22日夜、山形へ向かう。郵便局長という仮の姿をもつブルースの師匠Dr.浅沼から年賀状を買うために。走り出したところで仙台のバリ鈴木くんからメール>どちらで盛り上がっています?僕の山形行きを気遣ってのこと。相変わらずマメだなぁ。これから行くとこだわさ。>山形は雪かもしれないっすよ!ふ~ん・・・えっ?雪?しまった!北に向かうんだった。タイヤ履き替えてない。やっべぇ~・・・。娘を仕事場まで迎えに行ってから彼女のスコアの詰まったバッグを取りに戻る。8時半、タイヤを替える暇はない。物置を開けてチェーンを探す。だが見つからない。え~い、ままよ。行ってしまえ。途中で降ったら引き返せばいいだけのこと・・・。インターの入り口で電光掲示板に目をやる。『横風注意』東北道は無事だな。問題は山形道の蔵王。気温がぐっと下がっている。急げ・・・。宮城県に入り村田ジャンクションから山形へ。娘はそんなことを知る由もなく爆睡。連日朝帰りしてりゃあそうだよな。川崎を過ぎると登り勾配。アクセルが重くなる。負けじと加速。奥羽山脈蔵王連峰が迫る。笹谷、関沢、峠越えだ。どうやら雪雲は来なかったらしい。ありがたや。下りのワインディグを急降下すると程なく山形蔵王。インターを降りて山形市内を目指す。駅前通りに入るといきなり元気になった娘、「むかし付き合った男と歩いた道だぁ。」なんぞと懐かしむ。知らん。勝手に語ってろ・・・。
七日町。駐車場に車を停めて艶街を歩く。BarTarjiの看板が見えた。店内に入るとカウンターに店主の少太さん。奥様のみちるさんも健在。2時間の強行軍の果てにテーブルに着く。先ずは口開けのビール。旨い。娘はなんたらのカクテルらしい。
2杯目のグラスを空ける頃、やっと師匠到着。盟友Key.有泉氏も同伴だ。「いやいやいや、ど~もねぇ。」2人ともすっかり出来上がっているらしい。「来たなチャーリー。」師匠の顔がほころぶ。娘と師匠は数年ぶりの再会だった。・・・2人は以前フライド・プライドのコピーを奏っていた。彼女のボーカルと師匠のギター。正直敵わなかった。娘は音源を受け取ると難なく歌いこなした。JAZZの素養があるわけではない。天才を思わせた。師匠にしても同様で、未だその自らのユニットを越えていない。しかし負けず嫌いの彼のこと、密かにガットギターを仕入れて、日夜特訓に明け暮れている。五十路を目前にしてこのおバカ加減は並じゃない・・・。酔いどれの2人名物のコーヒー焼酎を頼む。僕たちも便乗。娘と師匠が旧交を温める間、僕は三たび相まみえた有泉氏とブルース談義。「ブルースは自己肯定っすよねぇ。」「そおっかぁ~。」・・・東京でブルースピアノ修行に勤しんだ経歴を持つ彼は、TAD三浦氏との交友を含め、中央線沿線のブルース武者修行の思い出を熱く語る。阿佐ヶ谷ギャングスター時代のじょにさん、高円寺ハーフタイム時代のスーさんが共通の繋がりだということも知ることになる。
「さて、そろそろやりましょか?」と師匠。「そうね。」有さんが返す。何?ここで始めるのか?カウンターの少太さん「2、3曲でお願いします。」と釘を刺す。有さんがアップライトの蓋を開け、鍵盤に指を滑らせる。師匠は持ち込んだギターを取り出し、Aのキーを貰ってチューニングを始めた。「いのっち!」の声に促されて僕は鞄から歌詞カードを引っ張り出す。ゲリラ・ライヴだ!慣らしは“・・・Wonderful World”。飲んで息が上がっているが、これも一興。酔いどれのサッチモだ。思わぬ拍手が来た。「いのっち!前向いて歌って。」みちるさんの声。「おっと、それでは気合を入れて“Summertime”だ。」2曲奏ったら娘にバトンタッチ。彼女は十八番のデスペラード、そしてキャロル・キングのナンバーを歌う。師弟の共演。時間が巻き戻ったように懐かしい。数年前、Maxwell Streetの光景がよみがえる。娘は思い出を噛み締めるように目を閉じる。テーブルに戻った僕は甘美な陶酔の中に居た・・・。2、3曲の約束が5、6曲になる。そしておいとまの時間。「また来ます。」帰りしな、僕は少太さんに手を差しだす。「2月のライヴよろしくお願いします。」彼がその手を握り返した・・・。
タクシーに乗り込む。「レスポールが入ったらしい。」と師匠。そのまま駅前へ。『億万長者』という怪しげな扉を開く。あやっ、まさにうなぎの寝床。10人も入ればすし詰めのカウンターBar。チープな飾り物とお品書きが店内所狭しと埋め尽くしている。その穴倉の向こうから、たぬき顔のロン毛マスター。どう見ても元メタル系だ。師匠止まり木に乗って早々にレスポールを試し弾きする。そしてなんと天井に吊り下げてあったキーボードを有さんが引き摺り下ろす。駆けつけゲリラ・ライヴ第二段。僕がダミ声のブルースをやらかすと、背後にマスターが現れて「へっ、へっ、へっ。」と肩を叩く。あんたも好きねぇ。娘も負けじとクロス・トゥ・ユーを口ずさむ。今度はカーペンターズか・・・。山形恐るべし。あたかも音楽中毒者のアヘン屈。名物焼きそばを喰らいながら、饗宴は朝方まで盛り上がった・・・。
未だ明けきらぬ6時前。ひっそりとしたアパート。忍び足で浅沼家のドアを開ける。居間でがさごそやっていると、奥方のK子さんに発覚。そりゃあ驚くわなぁ~。なんにも言ってないんだから。神妙にお詫びして、間もなく撃沈・・・。
数時間後、愛娘Cちゃん起床。遂に不良中年とその不肖の娘に遭遇。受験勉強真っ只中の女子高生に軽いジャブをくらわしてしまった。そのうえ怪しい2人組、多感な少女にアドバイスとも悪魔の囁きともつかかない話をしこたま吹き込む。いささか呆れ顔のK子さん、上手にその場を取り繕う。それまで、知らぬ振りをしてギターの練習に耽っていた師匠が「ソバでも食いに行くか。」と提案した。山形で新そばにあやかれるとは嬉しい。二つ返事で賛同する。かくして撤収。「お世話様でした。」「また主人と遊んであげてくださいねぇ。」とK子さん。菩薩のような慈悲深さ。玄関口、Cちゃん「またきてね。」と愛想を言う。良く出来た娘。健気な少女よもう少しの辛抱だ。明るい未来が待ってるぞ!・・・今度はさかさま団子買ってきてあげるでぇ・・・。
師匠の気遣いで13号沿いの山形観光物産会館へ。みやげ物を買い。玉こんにゃくをいただく。素晴らしき日本晴れ。西の空、蔵王の主峰熊野岳に新雪が白く輝いている。東に振り返れば凛として銀色にそびえる霊峰月山。美味しい空気に身が引き締まる。そこから蔵王温泉の麓、蕎麦処『東雲』に赴き『生粉打百そば』の大盛にありつく。ひんやり冷たくシコシコと良い歯ごたえ。なんでもお湯ではなく蔵王の上野湧水を使ってこねるのだそうだ。娘、猫舌のくせに温かいトリそばを頼んで苦戦している。
ほんの短い山形道中。楽しかったな。娘も大満足の様子。また帰ってくるよ。今度は2月11日Tarjiのライヴ。待っててね。