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私達動物の息の仕方とその歴史

昆虫の呼吸-その8

2023-10-22 10:30:00 | 日記
昆虫の呼吸-8
今回は酸素を大量に消費する飛翔筋についてです。

4億4千万年前の古生代シルル紀前期に出現した節足動物はデボン紀に昆虫へと進化して約2000万年後には翅を獲得して空を飛ぶようになりました。それから中生代ジュラ紀に鳥が現れるまでの約2億年間、空は昆虫だけの領域でした。
 前回に述べたように、その筋肉(飛翔筋:横紋筋)は安静時に筋肉1g当たり、毎分約 0.02 mlの酸素を消費し、飛行中はその100 倍の毎分 1.5 ~ 3 mlが必要となり、ハチやハエなどは安静時の400倍の毎分8mlと大量の酸素を消費して飛んでいます。
(ちなみにヒトでは安静時の1gの筋肉の酸素消費量は毎分0.002ml程度で昆虫の1/10程度です。一般に体重の小さな動物ほど体重あたりの酸素消費量は大きくなります。)
気管呼吸はこれまで話題としたようにその筋肉の酸素消費を可能にする呼吸器官です。

飛翔筋を動かすには2種類の作動方式があります。1つは「同期型」とい って、神経の活動と飛翔筋の動きが対応していて、1回の神経の興奮(刺激)で、飛翔筋の収縮が1回生じます。この作動方式は、原始的で比較的大型のトンボなどが採用しています。
もう一つは非同期型であり、これは1回の神経の刺激が起きるとそれに引き続いて、外骨格の反発と筋肉の伸張反射とが生じて自励振動のような自律的な羽ばたきが起きるものです。ハチや蚊、甲虫などはこの羽ばたきです。
一般に、空中を飛ぶときの揚力(空中に浮かせる力)は体長Lの4乗に比例し
(揚力=A・L^4:^は乗数を表す記号としてます)、体重は体長の3乗に比例
(体重=B・L^3)するので、体重あたりの揚力=揚力/体重=(A・L^4)/(B・L^3)=(A/B)・L
は体長Lに比例します。つまり体長Lの小さな昆虫ほど体重あたりの揚力が小さくなるので、ゆっくりとした羽ばたきでは空中にとどまることができません。
こうして、小型の昆虫(ハチ、ハエ、蚊など)は、「同期型」よりも羽ばたき回数が多い「非同期型」で飛んでいます:ブ~~ン。
飛翔筋には翅に直接付着して羽ばたきを制御する直接筋と翅が付いている胸部の外骨格を変形させて羽ばたきを行う間接筋があり、昆虫の種により図のように分類されます。

飛翔筋(横紋筋)
1.同期型直接飛翔筋はトンボを例にしています。左図のように翅の根元に付着した挙上筋が収縮すると翅が引き上がり、下制筋が縮むと翅が打ち下ろされます。神経からの筋肉への刺激は1秒間に100回が限度と言われているので、トンボやチョウ、バッタなどの同期型飛翔筋の昆虫の羽ばたきはどんなに多くても毎秒100回が限度です。

2.非同期型間接飛行筋はハチやハエが代表的です。胸部の外骨格の内側にある背腹方向の背腹筋と頭尾方向の縦走筋が外骨格を変形させることで間接的に翅を動かします。
右図のように背腹筋が収縮すると,背板を押し下げて翅を持ち上げ、次に反射的に縦走筋が収縮すると背板(notum)が隆起し翅が打ち下ろされます。
1回の神経刺激が起きると背腹筋と縦走筋による外骨格の変形に反発する弾性力と、筋の伸張活性による自律的な収縮とによって何倍もの羽ばたき回数が生じます。
筋の伸張活性(stretch-activation)とは、急に伸展された筋肉の反射的な収縮のことです。これにより背腹筋と縦走筋との間に引っ張り合いが繰り返し自律的に起こるために、神経活動よりも遙かに多い筋の収縮が生じるのです。
これによりエネルギーと筋肉量が節約されます。
ユスリカなどの仲間では1秒間に1000回の羽ばたきが観察されていて、これが蚊やハエのブーンという羽音の源となります。
3.同期型間接飛行筋は神経活動に一致して胸郭内の上記2種の筋を交互に収縮させて飛翔し、代表は蝶やバッタです。

これらの同期型と非同期型の筋肉の間にはエネルギーの産生と筋力発生の面から構造に明らかな違いがみられます。

図の筋繊維Aはハチの脚の筋肉などにみられ、Bはチョウの飛翔筋にみられる構造であり、どちらも神経活動に同期して収縮する筋肉です。Cの筋繊維は最も大きな振動を生み出す非同期筋で、筋原繊維が収縮する時のエネルギー源として使うATPを効率よく産生できるように高密度のミトコンドリアが筋原繊維束に沿って多数配列されています。
これらの筋繊維のミトコンドリアには毛細気管が周囲にまで配管されていて、始めに述べたような大量の酸素を供給して筋肉の活動を支えています。

昆虫は地球史の上で初めて空を飛んだ動物であり、気管呼吸、外骨格、筋肉構造、解放血管系、などは飛翔という目的に向けて構成され進化してきたように思われます。
蚊やハエも必死で羽ばたいて空中に留まろうとしていると思うと、あのブーンという羽音もちょっと愛おしくなりませんか?

参考文献
1.安藤規泰 動物の生きるしくみ辞典 昆虫の羽ばたき運動のメカニズム
https://cns.neuroinf.jp/jscpb/wiki/カテゴリ動物の生きるしくみ辞典
2.岩本裕之 昆虫飛翔筋のはたらきとその進化 
日本生物物理学会誌 Vol.50:168-73 2010
3.松香光夫ほか 昆虫の生物学 第2版 玉川大学出版 1992
4.Wigglesworth V. B.  Muscular System and Locomotion
The Principles of Insect Physiology chapter4 pp 146–177
5.Hill Animal Physiology 4th edition Oxford Learning link
https://lerninglink.oup.com/access/content/hill-4e-student-resources/hill- 4e-box-extension-20-2


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