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昆虫の呼吸ーその7

2023-09-06 19:00:00 | 日記
昆虫の呼吸-その7

今回は、昆虫の飛翔筋における酸素や二酸化炭素の拡散と栄養素の輸送について包括的、先駆的に詳細な生理学的、解剖学的な研究を行ったWeis-Fogh(ヴァイスフォー)の論文を紹介します。  また、彼は蜂の飛び方の研究から、空中での揚力を発生する新しい機構を発見していてそれは「Weis-Foghメカニズム」として知られています。
なお、翻訳は興味ある部分、特にガス交換の部分を中心にしているので、かなり省略されています。

論文名:昆虫の飛翔筋におけるガス拡散:最も活動的な組織について
 実験生物学雑誌 41 (2): 229–256 (1964)

研究に用いた昆虫と研究方法
サザンホーカートンボ (Aeshna Cyanea) とサバクトビバッタ (Schistocerca gregaria Forskål) の新鮮な前胸部の筋肉

問題点
(a) 代謝率
安静時の翅の筋肉は筋肉1g当たり、毎分約 0.02 mlの酸素を消費している。さらに定常飛行中の消費量はその100 倍ほど(毎分 1.5 ~ 3 ml)が必要で、大型の膜翅目(蜂など)と双翅目(蚊やハエなど)の一部は400倍の毎分8mlを消費する。

(b) 供給と供給ルート
翅の筋肉内で気管系は一次気管から二次気管系が分岐し一定の間隔で三次気管を放出し、最終的に毛細気管に分裂する。
翅の筋肉は平行な角柱構造をしていて、筋肉繊維、血液、気管系からできている
気管系の空気の組成
イナゴの気管系の二酸化炭素濃度は約 5 %、酸素濃度は15 %である。

(c) 拡散について
・筋肉組織内では、同じ分圧ならば二酸化炭素は酸素の36倍の拡散速度があるので、二酸化炭素は素早く輸送される。
・しかし、気管系内では反対に二酸化炭素の方が15 % 遅く拡散する。

・昆虫の飛翔筋の断面積の中で気管系の断面積の割合は0.1%~10%を占めている。この気管系の分布によって、筋肉内への酸素の透過性は気管系のない場合に比べて1000~100万倍速くなり、二酸化炭素では50~5000倍速くなる。

サザンホーカートンボの翅の筋肉構造
・後胸部の左半分にある背腹側の翼の筋肉は背腹方向に互いに平行に走り、各筋肉は平行な繊維か
ら構成される角柱状の構造である。
・筋肉への主な空気供給は、気門に直接つながる1 つまたは 2 つの短い1次気管であり、そこ
から二次の気管系が非常に規則的に放射状に広がっている
・一部の筋肉では一次気管から末梢までの距離が約1 mmほどになる。 飛行中の酸素摂取量は
1gの筋肉当たり毎分 1.8 mlである。
(a)1次気管における拡散
・一次気管の占める体積は筋肉体積の 1 ~ 4% に相当している。
・飛翔しているときの胸部は翼の動きと連動したポンプ機構によって強力に換気されていると推
測される。
(b) 小葉 A における気管拡散(次図参照)
・平均して 21 μ ごとに 1 本の二次気管が分枝していて、各二次気管の終末では 3 本の三次気管が分岐して、それぞれがすぐに 2 つに分岐して等価直径が増加していた。
図のように2次気管1本から約25本の3次気管が分岐し、その末梢で3次気管1本当たり毛細気管は20~30みられる。
3次気管が分岐した部位の直径は約1μであり、最小の毛細気管系は約0.2ミクロンである。
これで計算すると、3次気管の断面積と毛細気管の合計断面積は同じになる。
(3次気管断面積:πx0.5x0.5=0.25π、毛細気管合計断面積:πx0.1x0.1x25=0.25π )


・気門と気管の終端の毛細気管との間の分圧の差が0.05気圧以下であれば拡散により酸素と 二酸化炭素の輸送が説明できる。

・毛細気管から酸素を消費する細胞内へ十分な酸素が拡散する距離は、酸素分圧差が0.05気圧の場合約10μmである。多くの筋肉内では毛細気管の間の距離は約 3μmなので、拡散距離の安全率は 2 ~ 3(10μm÷3μm=約3)となる。
・毛細気管の壁の厚さはわずかに0.01~0.03μm(原文100 ~ 300 オングストローム)であるので酸素や二酸化炭素の拡散については考慮していない。

************** その他 ******************
筋肉へのグルコースやトレハロースの輸送に関する結論
蚕、バッタ、イナゴの筋肉構造とガス拡散について
ショウジョウバエの筋肉内拡散について
ゴキブリや蝉の筋肉構造と拡散
************************************

(e) 一般的なこと
ここで行った計算や推定は、気体分子が毛細気管の壁の影響を受けない通常の拡散が行われると仮定しています。しかし毛細気管の直径である 0.1 μm は、気体分子の平均自由行程である約 0.06 μ に近いので、細径が拡散に与える影響についても考慮する十分な理由がある。
(注:この部分については、「昆虫の呼吸―その6」を参照してください)

なお、筋肉内の拡散速度の計算では次の図のようなモデル配管を用いて計算しています。
計算には、拡散量は濃度差・分圧差に比例する、というフィックの第一法則をこれらの幾何学的パイプ構造に適用しています。
詳細は省略します。

まとめ
昆虫の羽の筋肉の収縮と弛緩によって、気管、小気管系、毛細気管、は周囲の組織とともに変形するので、胸部と腹部では気管内の空気の換気、気管系の軸方向の長さの変化に伴う栄養素の輸送、毛細気管内のガス分子の拡散が行われる。

要約
1.昆虫の羽の筋肉の気管系は非常に密に分布しているので、筋肉の断面積の 0.1% ~10%は 気管系の管が占めている。
2. 主要な気管では強力に換気されていて、その奥の末梢気管では拡散により運動時にも十分な
ガス交換が行われている。
3.毛細気管では空気中のガスが毛細気管深部の水分との間でガス交換を行う
4.筋肉運動による気管の短縮と伸長(ポンピング)は、ガス交換よりも羽ばたき飛行のエネルギ
ー源となる糖分(トレハロース)の筋肉細胞への供給に非常に重要である。
5. O2 と CO2 の拡散による輸送は、安全係数 2 ~ 3 の範囲である
(最適の必要量よりも2から3倍の酸素供給量と二酸化炭素除去能力がある)


1964年に発表された、トンボを中心とした詳細な解剖学的かつ生理学的な研究結果です。
気門から気管、2次気管、3次気管を経て、飛翔筋肉の内部に配置された毛細気管へ酸素が行き渡り、そこから二酸化炭素が排出される構造が良く理解できました。
ガス分子の拡散については詳細な計算が行われたようですが、結果だけが示されています。
文中に出てくる、気管内の分圧0.05気圧=38mmHg は、2005年のHetzによる研究結果の0.04気圧=30mmHgともほぼ一致していて、精度の高い研究であるとうかがえます。

参考文献
・Diffusion in Insect Wing Muscle, the Most Active Tissue Known
T. Weis-Fogh.  J Exp Biol (1964) 41 (2): 229–256.
・Hetz, S.K. Nature. 433: 516-519. 2005.
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