ある日の気づき

読書ノート:「なぜ経済予測は間違えるのか? 科学で問い直す経済学」(6)

節へのリンク
はじめに: 数も人も多くの場合 irrational
1. 第5章の概要
1.1 前半:合理的経済人の仮定と行動経済学
- この世のすべてが合理的だったら、何も起こらないだろう
- 合理的経済人という神話
- 論理ピアノ: 「平均的人間」概念に基く効用理論
- モデル経済: 参加者が全知全能という仮定
- 真と美: 老子曰く「真言は美ならず、美言は真ならず」
- 形容矛盾: 「誤った前提に基く予測の検証」
- 予測によるテスト: 主流経済学に欠けている要素
- 無理人: 合理的経済人という神話に反する現実
- カーネマンとトヴェルスキー: 行動経済学の元祖
- システム1思考=直観とシステム2思考=論理的推理
- 「平均的人間」による集団思考の落し穴
- バブルのことは言わない: 主流経済学には不都合な真実
1.2 後半:エージェントベース・モデル
- 不完全な経済: エージェントベース・モデルなら扱える
- なぜ予測するのか: なぜ主流経済学はまともな予測をしないのか?
- 証明せよ: 数学では正しいが「科学」では問題がある方針
2. 主流経済学が科学ではない理由再論
- 確証バイアス
-- ウェイソン選択課題
- ガリレオ・ガリレイ
-- 中世スコラ学と同じ段階
-- 主流経済学でのエージェントベース・モデル軽視/無視
- 自然科学でのシミュレーションの積極的利用
-- 粒子法: 数値流体力学でのエージェントベース・モデル類似の手法
- 主流経済学は物理学の真の姿ではなく通俗イメージを追っている
更新履歴とシリーズ記事

はじめに^

「第5章 「無理数」で読むホモ・エコノミクス----効率では割り切れない」前半を要約すると
「主流経済学は、「ホモ・エコノミクス(=合理的経済人)」という*非現実的かつ不合理な*
神話に基づいている」ということになる。なお、「無理数」は「整数の比/商="ratio"として
表せない数」という英語句 irrational number 中の形容詞 irrational が、「不合理」という
意味になる方が多いことからから引き合いに出されているだけで、深い意味はない。とは言え、
古代ギリシャでの無理数の発見やカントールの「集合論」での「有理数全体は可算(=自然数
との一対一対応/番号付けが可能)だが、実数全体あるいは無理数全体は可算ではない」ことの
発見という、*当時の数学に大きな衝撃を与えたが、現在の数学にとっては常識でしかない*
事例を引き合いに出すことで、「行動経済学神経経済学の発見が、主流経済学の誤った仮定を
上書きすべき」と暗示するための伏線にはなっている。

第5章後半は、エージェントベース・モデルが、経済学を「本当の科学理論」にする上で有用と
考えられる根拠を述べている。実は、*経済学とは違って*、基礎である微分方程式の妥当性が
きちんと検証されている物理学の分野でも、エージェントベース・モデルと原理的に類似した
「コンピュータ・シミュレーション」は使われる(例:「数値流体力学」の「粒子法」。後述)。

次節で第5章の内容を概観した後、以前「経済学とは何か、何であるべきか」でも述べた論点、
主流経済学は現代の科学とは根本的に相容れない「パラダイム」に囚われている」事について、
上記の事実も踏まえて再論する。

1. 第5章の概要^

1.1 前半:合理的経済人の仮定と行動経済学^

この世のすべてが合理的だったら、何も起こらないだろう^
----フョードル・ドストエフスキー(1890)「カラマーゾフの兄弟」(p.113)

経済的な判断をするときに、論理や理性を使うことは確かにあるが、他の人の意見や広告に左右
されることもあるし、とくに理由もなく頭に入り込んでいる、ランダムな強迫観念に左右される
こともある。... 市場の存続は、信頼や自信といった感情的なものに依存している。... 経済学
理論が合理性に力点を置いても、現実世界では通用せず、エコノミストどうしやエコノミスト
教育で通用する話である ... 金銭は情緒的なものだという事実を考慮に入れた新たな経済への
取り組み方について論じる。(p.113-114)
... 金銭的損失を体験するときの脳の物理的反応は、恐怖や苦痛によって起こされる反応と同じ
...正統派の経済学理論が個人を冷たく合理的で感情がないものと見ているのはおかしい。...
ホモ・エコノミクス、つまり合理的経済人という神話 ....^
...
論理ピアノ (p.117-119)^
...
ジェヴォンズにしても、他の新古典派の経済学者にしても、ねらいは金銭にかかわる研究を、
一組の論理的原則の上に立てることだった。主として二つの成分があった。「平均的人間」と
いう概念と、ジェレミー・ベンサム(1748-1832)の効用の理論だった。...
...
モデル経済 (p.119-122)^
多くの人から新古典派経済学の至宝と考えられているアロウ=ドブルー・モデル...1950年代に
立てられた。レオン・ウォルラスによる、理想化された市場経済に均衡点があるという推測...
一定の条件の下では、価格と需要が完全につりあう均衡価格集合が存在することを数学的に
証明した .... (p.119-120)
しかし、たぶん最大の落とし穴は、証明を成り立たせるために、市場に参加する全員が、今も
将来も、自分の効用を最大にするよう合理的に行動する必要がある点だ。(p.120)
...
明確にしておくと、ここで言われているのは、個人が自分に直接利用できる情報に基づいて最善
を尽くして正しい判断をしようとするということではない。まずもって、世界にありうる未来の
状態すべてのリストを作れるということで、それから、リストにあるそれぞれ別の未来を考慮に
入れた最善の判断をするということだ。ここで想定されている人々は、単に合理的なだけでなく
超合理的なのだ。(p.121)
...
実際には、将来の偶然の出来事すべてをリストにすることは、無理数のリストを作るのと同じ
意味でできない。...(p.122)
1968年、アメリカのエコノミスト、ロイ・ラドナーは、...条件のうちいくつかを緩めたが、
それでも ... 経済活動に参加する全員が、無限の計算能力を与えられている必要があるとした。
... アロウ=ドブルー・モデルは、神々の経済 .... (p.122)

真と美 (p.122-124)^
アロウ=ドブルー・モデルは、明らかに妥当でない前提に立っていた ....
... フリードマンは、理論が正確な予測をするのであれば、前提は重要ではないと言った。
# 出典:「実証的経済学の方法と展開」。↑こんなタワゴト (x) を真に受ける人が案外多い?
# 論理学的な問題について「経済学とは何か、何であるべきか」の記事中で既に述べたが、
# そもそも普通に考えて、「前提が間違った理論による正確な予測」という語句は、いわゆる
# 「形容矛盾」---- 「丸い三角形」や「鋭い角のある円」の同類 ---- にしか見えない。^
# 毒舌の物理学者パウリなら、フリードマンの理論を「間違ってすらいない」と評しそうだ。
# 念のため、論理的な問題についても、後の節で再論しておく。
...
予測によるテスト (p.125-127)^
...
フリードマンはスタグフレーション可能性を見てとった...が、その予測がそれほど将来を
見通していたわけではない。...フリードマンによる、インフレは通貨供給だけで抑えられると
いう理論は、...アメリカとイギリスで...大間違いだったことがわかった。(p.126-127)
# ↑マネタリズム:より厳密には「インフレは通貨供給量の調整だけで抑えられるという理論」。
# マネタリズムがうまくいかない事は、後にフリードマン自身も認めた。マネタリズムの教義は
# 「インフレは、どこであれ、いつであれ貨幣的現象」であり、コスト・プッシュ・インフレ
# ディマンド・プル・インフレの区別を認めない。マネタリズムは「貨幣数量説」の焼き直しと
# 言われる。マネタリズムの提唱者(フリードマン)や信奉者を「マネタリスト」という。
# マイケル・ハドソンが提示するインフレの原因に対する妥当な見解と比較対照すると、
# フリードマン/主流派経済学者/新自由主義者による前記プロパガンダの動機は明白。
# 「インフレは貨幣現象に過ぎないというとき、ミルトン・フリードマンが言っているのは、
# 「権力構造に目を向けてはいけない。市場がどのように構成されているかを見てはいけない。
# 独占企業を見るな。富裕層がどのように(価格を)吊り上げているかを見てはいけない。
# 労働のせいにできるものに目を向けろ」ということ」
# 参考: ↓主流派経済学/新自由主義のマイケル・ハドソンによる要約
# 「あらゆる経済問題の解決策は、労働者の賃金を下げることである、と想像」
...
無理人 (p.127-130)^
# ここでのirrationalの意味は実際には「非合理」だが、訳者の意図は「無理数ならぬ...」か?
... マネタリストにとっては、スタグフレーションの原因は、無能な政府が通貨を大量に印刷
しすぎたことだ。(p.128)
# 注)↑は1972年のエルニーニョによるイワシの不漁1973年のオイルショックといった常識的
# には明白な原因と思われる事象があっても、マネタリストは主張を変えないとの意味合い。
1971年、...イスラエル人心理学者ダニエル・カーネマンエイモス・トヴェルスキーは、二人が^
システム1思考」と呼ぶ直観と、論理的推理、つまり「システム2思考」との違いを探った
論文を発表した。(p.128)^
...
カーネマンとトヴェルスキーは、... 私たちは合理的に意思決定するという新古典派の前提に
対してもろに疑問を投げかける結果をいくつか見いだした。平均人なるものがあるとすれば、
それには明瞭な心理的偏りがあるのだ。...(p.129)
https://kitaguni-economics.com/behavioraleconomics-alltheory/
「... カーネマンが明らかにするところでは、「ある集団の全員に同様の偏りがある場合、集団は
個人より劣る。... リスクシフト ... つまり、集団は個人より危ない橋を渡りやすい」」
...
カーネマンとトヴェルスキーは、行動経済学の分野を生み出すのに貢献した。この分野は近年、
... 神経経済学という ... 分野によって補完されている。... 神経学的な理由で感情を処理でき
ない患者を調べると、感情的な入力がないと意思決定はきわめて難しいことが示される。私たちが
新古典派モデルが求める ... 無限の計算能力があって感情がないとしたら、株を買うこともでき
ないだろう。(p.130)

バブルのことは言わない (p.130-133)^
... 行動経済学の知見は、主流派からは長らく疑いの目を向けられている。効率的市場仮説を
掲げる人々にとっては、バブルや非合理な行動のようなことは、市場の知恵を理解しない人々が
生み出すものだ。... 行動経済学者のロバート・シラーによれば、「たいていの経済学の論考や
教科書には『バブル』という言葉は出て来ない。... 中央銀行や経済学部の出す近年の論文を
検索しても、『バブル』の例は、ただ言及されるだけのものでさえ、わずかしか出て来ない ...
経済セミナーでそれを持ち出すのは、天文学者の集まりで占星術を持ち出すようなことになって
いる」。.... (p.131-132)
... 行動心理学を取り入れるのにいちばん熱心なのは、市場で商売をしたり広告をしたりする
人々らしい。... 小売業者や広告業者は、その点を理解するうえではエコノミストよりずっと
先を行っている。....(p.133)」

1.2 後半:エージェントベース・モデル^

不完全な経済 (p.133)^
...
典型的なエージェントベース・モデルを構成する基本となる要素は、移動でき、変化でき取引
できる、利用可能な商品の在庫目録であり経済的エージェントのリストだ。経済的エージェント
とは、... 人や会社のこと ... その意思決定は、他の行為者や時間の経過に左右されることも
ある ... 必要や好みの集合に導かれる(つまり固定的な効用関数はない)。... 
... 経済のふるまいは、... 経済的エージェントどうしの、商品やサービスを売買し、取引する
ときの相互作用をたどる、コンピュータ・シミュレーションで求められる。... このモデルの
目的は、... モデルを実験室のように使ってアイデアを試してみること ... 均衡という前提は
立てない ... 変動の激しい現象をモデル化するとき、とくに役に立つ ... 変動の大きい時期が
集中することや、べき乗則分布といった統計学的特徴も再現する。

なぜ予測するのか (p.135-137)^
...
エージェントベース・モデルは、都市での交通の流れのような創発的なふるまいを、... 役に
立つ形でシミュレート ... 同様に、通貨の流れのある面をモデル化し、金融市場の構造を改善
する助けになることもできる。

証明せよ (p.137-139)^
...
エージェントベース・モデルは、今使える膨大な量の経済的データを活用する有益な方法 ...
前提があまり固定されておらず、理想主義的でもないので、経験的見通しを取り入れやすい。
... 奇妙に見えるのは、主流の経済学が。人々は合理的経済人のようにはふるまわない証拠が
ありながら ... その構図にしがみついてきたこと ... 一部は行動心理学的に、所有バイアス、
損失回避といったことで説明できる ---- 大事な所有物を手放そうとしないのと同じように、
イデオロギーも手放さないのだ。(p.138-139)
人は合理的に行動すると信じるよう教育されてきたエコノミストは、実際にはこの考えが
ずっと成り立っていないことを、なかなか認めない。.... (p.139)

2. 主流経済学が科学ではない理由再論^

(1) 「証明」を強調しているのに論理が粗雑過ぎる。
  - フリードマンの「前提は重要でない」云々は、最低最悪の開き直りでしかない。
(2) エージェントベース・モデルによるコンピュータ・シミュレーションを活用しない。
  - しかし、経済学の対象あるいは主題についての基本的な前提を検証できる可能性は、
   エージェントベース・モデルによるコンピュータ・シミュレーションにしかなさそう。
まず、Wikipedia の「確証バイアス」の記述を引用しておく。^
https://ja.wikipedia.org/wiki/確証バイアス
「認知心理学や社会心理学における用語で、仮説や信念を検証する際にそれを支持する
情報ばかりを集め、反証する情報を無視または集めようとしない傾向のこと」
...
ウェイソン選択課題^
...
図のような4枚のカードが示され、「偶数が表に書かれたカードの裏は赤色である」という
仮説を検証するにはどのカードを裏返すべきかと尋ねられたとする。この回答として多いのは
「8と赤色」あるいは「8」のカードであるが、これらは十分な仮説の検証に失敗している。
...仮説の検証としては「8と茶色」のカードを裏返すのが正解である。「赤色」を裏返し偶数
であるのを確認するのは仮説を支持することのように思えるが、実は仮説の検証には何ら寄与
していない。多くの人がこのような問題に誤答するという結果を説明するためのものとして、
ウェイソンは確証バイアスを用いた」
# つまり、フリードマンの言う「実証」は、確証バイアスの現れである確認行動に過ぎない。
記号論理学の中で「命題論理」と呼ばれる分野で使われる記号を使って、議論を整理しよう。
i.e. 命題をアルファベットで表すことにして、「¬」という記号を命題の前につける事で
その命題の否定を表す(例えば、命題 A に対し「¬A」は「Aでない」という命題)。また、
A,B を命題として、A→Bで、「A ならば B」、A∨Bで、「AまたはB」、A∧Bで「AかつB」を
表すと「A→B」と「¬A∨B」は論理的に同等である。ウェイソン選択課題の例で確かめれば、
疑問の余地のない「当たり前の事実」と分かる。∵「Aを「表が偶数」、Bを「裏は赤」として
「*4枚のカード全てについて*「A→B」が成立することを検証する」と課題を言い換えると
4枚のカードは、A, B の真偽の全組み合わせがありうる設定なので、A→B と ¬A∨B の真偽が
全ての場合で一致することを見るには、上の課題の内容を確認すれば十分。
さて、「表が3のカードを裏返す必要はない」。つまり「前提Aが成立しない場合、*Bの真偽に
関係なく*「A→B」は真」である。次にAが成立している場合、「A→B」の真偽は、Bの真偽に
一致するので、Bの真偽確認は当然必要。
一方、「Bが成立しない場合、「A→B」の真偽は¬Aの真偽に一致する」、「Bが成立する場合、
「A→B」は、A の真偽に関係なく真」となるわけだが、いずれも見落されやすいという事を、
ウェイソン選択課題は示している。ところで、¬A∨B は「¬A と B のどちらか一方が真なら
真で、両方が偽のときに限り偽」だと直観的に明らかなので、この形にして考えると Bが偽
である場合にAの真偽確認が必要で、B が真の場合に A の真偽確認が不要なことは自明になる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ウェイソン選択課題 の「社会的ルールを扱う場合」において
正答率が跳ね上がるのは、¬A∨B への置き換えが無意識に行われるためと考えられる。

以上で見た通り、「理論」の前提が偽と判明している場合、その前提からの推論は無意味(上述
した、A が偽の場合の A→B 相当なので、どんな結論でも「推論」できる)。∴その「理論」が
「正確な予測をする」という話は、「当てずっぽう/占い」が「当たる」という話と論理構造は
同じになる。従って、そもそも「その理論による正確な予測」という話自体が、信用できない。
∴「早まった一般化」、「相関関係と因果関係の混同(擬似相関)」、「前後即因果の誤謬」、
論点先取」などの、論理上の誤謬詭弁が「理論」内に存在すると推定せざるを得ない。

真偽が不明な前提からの推論結果が偽ならば、前提が偽である事の証明にはなる(背理法)。
主流経済学で声高に主張される命題は、現実の経済社会で成立しているように見えない結論を
述べるものが多い(例えば、「効率的市場仮説」、「アロウ=ドブルー・モデル」など)。
それらには、「前提が偽と証明された」という意味しか*論理的には*あり得ない。しかし、
主流経済学に基づく言説においては、あたかも非現実的な結論が、ある程度は肯定されたかの
ように述べられる傾向がある。従って、主流経済学は「論理」でなく「認知バイアス」の所産
としか解釈できない。
上で見たように、「主流経済学」の論理は粗雑過ぎる。「自然数論(ここでは、複素数の解析学
なども使って自然数の性質を調べるような高度の理論は含まない、自然数の計算の範囲内での
推論に閉じた理論)」にすら「矛盾がないことの証明が必要」と考える↓「数学」とは対照的。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kisoron1954/14/3/14_3_107/_pdf/-char/ja

しかも、物理学を始めとする自然科学のような「実験、測定、あるいはシミュレーションによる
前提そのものや推論結果の定量的検証」が、主流経済学では実施されていない。にも関わらず、
根拠不明な数式を振り回す議論が横行しているのだから、パウリなら「間違ってすらいない」と
評するに違いない。ちなみに、パウリの毒舌「間違ってすらいない」については、下記参照。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1254241407
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴォルフガング・パウリ の「性格・人物評

「平均的人間」や「(ベンサム流に定義された)効用」は、アリストテレスの「四元素」とか
本来の場所」といった概念と説得力を比較して勝てるとも言い切れない根拠薄弱な概念だが、
例えば、ミクロ経済学の「無差別曲線」といった基礎的概念が、この両方に依存している。
にも関わらず、「実証的に「無差別曲線」概念の妥当性や適用可能な問題領域を検証する」
という試みは、「需要曲線」と「供給曲線」の場合と同様、存在していないようだ。つまり、
ガリレオ・ガリレイに相当する人物は、主流経済学では出現していないので、主流経済学での^
「科学的方法」への意識は、アリストテレス自然学を絶対視した中世スコラ学と同じ段階だと
考えられる。^

エージェントベース・モデルは、経済学を含む「社会科学」において、概念や仮説の妥当性を^
実験的に検証し得る数少ない選択肢のはずだが、主流経済学で「均衡の存在」や「価格変動の
分布が、正規分布、あるいはべき分布になる条件」など、基本的な命題をシミュレーションで
検証しようという動きは見られない。
一方、自然科学(や非主流の経済学を含む、一部の社会科学)では、既に「従来の観測や実験^
による検証が難しい領域」はもちろん「従来の観測や実験手法より短時間で簡単な代替手段」と
しての「シミュレーション」/「計算機実験」の活用が「「理論科学」、「実験科学」と対等の
「計算科学」という研究手法」として、すっかり定着した。「計算物理学」、その一部である
「計算天文学」や「計算流体力学」など、研究対象と組み合わせた学問分野すら確立している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/流体力学
「流体の静止状態や運動状態での性質、また流体中での物体の運動を研究する、力学の一分野」
https://ja.wikipedia.org/wiki/数値流体力学
「偏微分方程式の数値解法等を駆使して流体の運動に関する方程式(オイラー方程式、
ナビエ-ストークス方程式、またはその派生式)をコンピュータで解くことによって流れを
観察する数値解析・シミュレーション手法。計算流体力学とも」
https://ja.wikipedia.org/wiki/粒子法^
「連続体に関する方程式を数値的に解くための離散化手法の一つで、計算対象物を粒子の
集まりとして表すことからこのように呼ばれる。」
# 連続体運動の微分方程式は、連続体の微小部分に対するニュートンの運動方程式から導出
# されたものなので、結局、「理論の出発点に近いところまで戻って計算方法を考え直した」
# と解釈できる。計算の手順は、「各粒子の位置と運動状態を、他粒子との相互作用の影響を
# 考慮して時間ステップ毎に変化させる事」なので、エージェントベース・モデルと大差ない。

「(主流の)経済学は物理学のありようを理想として追いかけている」といった意味合いの事が^
しばしば言われるが、そこでの「物理学」は「19世紀以前の物理学を素人目線で見た残像」に
過ぎないように思われる。「本当の科学」としての経済学を目指す際に模範にすべきは、現在の
「計算科学」の手法を含む自然科学であり、そのための第一歩はエージェントベース・モデルの
積極的活用にあると、表題書籍の著者は考えているようだ。その見解は、極めて妥当だと思う。

上記の問題を、別記事「自然科学者と経済学者の「科学観」について」で、経済学史、哲学、
論理学との関連も改めて考察した。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最近の「ECONOMYTHS」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事