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制作日誌

絵や詩をかいています。

古くなったレコード

2009年09月30日 21時27分40秒 | 

ステレオのわきにある棚に
ずいぶん前に買ったレコード
初めて会社に就職したとき
聴きなれた音楽が休日の楽しみだった

髪の長い女性が好きだったから
ジャケットの写真も髪が長かった
いつも元気づけられたのは
拓郎や陽水のフォークソング
友人に勧められたビートルズ

私のなにかが変わったからか
流行が移ったからか
躰にしみる音楽の心地よさは
このごろ味わえなくなった
ときめきよりも想い出ばかり

古くなったレコードは
埃をかぶって
音が出るか分からない
もう一度かけてみようか
新しい流行歌のCDと並べ替えようか

時代よ もう流れなくていいと
気まぐれな一節を
心の中でふと口ずさむ
明日へのささやかな抵抗にも似て

ダイレクトメール

2009年05月17日 23時16分53秒 | 

秋冬もの大セール
淡いコピーに
あて名は今どきマジックの手書き
よほどの暇か時代おくれか

地域広告のクイズに応募し外れたが
代わりに年に二回は葉書が届いた
しつこさは気にしない
うすっぺらな紙切れは
放ってくず籠の底へ

ある日 太めのタイプで
完全閉店
永年のご愛顧ありがとう云々
一度も買ったことはなく
いつか通りがかりに覗いた
街路わきの平屋のウインドー

休まず届けられて二十五年
右肩上がりの筆跡は
知らずとひと目で判るほどに
店主はどんな理由で
名簿を閉じるのか
私の名前はもう書かれない

この日ばかりは
壁掛けの状差しへ入れた

私の好きな詩

2009年03月28日 22時14分51秒 | 

 高崎現代詩の会、会誌Scramble98号(2009年2月22日発行)に、
「私の好きな詩」と題してエッセイが掲載されたので、そのまま転載します。

星野富弘さんの視線

 
 書棚を覗くと、吉野弘さんと谷川俊太郎さんの詩集がある。両氏とも比較的分かりやすい文体なので、好んで読んでいる。
 もう一冊、星野富弘さんの詩画集がある。詩画という形式なので、純粋な詩として取り上げて良いものかどうか迷ったが、私が出会った言葉として、記してみたいと思う。

 神様がたった一度だけ
 この腕を動かして下さるとしたら
 母の肩をたたかせてもらおう
 風に揺れる
 ぺんぺん草の実を見ていたら
 そんな日が
 本当に来るような気がした
        (「なずな」より)

 初めてこの詩を読んだのは二十歳の頃で、そのとき前橋の職業訓練施設に入っていた。仲間が就職や進学で離れる中で、自分だけが取り残されていく焦燥感があり、精神も沈んでいた。いかに社会で仕事をして人並みに生活するか、そればかりを考えていた。
 たまたま星野さんの詩画展が近くで開かれて、先生の薦めで見に行き、ふと足が止まったのがこの詩だった。この作品だけを見て思ったのか、全体の流れから感じたのか覚えていないが、「俺も頑張らなきゃ」と心の中で呟いていた。
 およそ詩とは無縁だった私が、初めて言葉から湧いた感情だった。この詩の希望と親子の在り様が、私の突っ張った心を溶きほぐしたのかも知れない。
 詩を書き始めてからも、星野さんの言葉には度々ハッとさせられた。

 ひとは 空に向かって寝る
 寂しくて 空に向かい
 疲れきって 空に向かい
 勝利して 空に向かう

 病気の時も
 一日を終えて床につく時も
 あなたがひとを無限の空に向けるのは
 永遠を見つめよといっているのでしょうか

 ひとは 空に向かって寝る
         (「たいさんぼく」より)

 動けぬ身体の定点は、落下した精神を一転して上昇させ、空へそして宇宙まで届くほど、伸びやかで自由な跳躍を見せる。それは私に新鮮な発見をも与えてくれた。
 また「ひまわり」では、花の形状を甲子園の歓声へと導き、しなやかな視線を伸ばして、架空の旅へと誘ってくれる。
 「棘」では「動ける人が/動かないでいるのには/忍耐が必要だ/私のように動けないものが/動けないでいるのに/忍耐など必要だろうか」と煩悶し、「そう気づいた時/私の体をギリギリに縛りつけていた/忍耐という棘のはえた縄が/フッと解けたような気がした」と自身への解放へと着地している。それはその場所に居座る覚悟のようなものとも汲み取れるし、私のように詩を逃げ場所として飛び込んだ者には、胸を突かれたような思いだった。

 詩そのものの技巧より、その言葉がどのような過程を通して生まれたかに興味が湧く。詩画という性質上、絵と連動しているため、置かれた言葉は平明で短い。しかし扱うモチーフは花でありながら、死生観、見えないものへの価値、自己への煩悶、家族、他者への想いなど、その事柄は 多岐に及んでいる。そのしなやかな視線は、置かれた現実をどれほど深く見つめたかの結果だと感じる。
 これは思い過ごしかも知れないが星野さんの詩は、詩画ゆえの平明さからか、あるいは困難な身体状況が前面に出てしまい、周囲からその独自性や創造性に目が向けられないのが残念だなと思っていたが、先日、本屋で、全集として詩がまとめられて、すでに四年前に発刊されているのを知った。 
 永く読み継がれるだろう言葉だと思う


とおくへ

2009年01月16日 01時23分41秒 | 

とおくの唄に耳をすました
かすかな言葉の音階は
見知らぬ暮らしを
おとぎのように奏でている

とおくから来た人に訊ねた
空や空気 食べ物やアパート
地図もひらかずに
うわさに聞いたあこがれ

田舎よりも都会がいい
道ゆく人の語らい
たとえばフランスのカフェ広場
そこで変われる

日ごろのとおくは
となり町の信号まで
見あきた歩道を行ったり来たり
すれ違うのは同じ自転車

汚れた机をあっさり捨てて
どこまでもどこまでも
離れたくなる思い
いったいどこへ

変われるなんて幻想
それとも冒険
いつかだれもたどり着けない
彼方まで

実況中継

2008年11月02日 20時19分27秒 | 

元アナウンサーは
なめらかな口調で話しはじめた
「オリンピックの開会式を担当すると決まり
各国の行進を頭に浮かべ毎日練習しました」

一九六四年 六歳
畑仕事で出払った家屋はひっそりとして
秋の陽がゆるやかに差し込んでいた
二階の片隅で与えられたプラモデルを手に
初めて聴くにぎやかな歓声
小さな好奇心
映し出された只空は
白黒のそれでも青いと感じていたはず

——今日の主役は太陽であります
「第一声はとっさに出てきました
昨夜まで雨でしたからね
毎日練習した賜物です」

さっそうと現れたウルトラマン
施設のある学校に入って
友だちとはしゃいだ
プラモデルは一人で作れるようになった
田畑で忙しい父にせがんで
怪獣映画に連れて行ってもらった
見るものぜんぶに目を丸くした

「私が体操の中継で
ウルトラCと連呼したら円谷さんが
貸して欲しいと頼みに来たんです」

ヒーローが王や長島に代わり
新聞の切り抜きを集め
評論家ばりで勉強はそっちのけ
テレビに映る同じ学年の仲間が
不思議と遠くに思えた
なにひとつ知らなかったけど
未来は明るかった

「いちばん記憶に残っているのは
松山商業と三沢高校の試合です
延長十八回 
四時間十六分の実況を終えたとき
私は感動のあまり立ち上がれませんでした」

見上げると季節は秋
誕生日を迎えた空は
あのとき見た空と同じに澄んでいた
もう畑に人影はない
わがままを通してきた道はかすみ
歪んだ背骨は耐えるばかり
与えたものや残したものはあっただろうか
この場所から歩くことさえ
ためらっている
冷たい風が吹きはじめている

「退職してから脳出血で倒れました
アーしか喋れなかったのですが
毎日練習しました
努力が大切なんです
最後まであきらめない努力なんです
それが大切なんです」

八十二歳の元アナウンサーは
ラジオから力強く語った




*元アナウンサー ・ 鈴木文弥氏(元NHKスポーツアナウンサー。一九二五年~)
*円谷さん ・ 円谷英二氏(映画監督。ウルトラシリーズを製作。一九〇一年~一九七〇年)
*松山商業と三沢高校の試合 ・ 一九六九年、夏の高校野球大会決勝戦でのこと。

あ行

2008年09月11日 18時04分35秒 | 

机に置かれた小ぶりな辞書は
表紙がはずれ
折り目や破れがたくさんついた
いっぱしの勉強家を匂わせて
色褪せた風合いを見せているが
その厚みと重みのちょうど良さに
ときに枕がわり
ときにお尻に敷いて高さ合わせ

ひとつ気掛かりだったのは
あ行のはじめの十ページほどが
いつからか抜け落ちていたこと
残っている文字がはるかに多いので
不便はなかったが
”あい“がなかった

印をつけた覚えはなく
そこにあったかどうかも分からない
台詞を真似てつぶやいたり
気のない振りで
いつも探しあぐねた
見えない花は
それぞれが持っていた
どんな色かは聞いたことがなかった

三十年ぶりに買い換えた辞書は
手にまだ馴染まない
あ行の栞(しおり)はついていたが
そこだけ空白になっている
私はこれからいくつの詩が書けるだろうか

販売店

2008年06月07日 14時46分14秒 | 

横文字の看板が目に入り
近づくと携帯電話のマーク
正面がガラス張りで
室内の明るさでよく目立つ

制服姿の女性店員と客らしき人が
低めのテーブルを挟んで
前かがみで話しをしている
その脇では男女の二人連れが肩を並べて
壁づたいにゆっくり歩いている
品定めなのかときどき手に取り
見合わせて笑ったり頷いたりしている

女性店員は指先を小まめに動かして
延々となにかの説明を続けているが
こんな町外れの川べりで
どんな誘惑をしようとしているのだろう
奥からまた店員が二人三人
ガラスに屈折して
その仕草ははっきりしないが
躾けられたように礼儀正しく見受けられた

制服からのぞく脚の細さに
立ち止まる者がいることも
すっかりお見通しのようだ

アイスクリームパフェ

2008年04月28日 14時50分25秒 | 
詩についての集まりがあった
二時間の話しで首が疲れて
逃げるように外に出て
木々のそよぎに深呼吸する

見渡すと向かいの通りに
ファミレスが建っている
そういえば外食はもう三年以上していない
空いている昼間のファミレスで
アイスクリームパフェを
一人窓際で食べるのが好きだった

いつも人目を
少し気にしていたので
スプーンは忙しく回した
甘くて冷たいものは
他にも沢山あった

静かでもなく賑やかでもない
背中から小声が聞こえる程の
あのテーブルの高さも
気に入っていた

久しぶりに寄ってみたくなって
思わず足を留めたが      
タクシーを呼んだ後だったので
そのまま帰宅する
つぎの楽しみと言い聞かせて