窓辺びより

毎日が平凡だなんてとんだ勘違い。カーテンを開けよう。ほら、今日も窓辺びより

(空想) 「理想のかたち」

2009-08-02 23:50:25 | 空想
※ちゅうい:この記事のカテゴリは「空想」です。


……これでよかったと思うんですよ、最近。
南の果ての石垣支局に飛ばされてからもうずいぶん経ちましたが。
記事を書け、と言われても取り上げなくちゃならない程の事件なんて起きないし。
切迫性なんて一つもない地味な生活の記事を細々書いています。

窓から見える景色がなかなかいいんですよ。
港の脇に支局の建物がありましてね、どの部屋からも真っ青な海が見えるんです。
食べ物だって悪くない。八重山そば、あれは絶品です。
東京の奴らはきっとこんな贅沢できないんだろうな。

同期のやつらは順調にやっているらしいです。
同じ大学を出て入社した知り合いが2、3人いたんですがね。
今ではそのうちの1人が社会部のデスクに出世したらしい。
きっと最短コースだよなあ。

でも、今ではこれでいいと思ってるんです。
五年前に遅ればせながら結婚しました。
こちらに来てから知り合った、器量の良い人です。
昨年には念願の長男が生まれましてね。
そうかー、こんな俺でも父親になれるんだって
それだけじゃないけどとにかく色々こみ上げてきて
県立病院の廊下で一人大泣きしました。

本社に勤めていた頃は学生時代からの恋人がいたんですけどね。
こちらへ来る時に別れました。
遠距離恋愛なんてどうせもたないですから。
それにやっぱり、転勤の話が彼女の耳にも悪く聞こえたらしい。
「佐中さん、左遷らしいっすよ」
ひそひそ声のつもりの後輩の声は社内食堂で俺の所まで聞こえたっけ。

会社の方はそのうち俺が辞めるのを待ってたりしたのかも知れないけど
しぶとく私はここで勤め続けました。
別に本社への再帰を願っている訳でもない。
ただこの島での生活がすっかり肌に馴染んだだけの話。

何も知らない人がこういう話を聞くとね、
妙にしんみりした顔してうんうん、なんて頷いて見せたりするんですよ。
哀れんでいたりするのかな。
でも俺はこんな事言って自分を慰めているわけじゃなくて。
本当に今は幸せなんですよ。
いやいや、本当に。

そういう人ってこの国にも大勢いるんじゃないかな。
有名にも金持ちにもなれなかったけれど
それでもなんかいいなぁ、幸せだなぁって思っている人たち。
若い頃は世界に飛び出してたくさんの人たちの役に立つんだ、なんて
すっかり張り切っていたけど。
結局飛び出せた世界は狭くて、誰か数人の役にしか立たずに大半の人は生きていく事になるんじゃないのかな。

それでいいと思うんですよ。
別に俺はこの先新聞やテレビに取り上げられるような事は無いだろうけど
でも一人でもいいから誰かの役に立つのならそれで十分だと思うんです。
いやいや、本当に。

……あ、落ち込んでるから励ましてくれてるんですね、なんて。
どうしてそんな事を言うんです。
本当にここはいい所なんですよ。半年も住めば分かってきますよ。
とりあえずあなたが石垣支局に来てくれた祝いに。
一緒に食べに行きましょう、八重山そば。







以上、この記事は沖縄県石垣市在住の新聞社勤務、佐中正一さんが書いてくれました。
佐中さんおつかれさまです。

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