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私達動物の息の仕方とその歴史

両生類の呼吸ーその5

2025-03-12 16:23:30 | 日記
両生類の呼吸―その5
カエルの循環器
前回は皮膚から吸収された酸素量を推定しました。今回は特にカエルの循環系では、皮膚からの酸素と肺からの酸素がどのように全身臓器に行き渡るのかということについて考えてみました。

肺の構造は隔壁のほとんどない単純な袋状のため、換気の面積が小さくて効率が悪いので、皮膚呼吸に大きく依存しています。

カエルの血液は2心房1心室の心臓から呼吸器官(肺と皮膚)を経て全身へながれます。
肺へ流れる血液は、右心房→心室→肺皮膚動脈→肺→肺静脈→左心房→心室→全身と流れています。

肺皮膚動脈を通り皮膚で酸素化された血液は動脈に合流して臓器へ酸素を運ぶのでしょうか(図の①)、それとも左房に流入して肺からの血液と一緒に全身へ流れるのでしょうか(図の②)。

①のルートは酸素化された血液がそのまま全身臓器へと運ばれるので効率の良い循環です。②のルートは全身の皮膚から酸素化された血液を心臓へと運ぶというそのためだけに血管系が必要になります。心臓に戻す利点も考えられません。教科書や文献を調べてみても②のルートはないようでした。
おそらく①のようなルートで皮膚から直接体循環に合流すると考えられます。
すると、肺からの血液と全身から戻った静脈血とが心室で混合して大動脈に流れたあと、途中で皮膚から来る酸素化された血液と混合されることになります。

さて、カエルなどの両生類の心臓には心室が1つであるために酸素化血と静脈血が混合するので、しばしば不完全な構造の様に記載されます。というのも、この心臓では一部の血液は心室→肺→左心房→心室と循環するからです。
それを避けるには、1つには哺乳類のように2心房2心室とするか、もう1つはイカやタコのエラ心臓と体心臓のように、肺の前と後に1心房1心室の心臓を置く構造があります(水中の呼吸18参照)。
けれども循環の途中で皮膚から酸素を吸収する機能があるなら、心室が1つであることは合理的で、無駄のないシステムと思われます。前回に推定した皮膚から吸収された酸素は、肺で取り込まれた酸素とたし合わされて全身臓器に行き渡るでしょう。
爬虫類、鳥類、哺乳類が持っていない皮膚呼吸という呼吸器官があるために、2心房1心室は適切な循環構造と考えられました。

なお②の様に、皮膚から酸素化血液が心臓に戻るような循環路が示されている文献があればコメントにお知らせください。


参考文献
松井正文 両生類の進化 東京大学出版会 東京 2012
シュミットニールセン 動物生理学 東京大学出版会 東京 2007


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両生類の呼吸ーその4

2025-02-27 20:00:00 | 日記
両生類の呼吸-その4
<少し定量的な話>両生類の酸素吸収能力について
******今回の要約***************************************************
両生類の呼吸では皮膚からの酸素吸収の役割が大きいので、特にカエルを例に皮膚からの酸素吸収能力を推定してみました。
水中に溶けている酸素の分圧とカエルの表皮下の酸素分圧の差を100mmHgと仮定し、表皮の厚さを0.3mmと仮定します。表皮を通過する酸素量を決定するためにKrogh(クローグ)の拡散定数を用いました。これらの数値をFick(フイック)の式に適用すると、1kgのカエルの表皮を1分間に通過できる酸素量は0.056mlと推定されました。
また、1kgのカエルの安静時酸素消費量は、イモリやサンショウウオの仲間のサイレンで測定された代謝率を借用して計算すると、1分間に0.11mlと推定され、表皮吸収量の2倍になりました。
これらの結果から、カエルの必要酸素量の約半分は皮膚呼吸でまかなえると推測されました。
********************************************************************
はじめに
水中あるいは表皮粘液の酸素が皮下に吸収される量を推定するためには次のことについて理解する必要があります。
(1) 酸素濃度と通過流量の関係式(Fickの法則)
(2) 組織中の酸素分圧と酸素濃度(酸素溶解度とHenryの法則)
(3) カエルの表皮を通過する酸素量を規定する定数(Kroghの拡散定数)
(4) 両生類の安静時1日酸素消費量
これらについて順に検討しましょう
(1) 酸素濃度と通過流量の関係
 水中や空気中の酸素の濃度が均等でない場合、時間とともに濃度が均一になるように酸素分子が拡散します。拡散する分子の流量は濃度差に比例し、距離に反比例するFickの法則で求めることができます。
図のようにdの厚みのある膜の両側の水中に濃度C1とC2(C1>C2)の酸素が溶けているとします。濃度差は(C1-C2)なので、比例定数をD(拡散係数)とすると膜を通過する単位面積あたりの酸素流量JはJ=D✕(C1-C2)/dです。両側のガス濃度は時間変化せずに常にC1とC2であることが条件です。

(2)酸素分圧と酸素濃度
Fickの式を使うため水中や血液中、組織中の酸素分圧の値を酸素濃度に換算します。
そのためには、液体中の酸素濃度Cが酸素分圧Pに比例するというHenryの法則:
C=B×P(Bは比例係数)を用います。
Bは溶解度といわれ、分圧1mmHgの気体が、ある温度の液体1Lに溶ける量です。
Cの単位:μmol/L、Pの単位:mmHgのときBの単位:μmol /L /mmHgです。
水中の溶解度Bについて
水中に溶ける酸素の量は、表のように水温が高いと減ります。淡水では溶けている酸素は水温0℃で1Lあたり9.9ml、20℃で6.2mlと60%に減ります。

(3)拡散係数と拡散定数について
動物体内の細胞質や体液、組織内では、溶解度と拡散係数をそれぞれ別に測定することが不可能なために、拡散定数を使います。拡散定数はそれぞれの組織固有の測定可能な定数です(Kroghの拡散定数)。
拡散定数=拡散係数×溶解度です。例えば20℃の淡水の拡散定数は(1)と(2)の図表の数値を使って

その意味は、組織や組織液中を単位圧力下に単位断面積当たり単位時間に拡散する物質の量です。組織の拡散定数は以下の表のようです(筋肉と結合組織はカエルの組織)。


(4) 両生類の代謝率と安静時1日酸素消費量
両生類の代謝率は測定が難しく、体重と代謝率の関係式(回帰式)はこれまでに水棲の有尾目サイレン科でしか測定されていません(スケーリング:動物設計論:p82)。
強引ですが、その関係式を両生類全般に使うことにします。

(爬虫類、哺乳類の回帰式は、同じく「スケーリング:動物設計論」より引用)
従ってそれぞれの動物の体重が1kgの場合、1日当たりの代謝量はこの式にM=1を代入して、両生類では0.79 kcal/日、爬虫類は7.8 kcal/日、哺乳類は73kcal/日となります。
さて、1Lの酸素を代謝に使うと約20キロジュール、4.8kcalの熱が発生することが知られています。これを用いて酸素量に換算すると、酸素消費量は1kgの両生類(カエル)では0.11ml/分、爬虫類では1.1ml/分、哺乳類では10.6ml/分です。
(計算:0.79x1000ml/4.8kcal/60分/24時間=0.11)。
以上で準備ができたので、皮膚からの酸素吸収量を推定しましょう。

(5) カエルの皮膚からの酸素吸収量

これは(4)で得られた1kgのカエルの酸素消費量0.11ml/分の約半分に相当します。
前回の「両生類の呼吸その3」で述べたように、肺を持つカエルが皮膚と肺からそれぞれ50%の酸素を吸収していることを裏付ける結果です。
もちろん、この計算では分圧差、皮膚の厚み、拡散定数を仮定しているので、実際の値と異なるでしょう。しかし、この推定から必要酸素量のかなりの割合が皮膚から吸収できることが推測されました。
カエルたちは、餌取りや繁殖のため皮膚の毛細血管網の密度を上げる、皮膚を薄くする、しわや突起で皮膚面積を増加させる、扁平な形態で表面積を増加させる、冷たい渓流で代謝を下げる、などの適応をして必要な酸素の半分くらいを獲得していると考えられます。 
そして10℃以下になると湿った地面の下に潜って冬眠をするときには、皮膚呼吸だけで静かに眠りにつきます。


次回は、皮膚呼吸で吸収した酸素はどのように全身の循環へと運ばれるのかについて、カエルの循環システムについて少し考えてみます。 

今回の投稿内容について、私の理解不足、誤解などについてご指摘、ご教示をお願いします。

参考文献
・Krogh A. The rate of diffusion of gases through animal tissues, with some remarks on the coefficient of invasion. J. Physiology 391-402 1919
・伊藤 聡 他 成人皮膚のガス等価係数の計測 医用電子と生体工学 25巻3号1987
・JISK0102-2010  HORIBAナビゲーションより引用 DL2014年6月13日
・Dejours P. 呼吸生理学の基礎 真興交易医書出版部 東京 1983
・ウエスト 呼吸生理学入門 メディカル・サイエンスインターナショナル 東京 2012
・シュミットニールセン スケーリング:動物設計論 コロナ社 東京 1998
・シュミットニールセン 動物生理学 東京大学出版会 東京 2007
・キャンベル キャンベル生物学11版 丸善 東京 2018

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両生類の呼吸-その3

2025-02-08 13:00:00 | 日記
両生類の呼吸-その3

両生類は約3億6千万年前に水棲の魚類から進化して、移動のためにヒレを四つ足にかえて、呼吸のためにエラの代わりに肺を利用するようになりました。 単純な袋状の肺と皮膚などを使って酸素吸収と二酸化炭素の排出(ガス交換)をしていました。初期の魚類で利用されていた皮膚が再び呼吸器官になったのでした。
初期の両生類は皮膚を利用する以外にも、咽頭粘膜や総排泄腔の粘膜を使う種もいるなど、全身のいろいろな部位を呼吸に使って陸上へ適応していったのです。

両生類の現生種は、有尾目(サンショウウオ、イモリ、等)、 無尾目(カエル)、無足目 (アシナシイモリ)の3群に分類されています。
成熟前の幼生体ではほとんどが水棲であり、エラ呼吸をしています。一方、成体の呼吸器官は非常に変化に富んでいて、サンショウウオの大部分は皮膚呼吸だけ、カエルでは皮膚呼吸と口腔を使う陽圧送気が主流であり、アシナシイモリの生態は詳細不明ですが肺と皮膚で換気しているようです。

◯今回は最も身近な無尾目(カエル)が獲得してきた呼吸法についてです。
無尾目の現生種は約6500種のカエルです。
幼生から変態して成体になるのですが、例外が多くの種でみられます。卵は水中に産卵されて、幼生(オタマジャクシ)は鰓呼吸をしますが、成熟して成体になるとエラはなくなり、肺呼吸と皮膚呼吸をします。
最大の特徴の1つは跳躍の能力を獲得したこと、もう1つは陸上の脊椎動物では尾があるのが普通ですがカエルではそれを失いました。尾は跳躍の際にじゃまになるために、進化とともに消失したと考えられています。

カエルには、肋骨や横隔膜という換気のための臓器がないので肺へ空気を送るには口腔を使います。それにはまず口腔を大きく広げて空気を貯め、次いで鼻とロをふさいでから口腔を縮めて空気圧を高め肺に空気を送ります。息を吐く時は、鼻を開いて受動的に排出しています(頬換気:Buccal pumping)。これはヒトが重篤な呼吸不全になったときに使う人工呼吸器と同じ換気方法です。
成体では肺と皮膚からの呼吸量はほぼ同じくらいなのですが、3月から9月にかけては肺呼吸量が増加します。皮膚呼吸量は年間を通じてほぼ一定なので、繁殖期の暖かなこの期間は肺呼吸量の方が大きくなります。

皮膚からの酸素吸収の効率をよくするため、皮膚の形態は多様に進化しました。
○毛ガエル
中央アフリカに棲息する体長10cmほどのカエルには、上肢から下肢にわたって体側と太腿に毛状の構造が密集して生えています。
これは真皮が乳頭状に伸びて、その内部に毛細動静脈が走っているので、水中では外鰓(外に飛び出たエラ)と同様の換気機能があるとされています。


○チチカカミズガエル
南米ペルーのチチカカ湖には完全に水棲の体長10cmほどのカエル(チチカカミズガエル)が棲息しています。その肺は陸棲の同サイズのカエルの1/3以下と小さく、また湖面は高度3800mのため空気中の酸素分圧は海面の60%しかないので水中に溶けている酸素量も少ない。このカエルはほとんど湖面に出ることはなく、皮膚表面の大きなしわや皮膚弁を素早く上下に振って潅水し、皮膚角質層内の豊富な毛細血管を使ってガス交換をしています。生理学的には低い代謝率、両生類の中で最小の赤血球容積、低いP50の値(酸素分圧が低くても赤血球が酸素化されること)、赤血球数とヘモグロビン濃度とヘマトクリット値が高いという特徴があります。


○ゴライアスカエル
西アフリカの熱帯雨林で滝や急流に棲息している半水棲のゴライアスカエルは体重が3kgもあり、カエルの中では最大です。大きいですが代謝率が低いので、多数の突起のある皮膚と、小さいけれども酸素吸収効率のよい肺で高頻度の口腔換気を使って呼吸しています。


○肺のないカエル(ボルネオハイナシガエル)
これまで確認されていたカエルは完全に水棲であっても肺を持っていました。しかし2008年に解剖されたボルネオ肺ナシガエル(Barbourula kalimantanensis、スズガエル科)には肺がないことが確認されました。皮膚呼吸のみで生きている唯一のカエルです。
捕獲された8個体の解剖では心臓周囲には胸膜はあるが肺はなく、また喉頭には気管につながるはずの気道の開口部も認められません。大きさは平均3.8cm重さの平均は6.5gと小型です。
14-17℃の冷たく高酸素濃度の急流に棲息するので浮力を軽減するために肺をなくして、皮膚面積を増加させて酸素吸収量を増やすために体型を著しく扁平化したのでしょう(Current Biology 18:R374-5)。


これらのカエルたちはそれぞれの環境への適応のために皮膚を改変して肺呼吸だけでは足りない酸素の吸収量を増やしているように思えます。
しかしそれは反対かもしれません。
つまりカエルにとっては皮膚が主要な呼吸臓器であり、肺は皮膚で足りない分を補うという位置づけの様に考えられないでしょうか。
なぜなら、カエルたちは環境によって皮膚を様々に変異させて酸素を呼吸していますが、皮膚から十分な吸収が可能になると肺もなくしているからです。
それに、同じ両生類のサンショウウオも肺を持たず皮膚呼吸だけであり、足なしイモリの皮膚が主要な呼吸器官なのも同じ理由かもしれません。
前回に話題としたように魚には口腔や皮膚を使う呼吸法を獲得して陸上で生存を可能とする方向への進化がありました。そのような進化の流れの上で魚から進化したばかりの両生類という進化段階ではまだ皮膚が主要な呼吸器官であったのではないでしょうか。
そう考えると、両生類が四肢動物で唯一肺のない進化を遂げた理由は、肺が進化して十分な機能を持つその時までは、未熟な肺はいつでも破棄できる臓器だったからと言えるのかもしれません。

参考文献
・松井正文 両生類の進化 東京大学出版会 東京 2012
・クヌート シュミット=ニールセン 動物生理学第5版 東京大学出版会 2007
・D. Bickford 他 A lungless frog discovered on Borneo  Current Biology vol18 No9:R374-5 2008
・毛ガエル:http//allabout.co.jp/gm/gc/70659/より転載
・チチカカミズガエル:Ugly-overloadより転載
・ゴライアスカエル:Wikipedia ゴライアスカエルより転載
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両生類の呼吸-その2

2024-12-27 23:13:45 | 日記
両生類の呼吸―その2
前回の記事のようにデボン紀後期に肉鰭類は陸上進出していきました。そのような進化への道を進んだ要因について考えてみました。

海の中は、魚たちにとって温度変化が小さくて、エラから十分に酸素を吸収できて、食べ物も十分にある上に、浮力で体が支えられているような快適な環境でした。
一方進出を試みた陸上は、肺や皮膚で呼吸ができたとしても、変温動物なので低い気温の時には動きにくくなり(攻撃を受けやすい)、体表と肺を使う呼吸のために体の水分が蒸発して干からびてしまう恐れがあり、さらに浮力がなくなるので移動のためには水中よりも多くのエネルギーが必要、など多く困難がありました。
ローマーは「脊椎動物の歴史」の中で、「両生類が出現したデボン紀は季節的な干ばつが繰り返された時代であった。しばしば川のながれはとまり、残された水たまりには魚類や初期の両生類たちが殺到し、よどんでいた。・・・肺を持っていたので空気を呼吸できた。・・・陸上歩行に適した四肢を持っていたので川や池の水たまりにたどり着き・・・」と
厳しい環境による進化圧力により水陸両用となったとしています。
ローマー以降、魚の体の構造を陸上生活に適応するように作り変えるという個々の構造の進化については多くの遺伝子研究などで解明が進んでいます。
また、最近までに環境や酸素濃度について多くの知見が積み上げられました。
そこで、2千万年以上にわたり魚たちを陸上への進出に駆り立てた状況や動機について、陸上への進出が始まった3億7千万年~3億6千万年前の時代を次の3つの視点で調べてみました。
A)環境の激変 
B)酸素濃度
C)エラから肺への飛躍

A)環境の激変
A-1)大規模火山噴火
3億7千万年前のデボン紀後期に、全海洋生物種のうち82 %が絶滅した生物大量絶滅がおきました。地質の堆積記録では複数の大きな環境変動が示されています。
2021年に東北大学理学部からこの大量絶滅の原因は、大規模火山噴火であるとする報告が発表されました。
そのシナリオ:
① 地球の深部でおきる大規模なマグマの活動(スーパープルーム)は地殻変動や大規模火山噴火をおこします。そのときに地殻内の石油や石炭の有機物が加熱されて特有の有機分子(コロネン)や、二酸化硫黄(SO2)、二酸化炭素(CO2)、メタンが噴出します。
② 二酸化硫黄は大気中で硫酸エアロゾル(空気中に硫酸の微粒子が多数浮かんだ状態)を作って雲のように太陽光を遮断するので地表は寒冷化します。その後エアロゾルは雨や拡散により大気中から失われると、それまで寒冷化していた地表は二酸化炭素とメタンによる温室効果で急速に温暖化することになります。
③ 温暖化によって、深海に酸素を運ぶ深層海流が弱くなります。
まず、深層海流についてですが、大西洋のメキシコ湾から北上してグリーンランド沖に流れ込むメキシコ湾流は、そこで冷やされて密度が高くなり、さらに塩分濃度も上がります。重くなった海水は深海へ沈み込む海流となって大西洋の深海を南に進みインド洋から太平洋へと熱や物質、特に酸素を行き渡らせるという深海の大循環のことです。
さて、極端な温暖化が生じると海水温の上昇で密度が小さくなり、それに加えて海氷から溶けた真水が混ざってさらに密度が小さくなります。そのため軽くなった海水はグリーンランド沖の深海への沈み込みが起きなくなって世界中の深海に酸素が行き渡らない無酸素状態となります。
こうして、大規模なマグマの活動がもたらす急速な寒冷化とその後の温暖化という大規模な気候変動は、大気の気温を上昇させて中~深海の無酸素状態を生じさせるために深海の生物の大量絶滅が起こったと考えられています。(Global and Planetary Change 2021/2/20)
この事象は、数万年から数百万年かけて徐々に回復していくようです。


A-2)植物の進化
植物はシルル紀後期からの進化によってデボン紀後期には高さ30mを超えるシダ類のリンボク(ヒカゲノカズラ類)や20m以上のロボク(トクサ類)などの胞子植物、さらに種子で増える種子植物も出現してこれらによる最初の森が出現しました。
藻類や樹木がそれまで一切の生物のいなかった荒地に徐々に拡大していくに従って、雨水により植物や藻類の窒素化合物やリンなどの栄養分と土壌のミネラルは河川を通って海に流入しました。
シアノバクテリアや水中のプランクトンなどは、この大量の栄養塩と海水中に溶けている酸素を使って急速に繁殖(赤潮の発生)すると海水中の酸素量は著しく低下し、さらにバクテリアによるその死骸の分解でも酸素を消費するためにいっそう低酸素となって、浅い海水中では酸素の乏しい状態(貧酸素状態)が生じたとされています。(日本地質学会HP 海洋無酸素事変より)
このように、大規模火山噴火と植物の進出という環境の変化により浅い海から深海にまで及ぶ貧酸素~無酸素の状態が引き起こされたために前海洋生物種の80%以上が絶滅したと考えられています。

B)空気中の酸素濃度の変化 
デボン紀初期の4億1千万年前に約25%あった空気中の酸素濃度は3億9千万年前のデボン紀中期には約13%まで低下したと推測されています。
デボン紀後期に植物の大躍進が始まると大気中の二酸化炭素が吸収されて、その炭素から樹木が作られると同時に、排出された酸素は大気に蓄積されていきました。こうして、デボン紀後期から森林時代の温暖湿潤な石炭紀を経て、ペルム紀初期(2億9千万年前)に至る1億年間に空気中の酸素濃度は約30~35%まで上昇していきました。現在の21%よりもはるかに高濃度になっていったのです。魚たちが陸上に進出を始めた頃には17~18%程度まで上がっていました。

一方、二酸化炭素はデボン紀中頃に現在の15倍(0.04%X15=0.6%)もあって温室効果により温暖(むしろ暑い?)な環境を作っていましたが、大森林の樹木が倒れ埋没すると石炭となって大気から取り除かれたので、石炭紀初期には現在と同じ0.04%程度まで低下し気候は次第に寒冷化していきました。
C)エラから肺への切り替えという飛躍
現生の魚たち(条鰭類)の中には、肺を使って陸上生活の可能なポリプテルスがいます。
肺はすでにシルル紀中期に初期の条鰭類が獲得していました。スズキ目の魚では口腔や咽頭とエラ蓋に補助呼吸器を発達させています。
・スズキ目のトビハゼの仲間(ムツゴロウなど)は、表皮に乾燥を防ぐ薄い水の膜があって、必要な酸素の約80%は表皮を透過して皮下の毛細血管で吸収しています。さらに口腔、咽頭、えら蓋の内側の空間に水と空気で泡を作り、そこから内腔表面に張り巡らされた毛細血管網の血液に酸素が吸収されています。
・スズキ目のキノボリウオの仲間:アナバス、ライギョ、ベタなど
実際は木に登ることはなく、雨天時などに地面を這い回る程度です。えらの上の頭蓋内に上鰓器官(じょうさいきかん:ラビリンス器官)という迷宮のような構造を作って内部の表面積を拡大し、その表面の網状の毛細血管から空気呼吸をします。補助的な呼吸器官ですが、陸上でも湿った環境なら長時間生存できます。
・ポリプテルス:肉鰭類に似たぶ厚いヒレを持っています。
マギール大学(カナダ)では、ほぼ1年間陸上でポリプテルスを飼育し交配させたところ、幼魚が成長する間に胸の骨格とそれを支える支持が強くなり、歩行中に頭蓋骨を持ち上げて頭/首の動きが大きくなるという変化が起きました(発育における可塑性)。
その結果、胸ヒレを体に近づけ、ヒレが滑らずに歩くようになりました。これは魚が最初にヒレを持って陸地を歩いたときに起こった変化を反映していると推測されています。  
このように、現生の魚が示す空気呼吸への適応をみてみると、エラ呼吸から肺呼吸への進化は特別に困難な飛躍ではなかったようです。
(もちろん陸上での活発な生活のためには四肢に加えて、緻密心筋や心臓にもっと酸素を送れるような循環器の構造的な進化が必要です)
(詳しくは水中の動物たちの呼吸15,16,17を参照してください)

○まとめ:魚たちが飽くことなく陸上への進出に挑んだ理由について
デボン紀後半の時期に大規模火山活動と植物の陸上進出とが起きたために海の中の酸素が著しく減少する海洋無酸素事変が生じて、魚たちが暮らす海中の酸素が減っていきました。
一方、陸上では空中の酸素濃度が上昇の一途をたどっている上に、気候は二酸化炭素による温室効果のために温暖で高湿度でした。変温動物の魚たちにとって、陸上は空気呼吸という問題を解決できればとても魅力的な新天地になっていたのです。
さて、魚たちにとってエラ呼吸から肺呼吸への切り替えは決して大きな障壁でなかったようです。現生のポリプテルスは肺を使い、スズキ目では頭蓋内の補助呼吸器を使って、どちらも魚の体制のまま陸上を這いまわっています。空気呼吸は四肢や胸郭を陸上用に改変するよりも容易に獲得できる機能と思われました。
このように海中と陸上の環境が変化して空気呼吸への進化を促す条件が揃うと、魚たちは肺と皮膚を使って(果敢に!)陸上へと進出していったのでしょう。
両生類への進化がはじまったのです。

ところで、多くの成書や論文報告では水中でヒレが脚に変わってから陸に上がったとされていますが、これまでの概観から私にはポリプテルスのように、まず魚の体制のまま肺呼吸をして陸に上がり、それから脚などが進化していったのではないかと思われました。

参考文献
A.ローマー. 脊椎動物の歴史 どうぶつ社 東京1991
PD.ウォード.恐竜はなぜ鳥に進化したか 文藝春秋 東京 2008 
D.プロセロ.化石が語る生命の歴史 11の化石・生命誕生を語る・古生代 築地書館 
東京 2018
東北大学理学部プレスリリース デボン紀の大量絶滅は大規模火山活動が原因 
2021年2月22日 |
日本地質学会HP 海洋無酸素事変
大河内直彦 海洋無酸素事変 科学 vol80 No11 2010
Wikipedia 植物の進化より図の引用
EM. Standen. Developmental plasticity and the origin of tetrapods
Nature;513, 54–58 (2014)
ポリプテルスの歩行図は以下より転載https://www.youtube.com/watch?v=mKxRe0hAQmg&t=8s
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両生類の呼吸

2024-11-14 18:42:22 | 日記
両生類(両棲類)の呼吸―その1

今回から両生類の呼吸の話題です。
まずデボン紀後期の頃に起きた魚類から両生類への進化の概略についてからはじめます。
魚類が陸上へ進出するに当たって空気呼吸に利用した肺は、シルル紀中期(約4.2億年前)に硬骨魚類が獲得したものでした。
硬骨魚類は古生代デボン紀に、条鰭類(じょうきるい)と肉鰭類(にくきるい)に分岐しました(約4億年前)。条鰭類とは鰭(ヒレ)が付け根から放射状に伸びる細い骨と膜でできている魚で、現在の大部分の魚が該当します。肉鰭類とは鰭が肉質で分厚くなっていて、現生ではシーラカンスや肺魚が相当しています。その肉鰭類の中から約3億6千万年前に肺呼吸を利用して、ヒレを四つ足にかえて陸上に進出したのが両生類です。

それまで陸上は昆虫などの外骨格を持つ節足動物だけの世界であり、内骨格の魚から進化した両生類のような脊椎動物はいませんでした。
空気を呼吸に利用する初めての脊椎動物のためでしょうか、水中ではエラを使いながら陸上では肺と皮膚が主で、補助的に口腔、総排泄腔(下記*参照)を使うなど多彩です。特に皮膚呼吸は両生類にとって主要な呼吸器官でした。
皮膚呼吸のために薄い皮膚を湿らせておかなければならないので乾燥に弱く水環境から離れられません。また爬虫類以降の四足動物とは違って、卵の中に羊膜がなくて乾燥しやすいために水中に産卵していました。このように陸に棲む動物なのに水辺も必要な動物なので両生類(両棲類)と名付けられています。
*総排泄腔とは:サメなどの軟骨魚類、両生類、爬虫類、鳥類にみられる器官で、直腸 ・尿道・生殖口が一緒になっている排泄口。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 
進化史概略
図の様にデボン紀後期の肉鰭類では陸生への進化が始まっていました。
○ユウステノプテロン:水生、体長1m、胸びれには上腕骨、橈骨・尺骨があるが、指はできていません。
○パンデリクチス:水生、体長1m以上、頭部が扁平で目が背側にある。背びれ腹びれがなくなり、指状の骨が確認されている。
○ティクターリク:水生、最大2.7m、扁平な頭部、頭頂部の目、首が備わり発達した肋骨、上腕・前腕があり肩と肘、手首がそろっていた。腕立て伏せが可能でヒレで体を支えられた。骨盤と後ろ足も発見されている。

○アカントステガ:水生だが肺呼吸も可。体長60cm、四肢を持つが水中生活に適応、前足指8本、後足指6~8?本、エラ呼吸と肺呼吸していた。後足が発達していて生息地の流れの速い川底を歩いていた。
○イクチオステガ:両生。体長1m、扁平で大きい頭部、肩と四肢、後足指7本、肋骨が発達し体幹を支えていた。肺呼吸をして前脚で体を支えて水辺をアザラシのように体をくねらせて這いまわっていた。
イクチオステガは絶滅した最も古い両生類化石種であり、頭骨、脊柱、四肢帯は魚類の特徴が残っているが、同時に四肢は陸上運動が可能なまでに発達していました。

○ペデルペス:石炭紀前期3億5千万年前の地層から発見された。体長50cm後足指5本が前を向いて、歩行に適していた。歩行を確認できる最古の陸棲脊椎動物といわれている。
○エリオプス:石炭紀後期~ペルム紀前期(約2億9829万年前)の北アメリカにいた両生類。 体長約2m、推定体重90kg
〇セームリア
古生代ペルム紀前期の約2億8,200万 - 約2億6,000万年前に現在の北アメリカ及びヨーロッパに生息していた。全長50cm程度。生息地は半乾燥の地域と推定され、陸生傾向が強かったと考えられている。
このように水生から陸棲への進化を代表する両生類の系譜が明らかになってきましたが、このほかにも、これ以後も石炭紀、ペルム紀を通じて分岐・進化した多くの種がいました。

両生類が上陸した当時の水辺には、コケ類が広がり低木の樹木の森が広がっていたでしょう。そこにはすでに多足類のヤスデやムカデ、トビムシ、昆虫など多くの節足動物が住んでいて新参者の両生類と互いに戦い捕食し合っていたのではないでしょうか。
そのような楽園の両生類たちは、2億5千万年前のペルム紀末の大絶滅でほとんどが失われました。そこを生き延びた中から現在の両生類へとつながる進化が始まりました。

次回は、肉鰭類が海から離れて上陸し空気呼吸を選んだ理由について考えてみます。



参考文献
松井正文 両生類の進化 東京大学出版会 東京 2012
土屋健 石炭紀・ペルム紀の生物 技術評論社 東京 2014
土屋健、エディアカラ紀・カンブリア紀の生物 技術評論社 東京 2020
ドナルド・プロセロ、化石が語る生命の歴史 11の化石生命誕生を語る・古生代 築地書館 東京 2018
A. Romer 脊椎動物の歴史 どうぶつ社 東京 1981
http://www.riken.jp/pr/press/2013/20130429_1/ よりDL 2018/7/15
Wikipedia:イクチオステガ、セイムリア、両生類、の各記事よりDL 2018~2024
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