『ハートは心臓にある』 (グリオーマ・脳腫瘍・てんかん発作・へたれ日記)

脳腫瘍(グリオーマ)と共に生き、人生を哲学します。2015年2月に再発・手術、膠芽腫と診断→抗がん剤治療中です。

芸術関係(?)の話

2010年06月29日 22時46分40秒 | わたしの部屋


アルバイト先でコンピュータの仕事をする。

自宅に戻って、今度は別の頼まれた仕事をする。
イラスト関係の作業だ。

「図工・美術」は苦手、とずっと言っていたけれど、
必要に迫られて毎日やるうちに、
あれ、けっこう自分も出来るんだなぁ、と感じる。

子どもの頃、絵を描くのが苦手で、
空はいつも水色に塗りつぶしていた。

先生に『jiveくんには、空が水色に見えるんですか?』と
訊かれた。

めんどくさいから塗りつぶしただけです、とも言えず、
結局、そのまま提出した記憶がある。

たしかに、空は、水色一色ではなくて、
よく見ると、いろいろな色が混じっている。

でも、当時の僕は、空の色をていねいに見ることが
できなかった。

今は、よく、空の色を観察する。
空だけではなくて、通信販売のカタログや、チラシ、
ポスターなどのデザイン、配色を熱心に見るようになった。

気づいたら、自分で作った印刷物を見て、
「あー、俺も、ある程度は色とか決められるようになったなぁ」と
感じられるようになった。

なんとか、ひとつ、仕事を終え、
次の書類を見たら、「編曲・ギター」と書いてあった。

僕は編曲なんてできない。
まず、僕は楽譜が読めない。

でも、やろうと思えばできるはずだ。

いつもギターのコードで考えているので、
和音の構成を書き出して、
演奏者が弾きやすいように、コンピュータの画面に打ち込んでいく。

さすがに経験が足りなくて、苦労する。
でも、やっていれば、そのうち、それなりに
できるようになるのかなぁ。

まぁ、「音楽」っていうくらいだから、
楽しくやれればいいよね、と自分にこっそり(?)逃げ道を用意しながら、
慣れないキーボードの鍵盤と、にらめっこをしている。

ちゃこさん(妻)が、
「jiveくんは、最近、とても疲れているように見えるけど、
 いきいきしているよね」と夕食のときに言っていた。


疲れないけれど、つまらない、より、
疲れるけど、やりがいがある、のほうがずっと好きだ。

コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

冷却日

2010年06月28日 22時54分37秒 | わたしの部屋


ちょっとエンジンを吹かし過ぎたところに、
蒸し暑い日々が続いたので、
今日は1日、自分を「冷やして」いました。

冷房のある部屋を閉め切り、
環境に優しくない温度に設定し、
アイス枕を次々交換して、
ひたすら頭を冷やして寝ていました。

週に2日ほど『冷却日』を設けると、
他の曜日の活動効率が良くなります。

ほんとうに、古くなったコンピュータみたいです。
熱暴走が一番怖いです。

先日、うっかり蹴って壊してしまったギターが修理から戻ってきました。
万単位でお金がかかるかと思っていたのですが、
数百円で済んだので、ほっとしています。

楽器店の店員さんが、
交換した元の部品をケースに入れてくれました。

そういえば、グリオーマの摘出手術が終わったとき、
『これが取った腫瘍です』とドクターが
両親に、瓶に入ったグリオーマ君の欠片を見せてくれたんだっけ、と
思い出しました。

交換した部品を机の上に置いて眺めていたら、
当時、
「僕も見たかったなぁ」と感じたのを思い出しました。

ギターを毎日弾いていると、体に馴染んで自分の一部のように感じます。
だから、修理から帰ってきて、とても嬉しかったです。

グリオーマくんも、僕のからだの一部なので、
残存している部分に不安はあるけれど、
あくまでも、それは自分の一部なのだ、と考えるようにしています。

「共存」そしてできれば「共栄」できればいいんだけど、
なかなか難しいんだろうなぁと感じています。

コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

この先に

2010年06月26日 22時52分08秒 | 考えごと


いろいろ事情があって、
GReeeeNというバンドの『キセキ』聴いています。


何度も何度も曲を聴いて、パートごとの
音の響きを覚えています。


懐かしい道を、車で走りました。
車のスピーカーからは『キセキ』がリピート再生されています。


大好きだったラーメン屋さんが、
お店をたたんでいました。


通るたび、風景が変わっていきます。


流行りの歌のことは分からないけど、
『キセキ』は、たぶん、「ラブソング」で
何十年とか、何百年先もずっと一緒だよ、みたいな
内容の歌詞でした。


百年、という年月を漠然と思いました。

お店をたたんだラーメン屋さんのおじさんとおばさんは、
今、どうしているんだろう、と思いました。


百年経ったら、今いるこの場所は
どうなっているんだろう、と想像しました。


大手のハンバーガーチェーン店や
ファミリーレストランは、夜でもお客さんがいっぱいで
当分は、このままここにあるんだろうな、
でも、百年、だったら、さすがにどうなんだろう。


1910年に起こった歴史的な出来事を思い浮かべてみると、
ハンバーガーやファミリーレストランはおそらく
なさそうなので、
2110年のこの場所は、やっぱり、今とは
ずいぶん違う景色なんだろうな、と感じました。


旋律は繰り返され、頭の中でばらばらになり、
また、元に戻っていきます。
永遠を唄い、奇跡を願い続けています。


今、自分がこの場所にいるということが
偶然なのか、必然なのか、それとも奇跡なのか、
それは哲学的命題ですが、
少なくとも今の僕にとっては、
早く家に帰って、頭を冷やして、
乳酸菌飲料を飲んで寝たいなぁ、という
現実的で、前後の接続がおかしく、冗長な言葉の羅列へと
着地するのです。

コメント (5)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

彼方の目標

2010年06月22日 23時34分11秒 | わたしの部屋


「ああ、これ、良い仕事してるなぁ」というものに
出会った。


経験、体力、組織力、センス、どれをとっても
そもそも勝ち目はないのだけど、
おそらく僕が使っているのと同じソフトウェアで
作られたものだと思うので、
そういう意味では、条件は一緒だ。


自分と比べること自体、相手に失礼なのだけど、
自分の眼前に、高い高い壁を付きつけられたような
気持ちになり、悔しかった。


自分以外の誰かに対して、というよりは、
やっぱり僕は自分自身に負けたくないのだと思う。


「負けず嫌い」にもいろいろ種類があると思うけれど、
僕は「自分自身に負けず嫌い(?)」なのだと感じた。


目標は遥か彼方だけれど、
少しでも追いつけるように、
努力を重ねよう、と心持ちを新たにした。


僕の「やる気スイッチ」は気まぐれなので、
刺激を与えてくれた作品(?)に感謝しようと思う。

コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

痛恨の1か月(?)休憩

2010年06月20日 22時19分26秒 | わたしの部屋


友人が家に遊びに来てくれた。
一緒にギターとベースを弾いた。


こんなのは、ほんとうに久しぶりのことだ。
嬉しくて、ついついはしゃいでしまう。


疲れたときの僕の左手左足は
予想外の動きをする。


ゴール前にボールをあげる選手よろしく、
左足でギタースタンドを蹴り上げてしまった。


床に倒れたときの衝撃で、
ペグ(弦を巻く部分)のひとつが壊れてしまった。


落ち込んでいても仕方が無いので、
楽器屋さんに持っていく。


最初、
『メーカーに送って修理するので、1か月以上かかりますよ』
と言われて、かなりへこんだ。


誰でも先のことは分からないのだけれど、
僕にとっての「1か月」は相当の未来だ。


アルバイトなどで、たとえば
『3か月先には、○○を□□にします』と言われても、
イメージが湧かない。


僕にとっては、まず、「今」ありきで、
想像力を働かせて、ようやく、
「明日」「来週」「今月末」くらいだ。


仕方ない、と諦めていたら、
お店の店長さんが、
『あ、これなら、ここで直せる範囲ですよ』と
言ってくれたので、ほっとした。


薬指のぎこちなさを感じながら、
あとどのくらい弾けるんだろう。
いや、そんなこと考えちゃ面白くない、
楽しく練習しよう、と
心の中は、いつも揺れている。


それでも、1日の中にギターの練習を取り入れたおかげで、
てんかん発作の回数は、大幅に減った。


何日かはギター不在が続くので、
こっそり、ちゃこさん(妻)のベースを借りて
練習しようと思う。

コメント (3)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ありがとう。

2010年06月19日 22時48分01秒 | わたしの部屋


1本の電話から、勇気をもらった。


携帯電話にはカメラ機能がついているけれど、
そのカメラでは、携帯電話自体を撮影することはできない。


僕は自分を救えない。
では、自分以外の人なら?


ひょっとしたら可能かもしれない。

しかし、病を得て痛感した。

人を支えたり、力になったりするためには、
自分自身の安定と、ある程度の健康が必要だ。


残念だけど、それは気持ちとか努力とかで
越えられる壁では無いと思う。


でも、ささやかでいいから、
僕も誰かの背中を押せないだろうか、と
考え、そして、行動した1日だった。

コメント (5)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

写真の初心

2010年06月18日 23時58分26秒 | 本音とか愚痴とか


デジタルカメラを貸し出して(?)しまったので、
手元にカメラが無い。


考えてみれば、
僕はもともとカメラを持っていなくて、
ブログを書き始めたころは、
携帯電話のカメラで写真を撮っていた。


デジタルカメラに比べれば、
ピントも合いにくし、何より、光が足りないと
きれいに写らないので、
光るものを探していたような気がする。


枕元のノートパソコンのキーボードが光っていたので、
携帯電話のカメラで写真を撮る。


以前使っていたものから機種を変えてしまったので、
カメラの雰囲気も変わっていて、苦戦する。


でも、ここからスタートしたんだ。


いろいろなことが変わっていく。
いろいろなことが起こる。
その都度、僕は順応するのに手間取り、
混乱してしまう。


初心を思い出すんだ、と自分に言い聞かせる。


そもそも、今、自分は、どういう目的で、
どういう理由で、行動しているのか、
入院中、そして退院後、実家の布団で天井を見ながら、
僕は、残りの時間をどう過ごそうと考えていたのか。


言葉を大切にしなくてはいけない。


発した言葉が、すべて、自分に跳ね返ってくる。
そのたび、身を切られる思いだ。


こうして言葉を選んでいても、
後で読み直したとき、ひとつひとつの言葉が、
僕に手痛いカウンターパンチを繰り出してくる。


もう語るのを止めるべきなのかも知れない、と思う。
それは違う、と、もうひとりの僕が言う。


言葉を発すれば失敗する、行動すれば失敗する。


あああ、もどかしい。
言葉が出てこない。考えがまとまらない。
焦りが思考を阻害する。
根拠の無い自尊心が、視界を曇らせる。


キーボードに言葉を叩きつけて、
画面を活字で埋め尽くしたい。


ギターを無茶苦茶にかきならして、
自分が今までついてきた嘘を吐きだしたい。


光を探してきたはずだ。
言葉を、求めてきたはずだ。


すり減ったスニーカーの底で、
大地をとらえ、
自分を恥じ、
何をするべきなのかを考えなくてはならない。


少し、時間がかかるかもしれない。
その時間の保証が無いことが、僕を苛立たせる。


しかし、今は耐えるべきときだ。


最初に、どこを目指していたのか、
そしてこの間に起こったことを踏まえ、
僕は、軌道の修正を図らねばならない。

コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

薬指で弾くのが苦手です。

2010年06月17日 23時44分26秒 | わたしの部屋


昨日の夜の記憶が無い。


朝、昨日着ていた服のまま目が覚めた。
疲れていつの間にか眠ってしまうことはよくあるけれど、
翌日は、なんとなく落ち着かない。


昨日と今日の境目がはっきりしないと、
たくさん眠っているはずなのに、
昨日がずっと続いているような気がして、
昨日を引きずったまま、重い1日を過ごす。


あてもなく、ギターを弾く。


毎日、短い時間でも練習するようにしている。
やっと習慣になったけれど、
やり始めるまでは、ずいぶん、葛藤があった。


左手の感覚が、発作の度に
ぼんやりしたものになっていく。


それ自体は仕方のないこととして、
では、そのうち弾けなくなってしまうギターの練習に
今、この貴重な時間を費やす価値があるのか、と
自問する日々が続いた。


うっかり上手く弾けるようになってしまったら、
弾けなくなったとき、悲しい気持ちになるかもしれない。


これ以上、失う予定のものを増やすのは嫌だった。


でも、考え抜いた結果、考えるのを止めて、
僕はギターの練習を再開した。


最初から出来ない理由を探していたら、
僕はもう、一歩も動けないと思ったからだ。


アコースティックギターから、エレキギターに乗り換えた。


弦が柔らかくなったことで、左手の負担が軽くなり、
アンプをつながなかったり、ヘッドフォンをすることで、
いつでも気兼ねなく練習できるようになった。


毎日、テキストに沿って、基礎的な運指の練習をする。
弾けるようになったら次のページをめくる。


その単純な繰り返しが、心を安定させることに気付いた。


ギターは、僕にとって正直、遊びなのだけど、
遊んでる場合ではないのかもしれないけれど、
毎日、少しずつ進んでいるという感覚が、
僕を安心させる。


今日は時間があったので、
久しぶりにアンプとエフェクターをつないで、
曲を弾いてみた。


以前よりは、ずいぶん弾けるようになっていて、驚いた。


リズム感も無いし、下手なのだけど、
それでも僕はギターが好きだ。音楽が好きだ。


だから、それがどこへ向かっていようとも、
結果として何の価値も生み出さなくても、
地道にドレミファソラシドを弾いていこうと思う。

コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

空と空との間に

2010年06月16日 22時10分15秒 | わたしの部屋


日が落ちる時間、
空の色が徐々に変わっていくのを見るのが好きです。


あ、いい色だな、と思って
カメラを部屋に取りにいき、戻ってくると、
もう、さっきの素敵な色合いが消えて夜に向かっている、
そんな、ひとときの美しさに惹かれます。


いただいた仕事のいくつかが無事(?)終わり、
残りの仕事も順調に進んでいます。


ひとりでコンピュータの画面に向かう作業は
孤独で、客観的な視点が無く、
いったい、自分はゴールにたどり着けるのか、
不安になります。


でも、そうやって、粘って粘って作ったものが、
なんとか、誰かの役に立てそうなものになるのは、
ほんとうに嬉しいです。


今日は暑くなったり、雨が降ったり、と
不安定な気候でしたが、
夜になり、涼しい風が吹いてきました。


ひとつの達成感が、僕の心を満たしました。


その先は分からない。
いつだってそうです。


でも、そのひとときの安堵と、ささやかな自負のために
僕は生きているのかもしれないな、と
思います。

コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ただいまお仕事中

2010年06月14日 21時54分55秒 | 代打:ちゃこの部屋
こんばんは、ちゃこです

今日はjiveくん、朝から集中してお仕事を頑張っているようです。
布団で休んで居るかと思うと、突然パソコンに向かって
キーボードを打ち続けている。

こういう時のjiveくんは、休んでいるように見えて
その間も、ずっとアイデアを考えているようです。

どんなことに取り組んでいるのか、よく分かりませんが
少しずつ、良い形になってきているみたい


という訳で(?)「今日のブログは、お休みさせていただきます」
というjiveくんに変わって、久しぶりに代打ちゃこ(妻)の登場でした
コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

全部が「33」に見える。

2010年06月13日 22時13分47秒 | わたしの部屋


「頑張る」のは才能のひとつだと思う。
同時に、僕は「頑張る」力が足りない、とも思う。


知識、技術、努力すれば、ある程度の部分までは
身に着くと思うけれど、
その大前提にあるのは、「頑張る」力だ。


体調が落ちてきたことに加え、
風邪で寝込んでしまったので、
ただでさえ怠け気味の「頑張る」力が、
自分に残っているのか、不安だった。


この週末は、よく手を動かした。
本も読んだし、考えをまとめる作業もした。


いくつかの作業を形にしたことで、
少し、少しだけれど、自分に自信が持つことができた。


32歳、グリオーマ発症4年目、
自分にあとどのくらいの時間と、
力を伸ばすだけの余裕があるかどうかは
分からないけれど、
あと少しだけなら、なんとかなりそうだ。


義務は僕の心を強くする。

コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

簡単にっていうのが一番難しい

2010年06月11日 21時55分20秒 | わたしの部屋


「エンジニア」という言葉に憧れます。
「専門家」という言葉にも憧れています。


僕は、何でも無いから、です。


でもさ、腐っていても仕方無いんだよね。


専門家だって、最初は素人だったわけだし。


風邪もほぼ治ったことだし、気を取り直して、
家にこもって依頼された仕事をひたすらやっています。


先方からの依頼の内容を書き出していくと、
すべての条件をクリアするのは困難そうです。


これは、「どこで妥協するか」という点も含めて、
話を詰めていかなきゃいけない、と感じました。


あーでも、考えてると、また気持ちが濁ってくるので
ひたすら手を動かして試行錯誤試行錯誤試行錯誤して
いこうと思います。


自分だけが分かる仕事をするのはホントに簡単なんだけど、
それじゃあ面白くないから、
誰が見ても、「あ、これこういう意味なんだ」って
分かってもらえるような作り方ができたらいいな、と思っています。

コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

こずみ

2010年06月09日 22時09分41秒 | わたしの部屋


いつも自分自身に様々な課題を設定し、
本を読んだり、物を作ったりしています。


そう書けば、なんだかとてもカッコいいけれど、
実際は、ただ焦っているのと、
目前の恐怖を忘れたい気持ちでいっぱいなのです。


風邪はようやく小康状態になり、
体温も平熱に戻りました。


1日も早く治したかったので、とにかく
おとなしくしていました。


アイス枕を時折交換し、
眠れるときは、眠っていました。


寝室の天井をずっと見て過ごしていたら、
今までわざと自分を忙しくすることで
見ないで済ませていた、自分の中の澱んだ感情が
次々と湧き出てきました。


逆らっても仕方が無いので、
最初の数日は、風邪と一緒に、ひたすら
過去を吐き出していました。


続いて、今の自分への懐疑が始まりました。
それも、もう、抗うことなく、
好きなだけ、頭の中で葛藤を起こさせることにしました。


その結果、発作が起きてしまいましたが、
気持ちの上では、少し、整理がついたように思います。


世界は回っています。
厳密には部屋の天井も変化しているのかもしれないけれど、
僕が見る限りでは、ずっと白い天井でした。


僕が何をどう考えようと
揺らぐことのない白い壁を見続けて、
いろいろなものが削ぎ落とされていくのを感じました。


自分が軽くなれば、そのぶん、すっきり生きていくことが
できるように思いましたが、それは錯覚でした。
何もやる気が起きないのです。


負荷や、澱みや、悲しみは、
妨げではあるけれど、
自分自身の行動の原動力になっているのだと感じました。


僕は、ただの、ちっぽけな人間です。
だから、ばらばらと足元に落ちた、
妬み、悲しみ、後悔、自己嫌悪、矛盾、不条理、怒り、を
拾い集めて、それも自分の一部なのだと素直に認めて、
今自分にできることを改めて探してみようと
思いました。

コメント (4)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

野菜スープはからだに良いらしいから

2010年06月07日 20時32分32秒 | てんかん・けいれん発作の記録・考察


相変わらず、風邪を引いています。
僕は、あまり風邪を引かないし、こんなに長引くのも
珍しいです。やっぱり体力が落ちているのかな。


咳などの症状は薬の力で、だいぶ収まりましたが、
微熱が続いています。


何度も計ってみるけれど、平熱に1度プラスの「37.5度」が
体温計の液晶画面に表示されます。


自分としては、からだが重いくらい、いつものことなので、

「いっそのこと、平熱を37.5度ってことにしちゃえば
 問題ないよね?」


と、ちゃこさん(妻)に提案しましたが、即却下されました。


熱があるときは、てんかん発作の危険が増すのかどうか、
詳しいことは知りませんが、お昼くらいに、
一発どかんと、軽めのジャブを喰らい、
午後は、布団の上でダウンしていました。


今はパソコンを使っていますが、
疲れないように、パソコンも、本も、音楽も聴かないので、
もう、なんだか、世の中どうなってるんだろう、と
思いつつ、仕方が無いので、
一刻も早く、風邪を治すことを目標にして、
頑張りようがないけれど、頑張ろうと思います。


ちなみに、僕の家の近所には、
とても親切な先生がおられる内科の病院があります。


もう少し離れたところには、
総合病院もあります。


車で行けば、いつも、グリオーマのことで
お世話になっている病院にも、
それほど時間をかけずに行くことができます。


もちろん、そういう場所を選んで
引っ越してきたのだけど、
こうして体調を崩してみると、
身近に信頼できる医療機関がたくさんあることが、
どんなに恵まれていることなのか、と痛感します。


※書き終えたので、スイッチ切って寝ます。
 コメントありがとうございます。
 返信が遅くなってしまい申し訳ありません。
 もうちょっと、頭が回転するようになったら、
 お返事を差し上げます。

コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ちょっと歌ってみたら、カッコいい声になっていた。

2010年06月05日 20時09分33秒 | わたしの部屋


てんかん発作は仕方が無いとして、
その他の体調管理には気をつけてきたつもりなのですが、
うっかりやられてしまいました。


体温計の数字が、平熱を2度以上、上回っていたのは、
たぶん、4年ぶりくらいだと思います。


頭が痛くて、ぼんやりして、からだが重いです。


「じゃあ、ブログなんて書いてないで、寝ろよ!」という
感じなのですが、布団の中で思いついたことがあるので、
書いてから寝ようと思います。


僕は今、書いています。
痛いとか、苦しいとか、まぁ、正直、たいしたことないんだけど、
一応、声に出して表現することもできます。


それに対して、てんかん発作を起こしているときは、
「つらい」と伝えることもできないし、
頭の中も、「つらい」が、「つ☆※ら■ぃ」くらいに分裂してしまい、
つらさをしっかり認識することもできません。


伝えることのできない孤独、
表現することの出来ない孤独、
自分で自分の状況をつかみきれない孤独、
それは苦痛を通り越して、恐怖だと僕は思っています。


僕は、いったり来たりしているけれど、
常に「伝えることのできない」世界にいる人は、
どんな気持ちで世界を見ているんだろう。


想像することしかできないけれど、
ひとりひとり、具体的に名前を思い浮かべながら、
考えようと思います。 

コメント (6)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする