翌8月16日早朝、エアコンを掛けっ放しにしてすっかり冷え切ってしまった室内で目が覚める。するとHisaがベッドに潜り込んできた。ムムッ?と思いきや、直ぐに小さないびきをかき始める。どうやら寒くてたまらなかったらしい。な~んだ。猫みたいだな。エアコン切ってくれればいいのに・・・。これまたつけっ放しのテレビが、オリンピック選手達の帰国や近頃騒がしい領土問題を報じている。それでもしぶとく掛け布団にくるまってまどろんでいると、窓から明るい光が差し込んで、今日の晴れ模様を知らせてくれた。
ぐずぐずしている内にも容赦なく時間は過ぎる。朝食の予約は8時だったから、もう出向かなければならない。場所は昨晩と同じレストラン。メニューはお魚中心の和風膳だった。普段から朝食を摂らないHisaは、付け合わせのスクランブルエッグとハムとマグロの山かけなんかを口にした後、なかなか食が進まないでいる。僕は僕で、いつものように彼女の残したお粥まで平らげてお腹が一杯になってしまった。
そのあとは二手に分かれて、僕は一風呂浴びて元を取り、彼女は部屋に戻って身支度に手間を掛ける。さっぱりして部屋に戻って寛いでいると、「あっ、船が来たよ!」Hisaが声を上げた。そこで窓辺に近づいて峡谷を見下ろしてみれば、ライン下りの船が連なって進んでいる。「ほおー、良い眺めだなぁ。」流れの先には高い橋脚、鬼怒川ならではの風景が手に取るように見渡せた。ありふれた近場の観光地にしては、悪くない選択だった。
それにしても戸外は既に蒸し暑い。今日は少し上流の竜王峡を散策してみようかと考えていたけれど、それなら思い切って足を伸ばし、奥鬼怒の涼風を楽しんでみようと変更することにした。そう言うことでチェックアウト。会津西街道を北に戻って、川治から西に折れ川俣温泉、そのまた先の奥鬼怒温泉郷に向かう。
車を走らせて20分程、川俣温泉を過ぎた辺りから、道はどんどん細くなって、峡谷に沿って曲がりくねり、人家も見えなくなった。時折すれ違う車も、互いに譲り合わなければ通れない。左は深い谷間、命綱のガードレールは所々ひん曲がって錆びている。右は山の尾根に向かって切り立った壁で『落石注意!』の標識が不安をあおる。忘れた頃に食堂が現れれてホッとする間もなく、『熊注意!』の看板。「大丈夫なのぉ!」と不安になったHisaが問いかけてくる。「大丈夫でしょう。」そう言ってハンドルを握る僕だったが、なにせ初めての場所。正直この先どうなっているのかは分からない。温泉があって、バスも走っているんだから何とかなるさぁ~。なんくるないさぁ~。なんてボケをかまして自分を励ましてみる。 そのうち、そろそろ引き返した方が身のためかな~と弱気になったところで、突然視界が開けて女夫淵温泉に辿り着いた。それにしても、さすがにここまで来ればずいぶんと涼しい。爽やかな風が心地よい。バス停並びの駐車場には十数台の車が停まり、リックサックにトレッキングシューズ姿の年配の一団が山に向かっ歩いていた。
ここは奥鬼怒自然研究路の起点。これからうっそうと茂る原生林の中に分け入って秘境を探勝することになる訳だけれど、僕たちの出で立ちは間違いなく際立っていた。真面目なトレッカーに白い目で見られそうなお気楽な軽装。すんませ~ん。それでもここまで来たのだからご勘弁。気を取り直して件のグループを追いかけた。
先ずは鬼怒川の源流に掛かる橋を渡ると、いきなり見上げるような鉄製の急な階段。ここで早くも断念して緩やかな広い車道を上る。虻の一群に悩まされながら暫く歩いてようやく案内板を見つけた。『奥鬼怒自然研究路』という文字の下に矢印。薄暗い木立の中を指している。「え~っ、ここ入るのぉ~。」Hisaはご不満の様子だったが、僕は聞こえないふりをしてそのまま進んだ。「こわいよぉ~。」更に訴える彼女に「ここまで来たらしょうがないよ。」と引導を渡す。そうして枯れ枝を踏みしめながら歩く僕の後ろを彼女は諦めて付いてきた。 10分程して二股に分かれる。道しるべには『左-奥鬼怒温泉郷3.4K、右-女夫淵温泉0.2K』とあった。僕は近い方に寄ってから本道に戻ればいいと考えて、何の気無しに右を選んだ。すると、どうだろう、道はどんどん山を下って行く。終いには見覚えのある鉄の階段、その先には橋まで見えてきた。どうやら振り出しに戻ってしまったらしい。「あれぇー、元に戻っちゃったぁー。」僕は照れ隠しの言い訳するように「坂を上って引き返すのはど~お?」と提案したが、Hisaは「嫌だ!」とにべもなく一蹴した。残念だがこれまで。まあ、僕たちのような不心得な根性無しにはちょうど良い体験だったのかもしれない。
3.4Kの山中トレッキングは、たった200メートルの坂下りで終わってしまった。なさけなや~。後で調べてわかったのだけれど、本コースは所要3時間30分ということで、昼食抜きの強行軍だったら遭難してしまったかも知れない。おそろしやぁ~。
帰りの車中、助手席の彼女はいつの間にか眠りこけていた。あらもう疲れちゃったのねぇ~。暫くしてスッキリした彼女。今度は「お腹空いたぁ。」と宣う。もうお昼を大分回ってしまったから仕方ない。しかしこの辺りは判で押したように蕎麦屋しか出てこない。ならばと急いで鬼怒川温泉にとって返す。
ナビを頼りに、『石窯焼きピザが名物!』というイタリア料理店に辿り着く。さっそくドアを開けるなり「予約のお客様とお待ちのお客様でお終いですぅ。」と断られた。パートらしいおばさんが、もう沢山とでも言うように愛想がない。ガイドブックに掲載されて人が集まるのは良いけれど、忙しすぎて客あしらいが悪くなるのは逆効果なのではとつくづく思った。 「お腹が空いたぁ!!」いよいよHisaの機嫌が悪くなる。さあ困った。ガイドブックを開いて更に探してみる。するともう一件のお店を発見。改めてナビをセットし会津西街道を更に南下。小佐越駅の先を分岐して鬼怒バイパスに乗って直ぐ。沿道にピッツァ&パスタ『香音(Canon)』があった。広い駐車場を前にしてログハウスのような店舗。ウッドデッキのテラスには白いパラソルが開いたテーブル。玄関に入るなりウェイトレスが愛想良く出迎えてくれた。そして大きく縁取られた窓際の席へ。ゆったりとした店内と戸外の景観が作る雰囲気は、リゾート感に溢れている。
注文はHisaが大好物のパスタにしようかなと思えば、意外にも彼女は「肉食べたい!」と宣う。よほどお腹が空いたと見える。そうして「チキンのグリル!」という彼女の選択に引きずられて、僕も「ハンバーグ!」とオーダーしたところ、「昨日も食べたのに~。」とたしなめられてしまった。なるほど仰るとおりだった。 すっかり忘れているのも問題だなぁ。歳の差婚の果てに夫が痴呆になる悪夢に苛まれる彼女の心中を察した。ん~、洒落にならないかも~。さっぱりとした冷静スープとドリンク付きのセットをいただいて、期待なしに訪れたわりには美味しい昼食にありつけた。
さて帰りはナビを屈指して最短のコース。とは言っても、何かにつけて有料道路を示すシステムに逆らって最後の手段、『広い道路』という不可解なカテゴリーのボタンを押したところ。ようやく出た納得の選択!会津西街道から逸れて461号日光北街道へ。広く整備された国道を矢板までストレスなくひとっ走り。そこから国道4号を経て西那須野塩原ICから東北道で郡山へ。Uターンラッシュとは逆方向だったお陰で、渋滞とは全く無縁の極楽走行。疲れる暇もなく2時間弱で無事帰宅できた。
観光王国の栃木県はまだまだ奥が深い。日光、鬼怒川ときたところ、次回はもっと近い那須あたりにしようかな・・・。それにしても、今回初めて新型のナビを利用してみたのだけれど、ことのほか重宝いたしました。またよろしくですっ!新しい愛車マツダCX-5とナビくん。