披露宴が無事終わり、僕たち2人は控え室で着替えを始めていた。すると突然、僕の叔母が乱入。「私のバッグ何処に行ったの!」と叫んでいる。「Y子に預けたんだけど何処にいるの!」Y子とは僕の末の妹のことなんだけれど、母の留め袖の着替えに付き添っているはずだから、「多分、着付け室にいるよ。」と答えると、「何処なの!何処なのよ!新幹線の指定券が入ってるんだから。間に合わなくなっちゃう!」と喚きながらコマネズミのようにぐるぐる回っている。ちょうどそこに介添えのスタッフが現れたので、これ幸いに叔母を託した。
台風が去ってようやく落ち着きを取り戻した。僕は一息吐こうと腰を下ろす・・・!っと、そのまま後ろにひっくり返ってしまった!何が起こったのか!?左手には座るべきソファーが見える。なんと僕はドレスを梱包していた空の段ボールの中にはまっていたのだ。女性スタッフ2人がかりで起こして貰う。今度はこちらが慌てるやら可笑しいやらで、すっかり緊張の糸が解けてしまった。どっと疲れが出た・・・。
「だいじょうぶ~?」嫁が鏡越しに覗いている。彼女はお色直しの衣装から挙式の白ドレスに着付け直しているところだった。これは彼女の当初からの目論見で、間もなく始まる2回目のセレモニーのための演出。そのために奮発してドレスを購入したわけで・・・。
戸外は生憎の雨。移動には少々難儀な状況になった。会場までの付き添いに彼女の双子の妹Yっちをたてておいて良かった。タクシーで駅前に差し掛かると携帯が鳴った。パーティーの司会進行役アッキーからだった。「今どこですかぁ?」と心配する彼に、「もう目の前だよ。悪いけど誰か手伝ってもらえないかなぁ。」と泣きを入れる。約束の6時半が過ぎたところだった。とっぷりと日の暮れた街角にネオンが瞬いている。早速助けに来てくれたアッキーには荷物をお願いし、Yっちには妻のドレスの裾をたくし上げて貰って、小雨の降る中THE LAST WALTZの入り口目指して小走りに駆け込んだ。
招待客はとうに席に着いているはずだった。受付はお店のスタッフが快く引き受けてくれたものの、50人にも上る仲間達のスナップ写真とお祝いのメッセージの依頼をK子ちゃんとAゆみちゃんにお願いしていたので、さぞかし難儀したことだろう。
嫁は、すっかり冷え込んだ地下へのエントリーで、妹の手を借りてレースのガウンを羽織り、第2ステージに向けて気持ちを整えている。振り返ると階段の踊り場で、ウエルカムボードとペアの人形達が優しい目で見守っていた。ボードはYっちと妻の友達の手作り。式場の受付に置いたものをK子ちゃんが飾り直してくれた。
よし!入場!と勇んで階段を下りると、今度はこちらが待たされる羽目になってしまった。店主であり同級生のI泉が出てきて、いっそのこと飲み物を配ってしまうと言う。予定が押せば何かとバタバタするもの。待たされるお客の心持ちが少々心配になった・・・。
「さあ!新郎新婦の入場です!」高らかな声の合図で店内に足を踏み出す。店内はほぼ満席。フロアいっぱいに暖かい拍手が鳴り響いている。案の定「いのっちー!チャーリー!」とかけ声が来るわけで、ここからは僕の妻のことをチャーリーと呼ばざるを得ない。司会の導きで、各テーブルを回って挨拶する僕たち。それを見守る皆の顔も満面の笑みで溢れている。ここ数ヶ月、この結婚という儀式を前にして、僕たちは多くの場所で多くの人々に歓迎され祝福されてきた。なるほど、一生に一度の大イベントとはよく言ったもの。幾多のステージを経験してきたはずの僕にしても格別の感動が込み上げてくる・・・。
用意された席に着くと、2人共に所縁の深いS水さんの乾杯の挨拶。今は語りぐさとなりつつあるあのBlues Bar MaxwellStreetの元店主。十数年前、そのお店は正に僕たちの出会いの場所であった。毎夜繰り返される音楽の宴の中で、気の置けない仲間達と一緒に2人は親交を深めていった・・・。
続いてアッキーの機転により、各テーブルからお祝いの言葉が送られてきた。これまで数々の楽しい時間を共有してきた友人達の、心のこもったひと言ひと言がしみじみと胸に響き、宴が徐々に盛り上がっていく・・・。披露宴の余興のひとつでもあった2人のバックストーリーの映像の後には、店主の計らいでシャンペンタワーとケーキカット、そして恒例のファースト・イートという贅沢な趣向が続いていった・・・。
さて最後のメイン・イベント、いよいよバンド演奏の時間。先ずはMaxwellStreet Band。かつてハコバンとしてLive Barを盛り立て、郡山にブルースの息吹をもたらしたユニット。創生期には僕もボーカル&ハーピストとして参加していたこともある。今は女性ボーカルのHanaちゃんが花を添えている。バンマスS水さんの少しおしゃべりなギター、A澤さんの必死のテナーサックス、ストーブYくんの玄人好みのドラム、Tぴょんのちよっとホップなベースが正統派ブルースの世界を真摯に表現している。
ここで予てから声を掛けていたKくんに、ハープでの飛び入りをお願いした。するとどうだろう。水を得た魚のようにスラスラと吹くではないか!彼もまた元メンバーのひとり。良い絡みを魅せてくれた。
そして、なんたるサプライズ。Hanaちゃんがボーカルを僕に譲ってくれたのだ。こっ、これはMaxブルース・セッションの再現ではないか?!僕は興奮のあまり、いきなりハイトーンでシャウトしてしまった。しびれる!体の芯からしびれる!そもそもこの感性高ぶる修練でブルース・エンターテインメントを吸収したのだ。ライブ・バンドのボーカリストとしての今をかたち作った原点。僕は恥ずかしくも懐かしいハナモゲラ・ブルースを数年ぶりに披露することになった。バンドの皆さんと握手しながら、当時の初々しい自分に出会えた気がした・・・。
さて2番手は、妻のチャーリー。ウェディングドレスに真っ赤なバラの髪飾りで歌うのは、もちろんデスペラード。これを心待ちにしていた方々も少なからずいたに違いない。かつてMaxの常連達を魅了した二十歳の神がかった歌声とはひと味違うものの、近頃随分と安定して力強くなった弾き語りを惜しみなく聴かせてくれた。彼女の喜びと感謝の思いがひしひしと伝わり、皆の心を捉えていく。さすがにこれをやられると後が辛い・・・。
続いて、我がDEEP BLUEの出番。もちろんドラムはアッキーである。そう言えば選曲をしていなかった。そこでギター海老名の提案で"Georgia On My Mind"。お約束の替え歌で、「チャーリー、愛しているよ~。」を連発して、のろけ男の笑いを誘った。妻は恥ずかしさのあまり柱の陰に隠れてしまった。BB桜田推薦による"Alright,Okay,You Win"で締めれば、案の定お約束のアンコールがきた。時間は押しているものの、これもご祝儀と遠慮なく、とっておきの「ヘイヘイ・ブギ」を演奏する。これこそMaxで培った恒例のエンディング・テーマ。聞き慣れた聴衆との一糸乱れぬコール&レンポンスはこの上なく心地よい・・・。
いよいよトリはTrippin' Out。僕はどうしてもこのバンドの再結成を見たかった。同様に心待ちにしていたファンも多かったに違いない。都合により技のデパートもっちのギターは聴けなかったものの、クニちゃんのコケティッシュなボーカル、ケンケンのマニアックなベース、アッキーの歌うドラム、ひろしくんの豪快なサックス、U子ちゃんのブルージーなピアノはやはり健在だった。ソウルフルな小気味よいグルーブを味わえる希有のユニット。のっけからのサプライズは、Joe Coockerの"FUN TIME"でS葉さんのダンディなボーカル。大先輩の燻し銀の渋茶声に感激。何せこの人は歌を知っている。そして二つめのサプライズかCarole King の"Will You still Love Me Tomorrow"。チャーリーの大好きな曲のひとつである。思えば彼女が二十歳の頃。僕が「つづれおり」のCDと楽譜をプレゼントしたあたりから運命の糸で繋がっていったのかもしれない・・・。更に三つ目のサプライズは驚くべきことに"Tick,Tock"!ブルース大好きのレイボーン兄弟の作だが、アッキーと初めて競演したライブで僕が歌ったものだった。彼がこの時の演奏を大いに評価してくれて感激したこと覚えている。まさかこれがくるとは!ひろしくんが手招きしている。俺に歌えって?いやいや申し訳ない。自分の結婚祝いで自分が歌いまくるとは。フロントに立つとアッキーがしたり顔で笑っている。歌詞カードを貰ったものの、メロディーも歌い回しも良く思い出せない。ひろしくんが横にいてフォローしてくれている。情けないけど、下手くそな鼻歌みたいになって結局最後まで煮え切らないままに終わってしまった。折角なのに面目な~い。しかしこの曲、あの有名なサッチモの"What A Wonderful World"に匹敵する程大きな人生の幸福観を歌ったもの。憎いぞアッキー・・・。
最後に僕たちから皆様へお礼のご挨拶をさせていただく。そこにやっぱり来たのか、お決まりのキッス・コール。チャーリーは挙式での唇へのキスを頑なに拒んでいたのだけれど、今度ばかりは開き直ったのか、僕が強引に実行してしも無抵抗だった。やんやの喝采には、さすがに照れてしまったけれど、2人に向けられたカメラや携帯には、しっかりと証拠の映像が残っていることだろう。
たたみかけるように今度は、沢山のお祝いの言葉と共に沢山の花束と送り物を腕いっぱいに頂いて、僕たちは幸せの極みに辿り着いた。そして今夜のこの晴れがましい祝宴は、生涯決して忘れられない思い出として、2人の心に刻まれたわけで・・・。おいで頂いた皆様、ご協力頂いた方々、会場のスタッフの皆さん謹んで御礼申し上げます。
後日S水さんからのメールの中に「正にマックスレジェンドでした。」という言葉があった。そうなのだ。それはまさしく皆の伝説なのだ。あの祭のような刹那に居合わせたことで、それぞれが、訳あって押しつぶされそうになった心を癒し、生き生きと命を再生し、力強く前に向かって歩いている。僕は僕たち夫婦の心の原点として、Maxで体験した「輝ける瞬間」を切り取って再現してみたかった。そして所縁ある皆さんと分かち合い存分に楽しんでいただきたかった・・・。
余談だけれどMaxに関わって結婚したカップルは僕が知る限りでこの十数年の間に7組にのぼる。その御利益の有り難さたるや並々ならぬもの。そして僕たちが8組目ということで、恐らくは最後。トリを担わせていただく者として、しっかり務めを果たせただろうか。良くも悪くも評価は後々にお任せしたい・・・。
ではでは、ここで本当にお開きとさせていただきます・・・。
写真撮影 M. Yoshnari