3年か4年前に石膏を買うかと言われて保留にしていた石膏があった。
保留というよりも予算がたたなかったのでお流れになったというほうが正しい。
石膏の持ち主はTさん。
彼女は天王寺の美術研究所にも通っていた人である。
彼女との接点は小灘先生の教室。
同じ習いに行く身であった。
3年前に辞めてしまって、年賀状のやり取りだけの関係になっていた。
辞めたときには60歳を超えていた。
その彼女のご主人から私の自宅に電話があった。
ちょうどその頃、佐川美術館に入ろうとしていた12月23日である。
美術館の入り口で娘の携帯のベルがなる。
「お母さんから。」と手渡される。
Tさんのご主人から石膏をあげたいので携帯に連絡してほしいと伝言を聞いた。
電話番号をメールしてもらい、合間に電話をかける。
聞けば彼女は病気でもう絵が描けるような状態ではないらしい。
病室の中ではあるが絵のことが気になるらしく、
ご主人に話しては整理を頼んでいる。
そして、以前買いたいというようなやり取りを覚えていて譲りたいとの意向を
ご主人に託す。
ご主人はどうにか私の自宅に連絡を取ることができる。
今日は滋賀県にいますのでお伺いできませんが、
29日のお昼ならお伺いできますのでよろしくお願いしますとお伝えした。
29日は指導者無しのホワイト研究所の忘年会。
忘年会という漢字を望年会という字に変えての開催。
なかなかいいネーミングだと思う。
その望年会があるので3時半くらいまでには八尾に到着しておきたい。
1時前にTさん宅に伺えるように堺の深井に向かう。
泉北1号線の道路脇に車を止めて電話をかける。
「以前、電話をもらい石膏像をいただきに参りましたものです。
もうすぐそちらに伺えます。
駅からの道順を教えてください。」
言われたとおりに自宅付近に車で行くと70歳を超えた男性が門の前で待っていてくれた。
車を少し離れたところに止めて、名前を名乗り、お礼を言う。
聞けば石膏は2体ある。
屋根裏に置いているので足元が悪いのでまだ降ろしていないとのこと。
喜んで登り、足を踏み外さないように慎重に抱えて降りていく。
1体ずつ車に乗せていく。
「お兄ちゃん。これもどうや。」と青いガラスの大きな壷を持ってくる。
「有難うございます。いただきます。」
こういう機会はめったにないので逃す手はない。
不謹慎かなと思いつつも有難く頂戴する。

少し落ち着いた場所で撮影
アリエス、アグリッパーそして青いガラスの壷
最後にお礼を言って、Tさんの病状を聞く。
私がお見舞いに行けるような状態でないことがわかる。
ご主人によろしくお伝えしていただくようにお願いし、お別れする。
「大事に使ってくださいね。」
「わかりました。大事に使います。」
車を走らせながら考える。
自分だけの練習に使うにはもったいない。
釜ヶ崎の人と一緒に描く機会をつくればいい。
イーゼルはどうするか。作ろうか。
部材は用意して、組み立てとペンキ塗りは釜の人と一緒にすればいい。
でも、いきなり石膏デッサンはハードルが高いので
何回か絵を描く講座か同好会みたいなものを作り、
7月あたりにするのがいいみたいな感じがする。
一つ楽しみが増えたのでTさんに感謝する。
何かの機会に石膏のことをお伝えしたいと思う。
保留というよりも予算がたたなかったのでお流れになったというほうが正しい。
石膏の持ち主はTさん。
彼女は天王寺の美術研究所にも通っていた人である。
彼女との接点は小灘先生の教室。
同じ習いに行く身であった。
3年前に辞めてしまって、年賀状のやり取りだけの関係になっていた。
辞めたときには60歳を超えていた。
その彼女のご主人から私の自宅に電話があった。
ちょうどその頃、佐川美術館に入ろうとしていた12月23日である。
美術館の入り口で娘の携帯のベルがなる。
「お母さんから。」と手渡される。
Tさんのご主人から石膏をあげたいので携帯に連絡してほしいと伝言を聞いた。
電話番号をメールしてもらい、合間に電話をかける。
聞けば彼女は病気でもう絵が描けるような状態ではないらしい。
病室の中ではあるが絵のことが気になるらしく、
ご主人に話しては整理を頼んでいる。
そして、以前買いたいというようなやり取りを覚えていて譲りたいとの意向を
ご主人に託す。
ご主人はどうにか私の自宅に連絡を取ることができる。
今日は滋賀県にいますのでお伺いできませんが、
29日のお昼ならお伺いできますのでよろしくお願いしますとお伝えした。
29日は指導者無しのホワイト研究所の忘年会。
忘年会という漢字を望年会という字に変えての開催。
なかなかいいネーミングだと思う。
その望年会があるので3時半くらいまでには八尾に到着しておきたい。
1時前にTさん宅に伺えるように堺の深井に向かう。
泉北1号線の道路脇に車を止めて電話をかける。
「以前、電話をもらい石膏像をいただきに参りましたものです。
もうすぐそちらに伺えます。
駅からの道順を教えてください。」
言われたとおりに自宅付近に車で行くと70歳を超えた男性が門の前で待っていてくれた。
車を少し離れたところに止めて、名前を名乗り、お礼を言う。
聞けば石膏は2体ある。
屋根裏に置いているので足元が悪いのでまだ降ろしていないとのこと。
喜んで登り、足を踏み外さないように慎重に抱えて降りていく。
1体ずつ車に乗せていく。
「お兄ちゃん。これもどうや。」と青いガラスの大きな壷を持ってくる。
「有難うございます。いただきます。」
こういう機会はめったにないので逃す手はない。
不謹慎かなと思いつつも有難く頂戴する。

少し落ち着いた場所で撮影
アリエス、アグリッパーそして青いガラスの壷
最後にお礼を言って、Tさんの病状を聞く。
私がお見舞いに行けるような状態でないことがわかる。
ご主人によろしくお伝えしていただくようにお願いし、お別れする。
「大事に使ってくださいね。」
「わかりました。大事に使います。」
車を走らせながら考える。
自分だけの練習に使うにはもったいない。
釜ヶ崎の人と一緒に描く機会をつくればいい。
イーゼルはどうするか。作ろうか。
部材は用意して、組み立てとペンキ塗りは釜の人と一緒にすればいい。
でも、いきなり石膏デッサンはハードルが高いので
何回か絵を描く講座か同好会みたいなものを作り、
7月あたりにするのがいいみたいな感じがする。
一つ楽しみが増えたのでTさんに感謝する。
何かの機会に石膏のことをお伝えしたいと思う。