ある女の、コール&レスポンス?

日々、心の琴線にふれること、そして、それについて書きつける。音楽のように言えたらええのだけど…

幸せな再会

2016-08-19 | テレビで、ラジオで、ネットで

とと姉ちゃん・雑誌社切り盛り篇?を見ていて、あら、モデルは「暮らしの手帖」なのね、懐かしいわ。こうやってできてきたのね。縫物は好きじゃないけど、直線裁ちならできそうな気がする!…などと追体験している気になっているうちに

高校生の頃、めったやたらと屈託…いまふうにいうとこじらせていて、なんだったらここで本につく紙魚にでもなれたらいいのにといった勢いで空いた時間のほどんどは図書室のすみで雑誌や本を見て過ごしていた。そんな時のことを思い出しました。

そこのマガジンラックに「暮しの手帖」があり、独特の装丁(グラフィックデザイン?)に惹かれて、見はじめ、いつしか好んで読んでいました。

あのころ、どうして好んで読んでいたのかを今、少し無理やり言葉にしてみると、なにも声高に言い立てて、押し付けてくるような様子はないのにしっかりとした考えをもって、よりよくなるように働きかけられて、地に足の着いた、かと言って我慢をしたり、楽しんでいないわけでもなさそうな雑誌の空気に、息継ぎができたように思っていたのだろうと思います。

…とかなんとか言っても、昔から根っからのいやしんぼなので、オニオングラタンスープや、シュークリームを積み上げたお菓子や、ロールケーキの端を少し切ってクリームでコーティングして切り株のように見せるブッシュドノエルの小ワザのことを知ったのもここからだった、おいしそうだったねえ。と、最初に思い出したのはこのことだから、ただ単に珍しい料理にわくわくしていた、というのが実際だったような気がしなくもありません…

冒頭の言葉の書きつけてある…が、もしかしたら心の中でずっと活きていて、このブログのトップに使ったのじゃないか、だったら無意識の影響は空恐ろしいものがある。とも思いました。

そんなこんなを思い起こしているうちに、あまりに図書室の常連すぎて、図書教諭の先生に時々お茶をよばれて何やかやと話していたこと、ここにはなぜだか水道水と、地下水の蛇口があって、この二つでは、同じお茶でも味が全然違うことを唐突に思い出しました。そのときはなにも思っていなかったけれど、もし、このお茶会(?)がなかったら高校生活がどうなったかちょっとこわい。と思うと、ありがたかったな、楽しかったねえ。と、幸せな再会を果たしたような気がしました。

 

 

…このブログを長い間ほったらかしていました。今日からまた、何やかやと書いていきます。

狙ってするのはおかしなことだとは思うけれど、だれかにとってこのときのお茶のようなお話ができたら…

 


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