昆虫の呼吸―その12
今回は節足動物から昆虫まで、多様に分岐し進化した呼吸器官について概観します。
節足動物は関節のある脚と外骨格を持っていて、エディアカラ紀晩期の約5億5千万年前頃に出現しました。節足動物から昆虫までの分岐は概ねこのようになります(Wikipedia 昆虫より)。
エディアカラ紀に海中に現れた節足動物が進化・分岐して陸棲の𨦇角類、多足類、六脚類、そして昆虫が出現するまでの地質学的年代の概略と脊椎動物の分岐を示します。甲殻類はほぼ水棲なので記載していません。
節足動物は脊椎動物の陸上進出に比べ約1億年も早く空気呼吸を開始しています。
初期の節足動物から昆虫へ進化する過程で環境と動物のサイズや活動性に応じて、①体表からの拡散呼吸、②エラ呼吸、③書䚡、④気管鰓、⑤書肺、⑥器官-毛細気管系と、様々な呼吸システムを生み出してきました。
次の図は動物が水または空気から酸素を取り込む呼吸器官をモデル化したものです
鋏角類
カンブリア紀後期に出現した初期の水棲𨦇角類のウミサソリ(体調2mに達するものも現れた)やカブトガニ類はエラの変形である書䚡(しょさいbook gill:板状に配置されたエラが本のように何枚も重なっている)で水呼吸していました。
シルル紀に出現した初期のサソリ(クモ型類:クモやダニの祖先)は海辺の潮間帯で小魚、腕足動物、脱皮したばかりの柔らかい三葉虫などの獲物をとっていたが、書䚡で呼吸していたので時々海に戻る半水棲でした。
デボン紀に出現したクモは書䚡に類似した書肺を持ち完全に陸生となっています。
ウミグモ、コヨリムシと一部のダニは体表からの拡散による皮膚呼吸を行っています。
なお、カンブリア紀からオルドビス紀にかけて繁栄し古生代末期に絶滅した三葉虫は枝分かれした脚の一つが鰓であり鰓呼吸していたといわれている(甲殻類と同様に肢が内肢と外肢の2つに枝分かれる二叉型付属肢)三葉虫は分岐図上、鋏角類と大顎類の間に分岐する絶滅種です。
多足類
ムカデやヤスデなどの多足類はカンブリア紀前期は海底のドロの上を歩いていました。多足類は最初に気管呼吸を発達させたと考えられ、シルル紀までには陸上に進出していました。
昆虫と違って外皮にはクチクラがないので水分を失いやすいために、コケや岩の隙間、洞窟などの日光を避けて湿度の高い場所に留まっていたことでしょう。
ムカデは毒液で他の小さな節足動物を捕食し、ヤスデは菌類、藻類、土壌微生物などを食べていました。
汎甲殻類
汎甲殻類は水棲が中心の甲殻類と陸棲の六脚類が含まれます。
甲殻類
海に住む大部分の甲殻類(エビ、カニなど)の多くは胸部外骨格内にある鰓を使っています。
陸生種では、オカヤドカリは殻の内に溜めた水を利用して鰓呼吸をしていて、ヤシガニは鰓の周囲の鰓室に貯めた湿度の高い空気で鰓呼吸している。
ダンゴムシやワラジムシは腹部の肢の表皮が内部に陥入して表面積の広がった白体という呼吸器官を使っています。
六脚類:胸部に3対6本の脚、気門―気管呼吸をする
主に陸生であり、発達した気管を持ち、胸部と腹部のほとんどの体節に一対の気門を持っている。デボン紀に6本の脚を発達させて、安定性と素早い運動性能を獲得した。
六脚類はさらに内顎類と昆虫に分類される
内顎類:口器の大あごが頭部にしまい込まれるためこの呼称が付いた。トビムシ、コムシは土壌の腐食植物、小型の昆虫などを食べる
昆虫類:口器の大顎が露出している六脚類です。
昆虫は4億8千万年前のオルドビス紀に原始的な昆虫が出現し、その後3億6千万年前のデボン紀後期には多くの昆虫に分化していました。
水生昆虫の幼虫の中には、水中呼吸用の気管鰓(tracheal gill)を持ち、トンボの幼虫(ヤゴ)は、直腸の内側に多数のしわを鰓のように使って呼吸しています(皺状突起)。
昆虫の起源
最初の昆虫は4億年前デボン紀前期に出現したと言われていましたが、2014年のScienceの研究によると昆虫の起源は約4億8千万年前のオルドビス紀に出現した六脚類とのことです。植物は約5億1千万年前のカンブリア紀に陸上に進出しましたが、その3千万年後であり、昆虫は植物とともに陸上生態系を作り出した初期の生物群でした(2014年Science)。
最初の昆虫(六脚類)は内顎類に属するカマアシムシ(鎌脚虫)で前脚を鎌のような形に持ち上げています。昆虫とあわせて六脚類と分類され、甲殻類から派生したと考えられています(Wikipedia:Proturaより)。
体長は約1mmで土壌中に生息し、胸部にある3対の足のうち、持ち上げている前脚には多くの感覚毛が並んでいます。このカマアシムシに属する大半の種では1対の単純な気管系でガス交換を行っていますが、それ以外は体表からの拡散によるガス交換を行っています
分類上カマアシムシにごく近縁である甲殻類のムカデエビ類にはエラ器官がなく、おそらく環境水との間で体表の拡散によりガス交換を行っているようです(Wikipedia:Remipediaより)。
この様に概観すると節足動物は生息環境に合わせて水呼吸と空気呼吸のための呼吸器官を次々と更新しながら分岐・進化してきました。
水中では体表を通るガスの拡散を呼吸に利用し、すぐに体表を変形させた鰓を形成しています。潮間帯に進出すると鰓を束ねて作った書䚡を湿らせて陸地への進出を試みました。
節足動物の外骨格は水中の外敵から身を守るに適応した鎧ですが、その鎧は陸地へ上がった時には乾燥を避けるのにたいへんに有利なものでした。陸上の乾燥に耐えて、ついにはクモ類が書䚡を書肺に変えて空気呼吸に適応していく一方、多足類は気管呼吸を発明して昆虫類の繁栄へとつなげました。
節足動物は約5億年の間に短い命がもたらす素早い世代交代を繰り返しながら、環境に応じて活動性を広げる機構や体制、すなわち「解放血管系」、「気管-毛細気管呼吸」、「外骨格を利用した跳躍と飛翔の機構」および「完全変態」などを発明し洗練させて陸上生活に確かな地歩を築き、見事に陸上に適応しています。
それにしても太古の昔、暖かくて穏やかな、乾燥する心配のない、食物の豊富な浅い水辺という環境を捨てて、厳しい陸上に進出した節足動物にとって、この繁栄は予想もしなかったことでしょう。
気管呼吸をしている昆虫たちは水中に留まれないけれど、それでもなお記憶のどこかに穏やかな水辺への憧れを抱いてはいないのでしょうか。
参考文献
1. Dejours P. 呼吸生理学の基礎 真興交易医書出版部 東京1983年
2. Misof B.ほか ゲノムデータによって明らかとなった昆虫の進化パターンと分岐時期
Science2014年11月6日
3.Wikipedia:Protura、Wikipedia:Remipedia、Wikipedia 昆虫
4.ピーター・D・ウォード 恐竜はなぜ鳥に進化したのか 文藝春秋 2008
5.スコット・R・ショー昆虫は最強の生物である 河出書房新社 2016
6.松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
7.A.ローマー. 脊椎動物の歴史 1991
8.Zhuo et al(理研). Nature Genetics, 2013
今回は節足動物から昆虫まで、多様に分岐し進化した呼吸器官について概観します。
節足動物は関節のある脚と外骨格を持っていて、エディアカラ紀晩期の約5億5千万年前頃に出現しました。節足動物から昆虫までの分岐は概ねこのようになります(Wikipedia 昆虫より)。
エディアカラ紀に海中に現れた節足動物が進化・分岐して陸棲の𨦇角類、多足類、六脚類、そして昆虫が出現するまでの地質学的年代の概略と脊椎動物の分岐を示します。甲殻類はほぼ水棲なので記載していません。
節足動物は脊椎動物の陸上進出に比べ約1億年も早く空気呼吸を開始しています。
初期の節足動物から昆虫へ進化する過程で環境と動物のサイズや活動性に応じて、①体表からの拡散呼吸、②エラ呼吸、③書䚡、④気管鰓、⑤書肺、⑥器官-毛細気管系と、様々な呼吸システムを生み出してきました。
次の図は動物が水または空気から酸素を取り込む呼吸器官をモデル化したものです
鋏角類
カンブリア紀後期に出現した初期の水棲𨦇角類のウミサソリ(体調2mに達するものも現れた)やカブトガニ類はエラの変形である書䚡(しょさいbook gill:板状に配置されたエラが本のように何枚も重なっている)で水呼吸していました。
シルル紀に出現した初期のサソリ(クモ型類:クモやダニの祖先)は海辺の潮間帯で小魚、腕足動物、脱皮したばかりの柔らかい三葉虫などの獲物をとっていたが、書䚡で呼吸していたので時々海に戻る半水棲でした。
デボン紀に出現したクモは書䚡に類似した書肺を持ち完全に陸生となっています。
ウミグモ、コヨリムシと一部のダニは体表からの拡散による皮膚呼吸を行っています。
なお、カンブリア紀からオルドビス紀にかけて繁栄し古生代末期に絶滅した三葉虫は枝分かれした脚の一つが鰓であり鰓呼吸していたといわれている(甲殻類と同様に肢が内肢と外肢の2つに枝分かれる二叉型付属肢)三葉虫は分岐図上、鋏角類と大顎類の間に分岐する絶滅種です。
多足類
ムカデやヤスデなどの多足類はカンブリア紀前期は海底のドロの上を歩いていました。多足類は最初に気管呼吸を発達させたと考えられ、シルル紀までには陸上に進出していました。
昆虫と違って外皮にはクチクラがないので水分を失いやすいために、コケや岩の隙間、洞窟などの日光を避けて湿度の高い場所に留まっていたことでしょう。
ムカデは毒液で他の小さな節足動物を捕食し、ヤスデは菌類、藻類、土壌微生物などを食べていました。
汎甲殻類
汎甲殻類は水棲が中心の甲殻類と陸棲の六脚類が含まれます。
甲殻類
海に住む大部分の甲殻類(エビ、カニなど)の多くは胸部外骨格内にある鰓を使っています。
陸生種では、オカヤドカリは殻の内に溜めた水を利用して鰓呼吸をしていて、ヤシガニは鰓の周囲の鰓室に貯めた湿度の高い空気で鰓呼吸している。
ダンゴムシやワラジムシは腹部の肢の表皮が内部に陥入して表面積の広がった白体という呼吸器官を使っています。
六脚類:胸部に3対6本の脚、気門―気管呼吸をする
主に陸生であり、発達した気管を持ち、胸部と腹部のほとんどの体節に一対の気門を持っている。デボン紀に6本の脚を発達させて、安定性と素早い運動性能を獲得した。
六脚類はさらに内顎類と昆虫に分類される
内顎類:口器の大あごが頭部にしまい込まれるためこの呼称が付いた。トビムシ、コムシは土壌の腐食植物、小型の昆虫などを食べる
昆虫類:口器の大顎が露出している六脚類です。
昆虫は4億8千万年前のオルドビス紀に原始的な昆虫が出現し、その後3億6千万年前のデボン紀後期には多くの昆虫に分化していました。
水生昆虫の幼虫の中には、水中呼吸用の気管鰓(tracheal gill)を持ち、トンボの幼虫(ヤゴ)は、直腸の内側に多数のしわを鰓のように使って呼吸しています(皺状突起)。
昆虫の起源
最初の昆虫は4億年前デボン紀前期に出現したと言われていましたが、2014年のScienceの研究によると昆虫の起源は約4億8千万年前のオルドビス紀に出現した六脚類とのことです。植物は約5億1千万年前のカンブリア紀に陸上に進出しましたが、その3千万年後であり、昆虫は植物とともに陸上生態系を作り出した初期の生物群でした(2014年Science)。
最初の昆虫(六脚類)は内顎類に属するカマアシムシ(鎌脚虫)で前脚を鎌のような形に持ち上げています。昆虫とあわせて六脚類と分類され、甲殻類から派生したと考えられています(Wikipedia:Proturaより)。
体長は約1mmで土壌中に生息し、胸部にある3対の足のうち、持ち上げている前脚には多くの感覚毛が並んでいます。このカマアシムシに属する大半の種では1対の単純な気管系でガス交換を行っていますが、それ以外は体表からの拡散によるガス交換を行っています
分類上カマアシムシにごく近縁である甲殻類のムカデエビ類にはエラ器官がなく、おそらく環境水との間で体表の拡散によりガス交換を行っているようです(Wikipedia:Remipediaより)。
この様に概観すると節足動物は生息環境に合わせて水呼吸と空気呼吸のための呼吸器官を次々と更新しながら分岐・進化してきました。
水中では体表を通るガスの拡散を呼吸に利用し、すぐに体表を変形させた鰓を形成しています。潮間帯に進出すると鰓を束ねて作った書䚡を湿らせて陸地への進出を試みました。
節足動物の外骨格は水中の外敵から身を守るに適応した鎧ですが、その鎧は陸地へ上がった時には乾燥を避けるのにたいへんに有利なものでした。陸上の乾燥に耐えて、ついにはクモ類が書䚡を書肺に変えて空気呼吸に適応していく一方、多足類は気管呼吸を発明して昆虫類の繁栄へとつなげました。
節足動物は約5億年の間に短い命がもたらす素早い世代交代を繰り返しながら、環境に応じて活動性を広げる機構や体制、すなわち「解放血管系」、「気管-毛細気管呼吸」、「外骨格を利用した跳躍と飛翔の機構」および「完全変態」などを発明し洗練させて陸上生活に確かな地歩を築き、見事に陸上に適応しています。
それにしても太古の昔、暖かくて穏やかな、乾燥する心配のない、食物の豊富な浅い水辺という環境を捨てて、厳しい陸上に進出した節足動物にとって、この繁栄は予想もしなかったことでしょう。
気管呼吸をしている昆虫たちは水中に留まれないけれど、それでもなお記憶のどこかに穏やかな水辺への憧れを抱いてはいないのでしょうか。
参考文献
1. Dejours P. 呼吸生理学の基礎 真興交易医書出版部 東京1983年
2. Misof B.ほか ゲノムデータによって明らかとなった昆虫の進化パターンと分岐時期
Science2014年11月6日
3.Wikipedia:Protura、Wikipedia:Remipedia、Wikipedia 昆虫
4.ピーター・D・ウォード 恐竜はなぜ鳥に進化したのか 文藝春秋 2008
5.スコット・R・ショー昆虫は最強の生物である 河出書房新社 2016
6.松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
7.A.ローマー. 脊椎動物の歴史 1991
8.Zhuo et al(理研). Nature Genetics, 2013
近似のダンゴムになってますよ(^^)
それにしても絶滅した三葉虫、脚の一部で呼吸してたなんて!