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「自己アセンション実現の会」☆自己無限化・全知全能化☆~最高レベルのアセンデッドマスターへの道~

このブログは各自の自己アセンション(自己無限化・全知全能化)に役立てられる情報が集めてあります。

和尚ラジニーシ 【瞑想法6】 瞑想の本質は受動的なもの 

2012-04-04 05:43:10 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎瞑想 ~祝祭の芸術~ P54~P58(めるくまーる)より 瞑想は常に受動的だ。その本質そのものが受動的なのだ。瞑想はその本性そのものが無為だから、能動的ではありえない。何かを行なおうものなら、まさにその行為がことの全体をかき乱す。あなたの行為そのもの、能動性(活動)そのものがことをかき乱すもとなのだ。 無為とは瞑想のこと。ただし、私が「無為は瞑想だ」と言っても、あなたが何もしなくてもいいとい . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【瞑想法5】 アナパーナ・サティ・ヨーガ(3)

2012-04-02 10:10:37 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎内なる宇宙の発見――呼吸・夢の超越・やすらぎ <タントラ秘法の書>P160~164(市民出版社)より                                 (質問) 呼吸に覚醒するというこの方法を行なっていると……、つまり、自分の呼吸に注意を払っていると、ほかのことが何もできなくなります。注意がみな呼吸の方へいってしまうからです。そして、ほかのことをする段になると、もう呼吸に覚醒してい . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【瞑想法4】 技法は役立つ&最初は努力しなさい

2012-04-01 19:06:07 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎新瞑想法入門 P46~51 (市民出版社)より *技法は役立つ 技法が役立つのは、それが科学的であるからだ。あなたは不必要な迷いや、無用な手探りから救われる。技法をまったく知らなければ、いたずらに長い時間がかかることになる。師とともに在るなら、さまざまな科学的な技法を知っているなら、多くの時間、機会、エネルギーを無駄にしなくてもすむ。そして、ときには幾生をかけても得られぬほどの成長が、数秒の . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【明け渡し・手放し2】 「技法」と「明け渡し」

2012-04-01 18:27:22 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎存在とひとつに―ヴィギャン・バイラヴ・タントラ <タントラ秘法の書)>P51~60より(市民出版社) (質問) 技法というのは近道であり革命的なものだそうですが、もしそうならば、<道(タオ)>やスワバーヴァや自然に反しているのではないでしょうか。 (和尚ラジニーシ) その通り。技法というものは、<道(タオ)>に反し、スワバーヴァに反している。いかなる努力も、スワバーヴァや<道>に反している。 . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【光明4】 光明の体験とは?

2012-04-01 18:08:04 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎新瞑想法入門(市民出版社)より 覚えておくべきもっとも基本的なことのひとつは・・・・あなただけでなく、あらゆる人にとって・・・内なる旅で出会うものは、どれも「自分ではない」ということだ。 あなたはそれを「目撃する者」だ。それは空(くう)であるかもしれない、至福であるかもしれない、静寂であるかもしれない。しかし覚えておくべきことがひとつある。体験がどれほど素晴らしく、魅力的であろうとも、それは . . . 本文を読む
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和尚ラジニ-シ 【光明3】 「悟り(光明)」と「サマーディ」のちがい

2012-03-31 19:19:56 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎瞑想・・祝祭の芸術 P290~295(めるくまーる刊)    (質問) さとり(禅における<光明>の一瞥)とサマーディ(宇宙意識)との体験上の違いは何でしょうか? (和尚ラジニーシ) サマーデイはひとつの隙間(すきま=ギャップ)として始まる。だが、それはけっしておわらない。通常、隙間(すきま)は始まると必ず終わる。つまり、境界線・・・始まりと終わりがある。が、サマーディは隙間として始まり、そ . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【知る1】 「知る」ということの二つの面

2012-03-31 19:17:06 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
神秘家の道 P28~30 (質問)知るということは、知的な経験なのでしょうか? (和尚) 知るという経験には二つの局面がある。一つは客観的な知、もう一つは主観的な知だ。客観的な知は知性によるものだ。それがあらゆる科学が続けていることだ。それは知性的に知るということだ。知性は物事を知るには充分だ。物事は外側にある――目に見えるし、実験もできる。解剖することもできる。望むことなら何でも、ありとあら . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【観照20】 自分を「観照者」として知る

2012-03-30 09:53:23 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
 【自己アセンション目次】 【アセンション・スピ会合のお知らせ】 ◎エンライトメント ただひとつの変革 神秘家・アシュタヴァクラ(P42~46) 市民出版社「あなたは大地ではなく、風も、火でも、水でも、精気(エ―テル)でもない解放に至るには、自分はこのすべてを観照する意識であると知りなさい」これらの声明は、とても直接的だ。一言の前置きもない、アシュタヴァクラは、わずか二言ばかり語る。すると瞑想が . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【観照19】 「観察者」と「傍観者」のちがい

2012-03-28 11:47:47 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎エンライトメント ただひとつの変革 神秘家・アシュタヴァクラ(P115~120) 市民出版社 アシュタヴァクラは、人の本性は見る者、観察者であることだと言う。それは演技者でもなければ、傍観者でもない。またしても、このふたつを混同しないように。私は何度も、人々がこの誤りを犯すのを見てきた――彼らは傍観者となったときに、観察者になったと思い込んでしまう。このふたつの言葉の間には、まさに根本的な相違 . . . 本文を読む
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和尚ラジニーシ 【観照18】 「自意識」は「自己認識」ではない

2012-03-24 11:28:38 | 【自己アセンション3】 和尚ラジニーシ
◎和尚タイムズ・インターナショナル63号(P29)原著 Yoga Alpha and the Omega, Vol.6,#8からの抜粋 (質問) 愛する和尚、私はあなたが病いだとおっしゃる自意識の感じと、自己認識や自己想起、そして立会人でいるという感じのあいだで混乱しています。 (和尚) 確かに、自意識は病いであり、自己認識は健康だ。では何が違うのか。何しろ、言葉は同じことを意味しているように . . . 本文を読む
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