ある日の気づき

読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」(4)

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はじめに
1. 主流経済学は「特権的富裕層に有利な政策」のプロパガンダ
2. 第3章の概要
- 市場の振子 (p.65-67)
- 調速器 (p.67-69)
- 引き合う調和 (p.69-71)
--バリュー・アット・リスク (p.69-71)
--取付け騒ぎ (p.69-71)
--バブル (p.69-71)
- 再帰的経済 (p.71-74)
- ミンスキー・モーメント (p.75-77)
- 制御不能 (p.77-79)
3. 非西欧の政治思想と主流経済学(特に新自由主義経済学)との違い
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はじめに^

先の記事「読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」(3)
では「経済の不安定性」という事実が主流経済学で無視(ないし極端に軽視)されている
事を述べた。
この記事では、「経済の不安定性」が主流経済学で無視/軽視される理由を、表題書籍の
第3章の内容を参考に考察する。

1. 主流経済学は「特権的富裕層に有利な政策」のプロパガンダ^

「第3章 「つりあい」で読む市場----「見えざる手」は信用できない」p.77 の下記の記述が
問題の核心をついている。
制御理論新古典派の経済学とほぼ同じ頃に立てられたのに、また、市場経済と言えば、安定
とは対極にあるように見えることが多い創造性や変化の激しさで知られるのに、制御理論の
影響力が新古典派の理論に広がらないのは奇妙に見えるかもしれない。この事態は、経済学を
本当の科学理論ではなく、金銭と社会に関する特定の物語、あるいはイデオロギーを体系化した
ものと考えた場合にのみ理解できる。」
実際、科学史を振り返って見れば、経済学史との違いは、あまりにも歴然としている。例えば、
ティコ・ブラーエの精密な天体観測は、「ケプラーの法則」そして「ニュートン力学」を基礎
付けたし、ジュールが「熱の仕事当量」測定で「熱はエネルギーである」と検証したことが、
熱力学と統計力学を基礎付けた。つまり、科学では、まず事実の定量的確認があって、それを
説明する理論が確立されていく。さらに、光速度や熱輻射での測定結果の理論とのズレを解消
する形で、相対論や量子論など新理論が提案され、*より精度の高い定量的検証*を受ける。
(工学などへの)応用は十分な検証を経た後に行われるし、工学の側でも、応用に際しては、
安全率」や「フェイルセイフ」/「フールプルーフ」などの設計上の安全指針が存在する。

経済学では、そもそも定量的検証が不可能な形式で立てられた仮説が、事実であるかのように
主張され、ときには現実の政策として適用されてしまう。しかも、政策への適用結果が悲惨
ものであっても、概して仮説が撤回されることはなく、「ワシントン・コンセンサス」による
政策のように、何度となく反復される場合もある。なお、「ケインズ経済学」では「失敗」が
大げさに騒がれる一方、「新自由主義経済学」では明らかな大失敗が「なかった事にされる」
傾向があることや、「経済制裁(禁輸措置、外国資産の窃盗)」は、「自由貿易」の概念への
疑念を引き起こし得る政策だが、主流経済学者が「経済制裁」に反対する気配はない事からも、
日頃の主張が「政治的プロパガンダ」に過ぎない事が明らか(多くの(西側)国際法学者が、
西側「嘘の帝国」違法な経済制裁法な武器移転に反対する気配がないことと同様)。
経済学とは何か、何であるべきか」で述べたように、そもそも経済学は「プロパガンダ」と
して始まった。現在の主流経済学(新古典派経済学)の形成では、マルクス経済学、あるいは、
より一般に社会主義思想からの資本主義への批判/問題指摘に対抗するための言説への
「需要」に応える「特権富裕層にウケのよい商品としての思想」提供という側面も無視できない。

主流経済学(特に新自由主義経済学)は、*特権的富裕層による事実上の寡頭政治*における
特権的富裕層の利益を最大化する事を目的としている
ことは、主唱者や信奉者の政治的立場を
観察すれば明らか。つまり、「経済は不公平である」という事実を隠蔽する事を目的として、
「機会平等な市場が経済問題全てを解決し得る」という主張が、中心的教義に据えられる。
 - 「パレート効率性」という「現状の不公平の是正を無視した概念」が「最高の価値」として
  前提される。
  +「市場の失敗」という概念は「パレート効率性」概念に基づき、極めて狭く定義される。
   特に、現状の不公正の是正だけでなく、「不公正の拡大を助長する」問題も無視される。
  +「経済は不安定」という事実は、「市場の効率性」主張には不都合なので、無視される。
 - 「ミクロ経済学」=「現実の経済活動との照合による定量的検証が不可能形而上学」は、
  「(測定どころか定義すら困難な)擬似数量概念」と、「意図する結論の導出に必要ならば
 現実性を考慮することなく仮定される、検証対象外の諸命題に基づいて展開される。
  + 「現実の経済データ解析に基礎を置く理論(経済物理学など)」あるいは「現実と対応が
    付けやすい概念構成に基づく理論(エージェントモデルなど)」の成果は無視される。
  + 「本当の科学理論」は、まず「現実の*測定可能な*経済データ」を説明するところから
    出発すべき。経済物理学の「価格変動の研究」は「本当の科学理論」だが、ミクロ経済学
    での価格理論や*「ミクロ的基礎づけ」なる虚構が幅を利かせる*現状のマクロ経済学での
    物価理論は「本当の科学理論」ではあり得ない。

そう言えば、「我々は今、インフレについていかに理解していないか、よりよく理解している
という迷言を、パウエルFRB議長が口にしたそうだ。

2. 第3章の概要^

ポイントと思われる箇所を抜粋して、第3章の内容を概観しておこう。

「エコノミストは、経済は本来、安定していると教わる ---- 価格変動は小さくランダムで、
ぶれたとしても、市場という「見えざる手」によって、すぐに治まる。そう前提できれば
よかったのだが、金融の世界の歴史はすべてこれに反している。(p.59)

市場の振子 (p.65-67)^
...
ジェヴォンズらは、安定性の概念を物理学や工学から経済学という新しい科目に移入したが、
実際には、方程式の解が安定するかどうかを証明できたわけではなかった。...
... 
系に理論上のつりあいの状態があっても、必ずしも実際にそこに達するというわけではないし、
達したとしても、安定するとも言えない。たとえば、机の上でペンを垂直に立てる場合、
つりあいをとることができたとしても、そのつりあいはあまり安定していない。ほんのわずかな
振動でもペンは倒れてしまう。
...

調速器 (p.67-69)^
... 蒸気機関に取り付けられた、速さを調節する装置のことだ。
... マクスウェルはいろいろな反応について、以下のように分類した。(p.68)
(1) 乱れの増大
(2) 乱れの減少
(3) 振幅が大きくなる振動
(4) 振幅が小さくなる振動
...
引き合う調和 (p.69-71)^
マクスウェルの見たところでは、調速器付きの蒸気機関がこのような複雑な理由を見せる理由は
フイードバック・ループが存在するせいだった。正のフィードバックでは、小さな乱れが増幅
される。... 逆に、負のフィードバックは、... 変化に抵抗しようとする。
マクスウェルによる ... 分析では、(2) と (4) が負のフィードバックが優勢な場合を示して
いる ... (1) と (3) の倍は、正のフィードバックの方が勝っている。(p.69)
... 新古典派のエコノミストのように、経済がいつも均衡状態にあるのを認めれば、それはその
系の力学が負のフィードバックに完全に支配されていると言っているのと同じ事になる。(p.70)
...

再帰的経済 (p.71-74)^
... 住宅や特定の株のような資産価格が上がると、「弾み買い」という、人が儲けているのを
見て自分もと買いに走る投資家の一団を呼び寄せる ... これが正のフィードバックとして働く。
... ネットワークの作用による正のフィードバックもある ... 噂は急速に広まる。メディアも、
価格が上昇したという話の扱いを増やし、効果を増幅する。(p.71)
... このフィードバックは値を下げる方向にも働く ... 弾み売りの投資家、メディアの報道、
... 貸出を引き締める銀行によって、下落が増幅される。(p.72)

バリュー・アット・リスク(VaR)^のようなリスク管理用ソフトウェアも、正のフィードバック
の元となる。... 銀行はすべて、銀行ごとの微調整はあっても、同じ公式を使うので、その結果、
価格変動が大きくなると、どこも同時に資産を売らなければならなくなる ... ここでの要点は、
過去の価格変動にのみ基づく数式は、それをみんなが使っているかぎり、いずれ市場の安定性を
損なうということだ。(p.72-73)
破壊的なフィードバックの究極の例として ... 取付け騒ぎが挙げられる。^
...
正のフィードバックが、為替市場の激しい上下動にも現れる。(p.73)
...
つまり、正のフィードバックは、いろいろな形で現れる経済に本来備わる、あたりまえの特徴
だと言える。それこそが、... 資産価格のバブルとその崩壊の原動力 ... (p.74)
# チューリップバブル南海バブル鉄道狂時代ドット・コム・バブルが例示されている。^
 ... 正負のフィードバックが存在するということは、もっと安定している時期にも、市場は
絶えず自らの動きに反応していることを意味する ... 安定に達する系と言えば、惰性的な物体
の系だけで、経済は惰性で動いていない。(p.74)

ミンスキー・モーメント (p.75-77)^
...
残念なのは、経済学の主流が、単純な力学法則に支配される安定した経済という当初の見方から
あまり先に進まなかったことだ。(p.75)
たぶん、市場は不安定だという思想を唱えた中でいちばん有名なのは、アメリカのエコノミスト
ハイマン・ミンスキーだろう。
# 注)↓「ミンスキー・モーメント」という用語の使用例 (フランク 2023年3月21日 17:51)
# 「JPモルガンも相場のミンスキーモーメントが近いと言っています
...
制御不能 (p.77-79)^
制御理論新古典派の経済学とほぼ同じ頃に立てられたのに、また、市場経済と言えば、安定
とは対極にあるように見えることが多い創造性や変化の激しさで知られるのに、制御理論の
影響力が新古典派の理論に広がらないのは奇妙に見えるかもしれない。この事態は、経済学を
本当の科学理論ではなく、金銭と社会に関する特定の物語、あるいはイデオロギーを体系化した
ものと考えた場合にのみ理解できる。... (p.77)

安定と見えているものは、実は対立する強い力、正のフィードバック・ループと負のフィード
バック・ループの間の休戦協定に過ぎない。変化が起こるときは、突然に起こる ---- 地震や
金融破綻のときのように。(p.79)

均衡という前提がとくに誤解と危険を招くのは、次に見るようにリスクを考えるときだ。」
# 「第4章 「パスカルの三角形」で読む価格変動----リスクモデルのリスクを知る」に続く

3. 非西欧の政治思想と主流経済学(特に新自由主義経済学)との違い^

最後に「読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」(1)」の
3. で指摘した論点との関連を(表題書籍の内容とは少し離れるが)述べておこう。
孟子の「恒産なくして恒心なし」という言葉は、一般民衆生活基盤の*安定性*を重視すべき
という主張だし、孔子の「寡きを患えずして均からざるを患う」という言葉は、*公平性*を
重視すべきという主張だ。主流経済学が*事実を捻じ曲げて*無視している安定性と公平性の
問題を、古代中国の思想家は、*為政者が注意すべき事として*既に指摘していた。つまり、
*為政者が注意しないと、民衆の生活が不安定になるリスク、富や収入の分布が不公平になる
なるリスクが少なからずある*と、正しく事実を認識していたわけだ。西欧の政治/経済思想
において、経済の安定性や不公平の問題が議論され始めたのは、近代の社会主義、マルクス、
(主に「安定性」の面で)ケインズの経済学以降であることと比較すると、非西欧の政治思想
(経済思想含む)との間に、何か基本的発想に違いがありそうだ。(そもそも、政治(権力)の
影響に言及せずに経済の問題を議論しようとする主流経済学の方針自体が、非常にいびつだ)。
下記の記事は「少数の特権的富裕者が「富裕であることを利用した不労所得の追求」によって
一般民衆生活を窮乏化/不安定化する事への政治的歯止めの有無」が「発想の違い」だと主張
している(rent-seeking を「富裕であることを利用した不労所得の追求」と解釈した)。
https://kamogawakosuke.info/2022/07/19/no-1505-マイケル・ハドソン:西洋文明の終わり/
→ (英語の元記事
西側「嘘の帝国」は、程度の差はあれ、「実質的に上記記事の「レンティア階級の寡頭政治
金融寡頭政治)」になっている」との指摘も、「ごもっとも」と言うほかはない。つまり、
「金融寡頭政治」という現実を隠す幻影を作ることこそが、主流経済学の目的に他ならない。

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