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氷流日記

氷(筆者)と流さんの奇妙な徒然記

街歩き 140103 Vol.2

2014-01-11 01:46:31 | 釜ヶ崎人情
街歩き 140103 Vol.1 からの続き




「新聞のコピーのには高齢者預金の不正引き出しの記事と不法投棄のことが書いています。
年末にキャスターに不法投棄のことを問題ではないかと言われ、
橋下さん(はしもっさん)が怒った番組がありましたけれども、
小中一貫校を新設するときに不法投棄の場所の横を小学生が通る、通学路になる、
ということで問題になりました。
番組は橋下さんに予告もなくVTRを見せて、コメントを求めたので怒ったんですね。
そういうこともあって、今日の講座は福祉とゴミをテーマにしたいと思います。
今ある大阪市の区を5区にするのか7区にするのかもめていますが、
阿倍野区は西成と一緒になるのはいやだともめています。
西成は阿倍野と一緒になるのか、浪速区とか中央区とかと一緒になるのか、
小中一貫校とあわせてどうなるか注目されています。」

配られた資料を一通り説明し、街歩きツアーが始まった。
阿修羅さん先頭に十数名がぞろぞろとついていく。
まず、着いた最初のところは集合場所である釜日労事務所すぐの辻を曲がったところ。
今は取り壊されているが北シェルターのあった場所である。
その前にはHIACEが止まっている。フロントガラスに黄緑色の貼紙がある。
場所は車の内側。







「一般土工の求人が載っています。ここには9500円と書いています。
この求人票は正規のもので、普段はあいりんセンターの中で掲示されています。
今日は3日でお休み。それで車に掲示しています。
一般土工で日当9500円。ここから諸経費が引かれます。
宿舎費の総額が3300円。9500円から3300円を引くと6200円。
6200円がその人の給料になります。
だから、3日に1度仕事をするくらいなら赤字になってしまいます。
土日に仕事を休みにすると給料は入りませんが、宿舎費の3300円はかかります。
泊まる宿舎というのが飯場。工事を受け持つ建設会社が用意する宿舎。
西成で募集して、日本全国に行く。
問題になりましたけど、福島の原発にも行く募集もあります。
では、求人の話はこれくらいにして、シェルターの話をしましょう。」



街歩き 140103 Vol.3 へ続く





街歩き 140103 Vol.1

2014-01-10 05:19:48 | 釜ヶ崎人情
大阪市福祉局は12月24日、高齢者向け賃貸マンションで(10階建て、144戸)で、
入居者36人の預貯金約760万円を不正に引き出したり、虐待があったと発表した。
市は高齢者虐待防止法などに基づき運営業者を改善指導し、
全額返金させたうえで一部の入居者を別の施設に移した。



新聞をコピーしたものを渡し、講座が始まる。
この講座の名前は「新春越冬釜ヶ崎ツアー」。
1月3日の講座である。
講師は水野阿修羅さん。40年、釜ヶ崎で暮らしている人である。
髪の毛は紫色に染め、耳には安全ピンのピアス。
小柄ではあるが、独特の風貌がある。
年齢は60歳を越えている。
言葉はゆっくりと選んで話している。不快な言い回しや高圧的なものはない。
阿修羅さんは釜ヶ崎芸術大学の講師もやっている。感情の講座。
結構人気であるらしく、好評みたいである。
興味はあるのだが時間の都合上、その講座には参加したことがない。
だから、今日は初対面である。
朝から阿修羅さんはどういう人か楽しみにしていた。
1時からの集合だが、12時ころから付近をウロウロしていた。早く着きすぎた。
この街歩きの講座は釜ヶ崎講座主催の企画である。
他には”釜ヶ崎・越冬一日行動デー!!”と題し、12月30日にパトロールをしていたみたいである。
私は参加しなかったのであるが、
夜6時半に集合して、翌朝11時ころまでパトロールをする。
布団敷きや医療パトロールも一緒にする。
路上生活者を支援していく活動である。
とにもかくにも街歩きの講座に参加した。




10分クロッキー 鉛筆 B3



朝、5時に起きて1月26日からの日洋会選抜展向けの作品を描いて、11時に釜ヶ崎に向かう。
(絵は100号、展示場所は東京の都立美術館。巡回はなし)
そして、12時過ぎには到着し、ウロウロしていた。
気合だけはばっちりだ。
集合場所は釜日労(釜ヶ崎日雇労働組合)の事務所前の細い路地。
そこに時間近くになるとぞろぞろ集まりだす。
知った顔も見かける。
哲学の会で知り合いになった青空さん。
彼は釜ヶ崎で新聞を作っている。
今日も半分は取材なのだろう。
それと釜芸で知り合ったパールさん。
彼は私より少し若い。彼も私もここ釜ヶ崎に来る人間としては若年のほうである。
1時10分前に主催者の渡辺さんたちが釜ヶ崎講座の簡単な説明をして、
講師はお知らせしていたように水野阿修羅さんだと言う。
この講座は1時から4時過ぎまであって、その後は室内で質疑応答をする。
5時から5時半くらいには終了する予定だと参加者に告知した。
1時過ぎに阿修羅さんが集合場所にいらして、新聞のコピーを配り、
記事を読み出す。



街歩き 140103 Vol.2 へ続く




釜芸とおかしな男 131201 Vol.9

2013-12-19 23:06:42 | 釜ヶ崎人情
釜芸とおかしな男 131201 Vol.8 からの続き




人間は好意を持ってくれる相手には好意を持つものである。
友人関係はもちろんのこと、恋愛にだって発展する。
成就するしないは別にして気になるようになるのは確かである。
そう考えると、自分が絵を好きなのは相手が私を好きだから好きになったのではないかと
おかしなおかしな発想になってきた。
でも、そう考えると楽しい。
相手は美しい女性ではないが、
自分が愛されていると考えると自信を持ち、勇気がわいてくる。




ほとんど描くことがはじめてというアマゾンさん
顔の比率あってる!!!! すごい、才能があるよ




絵から好かれていると考えれば、
絵に対して卑屈になったり、善悪を考えたりする必要が無くなる。
恋愛と同じで好かれていれば、ほかの事は関係ない。
そうして絵と恋愛して生まれる作品。
自分の子供と一緒で愛さずにはおれなくなる。
今までの感覚では野糞のようなもので
描いたあとはあまり関心がなかった。
描き終わって、次ぎはじめれば興味がなくなっていた。
しかし、絵との付き合い方が変われば、
愛さない手はない。
自分の作品に自画自賛するなんてことではない。
デッサンがおかしい。色が濁っている。
構図が悪い。などなど言われても、自分で思っても、
関係ない。
自分の子供であれば、不細工であろうが、なかろうが、
そんなこと気にする必要がない。
自分が得に好かれていると考えれば、
あとはそれにどう応えるかである。
どうやら私が持っている絵に対する愛情よりも
絵が私に持っている愛情のほうがはるかに大きいみたいである。
これからも受難のテーマや生きることの難しさのテーマを描いていくのであるが、
こういう感覚のおかげで卑屈にならなくてすみそうである。
アマチュアでプロはそんなに甘くないと言われるかもしれないが、
絵を描いているときに
つらいという気持ちが起こらないかもしれない。
これから絵を描いていくことがもっともっと楽しみになってきた。
感謝感謝である。





なんだかわからないが、後ろの男はストーカーらしい
とってもユニークなyouさん





釜芸とおかしな男 131201 Vol.8

2013-12-18 07:16:26 | 釜ヶ崎人情
釜芸とおかしな男 131201 Vol.7 からの続き




母と娘。
けっしてうまい作品とは言えないが、
母は娘に対する無償の愛があふれているのがわかる。
一方、娘は母の愛を受け止めながらこれからは自立していこうと
いう意思を感じる。




母の作品



娘の作品



前回の参加はお母さんだけ。
今回、娘はお母さんから連れてこられたようなかたち。
2人の描いている姿も愛情があふれているし、
それが作品にもそのまま表現されている。
絵ってすげえ~。
あらためて心あるものに触れて、より一層絵をもっともっと好きになる。
音楽の力、詩の力はすごい。
一つの作品からたくさんの人々に涙を流す心を伝えることが出来る。
それをいつも悔しいなと思っていた。
絵でもそんなこと出来ないかなといつも思う。
しかし。
今回、こういう光景を目の当たりにすると
そんなちっぽけなもんでくよくよしていたらいかんなと感じる。
1時間以上お互いを見つめ合って、
初心者でもベテランでも同じ土俵に立って、
お互いのために作品を作ることができるのは絵だけである。
ホントにすごいと思う。
思えば4月から釜ヶ崎に遊びに行きはじめ、
こういう場に行けつける。
講座を持ってその場に居合わせる。
何でそうできるのか?一生懸命考える。
考えると一つの意見に行き着いた。
私が絵を好きなのはもちろんなのだが、
それと同時に絵が私のこと好きに違いない。
そう感じる。
間違いない。
絵の神様が祝福しているっていうようなものではない。
もし、そうなら、
その人に才能とか与えてくれているという
ちっぽけな、ホントちっぽけな考えになってしまう。
そんなものではなく、絵自体。
絵が自分の横に寄り添っていてくれているようなものである。
そう実感する。
そして、もっと深く考える。
ここまで来るともう危ない世界である。
そう”おかしな男”とは私、本宮氷のことである。




釜芸とおかしな男 131201 Vol.9 へ続く














釜芸とおかしな男 131201 Vol.7

2013-12-17 20:25:26 | 釜ヶ崎人情
釜芸とおかしな男 131201 Vol.6 からの続き



一通り説明して、みんなの作品にアドバイスしていく。
突然、nakaさんが字も書いてもいいか聞いてきた。
「どうぞどうぞ。
想いを全部ぶつけてください。」
と応えるとニコリと笑う。






nakaさんは正面の男性、daiさんを描いている。
自分の想いが筆では間に合わないのだろう。
指でどんどん描いていく。
3枚ともdaiさんのために描いたもの。
気持ちが先行しすぎているが、
描きたいものを抑えきれずに描くということは
本当にすばらしいことである。
他の人の評価とか、驚かしてやろうとか
そういういやらしいものがないので気持ちがいい。
字を書くということが出てきたので、
詩人で参加していたユキちゃんに詩を書いてよとお願いする。







彼女は言葉の持つ力をイメージを色に変えて書いたらしい。
みんな絵心がある
技術は無いけれども。
絵描きにとって一番大事なもの。
それは伝えたいこと。
それをどう伝えようかといろいろ考えていたが、
取り越し苦労だった。
人は誰でも伝えようとすることがある、
絵心があるなどと軽く流すようなことではない。
何かの事情があって、釜ヶ崎に来ていたり、
何かにひかれて釜芸に来るということは
もうすでに伝えたいこと、絵心を持っているんだと思った。
よく絵を描いている人たちで、
絵の技術を上げれば、技法が向上すれば、
何かが見えてくるとか、描きたいことがわかるという風に考えている人は多い。
何か筋トレをするように絵を描く人、デッサンを描く人がいる。
どうして目の前にいろんなことがあるのに、
何でそんな他人事なんだろうといつも思う。
原発で非難している人も釜ヶ崎にたどり着いた人も
みんなみんな、明日はわが身。
俺の変わりにやってくれているんだと思ってしまう。
そして、その人には悪いのだが、
どこかほっとしているいやな俺。
ほっとしている後ろめたさから何かを伝えようとする。
釜ヶ崎に集まってくる人はみんなどこかそういうところを
持っているんではないか、
そう感じている。
そして、母と娘で参加している親子に目がとまる。
とてもしみじみしていい絵である。
そして、感動し、勇気をもらう。



釜芸とおかしな男 131201 Vol.8 へ続く