日付は少しさかのぼる。18日、日曜日。恒例の母のお見舞い。今年は猪苗代も雪が少なく移動がしやすい。峠を越えて湖畔を横切り山手のクリニックを目指す。辺りに霧が立ち込めて見通しが悪くなった。真冬にしては温かい気象が、たっぷりと湿気を含んだ空気を麓まで運ばせたのだろう。
近頃の母はすっかり調子が回復して外出を楽しみにしている。生憎の天候ながら母を乗せて出発することにした。遠出するのは諦めて、町外れのスキー場傍まで走る。磐梯山の裾野、東西に伸びた県道沿いにアンクルがある。イタリアンなのにアンクルとは腑に落ちないが、由来を詮索するまでもないだろう。お昼前、ガラス扉の内側には未だCLOSEのプレートが掛かっていた。しかし中には人の気配。扉を開けて声をかけてみる。「やってますかぁ。」すると白髪のオールバック、体格の良い店主が現れた。「いいですよ。まだ開けてなかっただけだから。」張りのある低声が返ってきた。僕がプレートを指差すと、彼は勿体をつけるようにOPENの面を表に返す。母を車椅子に乗せ戸口に戻ってみれば扉は閉まったまま。彼はとうに奥に引っ込んでいた。相変わらずそっけない人だなぁ。
店に入り明るい窓際を選ぶ。席をひとつ引き、車椅子をそのままテーブルに着けた。すると彼「後ろの席が座れなくなるから・・・。」と言いながらその椅子を通路側に動かす。僕は少し複雑な気持ちになった。気位の高いオーナーシェフ。客あしらいはあまり得意ではないらしい。
「いらっしゃいませぇ・・・。」微かな声と共に女性がやってきた。ご出勤が遅くなったらしい。そそくさとお冷を出し、注文を聞いてからテーブルセットをする。すると彼女、赤いギンガムチェックのクロスに僅かな汚れを見つけ、慌て拭き取った。それから他のテーブルの上を拭いて回る。「あら、こっちも綺麗に拭いてくれたらいいのにねぇ。」母が言った。僕は黙って目配せをする。・・・つい先だっての妹の言葉がよみがえった。「うちのTくんは気難しいの。お兄ちゃんにそっくりだ・・・。」彼女には4人子供がいるが内2人は男の子。その息子の悪い癖だけは何故か僕のせいになるらしい。細かいことにささくれ立つのもいい加減にしておかないと、いつまでも厄介の本のように言われてしまうな・・・。
程なくして料理が届く。グリーンサラダ、アルフレードのスパゲッティ、ポークのミラノ風クリームソース、ピッツア・マルゲリータ。アルフレードとはローマの老舗の名前らしい。クリーミーなソースのパスタに細長く削り取ったパルメザンチーズをふんだんにまぶしてある。シンプルでいて面白い食感。ポークはパスタにあまり興味がない母のために選んだ。柔らかい肉にこってりとコクのあるソースが絡む。「食べたら?」彼女は一皿ほとんどを平らげて最後の一切れを僕のために残した。珍しい気配り。単に満腹になっただけかな。ピザだけは今ひとつ。火が入りすぎて堅くなっていた・・・。デザートのチーズケーキやティラミスもいけるのだが単品でしか頼めない。お茶と一緒に追加すると高上がりになるので、今日のところは止めにした。セットメニューがあれげありがたいのだが・・・。河岸を変え、太郎庵でお茶を貰って串団子をいただくことにした。
アンクルは見てくれのわりにはこだわりのあるお店。どちらかといえば男性的なとんがった味わい。厳選された素材が前に出て主張している。値段はファミレスの倍はするので懐具合の良い時に。ひとつだけ驚いたことにトイレが和式だった。僕は太ってから和式が苦手になった。古い店舗を利用したのだろうが、イタリアンなのにねぇ。