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氷流日記

氷(筆者)と流さんの奇妙な徒然記

詩の学校 10月 Vol.4

2013-10-13 04:58:11 | デッサン・クロッキー・詩・音楽
詩の学校 10月 Vol.3 からの続き




誰も総括をしないで
なし崩し的にするのがなんとも胡散臭い。
企業でも倒産すれば社長がすべて責任を取る。
世の中そういうもんである。
戦争に負ければ誰々の責任でした。
原発事故をすれば誰々の責任でした。
そういうことをしなければならない。
それは東京裁判という外からされるものではなく、
内から自らを裁くというものが無いとダメだと思うくらい、
大きな大きな責任と失敗がある。
被害が大きすぎると誰の責任でもないとするのは亡くなった者たちがうかばれない。
太平洋戦争が欧米諸国に仕組まれたものだとしても
それに乗るか乗らないかはこっちの責任だし、
戦争するために選挙を操作した大政翼賛会の面々、
時の総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣、
そして、なにより特攻隊を発案したもの、実行してきたもの、
そういう人たちが靖国神社に奉られていることが
恥ずかしいことだし、怒りを感じる。







靖国神社自体を否定するものではないが、
靖国神社は宗教団体であって国とは関係ないですよと言われても
納得ができない。
靖国神社の問題をそのままにするならば、
誰々があの太平洋戦争の責任でしたよと公表し、
どこに問題があったのか総括しなければ前に進めない気がする。


谷川俊太郎さんの詩をきっかけに大きく脱線してしまった。(^^;




詩の学校 10月 Vol.5 へ続く





詩の学校 10月 Vol.3

2013-10-12 05:18:05 | デッサン・クロッキー・詩・音楽
詩の学校 10月 Vol.2 からの続き




谷川俊太郎  かなしみ


 あの青い空の波の音の聞えるあたりに
 何かとんでもないおとし物を
 僕はしてきてしまったらしい

 透明な過去の駅で
 遺失物係の前に立ったら
 僕は余計に悲しくなってしまった




ついでといっては失礼だが、谷川俊太郎の詩も載せていただく。
遠い昔に取り返しのつかない失敗をしてしまって、
取り戻そうとしても、取り戻せなく、
ただうつろに悲しくなるだけ
そんなところだろうか?
有名な詩であるらしいのだが、
私は初めての出会い。

背景はわからないが戦争の詩にもとれる。
あれほど熱狂して戦争賛成をしたのに、
敗戦後は180度価値観が変わる。
誰が悪かったのか、何が悪かったのか総括もされず、
雨ざらしのようにほったらかしにされる。
いたたまれなくなって自己反省したところで
何も解決されないし、自分自身を傷つけるだけで終わってしまう。
かといって自己反省しないのも身勝手すぎて
どうしようもなくあたりをうろついているような感じがする。







尖閣諸島の問題が、原発の問題が、
噴出している今、この詩と同じ事を味わうことのないように
考えねばならないのではないかと思う。
憲法問題もそうだろう。
一度、造成した土地に緑は戻らない。
良かれと思ってしたことが
悪いこともある。
そういうつもりはなかったと言ったとて
後戻りは出来ない。
他人が植えた植林の森であっても、
森は森であるし、
自分たちで決めるから好きなようにしてもよいというものでもない。
そもそも尖閣にしても原発にしても憲法問題にしても
自分たちのものだから自分たちで決めていいんだと
大きな声をあげ、威勢はいいのであるが、
誰も今までの総括をしようとしない。




詩の学校 10月 Vol.4 へ続く







詩の学校 10月 Vol.2

2013-10-11 06:33:25 | デッサン・クロッキー・詩・音楽
詩の学校 10月 Vol.1 からの続く




夜のバス

深夜の台所で水を飲みながら
通り過ぎてしまった土地の名ばかり
つぎつぎ思い出してしまうのは
のどの奥に流れ込む冷たさで
消えてゆく夢の微熱まで
もう一度帰ろうとしているからなのか
こわれやすいものたちを
脳のあたりにかかえて
卵のように眠る準備は
すでにはじまっているのだが
冷蔵庫を開けたとき
やわらかな光に包まれたことも
水道管をつたって
だれかの話し声が聞こえたことも
語られることのない記憶として
刻まれる場所に
ひっそりと一台のバスが停まり
乗るひとも降りるひともないまま
窓という窓を濡らしている

岩木誠一郎









不思議な詩。
何を言おうとしているのかわからない。
わからないまま過ぎていくのは気持ち悪いので
假奈代さんに質問する。
「何を言おうとしているんでしょうか?」
「私は人生というものを表現しようとしていると思う。
土地の名ばかりと語られることのない記憶が
バスにかかり、
バスのゆっくりとしてスピードで
ガタゴトと乗るひともないし、降りるひともない。
人生ってそういうものじゃないかと言っているんだと思う。」
すると半蔵さんが、
「そうやね。この土地の名ばかりがかなり利いていて、
いろんな広がりを見せている。
この言葉はすごいと思う。」
まだピンと来ない。
今度はユキちゃんが、
「これは夜目が覚めて、おしっこ行った後に、
水を飲んでいたら、いろんなことを思い出しちゃった、蘇ってきた、
という感じですね。」
と髪を指でいじりながら教えてくれる。
なるほど、少し見えてきた。
「じゃ、バスの夢を見て、起きて水を飲みながら思い出したような詩ですか?」
假奈代さんは
「そこまで堅いことではなくて
柔らかに人生観を語ると考えるほうがいいんちゃうかな。
谷川俊太郎のかなしみという詩とも違って、
このスピード感もいいよね。」
まだ解せない。
人生観を語るのはいいが、自己完結してしまっているので
物足りない。
作品として発表するなら何かを語りかけてくるものであってほしいと思うのは
贅沢な話なのだろうか。
でも、この独特の雰囲気やまったりとした速度は嫌いじゃない。




詩の学校 10月 Vol.3 へ続く







詩の学校 10月 Vol.1

2013-10-10 06:51:56 | デッサン・クロッキー・詩・音楽
前回 詩の学校 9月 Vol.2



近況報告ではじまる。
半蔵さんは50cmの鯉を釣る。
以前同じ鯉を釣った。
そのときにすごい格闘になって鯉の口は血だらけになった。
そして針が刺さったままであったので心残りがあった。
そこで何度かもう一度釣って針を取ろうとトライする。
しかし、何度のダメだった。
それが先日、実現することが出来たそうだ。
人助けならぬ鯉助け。
でも、原因を作ったのは半蔵さんだからどうなんだろう?
みんなからは鯉の恩返し楽しみやなという話になった。
最近、結婚したアキさんは岡山からアンパンマン列車に乗って旦那さんの故郷に行く
愛媛の海沿いのJRの駅からひとやま越えて1時間。
着いた先はのどかな漁港。
そこでの滞在を話してくれた。
結婚報告で行ったのだ。







ユキちゃんは仁淀川に行った。
四国にあり、近くの四万十川よりもきれいな川。
日本一の清流。
水が青過ぎて感動した。
感動して川で泳いだ。
彼女の話はいつでも楽しい。
彼女のワクワク感がいつでも伝わってくる。
彼女の場合はさほど大きな理由があるわけでもないが、
行きたいと思ったら行ってしまう。
お金のあるなし関係なく。
だから、いつもおけらの状態みたいだ。
KABAさんは言う。
芸術家は行動がすごいもんな。
後先考えない。
KABAさんは彼女を大変かわいがっている。
そのKABAさん、假奈代さんにそっと胡瓜を渡す。
渡すがみんなにばれてしまい、テーブルの上に置かされる。
「黙って渡そうとしたのに」
といつものようにケラケラ笑う。
その胡瓜を見ながら近況報告。
一通り終わり、配られた詩のレジメを朗読始める




詩の学校 10月 Vol.2 へ続く






詩の学校 9月 Vol.7

2013-09-20 06:03:20 | デッサン・クロッキー・詩・音楽
詩の学校 9月 Vol.6 からの続き



みんなの発表の後、口々に感想を言う。
ユキちゃんが一言こう言う。
「自分でどうにも出来ないのがいい。」
そうのとおりである。
自分で計画を立てて、邪魔されることなく構築していく。
そんなものよりも他人に翻弄されながら歩んでいくほうが深みがある。
いわゆる味っていうやつ。
私も大いに賛成し、
「夢に向って今何をすべきかと行動するよりも、
サイコロの目に従って進んでいくような夢見心地の夢の方がいい。」
なんて恥ずかしいことを言ってしまった。
ユキちゃんの言葉に感化されすぎである。
でも。
安倍さんが言っていた放射能はコントロールされている。
危なっかしいものを計画立てて、管理したとて
想定外のことが必ず発生する。
自分ではコントロールできない、扱いきれないとわかっていて、
出たとこ勝負みたいなことでみんなが楽しくなるようなことはないだろうか。
事故をおこせば甚大な被害になる原発のようなものは排除すべきだと思うが。
根無し草の独り言か。
そんなことを考えた。





10分クロッキー B3 鉛筆