バンマスの独り言 (igakun-bass)

趣味と実践の音楽以外に日々感じる喜びや怒り、感動を記録するためのブログです。コメント大歓迎です!

僕のニューヨーク生活 3

2005年12月27日 | 僕のニューヨーク生活
こじんまりしたその映画館は普段行っていたタイムズあたりと違って、ポップコーンを頬張る音も聞こえずそれは静かで落ち着いた映画館でした。

この映画「ラウンド・ミッドナイト」はジャズ・アーティストの物語なのですが、あたりまえですが「日本語字幕」があるわけもなく、聞き取りにくいミュージシャンの語り口と独特なスラングとで、ほとんど理解不能といったフラストレーションが貯まっていき途中で何どもくじけて出て行こうと思ってました。するとお隣の一見小柄な男性が落ち着きのない僕を見て小さい声で「どうかした?(英語で)」とささやきました。「僕は日本人。言葉がよく分からない」とこれも小さく答えました。
場内は暗くて、ささやいた後すぐ正面に向き戻った「彼」の横顔を見てもそれがあの有名なミュージシャンだなどとはまったく分かるはずもなく、映画は(終始、暗いトーンが支配していたような)エンドロールをむかえていました。

場内が明るくなると「僕ら」はお互いの顔を見ました。彼は別段驚くでもなく(あたりまえです)「Hi」と言いましたが、驚いたのは僕です。
「あなたはポール・サイモンさん?」「サイモン&ガーファンクルの?」・・・「Yes,I am」 これには血圧が一気に上昇しました。当時、彼のソロアルバムの中の「ダンカンの歌」というシングルがお気に入りだった僕は覚えてしまっていた歌詞の最初の部分を口ずさんだのです。

場内のお客さんは席を立ち、出口に向かって通路の斜面を上って行きます。その中の数人が僕らを見て(正確にはポールに気付いて)覗き込むような視線を飛ばしてきましたが、
その時僕らだけが未だに席を立たずにしゃべっていたのです。
僕は相当興奮し、いかに自分はあなたの音楽が好きで多くのアルバムを日本で聴いてきたかをまくしたてました。彼は笑って「だったら続きを聞こうじゃないか」って言うんです。血圧はさらに上昇、酸素は欠乏状態、まったく予期しない展開に恐れすら感じたものです。
大スターにもかかわらず飾り気の全くない(目立たない)その風体に多少の違和感を感じつつ、上の階にあるラウンジ(ここは超高級な雰囲気)に付いて行きました。
入り口でウエイターが出迎えましたが、「その人」と気付いたらしく格上らしき初老のウエイターに話をつなぎ、さらに別のウエイターが(トイレや厨房へ行く導線に最も遠い)隅の席に僕ら二人を案内してくれました。彼、ポールはハーブティーをオーダーしていましたがこちらはもうパニック中。あまり好みでないコーヒーしか言葉が思い当たらず、それをオーダーしたのでした。

「で?(And?)」と言うから、どんな曲が好きか、それはどうしてか、を身振り手振りとブロークンな英語で説明しました。
しかし興味深いことにS&Gの昔のヒット作についての話題は嫌がるのです。「それは昔の話」とでも言いたげに。・・・この人、そうとう暗い性格なんでしょうか?穏やかって言うべきなのでしょうか? ・・・時折神経質そうな表情を浮かべます。・・・僕は話をソロアルバムにしぼりました。そうしたら口数も多少増えて、じゃあさっき観た映画の中身に興味があるか?と問い掛けられました。「さっきいったように(As I said before)英語を理解できなかった」と答えると自分の胸に手を当てて「音楽の心が分かれば画面だけで十分だ」みたいなことを言いました。(もう忘れていたこの言葉。僕の日記に書き残されていました)

僕の本心は音楽のこと。それも大好きだった「ダンカンの歌」の話がしたかったので、映画より音楽の話がしたいと言いました。意外にも「No!」。 神経質そうな彼はOFFで音楽の話をすることに興味がない様子。僕は聞きました。なんでここへ誘ってくれたの?
そうしたら彼ポール・サイモンは「東洋人っぽい若い男がなんでジャズの映画を見に来たか興味があった」と言うんです。確か僕は「あれはジャズじゃないよ、娯楽映画だよ」と言ったと記憶してますが、ポールはひとくさり笑ったあとまた神経質そうな顔つきに戻り
お茶をもう一杯飲んだら帰る時間だと言いました。

僕にはあの神経質そうなビッグネームのお相手なんぞできるわけがありません。こっちが興奮して一方的にしゃべりまくったという感じで終始したんでしょう。ほっとしたような顔つきで「楽しいお茶だったよ」と言われて我にかえりました。映画が終わって約一時間後。ラウンジの幾人かの客の羨望の視線を感じながら、二人して玄関ロビーまで下りて、握手をして彼はタクシーに乗り込んで去っていきました。


・・・時間がまだ早いし、今起こったことはいったいなんだったんだろうというキツネにつままれたような気分に支配された僕は、そこからタイムズスクエア方向にとぼとぼと歩いてその頃たまに食事に行った比較的高級な韓国料理店「W」に夕食を食べに入ったのでした。
その店はテーブルに作り込まれた鉄板上で肉や野菜をテーブル専属の女性(ウエイトレス)が焼いてくれるスタイルで、最初から最後まで一人の女性が食事の面倒をみてくれます。

この日、僕はその店で初めてテーブルを指名したのでした。そのテーブルには以前座ったことがあり、その担当の女性がとても好みのタイプだったのでチップ多めを覚悟で店のマネージャーに頼んだのでした。
そのテーブルの女性はアメリカ名をタミーといいました。当時23~4才のソウル出身(両親の仕事の都合でNYに在住)の比較的スレンダーな娘。
なにしろこの日は1対1で話ができましたからもうルンルン気分。・・・そして今度の日曜日が休みなのでクロイスターズ(*)へ一緒に行こう、と話がまとまったのです!
そこは僕がNYで最も心安らげる場所なんです。

この後、僕は短期間ではありましたが彼女と「恋におちて」しまうことになるのです。


 (*)マンハッタン北部190丁目あたり:フォート・トライオン・パーク内にある中世ヨーロッパの教会建物でメトロポリタン美術館の分館

最新の画像もっと見る

8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (竹川)
2005-12-27 17:13:42
ポールもいいがタミーとの展開も興味津々です。
返信する
儒教精神を持った女性でした (igakun-bass@発行人)
2005-12-27 19:39:58
>竹川 さま



きっと毎日毎日、このブログをチェックしてくれてるんでしょう。レスが超速攻で来ますね! ありがとう。

次回はあまり時間を空けないで書き込もうと思っていますが、対女性との微妙な成り行きは残念ながら上手く書けないと思います。だって僕は恋愛小説家ではないし、フィクションの世界のようにそうすべてがうまく進行するはずがないのですから。

返信する
あなたは人間のクロスロード (末松康生)
2005-12-27 21:43:25
だったんですね。みんなあなたという交差点を訪れ、そして新しい出会いを得て、幸せな気分になれる。そういう力があなたにはあると思います。

いよいよ物語は核心に入ってきた、と感じます。なんかすごくロマンティックな展開になりそうですね。これからが文章家五十嵐バンマスの本領が発揮されますよ。恋愛ものは得意でない?それは謙遜です。あなたならとても上品に恋愛描写ができます。期待してます。
返信する
雑多な中の平穏 (igakun-bass@発行人)
2005-12-27 22:11:07
>康生 さま



女性を好きになる気持ちはとびっきり自然なものです。

NY生活の初歩的緊張感が溶け始めたこのころ、アジアン・テイストの異性に「人種のルツボ」と言われるあの街で出会ったことの幸せを書きたいとだけ願っています。



これからも何人かの大物と接近遭遇しますが、そんな僕の興奮を穏やかに聞いてくれたのが彼女でした。と、同時に男としての興奮は新たに芽生えたけれど・・・。
返信する
思ったとおり! (末松康生)
2005-12-27 22:25:17
ぼくの思ったとおり。恋はそういうように深まっていく・・それでこそ恋だと思います。やはりそういう展開だったんですね。やはりぼくの目に狂いは無い。五十嵐文は人を引きつける。彼のベースプレーと同じくらいに!!!
返信する
ピンクが見えました (テーラー)
2005-12-29 02:22:30
ポールのはなし

興奮しながらも一生懸命自分を伝えようとするあなたと、それに興味をみせながらも、素っ気なくかわしたり、不機嫌になったり。ちょっとねずみいろの世界…

それが、なんだか、まー、この男!

いきなりバラ色、ローズピンク!

読む方も目の動きが軽やかになってしまうのはなぜでしょう。

タミーちゃんの顔、スタイル、想像してしまいます。
返信する
ロマンスの贈り物。 (鍵盤姫)
2005-12-29 16:50:51
二日酔いで読んでいたら(失礼!)

目の覚めるようなわくわくする話の展開に

引き込まれていきました。

この、ポールとの出会いのことは

以前にちょっとだけ聞いたことがあるけど

タミーのことは知らなかったなあ。

NYでの生活では人生そのものを包み込んでくれるような

優しいふんわりした時間が流れていたんですね。
返信する
次は初デートのお話をします (igakun-bass@発行人)
2005-12-30 11:15:35
>テーラー さま



後で彼を(ポールS)知る人に会ったんですが、あの偏屈男がよくもまあ一緒にお茶などしたもんだ、と驚かれました。神経質そうだったのは、偏屈よりは助かりました、ということで。



タミーのことは次の投稿(NY4)で少々。



>鍵盤姫 さま



タミーという女性の話はおそらく初めて人に話したと思います。バンドのメンバーや周囲の人たちにも話したことがありませんでした。別に秘密じゃなかったので今回公開しましたが積極的にこの女性の事を話す機会がなかっただけのことです。

若い時の話しだしね。



恋をするのはウキウキするけど、悲しいものでもあるのです。そして多くの恋は悲しい思いを残して去っていきます。
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。