田中秀臣の「ノーガード経済論戦」

田中秀臣の「ノーガード経済論戦」

出口政策が熱い?!(その2)

2005-11-29 | Weblog
お待たせしました。続きです。(その1はこちら

●出口政策の理論的基礎―ニューケインジアンモデル―

 出口政策を理解するためにはやはりそれなりの理論的なフレームで考えなくてはいけないだろう。例えばバーナンキ次期FRB議長は日本のデフレ脱出に、エガートソンとウッドフォードの経済学モデルを援用して、インフレ目標政策と物価水準目標の合わせ技を提案した(ベン・バーナンキ『リフレと金融政策』日本経済新聞社)。以下ではこのエガートソンとウッドフォードのモデルの枠組みをきわめて単純化して「出口政策」の理論的基礎とさらに現在しばしば話題になる日銀預金残高の超過準備問題という技術的な側面についてコメントしてみたい。

 いわゆる「ルーカス批判」以降、政策による期待の変化という問題に耐えられる理論構造をもつことがマクロ経済学に求められきた。そのひとつの解が、いわゆる「マクロ経済学のミクロ的基礎」である。「ルーカス批判」以後、マクロ経済学のプログラムはこの「ミクロ的基礎付け」をRBC(実物景気循環論)モデルとニューケインジアンモデルの大まかふたつの方向で深化してきた。両者はいまでは見分けがつかないほど交じり合ってしまった。例えばバーナンキらの理論では長期においては市場の自律的調整機能を信頼しているため、長期的スタンスをとれば例えば失業が深刻であっても市場の調整能力にまかせる、という選択も最初から排除するものではない。しかしもちろんこのような態度は、バーナンキらの積極的に認めるところではなく、実際問題として不況が深刻であったり、極めて高いインフレが起きているときは政策介入を強くすすめることで社会的コストを避けるというのが、いわゆるニューケインジアンの立場であろう。

●消費者の行動(New IS曲線)

 バーナンキらはまずマクロ経済を考える上で、家計(消費者)の行動、企業の行動、そして金融政策を担当する中央銀行の行動を主要なプレイヤーとして考える。それぞれのミクロ的な行動が経済のマクロ的動向に影響を与えていくと考えるわけである。

 まず消費者は自分の効用(満足)を最大化するために行動する。その際に予算の制約をうけるわけであるが、その制約の変化に対してなるべく消費を平準化(スムージング)して行うことが最適な対応である、とこの消費者は考えているとしよう。消費の平準化というのは、今期(現在)と来期(将来)の消費量をあまり変化させずに似たような量だけ消費し続けることを意味している。例えば今期、クリスマスで家族や恋人にプレゼントをするために消費を増やせば、それに対応して将来の消費を減少させることで、期間を通じてみれば消費は一定水準にあるというわけである。例えば経済全体の景気がよく将来的に家計の所得が通常の場合よりも増加すると期待されたとしよう。このような状況を期待産出量ギャップが拡大したと表現する(あるいは期待拡張ギャップの存在とも表現可能)。将来の所得が増えると期待されるので、この家計はそれを見込んで現在の消費を増やすことで平準化を行おうとするだろう(そうしないと予想通りに将来の所得が増えた場合、将来の消費の方が今期にくらべて過大になってしまうので)。

 この状況は先の例でいえば、会社の成績が良好で、ボーナスの増額が望めるために、クリスマスプレゼントはその将来のボーナスで返済することを見込んで、ローンまでして高めのプレゼントを購入することに似ている。すなわち将来の期待産出ギャップ(期待される将来のボーナスの増加)が現在の産出ギャップ(ローンをすることでの現在所得の増加)に反映されることになる。このように家計の消費行動は「来期の産出量ギャップの予想」に依存している。

 さらに家計は今期の消費と来期の消費をバランスするために現在の実質利子率を参考にするだろう。現在の消費を我慢して貯蓄するには、その貯蓄が経済的に見合うものでなくてはいけない。その報酬として実質利子率が付されるとも考えられる。そしてこの実質利子率が増加すればそれだけ消費者は現在の消費よりも貯蓄を選ぶだろうし、また反対に実質利子率が低下すれば将来の消費よりも現在の消費を選ぶであろう。また家計のローンの負担も実質利子率が低下することで軽減され、そのことがローン契約や耐久消費財の購入を促すことが知られている。すなわち消費者の行動は「今期の実質短期利子率」に依存している。

 ニューケインジアンの経済モデルではこのような消費者の行動をIS曲線(New IS曲線)と表現して現在の所得のあり方(産出高ギャップ)に、今期の実質短期利子率と将来の産出量ギャップが影響を与えると考えるわけである。ちなみに伝統的なIS曲線と同じように、今期の実質短期利子率と今期の産出量ギャップとの関係は右下がりの曲線に描くことができる。

●企業の行動(ニューフィリップス曲線)

 次に企業の行動をみてみよう。ニューケインズ経済学では企業の価格設定行動も経済環境の変化に対して緩慢にしか変化することはせず、そのため価格の粘着性という現象が一般的であると主張している。この価格の粘着性を説明するためにケインズ経済学は企業の代表的なイメージとして「独占的競争モデル」を採用する場合が多い。経済学の想定する市場の典型的な姿は、完全競争と独占である。完全競争市場では、多数の売り手と多数の買い手が、お互いに市場価格をシグナルとして販売・購入活動を行っている。価格が資源配分を有効に行うと想定しているので、この完全競争市場では売り手と買い手はプライステイカーとして行動する。他方の独占市場では、売り手もしくは買い手ないし双方が市場の価格をコントロールする力を保有しており、独占市場では完全競争市場にくらべて、価格はより高く、取引される財・サービスの量は少ない。独占市場は完全競争市場に比べると資源の非効率的な配分が行われている。

 しかしこのような両極端な市場の姿よりも、次のような市場のあり方の方が一般的ではないだろうか。例えば近所の本屋にいけば、さまざまなビジネス雑誌が販売されている。そしてそれぞれのビジネス雑誌は、特集する記事が異なったり、価格も各出版社が独自色を打ち出してライバル雑誌に負けないとしているように思える。またどの出版社でも自由にビジネス雑誌を発刊することができ、自由にそれを辞めることができる点でも、完全競争市場の特徴を持っている。

 このようなケースは、なにもビジネス雑誌だけではないだろう。私たちは、完全競争と独占の両方の特徴を持った様々な財・サービス―例えば、書籍、映画、パソコンソフト、レストラン、コンビニ、ケーキ、車など―を日常的に目にしている。経済学では、このような財・サービス市場を「独占的競争市場」と名づけている。独占的競争とは、同質ではないが類似した財・サービスを売る多くの企業が存在する市場だということができるだろう。独占的競争市場では、たくさんの企業が同じ顧客を相手に競争を繰り広げている。その一方で、個々の企業が、他の企業と異なる製品を供給している。これを製品の差別化という。また同時に参入・退出が自由である。

 完全競争市場では市場で決まった価格で販売すればすべての財は売りつくされる。他方で独占的競争市場では、企業は「右下がりの需要曲線」に直面している。これは企業が価格をコントロールできるが、もし価格を上げれば需要は減り、下げれば需要が増加するという市場環境に直面していることを意味している。この結果、この独占的競争企業は若干の独占力を有しているために、限界費用を超える価格を自ら設定することができる。この限界費用というのは、財やサービスを追加的に一単位製造するときに要する費用のことである。経済学ではこの「限界」的な単位で消費者や企業の選択を判断する。例えば、企業は売り上げ全体の動向と価格をみて供給を決定するのではなく、新たに一単位生産するときのコストとその販売価格の大小関係で意思決定を行う。

 例えば『冬ソナ』のDVDを一冊追加的に生産するコスト(=限界費用)が1000円だとすると、この独占的競争企業は5000円で市場での販売が可能になるということである。限界費用と価格との差額は、この企業にとっての「マークアップ」(超過利潤とイメージしてもいい)を得ることが可能であることを意味している。この超過利潤の獲得を目的にして、多くの企業がこの市場に参入する。もちろん独占的競争企業は製品の差別化によってこの熾烈な競争に打ち勝とうとするだろう。独占的競争市場では、このような熾烈な競争の結果、長期的には利潤がゼロになることがしられている。そしてこのような熾烈な競争に生き抜くために、企業は製品の差別化をはかり消費者の需要を喚起し、その有効な手段とし広告やブランド戦略などを展開しているのである。

 ところで独占的競争企業は価格設定を自ら行うことができるが、市場の動向に合わせて絶えず価格を変更しているわけではない。価格の変更に伴うコスト(メニューコスト)が発生するために頻繁に需要の変化に応じて価格を修正することはしない。そのためメニューコストを原因とする価格の粘着性が広く観察される。また価格を改訂する企業が増加するにしたがって、この価格の粘着性は緩んでいくと考えられている。この価格の変更に企業は今期の産出高ギャップをまず参考にする。これはいままでの議論では需要が供給よりも多いと考えられるならば企業は価格を上昇させるように改訂するだろう。また他方で将来のインフレ率の予想も重要である。なぜなら上記のマークアップは名目額よりも各企業はその実質値に注目すするからである。将来獲得したいと期する利益に将来のインフレ率の動向が大きくかかわるわけである。まとめると企業の価格改定行動は、今期の産出高ギャップと、来期の期待インフレ率に依存している。経済全体でみれば現在のインフレ率は期待インフレ率と産出高ギャップに影響される。この関係を表現したのがニューフイリップス曲線という。

●中央銀行の行動(テイラールール)

 さらに中央銀行の金融政策ルールをテイラールールの形で導入するのが一般的である。ジョン・テイラーはグリーンスパン率いるFRBの金融政策の行動を「テイラールール」という形で表現することに成功した。テイラーによるとFRBは産出量ギャップ(潜在産出量-現実の産出量/潜在産出量)とインフレ率に反応して利子率を設定しているというものである。テイラールールのもっとも古典的な形式は産出量ギャップとインフレ率を均等に重きを置いて考慮する政策スタンスを採り入れたものとなっている。

名目利子率=0.01-0.5(潜在産出量-現実の産出量/潜在産出量)+0.5×目標インフレ率

である。このテイラールールを用いると、産出量ギャップが0.01、目標インフレ率を0.02だとするとFRBは0.5%利子率を引き下げて、景気の後退を防ぐことがわかるだろう。このテイラールールはグリーンスパン率いるFRBの動きをかなりうまく説明することができるといわれている。

 ところで中央銀行は経済にふりかかるさまざまなショックから国民の経済厚生を守るために行動するとみなされている。いま国民の経済厚生を最大化するような中央銀行を考えて、この中央銀行が考えている経済厚生の損失の最小化が、そのまま国民の経済厚生の損失の最小化になると考えるとしよう。中央銀行は国民の経済厚生の最大化(あるいは損失の最小化)をきちんとフォローできると考えるわけである。

 このとき中央銀行の経済厚生を最小化するための目的関数を「損失関数」といい、これは簡単にいうと今期のインフレ率と今期の産出高ギャップを足したものである。この「損失」を下の(a)(b)(c)のもとで最小化するのが、この経済にとってもっとも望まれる=最適と考える。

(a)New IS曲線では、今期の産出量ギャップが(1)今期の実質短期金利と(2)来期の産出量ギャップの予想に依存する 
(b) ニューフィリップス曲線では、今期のインフレ率が(1)今期の産出量ギャップと(2)来期の期待インフレ率に依存する
(c) 中央銀行は目標名目短期利子率を決めるにあたって(1)今期の産出量ギャップ(2)目標インフレ率を参照する。

 ところで上の意味での最適な中央銀行の金融政策を考える上で重要なものが「コミットメント」である。これは中央銀行の金融政策の目標達成への力強い政策的態度をしめす言葉といえる。具体的な目標について責任を持って期間内に達成することを約束することであ。例えば未達成の場合には具体的な形で責任をとる(ペナルティをとる)と考えて同じで効果を発揮する。このコミットメントを行うことが経済で活動するさまざまな主体(家計や企業や市場関係者)の予想に影響を与える。

 例えば、先の(a)のIS曲線では、今期の産出量ギャップが(1)今期の実質短期金利と(2)来期の産出量ギャップの予想に依存していて、さらに来期の産出量ギャップは(1)'来期の実質短期金利と(2)'来来期の産出量ギャップの予想に依存していて以下同様に…となると、結局、今期の産出量ギャップは将来の実質短期金利に依存することになる。ニューケインジアンは産出量ギャップの変動を経済変動で重視しているので、これは将来の金融政策のあり方(=将来の実質短期金利をどうするか)への予想が決定的に重要になるということになる。

 「産出量ギャップ」という表現が苦手な読者は、消費者でいえば(借り入れのケースを含む)所得、企業でいえばマークアップと考えてみればいいだろう。いまのサラリーの額や企業の利益が中央銀行の現在から将来に向けての政策態度に影響されるというのがニューケインジアンモデルもわかりやすい含意だ。

 このような将来が現在を規定するという考え方をフォワード・ルッキングという。このようなフォワード・ルッキングな経済構造では、経済主体の予想に影響を及ぼすコミットメントがいかに重要になるかが分かるであろう。

●出口条件を考える

 さて出口政策の条件を考えるには上の(a)(b)(c)のもとで損失関数が最小化するように計算をしなくてはいけない。しかしここでは直観的な説明を行う。渡辺努・岩村充氏の『新しい物価理論』(岩波書店)で用いられた仮設例を利用したい。この仮設例の面白いところは上記までは顔を出していない長期利子率の動きをフォローすることができることである。現在の出口政策にかかわる議論が長期利子率のオーバーシュート(財政危機の拡大?)への懸念にあることを思えばその重要性がわかるであろう。ちなみに以下では金利の期間構造モデルを採用して、長期利子率は将来の短期利子率の予想値に依存していると考える。すなわち単純化して足元の長期利子率は、足元の短期利子率と次の期の短期利子率の単純平均とする。また産出高ギャップは長期利子率に反応すると考える。あとでわかることだが、長期利子率は短期利子率の予想へのコミットメントに誘導されて決定されるのでいままでの議論と同じである。

 いま三期間(0,1,2期)を生きる経済を考えよう。第0期はデフレで流動性の罠に陥ってるとする。現代版の流動性の罠をバーナンキらは名目短期利子率がゼロ(=利子率の非負制約)であると考えている。そして第1期と第2期では経済が回復しているとする。このとき渡辺・岩村の仮設例をそのまま採用して、利子率の非負制約を度外視して(すなわち仮想的にマイナスの名目利子率がとれると考える)、第0期でのデフレを回避するために必要な名目短期利子率はマイナス4%、そして景気回復後(1期と2期)の名目短期利子率は4%としてておこう。すると第0期の長期利子率は、0期と1期の短期利子率の平均なので0%、第1期は4%、2期も4%になる。

 しかし実際には名目利子率の非負制約があるために、第0期での短期利子率は0%が下限となる(=ゼロ金利制約がバインディングしている、という)。第1期は経済が回復しているので通常ならば4%に短期利子率を誘導するのが本来ならば望ましい。しかしそうなると第0期の長期利子率が2%になるので経済を回復させる長期利子率の0%には届かず、第1期の経済回復が望めなくなる。そこで中央銀行は第1期の短期利子率も0%にするようにコミットすることになる。そうなると第0期の長期利子率は0%と産出高ギャップを回復させるのに十分な水準になる。第2期の短期利子率は4%で、このとき第1期の長期利子率は2%、そして第2期の長期利子率は4%になるだろう。

 すなわち景気回復した第1期においてもこの流動性の罠のケースでは、ゼロ金利政策を続けることが望ましいといえる。これは第1期の金利政策が、第0期の状況の影響を受けるので「歴史依存性」をもつと表現されている。すなわちこの仮設例は、先の(a)(b)(c)のもとで損失関数が最小化したときに導きだされる最適な金融政策のルールをわかりやすくしたものなのだがそこでは実体経済に影響を与える長期利子率のコントロールには、将来の短期金利に関する予想をきちんと中央銀行がコントロールする(コミットメントを行う)ことが重要だとする結果がでてくるわけである。ところでこのような将来の短期金利のコントロールで長期利子率に影響を与える「間接的」な手法は、現在の日本銀行の政策をかなりうまくフォローしているだろう。

●現在の量的緩和解除早期論は日銀のレジーム転換の不在が原因

 ところでこの名目利子率の非負制約のケースとその制約のないケースのそれぞれの第1期の長期利子率を比較すると、前者が2%で後者が4%になる。つまり制約のある場合(すなわち景気回復後でもゼロ金利政策を続行する場合)では、第1期はインフレの方向にオーバーシュートしている可能性がでてくる。たとえば現在の日銀の政策態度のように「安定的にゼロ%以上」という不明確なコミットと政策委員で近時力をましつつあるゼロインフレ以外は認めない態度からは、短期利子率をすぐさま事前に引き締めるようにコミットする、というこが起こりかねない。いや、それが現在の日銀の量的緩和解除早期論に勢いをつけていることなのかもしれない。

 バーナンキらは、出口政策を考える際には、従来のインフレ目標の厳格な適用ではなく、物価水準ターゲットとの併用をすすめている。つまりこのようなインフレ率のオーバーシュートを許容できるからである。また日本でも岩田規久男、安達誠司、伊藤隆敏らが同じ政策を推奨している。つまり日銀と現在の政府との量的緩和早期論の是非をめぐる対立の裏には、実はこのような日本銀行の本格的なデフレ脱出のフレームワークの欠如=レジーム転換の不在が色濃く刻印されているのである。

●レジーム転換なき日銀当座預金残高目標論の危険

 実際にはデフレ脱却を確実にするレジーム転換なきままの技術論として量的緩和解除を語るのがいかに無益なことかは、前回で示唆したつもりである。またレジーム転換なきままの量的緩和解除は日銀の抗弁にかかわらず金融引き締めスタンスへの逆レジーム転換ともみなされるかもしれない。もちろん日銀当座預金残高の目標額をどう技術的に処理するかという論点をつめるのは重要ではある。例えば、『日経公社債情報』の「日銀ウォッチ」10月31日で暗黒大陸氏が興味深いことを書いている。通常、量的緩和解除というのは上記した将来の短期名目利子率を事実上ゼロにコミットする効果(=時間軸効果といわれる)が剥落していく過程である。すなわち当座預金残高を段階的に引き下げるとともにそれと平行して時間軸効果が弱まっていく(=イールドjカーブの正常化)。そして超過準備がちょうどゼロになるときに、従来の利子率操作のターゲットである無担保コールレートを0.15~0.25%程度に引き上げる、というのが望ましいフレームであるという主張である。私もこのような意見には賛成である。例えばこのような主張は先にカミングアウト?したと評価されている植田和男氏の日本経済新聞「経済教室」での論説(出口政策を展望(上)量的緩和解除は遅めに2005/10/27, , 日本経済新聞 朝刊 )でのいわゆる「ビハインド・ザ・カーブ」論とほぼ同じ趣旨であろう。

 しかし現状では、暗黒大陸氏によれば、①残高目標をを段階的削減+超過準備ゼロその後でもゼロ金利維持、そして利上げ、あるいは②残高維持しながら市場との対話で時間軸効果は剥落(=イールドカーブ正常化)、そののち一気に超過準備ゼロ という選択肢が日銀よりのエコノミストたちに主張されている、という。①は量的緩和解除=時間軸効果剥落という定義からいえばゼロ金利にこだわる理由が意味不明であり、ただ単に日本銀行が量的緩和解除をした後でも金融緩和を継続している、という方便に使われる可能性が高い、と暗黒大陸氏は厳しき指摘する。②は佐藤ゆかり氏らが主張しているものとおもわれるが、一気に超過準備をゼロにすると猛烈な売りオペを敢行しなくてはならず、そのような金融引き締めは不可能である、としている。逆「ケチャップ」政策であろうか。

 いずれにせよ、レジーム転換なきまま、デフレ脱却が安定的に可能なのか、また(幸運な外的条件の変化がないとはいえない)可能だったとしてもその後の金融政策の明白な目標が不在でいいのか、出口政策の今後に熱い視線が注がれるであろう。