![]() | 第3部 銃・病原菌・鉄の謎(承前)(文字をつくった人と借りた人/発明は必要の母である/平等な社会から集権的な社会へ) 第4部 世界に横たわる謎(オーストラリアとニューギニアのミステリー/中国はいかにして中国になったのか/太平洋に広がっていった人びと/旧世界と新世界の遭遇/アフリカはいかにして黒人の世界になったか)/科学としての人類史 |
(カバー紹介文)
アメリカ大陸の先住民はなぜ、旧大陸の住民に征服されたのか。なぜ、その逆は起こらなかったのか。現在の世界に広がる富とパワーの「地域格差」を生み出したものとは。1万3000年にわたる人類史のダイナミズムに隠された壮大な謎を、進化生物学、生物地理学、文化人類学、言語学など、広範な最新知見を縦横に駆使して解き明かす。ピュリッツァー賞、国際コスモス賞、朝日新聞「ゼロ年代の50冊」第1位を受賞した名著、待望の文庫化。
世界史の勢力地図は、侵略と淘汰が繰り返されるなかで幾度となく塗り替えられてきた。歴史の勝者と敗者を分けた要因とは、銃器や金属器技術の有無、農耕収穫物や家畜の種類、運搬・移動手段の差異、情報を伝達し保持する文字の存在など多岐にわたっている。だが、地域によるその差を生み出した真の要因とは何だったのか?文系・理系の枠を超えて最新の研究成果を編み上げ、まったく新しい人類史・文明史の視点を提示した知的興奮の書。ピュリッツァー賞・コスモス国際賞受賞作。朝日新聞「ゼロ年代の50冊」第1位。
非常に有名な本で、以前友人から概略を聞いて感心し読もうと思っていたのだが、しばらく存在を忘れていた。本を本屋で買う時代だったら目に入る機会もあったと思うが、ネット時代の欠点の一つだな。
この本とは関係なく以前から思っていたことだが、歴史において「何でそうなったか」の説明は比較的容易だが、「何でそうならなかった」かの説明は難しい。例えば、かつて繁栄を極めたオスマン・トルコは、なぜ近代に入ってヨーロッパに大きく後れを取ってしまったのか。そういったことが気になりトルコに関する本を何冊か読んだこともあったが、トルコの通史を一通り見たところでその疑問は晴れない。トルコはトルコでどの時代も日々懸命に歴史を刻んできたわけで、決して怠けて昼寝をしていた時代があったわけではない。
この作者も基本的には似たような疑問を抱いたようだ。きっかけはニューギニア人のヤリという人物が投げかけた問い。「あなた方白人は、沢山のものを発展させてニューギニアに持ち込んだが、私達ニューギニア人には自分たちのものといえるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」。壮大な疑問だが、これに答えようとしたのが本書で、その目論見は大まかには達成されていると見ていいだろう。
作者は人間の知能・能力は人種を問わず同じだと仮定する。約1万年前、世界のあちこちで同じようなレベルの狩猟採集生活をしていた人間たち。それが時代を経て大航海時代以降ヨーロッパが世界を圧唐オた。まだ狩猟採集生活を送っている人達も一方でいたのに。その発展の違いは何か。この本によれば、まず大きな違いとなる一歩目は農業であるという。農業をすることによって人口が増え、分業化が進み、いわゆる社会の発展という軌道に入る。文字でさえも、その初期においては記録などの仕事に専従するテクノクラートなしでは普及・発展し得ない。定住型と非定住型の人達が接触した場合、結局は前者が後者を追いやることになるという。
では農業を始める始めないの違い、あるいは早く始めた地域と遅く始めた地域の違いは何か。作者は大陸毎の農業に適した植物の原種について論じている。それによれば、(意外なことに)大陸毎の植物の多様性には大きな違いがあり、ユーラシアは圧涛Iに恵まれている。具体的には麦があったかなかったかの違いが大きい。農業にまで持っていける植物の性質というのは、普段我々が思っているよりずっとシビアなようだ。
また、農業の伝播という点でも東西に同一気候帯の広がるユーラシアは他の大陸(アメリカ・オーストラリア・アフリカ)よりずっと有利だと。例えば南北に細長いアメリカ大陸ではどこかで農業が発生しても、他に伝わる速度は極めて遅いか伝わらなかった。
家畜を持つ持たないも、農業の労働力の他、軍事力として大きな差となる。また家畜を持つことによって様々な疫病も抱え込むことになり、その免疫力を持つことになる。この差は他民族との接触の時に大きな意味を持ち、中南米へのヨーロッパ人の入植時、疫病の蔓延により原住民は大きく人口を減らした。
植物同様、家畜も家畜化できる動物というのは極めて種類が限られており、ユーラシアはその点でも他の大陸より恵まれていた。
大まかには以上が彼の描いた発展した地域としなかった地域の違いとなる。各論や強弱の付け方、細部におけるかなりいい加減(時に白人的差別の眼差し)な知識など、気になるところは多々あったが、その描いた道筋には大まかには賛成である。特にこの作者が「発明」より「伝播」の重要性を説いているのは共感する。本当にオリジナルな発明などは人類史上全体でも稀にしかなく、多くは伝播により習得した文化・技術なのだと思う。
以下印象に残った部分の大意を挙げる。
上P29 もし、一つの民族がどのような経路をたどって他民族を支配するようになったかの説明ができたら、そのこと自体が、一民族による他民族の支配を正当化することにつながるのではないかという懸念もありうる。この種の危惧は、原因の説明と、結果の正当化や是認とを混同する典型的な誤解にもとづいたものである。何かの経緯を解明することは、その結果得られた知識をどう役立てるかとはまったく別問題である。
上P135 アメリカ先住民がもともと銃器や馬を持っていなかったことは忘れられがちだが、銃器や馬はヨーロッパ人によってアメリカ大陸にもたらされた。
上P223 野生種から栽博墲ヨの変遷を考えたとき、大昔に栽秤サされるようになった植物がある一方で、中世になるまで栽秤サされなかったものがあるのはなぜか。また、現在に至るまで、まったく栽秤サされていない植物があるのはなぜか。
上P233 オークの場合を考えてみると、栽秤サに失敗してしまう理由が揃っている。まず第一に問題になるのが、オークの成長の遅さである。また、野生のオークはリスなどによって森全体に広まり発芽するので、希望する特性を有する個体を選別栽狽ナきる確率は非常に低い。
上P239 野生植物の多くは樹皮の部分が多いとか、人間が食べられる果実・葉・根茎を形成しないといった理由で食用に適していない。二十万種ある顕花植物のうち人間が食べられるのはわずか数千種である。しかも、多少なりとも実際に栽狽ウれているものは、そのうちの数百種にすぎない。そして、その数百種のうちの大半は、生産基盤として人間の食生活や文明を支えるにたる食物ではない。その証拠に、世界で一年間に消費される農作物の80%は、わずか十数種の植物で占められている。
上P291 結婚生活についてのトルストイの指摘はひとつの原則であり、いろいろな事柄にあてはまる。人は、成功や失敗の原因をひとつにしぼる単純明快な説明を好む傾向にあるが、物事はたいていの場合、失敗となりうるいくつもの要素を回避できてはじめて成功する。人類史を大きく変えた動物の家畜化の問題も、この原則によって説明できる。シマウマやヘソイノシシなどの大型哺乳類は家畜化できそうなものだが、人類史において家畜化されたことがない。それはなぜだろうか。
下P23 元々シュメール語の特定の文字は含まれていなかったので、シュメール文字はどんな発音で読んでも意味は変わらなかった。ちょうど「4」という記号が、英語で「four」と発音されても、ロシア語で「chetwire」と発音されても、まったく同じ意味を伝えるのと同様である。しかしシュメール人は、何を意味するかが絵で描ける名詞を、それと同じ発音の(絵で描くのが難しい)抽象名詞として使うという、同音異義語のアイディアを思いつき文字の可能性は大きく花開いた。
下P137 灌漑施設が先か国家形成が先か。そんなことより確実で疑う余地のない事実に基づいて考えるのが、根本的に正しいように思う。これまで見てきたように、地域の人口規模と社会形態のあいだには、相関関係がある。つまり、人間集団においては、そこで暮らす人々の数が、その社会的複雑性をもっともよく示している。小規模血縁集団は人口数十人程度の集団である。部族社会は数百人、首長社会は数千人から数万人、そして国家は一般に5万人以上の集団である。
下P355 バンツー諸族のうち、最も南に居住するコーサ族も、ケープタウンから800キロ東のところにある南アフリカ共和国のフィッシュ川より先には南下していない。
下P382 政治や技術の分野において中国が自分たちよりも遅れていたヨーロッパにリードを奪われてしまった理由。中国の長期にわたる統一とヨーロッパの長期にわたる不統一が要因の一つ。
下P389 取るに足りない特異な理由で一時的に誕生した特徴が、その地域に恒久的に定着してしまい、その結果、その地域の人々がもっと大きな文化的特徴を持つようになってしまう「歴史のワイルドカード」もありえる。