ある日の気づき

ウクライナと西側諸国の犯罪(2)

節へのリンク
1. NATO 東方拡大2. ミンスク合意違反3. 武器貿易条約付録更新履歴

はじめに

前回の記事
「衡平の原則」に基づいて考慮すべきウクライナ情勢関連の国際法に引き続き、「国際法解釈に
適用される法の一般原則( Wikipedia 国際法#基本原理 参照) 」のうち、「信義誠実の原則」を
考察する。「公法、私法を問わない、法の一般原則」なので、国内法を例に引いた「考え方」の
説明が、国際法にも通用する。
信義誠実の原則 - Wikipedia
「具体的事情のもとで、相互に相手方の信頼を裏切らないよう行動すべきであるという法原則」
「信義則と略される」
平たく言えば「約束した事を誠実に実行する」、「前言を翻さない」、「常に法を尊重する」
といった意味合いになるだろう。
「この原則から派生する代表的な原則として次の4つの原則が挙げられる」とある下記の箇所の
記述について、前半2つは「基本原則」で、後半2つは「例外規定」と考えてもよさそうだ。
「* 禁反言の法則
自己の行為に矛盾した態度をとることは許されない」
「* クリーンハンズの原則
自ら法を尊重するものだけが、法の救済を受ける」
「* 事情変更の原則
契約時の社会的事情や契約の基礎のなった事情に、その後、著しい変化があり、契約の内容を
維持し強制することが不当となった場合は、それに応じて変更されなければならない」
「* 権利失効の原則
権利者が信義に反して権利を長い間行使しないでいると、権利の行使が阻止されるという原則」
上記のうち、禁反言の法則は、実際に国際裁判での法解釈で援用された実例があり、特に重要と
思われる。他の原則についても後で参照する都合上、少しだけ長めの説明を引用しておくが、
そもそも、国際法解釈への適用例はない事に注意(安易に国際法に適用しようとすると、議論に
収拾がつかなくなる。例えば、領土問題に事情変更の原則や権利失効の原則を適用しようなどと
すれば、それだけで大騒動が予想される。クリーンハンズの原則/信頼の原則は、あくまでも
特定の国際法に直接関連する十分狭い範囲に閉じて適用しない限り、議論を泥沼化させそう)。
禁反言の法理 - Wikipedia
(エストッペルの原則)
一方の自己の言動(または表示)により他方がその事実を信用し、その事実を前提として行動
(地位、利害関係を変更)した他方に対し、それと矛盾した事実を主張することを禁ぜられる、
という法である。
「クリーンハンズの法則」を知っていますか?
「交通事故の裁判などを見ていると、「信頼の原則」という言葉がよく出てきます。
どういう意味かと言いますと、「交通秩序に従って行動する運転者だけが、法律の保護を求める
ことができる」という原則で、「クリーンハンズの原則」とも言います。」
注)上の例で、交通法規以外の事を少しでも絡めれば、話がぐちゃぐちゃになるのは明らか。
事情変更の原則 - Wikipedia
「締結時に前提とされた事情がその後大きく変化し、当初の契約どおりに履行させることが
当事者間の公平に反する結果となる場合に契約の解除や契約の改定を認める法原理」
注)例えば、ハイパーインフレーションの時に頻発した価格変更訴訟での裁定で援用された。
権利失効の原則―信義則の派生原理 | 法律勉強ノート
「権利者が永い間権利を行使しなかったことで、相手がもう権利は行使されないだろうと
信じていた場合、突然その態度を変えて権利を行使することは許されないという考え方を
*権利失効の原則*という。
一定の要件のもとに権利の消失を認める消滅時効とは違い、この原則が適用されると権利が
行使できなくなるので、通説・判例とも、適用は慎重にすべきだとしている。」
注)民事への適用ですら、上の通り。例えば、領土問題などに安易に適用できるはずがない。

1. NATO 東方拡大^

「NATO不拡大の約束は存在した」という事実の裏付けは付録を参照。
約束が存在する以上、それに反する行動/主張は、信義則、特に禁反言の原則から許されない。
それが「条約」ではないと言ってみたところで、一国の安全保障上の重大な問題で信義則を破る
ことなど、許されようはずがない。そんな事を許せば、「だましうちによる武力紛争の開始」を
助長するだけだ。
さらに、衡平の原則上、NATO が「ロシアを仮想敵とする軍事同盟」であるという事実を無視
できるはずもない。「条約を結ぶかどうかは各国の勝手でロシアには口出しする権利がない」
などというバカバカしい空論を平然と主張して恥じない連中すら見かける。「自分を敵と
見なす集団に近所の人が加入する事」を止めて何が悪いのだろうか。さらに、その集団が人を
集めること自体をやめるように要求する事も、当然の権利であり実際上の適切な対応でもある。
ロシアのNATO不拡大要求は、煎じ詰めれば、そういったことだ。

2. ミンスク合意違反^

ミンスク2全文の英訳の所在を示しておく(注:当事国は、どれも英語圏でない)。
https://horlogedelinconscient.fr/: Minsk-2-Full-text-UNIAN.pdf
https://peacemaker.un.org/: UA_150212_MinskAgreement_en.pdf

前回の記事
「衡平の原則」に基づいて考慮すべきウクライナ情勢関連の国際法
付録Cでも簡単に触れた。ここでは、まず、下記Webページの文章の引用から始める。

ウクライナ危機の根源はミンスク合意…部外者の米国が露の脅威を煽り、欧州に大打撃
「ミンスク合意は単なる停戦協定ではない。「ウクライナ政府がドンバス地域の一部に強い
自治権を認めるなどの内容を盛り込んだ憲法を改正する」という高度な政治的取り決めも
含まれている。
自国に有利な内容となっていることから、ロシアはミンスク合意の履行の重要性を強調して
いるのに対し、ウクライナは一貫して否定的な立場をとっている。
2019年に就任したゼレンスキー大統領は、不利な戦局の中で結ばれたミンスク合意の
修正を求めたが、ロシアはこれに応じなかったことから、昨年1月「ミンスク合意を履行
しない」と宣言した。」
こういうのが「中立的」記述だと思っている人が、案外多そうな気がする。国際法の解釈という
観点から文章を見れば、上の記述は全く中立的ではなく、ウクライナ寄りと言わざるを得ない。
↓「条約」という言葉の意味が分かった上で書いているのだろうか??
条約とは - コトバンク

ミンスク合意は、ウクライナの代表も署名した、れっきとした「条約」であって、それを履行
する必要性には、締結時の戦況が、どちらに有利だとか不利だとかなど全く関係ない。信義則に
照らして、履行は当然の義務。前任者が結んだから現任者が別の態度を取りうるといった事も、
あり得ない。条約は、国家や国際団体などの間で結ばれ得る最も拘束力の強い合意なのだから。
(口頭での「政府間合意」(例えば日韓関係の「賠償請求の最終性」などに関する合意)は、
やや拘束力が劣る)。「国内で条約内容が不人気だから」といった議論も国際法の上では無効
そもそも、履行期限が指定された条文を、期限になっても履行していない時点で既に条約違反。
一般に、停戦協定を含む条約に違反しておいて、戦況が有利になったから条件を変更したいと
言い出すのを許せば、停戦協定破りを奨励することになってしまう事を考えれば、そんな変更
要求を許容し得ないのは明らか。「事情変更の原則」は、そういう勝手を許すものではなく、
「既に契約を遵守していた状況において、外部条件の変化で契約遵守の続行が困難になった」と
いった場合の救済原理であり、そもそも最初から契約を守っていない者の論拠になり得ないし、
「事情変更の原則」を持ち出すなら「クリーンハンズの原則」を持ち出されても文句は言えまい。
なお、そうした事は全て枝葉末節で、根本は「ウクライナ側の主張は全て信義則に反する」事。
# 元外交官のコメント
https://www.joqr.co.jp/qr/article/43039/
佐藤「ウクライナの今の大統領のゼレンスキー氏が言っているのが、“条件が変わった、
ウクライナ国民がミンスク合意は認められないからこれじゃできない、誰が署名したのか
知らない”ということ。署名したのは前の大統領。外国と約束したことは守らないといけない
# 「ミンスク合意」内容の日本語によるまとめ。
http://eritokyo.jp/independent/Minsk-Protocol1-ike21.html
ウクライナ危機を回避するための「ミンスク合意」の履行とは何か?
# 日本語 Wikipedia などに「「ミンスク合意」の内容の解釈の相違」などとウクライナの
# あからさまな不履行を糊塗しようとする記述が横行しているが、経緯を見れば実際には
# 曖昧さなどないことは明らか。

さらに、ミンスク2は仲介したドイツとフランスの立場から OSCE 代表も署名しているほか、
ドンバスの2共和国代表が署名している。
The Minsk-2 agreement
"These produced a‘package of measures for the implementation of the Minsk
agreements ('Minsk-2’). This document, signed on 12 February 2015 by
representatives from the OSCE, Russia, Ukraine, the DNR and LNR, has been
the framework for subsequent attempts to end the war".

ロシアがドンバスの2共和国に対して停戦協定の遵守を働きかけるべきというのなら、OSCE
あるいはドイツとフランスは、ウクライナに停戦協定の遵守を働きかけるべきだろう。だが、
ドイツとフランスは、そうした外交努力をかけらも示さず、ロシアが停戦協定を守らせるべきだ
という*勝手で無責任な主張*を繰り返していただけ。ロシアがウクライナにかけていた軍事的
圧力は、本来はドイツやフランスが果たすべき「ウクライナに条約を守らせようとする責任」を
一部肩代わりしたとも解釈できる以上、この点について非難がましい記述をしているWebページ
(Wikipedia のミンスク2の説明など)は、極端にウクライナ側視点に偏った記述と言える。

ところで、戦況がドンバス両共和国有利からウクライナ政府有利に傾いた最大原因は、やはり
アメリカから大量の武器弾薬が次々にウクライナに運びこまれ、その使用方法の訓練を、NATO
諸国の要員が、ウクライナ軍(アゾフ連隊などを含む)に対し、継続的に実施したからだろう。
∴ウクライナがミンスク合意を守る意思を見せなかった真の/最大の要因は*協定参加者でない
アメリカが*ウクライナに合意を守らないように焚き付けた為で、*ドイツやフランスも共犯*
解釈するのが自然だろう。ウクライナはもちろん、ドイツ、フランス、そしてアメリカが、
れっきとした *多国間条約、つまり国際法を極端に軽視*する態度を取り続けた事で、ロシアには、
武力介入以外、ドンバス地方のロシア語話者を保護する手段がなくなったと言える。こうして、
ロシアは、武力介入を(国際法の上で)合法的に行う枠組みとして「集団的自衛権」を使う事を
決断したと考えられる。こうした経緯を見ると、ロシアの国際法遵守精神に驚かされてしまう。
西側諸国とウクライナが、国際法を、相手をだましうちにする道具としか認識しない事実にも。

ミンスク合意破綻 - マスコミに載らない海外記事
2015年8月23日 (日)
「Paul Craig Roberts  2015年8月18日」
「キエフのクーデター政権は、ミンスク合意を守る意図は皆無で、ワシントンも、ミンスク
合意を守らせる意図は皆無だった。」
「ロシア政府が、外交的理由で、支援したミンスク合意は、現在、ドネツクとルハンスク攻撃を
再開する準備をしている、ずっと強力な軍隊を訓練し、装備し、動員する時間をワシントンに
与えるのに役立った。」
ウクライナを売った男 - マスコミに載らない海外記事
2022年3月17日 (木)
「2022年3月4日   マイク・ホィットニー  Unz Review」
「最近クレムリンで行なった演説で ウラジーミル・プーチン大統領は、ゼレンスキーの
強情さに言及した。彼はこう述べた。
「昨日の催しで、ウクライナ指導部は、公式に、これら協定に従うつもりがなかったと
宣言した。それらに従うつもりはないのだ。それについて他に何が言えるだろう?」」
「大半のアメリカ人は、ゼレンスキーのミンスク合意拒否が、最後の決定的なとどめだった
ことを理解し損ねている。」
「一体誰がゼレンスキーに合意を破棄するように言ったのだろうか? ワシントンだろうか?
もちろん。」
「ゼレンスキーは、一体なぜ(東ウクライナで)境界線を越えて、ロシア人が暮らしている
町村に致命的な砲弾を打ち込める区域に、60,000人の戦闘部隊を派兵したのだろう?これが
人々に送ったメッセージは、明らかに侵略が差し迫っていて、すぐさま家から逃げるか、
地下室に避難すべきだということだった。」

ともあれ、上のような経緯でミンスク合意は既に無効となったと判断される。ロシアの対応は、
ウクライナ+西側諸国がミンスク合意を履行しようとしない不法行為への自助と見なせる。
また、ドンバスの両共和国+ロシア側からは、「事情変更の原則」の援用も可能かも知れない。

# 2022-12-17: 上述の経緯(=西側諸国の犯罪)の裏付けは、今や多言を要さないはず。
# こうした経緯は西側諸国の信義則への無関心、つまりは国際法への無関心を示す。
https://sputniknews.jp/20221207/14138285.html
「ミンスク合意は「ウクライナに時間を与える」ための試みだった=メルケル前ドイツ首相」
https://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/3f3038c203377905904e05490a758959
「ミンスク合意は時間稼ぎ ( by メルケル) &不可逆性」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202212090001/
「ミンスク合意はウクライナ軍の戦力を強化するための時間稼ぎだったと前独首相 」
https://qrude.hateblo.jp/entry/2022/12/10/050000
「2014年のミンスク合意自体が「ウクライナの時間稼ぎの試み」に過ぎなかった」
https://note.com/precious_nijiko/n/nb57dd084e308
「ミンスク合意の嘘/プーチン記者会見」
http://eritokyo.jp/independent/Ukraines-war-situation-aow2250.htm
「プーチン大統領;ロシアはミンスク合意で「だまされた」と述べた
「参考:ドンバスの大量虐殺はなぜ止まらなかったのか」」# ←前出の「経緯
https://note.com/nijuco/n/n47ed519f2928
プーチン大統領記者会見・メルケル元首相の発言に「失望した」
https://note.com/precious_nijiko/n/nf41430c083ee
メルケル首相は西側諸国の二枚舌ぶりを暴露した/SCOTT RITTER
https://note.com/precious_nijiko/n/n08ddf7e21054
ミンスク合意に隠された真の意図/GlobalTimes
欧米諸国は、ウクライナ危機をめぐるロシアとの対立を解決するために、決して真の努力を
払ってこなかった
https://manhaslanded.blogspot.com/2022/12/blog-post_199.html
https://sputniknews.jp/20221213/14226123.html
「「余所者」メルケル氏のミンスク合意に関する発言 西側がロシアをパートナーと
みなしたことはなかったことを証明」
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202301010000/
「「ミンスク合意は西側がキエフ政権の戦力を増強するための時間稼ぎだ」と元仏大統領」
http://eritokyo.jp/independent/Ukraines-war-situation-aow2367.htm
「メルケルとオランドは平易な文章で、ミンスク合意の履行を決して望んでいなかったと
述べている。」
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2023/01/post-bc0461.html
「彼らはウクライナに条約の条項を遵守するよう圧力をかけるつもりはなく ... ()
メルケルも同盟国も平和に関心を持っていなかった」←同じ記事の別の和訳
# メルケル発言の意図については「現在の西側の政情では保身に必要なのでは?」との憶測も。
http://eritokyo.jp/independent/Ukraines-war-situation-aow2154.html
フィヨドル・ルキヤノフ(Fyodor Lukyanov):
ウクライナ和平合意に関するアンゲラ・メルケルの爆弾発言をどう説明すればいいのだろうか?
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2022/12/post-073502.html
「ウクライナを武装させるためミンスクIIに合意した」メルケルは本当にそう言ったのか?
# 状況から見て「本当にそう言った」事に疑問の余地はないので、上記は驚きの表現、:-)

ちなみに、内戦初期の戦況がドンバス両共和国有利だった原因として、下記などが挙げられる。
(1) クーデターに反発したウクライナ軍兵士が、相当な数、ドンバス両共和国軍に参加した。
(2) ドンバス地方は、炭鉱などを含む鉱工業地帯であり、内戦初期には、兵站面で有利だった。
(3) ウクライナ軍の戦術ミスないしドンバス両共和国軍の作戦成功で、ウクライナ軍が大敗した
  戦闘があった。例えば、下記に言及がある「デバルツエボの大釜」。
地下室で8年 ― 戦禍に曝されたドンバス市民の運命
「訳注:ウクライナ軍はデバルツエボでDPR・LPR軍によって三方から包囲され、多くの死者や
負傷者、行方不明者を出したことで知られている。この包囲状態を「デバルツエボの大釜」と
称する」

3. 武器貿易条約^

あまり見慣れない方が多いかも知れない用語なので、kotobank の説明の引用から始める。
武器貿易条約とは - コトバンク
「通常兵器の国際取引を包括的に規制する条約。略称ATT。
条約の対象となるのは核兵器、化学・生物兵器などを除く通常兵器のうち、戦車、
装甲戦闘車両、大口径火砲システム、戦闘用航空機、攻撃ヘリコプター、軍用艦艇、
ミサイルおよびミサイル発射装置、小型武器(小銃)の8種である。
対人地雷、クラスター爆弾については、それぞれ個別の制限条約がつくられている。
加盟国政府は国際人道法等に違反する行為に使われる危険がある場合には、武器の輸出を禁止
しなければならない。虐殺や戦争犯罪の恐れがあれば、輸出だけでなく積荷の通過や積み替え
なども禁止される。闇(やみ)市場への流出防止対策なども義務づけられる。
」(強調は筆者)
https://www.un.org/disarmament/convarms/arms-trade-treaty-2/
上記から主要な国語(国連公用語)での正式な全文にリンクがある。英語での全文は下記。
https://unoda-web.s3-accelerate.amazonaws.com/wp-content/uploads/2013/06/English7.pdf
和文テキストが下記外務省のページにある。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ila/trt/page22_000953.html
和訳全文: https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000029746.pdf
概要: https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000029749.pdf
手っ取り早く内容を把握したい場合↑上記の概要(1ページの図)が役立つ。
その他の関連リンク
http://www.armstrade.info/
https://thearmstradetreaty.org/
下記によれば、日本、中国も締約国に含まれる。なお、ロシアは締約国ではなく、アメリカと
ウクライナは署名したが、批准はしていない。また、アメリカは、トランプ大統領が2019年に
「アメリカは本条約に拘束されない」と国連総長宛てに一方的に通告している。同通告自体に
国際法上の効力があるとは考えにくいが、そもそも、この規模/内容の条約の場合、批准しな
ければ法的拘束力は受けないので、後述の論点には関係しない。
https://treaties.un.org/: CHAPTER XXVI DISARMAMENT 8. Arms Trade Treaty
Arms Trade Treaty - Wikipedia

さて、以下、「輸出」には、金銭的対価を伴わない場合や国家機関が行う場合も含まれる事を
前提に話を進める。理由は、COCOM での「輸出」の定義で、そうだった事が一つ。
対共産圏輸出統制委員会 - Wikipedia
ワッセナー・アレンジメント - Wikipedia
もう一つの理由は、「中国がロシアに武器供与する事が、武器貿易条約違反になりうる
(https://opiniojuris.org/の記事 )との議論が、アメリカでされているからだ。

察しのいい方は既にお気づきだろう。「では、西側諸国のウクライナへの武器供与はどうか」を
問題にしたい。結論から言えば、武器貿易条約違反にあたる事実の存在は、確実と思われる。
アメリカとウクライナは署名のみで批准はしていないため、道義的責任はあるが法的な拘束は、
受けていない事になる。しかし、NATO主要国は締約国であり、法的拘束を受けている。
さらに、ATT 第二条「適用範囲」の2項によれば、「輸出、輸入、通過、積替え及び仲介」の
全てが同条約での規制対象であり、「移転」と総称されている事に注意すると、アメリカから、
欧州の ATT 締約国を通過、積替え、仲介によって経由する武器の「移転」も規制対象になる。

前提となる国際法の確認が長くなったが、武器貿易条約 (ATT) 違反にあたる事実は次の2つ。
(1) 西側諸国がウクライナに移転した武器は、ドンバス地方で「集団殺害、人道に対する犯罪、
 ジュネーブ諸条約(∈戦時国際法)に対する重大な違反行為、民用物若しくは文民として保護
  されるものへの攻撃、他の戦争犯罪」に使用されてきたし、今後も使用されるだろう。
  このような場合、ATT 第六条3項によれば、武器の移転は禁止されている。
(2) 仮に (1) で禁止されない武器移転があったとしても、ATT 第七条違反になると判断できる。
  なぜなら、「国際人道法違反、国際人権法違反、テロリズム、国際犯罪にあたるか、それらを
  助長する」可能性の評価義務があり、可能性がある場合、武器移転は禁止されているからだ。
  ウクライナ政府が制御のない状態で市民や傭兵に武器を供与している現状に照らせば、
 「国際人道法違反、国際人権法違反、テロリズム、国際犯罪にあたるか、それらを助長する」
   可能性がある事は、否定しようがない。

上の議論は、前記 opiniojuris.org の記事中の中国を西側諸国、ロシアをウクライナに置き
換えて踏襲しているが、関連する事実への認識が、上記記事の著者と筆者では大きく異なる。
筆者の認識では、仮に中国がロシアに武器移転をしても、ATT 違反になる可能性は低い。一方、
西側諸国のウクライナへの武器移転は、既に ATT 違反を引き起こしてしまっている。
# 条文を確認するのが面倒な方は、日本の外務省による要約を参照して判断してもよい。i.e.
# https://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ca/page22_002843.html#section3
# - 国連安保理決議や自国が当事国である国際協定に基づく義務等に違反する場合は,移転を
#  許可しない。
# - 通常兵器が平和及び安全に寄与し又はこれを損なう可能性,国際人道法・国際人権法の
#  重大な違反等に使用される可能性について評価し,著しい危険性がある場合は,移転を
#  許可しない。
# - 通常兵器の流用を防止するための措置をとる。
# 「ウクライナでの武力紛争に関連する国際法3. ロシア制裁と武器援助の非合法性』」参照
# ∵「以下のような事が起こる*恐れがある*状況」を放置した時点で、既にATT第7条違反。
# http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1085.html
# 「西側メディアは、ウクライナがNATOの武器を使ってドンバスで無実の一般人を殺害して
# いる様子を無視し続けている」
# http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-983.html
# 「ウクライナ支援として西側から送り込まれた武器が、闇市場で売買されている」
# http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2022/08/post-877e7d.html
# 「... ウクライナに送られる軍事補給の多くが、行くはずの場所に着いていないと信じる
# 理由があると多くの情報提供者が言っている ....」
# ...
# 2022-12-25: 下記事象は、条約の目的/想定する法益が損われていることを示す。
http://eritokyo.jp/independent/Ukraines-war-situation-aow2206.htm
「欧米がウクライナに送った武器の違法取引」
# 事実が1つでも確認されれば ATT第6条違反。∴下記によれば、既に西側当局者「自白」済。
# http://eritokyo.jp/independent/Ukraine-war-situation-aow735.html
# 「... さらに、CNNによれば、ウクライナの「戦争の霧」の中で大量の武器が消え、闇市場に
# 流れていることは認めているものの、西側当局者は、キエフの武器に対する欲求を満たさない
# ことがはるかに大きな脅威であると主張 ....」
# 闇市場への流出も問題だが、ウクライナ軍自体の戦時国際法(国際人道法)違反も問題である
# ことは言うまでもない。昨今の国連運営では、米国の横車で*国連憲章に反する「勧告」*が
# まかり通る状況があり、ウクライナと西側諸国の戦争犯罪に対して実効性のある対応が国連の
# 場で実現される見込みは乏しいが、↓少なくとも*証拠がある犯罪*の存在は認定された。
# http://eritokyo.jp/independent/Ukraine-war-situation-aow1733.htm
# 「独立国際調査委員会ウクライナの戦争犯罪の暫定版を国連に提出」 (cf. 元記事の別の和訳)
# 「報告書によると、委員会は「ウクライナ軍がロシア軍の捕虜となった兵士を射殺し、負傷
# させ、拷問した2つの事例 ... これは戦争犯罪を構成 ... 紛争初期に発生し、ウクライナ人
# 戦闘員自身が戦争犯罪の映像をインターネット上に公開したことから明るみに出た ....」
# つまり、西側諸国のATT第6条違反も、事実ということになる。
# ウクライナ+西側諸国の↑*証拠が公にされた*犯罪には言及せず、 証拠を示さずに
# イランからロシアへのドローン輸出話を言い立てて西側諸国が勝手に行う「制裁」は、
# *違法なことは言うまでもない*が、つくづく*恥知らず*な所業。
# http://eritokyo.jp/independent/Ukraine-war-situation-aow1740.htm
# 「国連安全保障理事会 イランからロシアへのUAVの配達の証拠を提供しなかった」
# そう言えば、対人地雷の使用について、西側報道機関は、確度が高いウクライナに
# よる使用の情報を無視する一方、「ロシアが使用した」と根拠を示さず報道する。
# http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1014.html
# 「ウ軍はジュネーブ条約で禁止の対人地雷を使用」
# 「エバ・バートレットによるドネツクからの報告」
# 「*民主共和国軍の兵士たちは整然と作業し、地区ごとに撤去*していった。しかし、
# 数百個の地雷が街中に落とされたことを考えると、これは骨の折れる仕事である。」
# http://tmmethod.blog.fc2.com/blog-entry-1080.html
# 「ジャック・ボー『特別作戦 Z』インタビュー」
#「問題は、マイダンの新しい指導者たちの理念が、人種的に純粋なウクライナを獲得する
# ということであったこと ... 言い換えれば、ウクライナ人の統一は、共同体の統合に
# よってではなく、「劣等人種」の共同体を排除することによって達成されるべき ...
# だからこそ、ウクライナ人は、ロシア語、マジャール語、ルーマニア語を話す少数民族に
# 共感することができない ...
# こういうわけで、たとえ自国民を威嚇するために発砲したとしても、ウクライナ人に
# とっては問題にはならないのです。2022年7月にロシア語圏の都市ドネツクに、おもちゃの
# ように見える数千個のPFM-1(蝶型の)対人地雷を散布したのも、このため ....」
# ロシア軍+ドンバスの両共和国軍は「ドンバス地域のロシア語話者の保護」を重要な目的
# として行動しているので、そもそもドンバス地域に対人地雷を設置する*動機*がない。
# なお、「対人地雷禁止条約」という条約があり、 ウクライナは批准国なので、 この条約にも
# *法的拘束*を受ける。(→ 条約の現状 at 外務省条約本文 at 外務省条約本文 at 国連)

最後に一つ、つけ加えておこう。アメリカは ATT を批准していないので ATT による法的拘束は
受けていない。しかし、アメリカの政府機関も、アメリカの下記国内法には拘束されている。
Arms Export Control Act - Wikipedia
The Act of Congress requires international governments receiving weapons from the 
United States to use the armaments for legitimate self-defense. Consideration is 
given as to whether the exports "would contribute to an arms race, aid in the 
development of weapons of mass destruction, support international terrorism, increase
 the possibility of outbreak or escalation of conflict, or prejudice the development 
of bilateral or multilateral arms control or nonproliferation agreements or other 
arrangements."

ウクライナへの武器供与は、下記条件を満たすので、同法の規制対象では?(笑)
"increase the possibility of outbreak or escalation of conflict"
現時点での武器供与が "for legitimate self-defense" と言えたとしても、2014年から2021年
までの武器供与は、"contribute to an arms race" の条件にも抵触する可能性が高い。(笑)

付録^

西側諸国はNATOの不拡張を約束していた。デア・シュピーゲン誌の報道
「NATOは「拡張しない」とロシアを騙していた証拠となる英国の文書をドイツの週刊誌が発見
RT 2022年2月18日
<記事翻訳 寺島メソッド翻訳グループ> 2022年2月25日」
「この1991年3月6日の議事録は、ボンで開かれた米・英・独・仏の政務局長間会議のもので、
ドイツ統合に向けた複数の「2+4」外相会議(西独・東独と米英仏ソ) の内容も含まれていた。
この議事録でソ連に対して「明言」されているのは、NATOはドイツよりも東側に拡張しない
という主張だった。」
「私たちはソ連に対して明言しました。2+4外相会議でも、それ以外の会議の場でも、です。
私たちにはソ連軍が東欧諸国から撤退することに乗じようとする意図はありません」。
これは議事録に記載されていた米国のレイモンド・サイツ欧州およびユーラシア問題担当
国務次官補の発言だ。

NATO東方拡大:ゴルバチョフはマジで約束されていた - DEEPLY JAPAN
「2017-12-15 18:07:35 | 欧州情勢複雑怪奇」
「今更の話ではあるけど、冷戦後のNATO東方拡大はない、とゴルバチョフは確かに西側首脳ら
から約束されていたのだ、という件の詳細な研究がアメリカの研究所から出てきたそうだ。」
NATO Expansion: What Gorbachev HeardHome | National Security Archiveの記事)
「で、これらを明確に証拠づけるために重要な文書は30あって、そのうちのいくつかは過去
数年で利用可能になっており、他のものは研究のために情報公開請求をして明らかになった」
「研究で明らかになった、というより言われ続けて来たことの文書的な証明がついた」
「1990年、米、英、仏とソビエトがドイツ東西の統合を話し合う中で、ソビエトはまた
ドイツが攻めてくる恰好になることを恐れていた。
2月、ジョージ・HW・ブッシュの国務長官だったジェームズ・ベイカーは、ソビエトの外相
シュワルナゼに対し、冷戦後のヨーロッパでNATOはもう交戦するような組織ではなく、もっと
政治的なものになるから独立的な能力は不要になる、と安心させる。
「ベイカーは、シュワルナゼに、「NATOの範囲または戦力は東には動かないという厳格な
(iron-clad)保証」を約束した。
「そして、同日、モスクワで、ゴルバチョフに対してあの有名な一言が来る。この同盟
(NATO)は「東には1インチ」も動かないという、それ。」」
「1990年2月、ドイツのヘルムート・コールも、同じことをゴルバチョフに語る。」
「ブッシュ大統領は、チェコスロバキアのハヴェル大統領に、ゴルバチョフが自分とフランクに
話した問題でチェコスロバキアやその他の国について、問題を複雑にするようなことはないから
とゴルバチョフに伝えてくれ、と言った。」
「 ところが、1994年ごろから東欧諸国との「平和のためのパートナーシップ」なるものが開始
され、それを受けて、1997年に米議会に拡大案が提示され、冷戦の仕組みを作ったジョージ・
ケナンは大反対をするものの、1998年には上院を通ってしまう。」
「以降、1999年にポーランド、チェコ、ハンガリーがNATO入り。その後、2004年、2009年に
拡大。いわゆる衛星国でないソ連だった部分(ウクライナ、ベラルーシ)にまで手を伸ばそう
として、ウクライナの混乱が発生したということ。」
「ゴルバチョフやプーチンのみならず、他のアメリカ人研究者や、当時の駐ソビエト米国大使、
英国大使も、約束があったのに西側は破ったと語っているのだが、西側はそれを認めず、そんな
ものはないと言いふらしているのが現状。」
NATO東方拡大の20年後 - DEEPLY JAPAN
2017-02-19 19:49:22 | 欧州情勢複雑怪奇
「そして、根本的な問題は、
 - NATOはソ連と対峙しようとして作ったが、ソ連側のブロックのワルシャワ条約機構は
  とっくに解散してる。
 - それをNATOは平和のために使うのではなくてチャンス到来と捉えてほとんど騙しのように
  して東欧諸国をNATOに入れ東方拡大した。
これは何のためなんですか?という問題に誰も答えていないという点でしょう。」
# 「そもそもNATO創設目的は地政学的/帝国主義的なもの」だという下記論説を参照。
# https://libya360.wordpress.com/2022/05/01/nato-the-founding-lie/
# 本ブログ内の関連記事: 「チャーチルという名の災厄 」の「2.3 ナチスとの宥和政策

更新履歴^
2022-04-10 15:37 : 字句修正、リンク挿入もれ修正
2022-05-24 19:05 : 字句修正、改行位置修正、リンク追加、タグ #国際法 を付与。
2022-07-23 12:43 : 節へのid付与
2022-08-21 14:25 : id付与箇所追加、字句修正、フォント修正、記事内リンク追加
2022-10-04 10:59 : 記述追加、リンク動作の修正、リンク追加
2022-10-18 17:03 : 武器貿易条約違反西側当局者が認めてしまっている件を追記
2022-10-19 17:34 : ATT↑について外務省の要約引用国連での関連事実認定を追記
2022-10-21 05:34 : ドローン対人地雷について追記
2022-12-17 22:16 : ミンスク合意について補足メルケル発言追記
2022-12-25 09:05 : 欧米の武器貿易条約違反:武器の闇市場への流出事例を追加
2022-12-31 17:03 : ミンスク合意関連メルケル発言について重複行を別記事に差し替え
2022-12-31 18:01 : ミンスク合意関連メルケル発言西側外交の欺瞞性の追加事例の一つ
2023-01-01 07:47 : ミンスク合意関連メルケル発言元仏大統領が肯定
2023-01-09 17:09 : メルケル発言関連の追記/リンク
2023-01-16 17:09 : メルケル発言関連 「何か大きなことが...」別訳(訳者コメントあり)

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