
ノートパソコンを持ってこなかったので、初めて携帯からの投稿で難儀です。画像をうまくアップロードできませんので、チェンマイに戻ったら、写真を整理して載せることにします。
チェンマイの自宅での葬儀が行われたのは、妻が息を引き取った当日と、翌日の夜の2日でした。2日目は、報せを聞いてわざわざ日本から来てくれた妻の20年来の友人3人と、その娘さんもいました。
我が家のリビングは広いと言っても50人も入れば一杯になります。近所の人たちは、家に入らず、前庭に用意された椅子に座って妻を見送ってくれました。この1日で100人くらい来てくれたでしょうか。
昨日の朝、妻の棺桶をレスキューの車に載せ、5時間かけて故郷のカムペーンペットまで運びました。妻の実家の真向かいにお寺があるので、てっきりそこに運ぶのかと思っていました。ところが、チェンマイと同じで、自宅で2日間の葬儀を行ない、3日目にお寺で火葬することになっています。
昨夜の画像をチェンマイの知人(タイ人)に送ったら、参列した人の数が多いので驚いていました。200人くらいでしょうか。貧乏なくせに道楽ものの父親の家庭にうまれ、妻が小さいときから苦労して家族を支えてきたことを、年配の人たちはみんな知っています。そして、そんな彼女をみんなが好きでした。
昨日、1年ぶりに妻の実家にやってきた私にたくさんの人が挨拶してくれました。その中の一人に警察署に勤めている妻の従兄がいます。彼が私にこう言いました。
「最初はいつまで続くのか、心配もしていました。でもあなたは10年以上も彼女と両親を支え続けてくれました。彼女が心の底からあなたを愛していたことは、みんなが知っています。最後の最後まで彼女に寄り添ってくれて、本当にありがとうございます。これからは、楽に、自由にしてください。」
彼の言葉を正確に理解できたかどうか、自信はありません。でも、これを聞いて、少し肩の荷がおりたような気がしました。
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