5月4日、湖は立ちこめる朝靄の中にあった。ひんやりとした湿気を伴って、森の生き物たちの営み、夜と昼の入れ替わる刹那が静かに過ぎようとしている。ひい様は早々と散歩に出掛けていたらしい・・・。
約束の7時前に起き出して、ふたりでレストランに向かうと、総ガラス張りのテラス席に通された。メニューは和風重箱弁当を選んでおいた。「はあぃ。」ひい様がおひつからご飯を取り分けてくれる。優しいなぁ。昨夜遅くまで付き合った甲斐があったか。お味噌汁のうま味が寝覚めの体に染み渡る・・・。戸外は間もなく晴れ上がり、まぶしい陽光が差し込んできた。「うん、今日はいけるぞ!」と確信する。
それから、のんびりと朝風呂をいただいて、いざ出発!湖畔に沿って中山半島の付け根、休屋港に向かう。道すがら、点々と残雪を頂いた山々が迫り、青く光る水面に映えて美しかった。十和田の春はこれからだ・・・。と思う間もなく、一転にわかに掻き曇り、冷たい風が吹きつけてきた。まさに気まぐれな山の天候。すかさずひい様「さむい~。」「船に乗るのぉ~。」「どれくらい時間掛かるのぉ~。」「帰ったら実家にお土産持って行こうと思ったのにぃ~。」と手のひら返しのご機嫌斜め。はぁ、こっちも1日もたんかったのぉ~。
30分程待って、遊覧船が出港する頃には、デッキの窓ガラスにちらほらと雨粒が付き始める。それでも、そんなことにはお構いなしに、船は沖に出て行く。しばし二重カルデラの名所を見物するものの、雨足はいっそう強まり、しまいには前方の山々が煙ってよく見えなくなってしまった・・・。
小一時間の水上散歩?を経て、奥入瀬渓流の起点、子ノ口港に到着した頃にはいよいよどしゃ降り、ついには雷まで鳴り響く始末。船を降りても所在なく、茶店で一休みすることに。そこで目ざといひい様は「みそたんぽ食べたい。」と宣う。はいはいそーしましょーと、迷わずいただく。少し冷えた体に、熱々に炙ったつぶし米と香ばしい味噌の風味が嬉しい。・・・ちなみに、きりたんぽとは、2つに切った鍋の具材のことで、杉の棒にくっついた状態では単に『たんぽ』と言うのだそうです・・・。
一息ついて、さあ、残すはお花見。弘前まで60数キロの標識を確認。雨の中、更に湖を四半周。国道102号で一路弘前を目指す。道はいつしか山間に入り、木立を縫うように走る。次第に高くなっていく雪の壁を横目に、ステアリングを切り返しながらアクセルとブレーキを忙しなく踏み込む。
時折眼下に湖が顔を見出す。さすがに冬は閉鎖される区間、なかなか醍醐味のあるワインディングだ。
いつしか道は下り坂になり、徐々に山裾を降りていく。ようやく道幅が広がりスピードを上げると、ダムによって出来た『虹の湖』が現れ、更に下って黒石に差し掛かった。雨は大方上がっていた。立派な幹線道路を縁取るように、満開の桜が出迎えてくれる。こりゃあ、お後が楽しみだ。目指すは、一直線に弘前城!・・・と、ところが弘前駅まで今一歩というところで、遂に渋滞にはまりこむ。ストップ・アンド・ゴーを繰り返しながらしばらく辛抱すれば、思いのほか早くお城の目前まで到達した。お堀端の並木の下、白い花びらの舞う中を大勢の人並みが流れて行くのが見える。駐車場を探して観光館前まで流しても、沿道総て満車の表示。途方に暮れているところに、ひい様が「ほら!」と左手を指さした。真横にいた警備員がおいでおいでをしている。どうやら一台空いたらしい。なんたる強運。そのままするすると地下に滑り込んだ・・・。
弘前城は薄曇りながら溢れんばかりの人の賑わい。桜祭りは大盛況。期待しながら南側追手門から入城する。頭上には咲き競う花びらをまとった枝々が無数に重なり、足下にはお堀の水面を彩る薄桃色の花の絨毯。続いては桜のトンネル。なんとも桁違いの美しさだ。誘われるように橋を渡ると南内門。城内余すところなくソメイヨシノからしだれ桜まで様々の桜が咲き乱れている。豪華絢爛とはこのことか・・・。上へ下へ、右に左に見とれているうちに、人波に呑まれて、うっかりひい様とはぐれそうになる・・・。
本丸天守を仰ぎ、さらに歩いて行くと、無数の屋台が軒を連ねている。中にはお化け屋敷まで現れた。「あれ見てぇ。」とひい様が喜んでいる。普段なら臆病風に吹かれて逃げ出すところ、仕掛けのばかばかしさに大笑い。そうこうする内に2時近く。さすがにお腹が空いたので、ふたりで手分けして買い出し。
豚焼きだの、ジャンボ唐揚げだの、肉巻きおにぎりだのをかき集める。でも、これメタボ尽くしでないのー(肉巻き・・・は宮崎産、ひい様が「あれB級グルメに出てたー。」と言っとった)。・・・そうして喧噪を逃れ、北門側の広場の草の上、花より団子の時間となりました。
その後、東門までそぞろ歩き、そこからお堀端を通って振り出しに戻る。お城をおよそ半周し たのに、桜の花が途切れることはなかった。最後に名残を惜しんで旧弘前図書館前で記念写真。既に3時を回っていた・・・。
さあ、ここからは帰途につくのみ。一気に4県越えして郡山にとって返す。およそ450キロのノンストップ・トライアルだ。どうしてこんな無茶な旅程を組んだのか、今更説明なんぞできないが、思いつくままに、行けるところまで行ったらこうなった次第。ファイト一発!南無三ですっ!・・・。国道7号線を南下、大鰐弘前ICから東北自動車道、それから先、案の定渋滞にはまること数多。「はぁ~。何時に着くのぉ~。」実家におみやげを届ける約束のひい様は、助詞席で最後までため息をついていた。すまんのぉ~、でも僕にもわかりましぇ~ん・・・。
帰宅できたのはなんと深夜10時過ぎ、およそ7時間という記録的な我慢大会だった。スタートから換算すると、なんと1,100キロ以上に及ぶ2泊3日の強行軍。愛車プジョー307よ!10万キロ越えの老体でよくぞ完走した!「君は、えらい!(小松正夫、降臨!)」・・・ん~、ついでに僕も、歳のわりには結構頑張ったよねぇ・・・って、誰も聞いてないんだなぁこれが・・・、トホホ。
あっ、それから弘前在住のhiroCさん、素通りしてごめんなさい。なにぶん無計画な旅なもので・・・、機会ありましたら次回宜しくです・・・。